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タクシズム人生論「渋滞に焦ることは無いよ、 道が開ける時は来るんだから。」後編
タクシー運転手からは時たま格言が生まれる。
そしてその格言は、それぞれの人生を豊かにする。
タクシー運転手という職業は
「人生に失敗した者が就く」
というイメージがある。
最近の大都市においては洗練されてきているが、タクシー運転手の大半は様々な人生経験を持った50代以上のおじさん達である。
人生の中で酸いも甘いも嚙み分けてきたタクシー運転手から生まれた格言は悩める人を少しだげ納得させ、困惑させる。
そんな、一度は聞いておきたいタクシー運転手の格言をまとめたのが
『タクシズム人生論』
今回は
東京都に住む只井良明さん(31歳)のタクシズム体験。後編
前回のあらすじ
――――
会社では目立つほど仕事が出来る方ではない良明が
だからといって大きな失敗をすることもないが、それなりに言われたことをこなすことができ、これまでもそうやって生きてきた人生だった。
そんな良明にとって一旗あげるべく巡って来たチャンスの日に寝坊をしてしまった。
時間に余裕を持つためにタクシーを利用することになる。
家から会社までは初めてタクシー向かう良明は、今日のプレゼンの不安を抱えながらタクシーで向かった。
すると、渋滞に巻き込まれる。
急ぐ気持ち、プレゼンの不安、会社と会議への遅刻、余裕なく挑むことになりそうな心持ち。
あらゆるものが積もる中で中々進まないことに苛立ちを持つようになってしまった。
車内には沈黙が続く。
前編はこちら
https://note.com/taxi_driver1/n/n3529a917cf02
――――
「・・・・・」
「・・・・・」
車内には無言の時間だけが続く。
渋滞も急に10m進んだかと思えば止まると長い。
ラジオからは高速の渋滞情報が流れ、全体的に流れは順調だが東名では事故で数キロ渋滞しているらしい。
こんな時に聞きたくもないラジオが流れてくる。
もう歩いた方が早いんじゃないか、そう思ったところで運転手さんが話かけてきた。
「お客さま~」
「はい」
「おそらくですけど、そんなに車の量が多い訳ではなさそうです。この通りは事故か、工事が原因で渋滞しているのかもしれません。」
「そうですか、ありがとうございます」
状況を伝えてくれるのは有り難いが、耳に入ってくるのは渋滞の話ばかりだ。
余計な不安ばかりが募っていく。
「だいたい、1キロないくらいですかね」
「はい?」
「あ、渋滞の長さです」
さっきの流れでそのまま話しかけてきたが、それも渋滞の話だ。
「あ~、そうですか」
「まぁ1キロじゃそんなに長くない方ですかね」
「えぇ」
何を伝えたいのか分からないが、きっと“そんなに長い渋滞じゃないよ”と言いたいのかもしれない。
「どこだっけなぁ、あそこ。あのぉ. . サンパウロ、サンパウロってブラジルでしたっけ」
「はい」
「あそこの渋滞は300キロくらいになるっていいますからねぇ、途方もない長さですよねぇ」
「すごいですね」
――ちょっと要らない情報だな。
この渋滞への印象と気持ちを小さく和らげるために大きな数字を出してくれているのかもしれないが、出したところで僕は渋滞の長さと言うより、時間までに到着できるかどうかの方が気になっている。
歩いた方が早いのかすら今のところ判断がつかない。なんと言ってもワンボックスが前方を走っていて前が見えない。
苛立ちはしないが、そんな話をするなら黙っていてもらったほうがまだ良い。
出来るだけ余裕を持って気持ちを落ち着かせた状態で会社に向かいたいのはいつも思うが、今日は一段とそれが強い。
―――なんで昨日あの時間まで飲んだんだろ。
こんな状況を作ってしまった昨日の自分への苛立ちがひょっと生まれてくる。
辺り一面を埋め尽くすように広がっていた感情の数々が、風船のようなものからぬいぐるみへと姿を変え意思を持って動き出し息をし始めている。
それくらいに感情が渦巻く。もうぬいぐるみたちが踊り狂うんじゃないかと。
「やっぱり渋滞ってねぇ、こっちが対処しようがないから困ったもんだよねぇ」
「. . . はぃ」
運転手さんは続けて話す。
乗って来た時のあの優しい雰囲気と、乗って来た時の快適さが、むしろ逆に働き、苦々しさを憶える。
わた菓子を作ってくれている駄菓子屋さんからもらった綿が、実は食べられいただの綿だったという夢を見ているような、
なにか、柔らかさが不愉快に感じてしまう。
辺りを覆う意思を持った感情のぬいぐるみたちから、その綿が出てきているんじゃないだろうか。
「でもねぇ、俺は渋滞に対しては一つだけ思うことがあるんだよ」
「. . . はぁ」
――また渋滞の話かよ。
頭の中で思考があちこち巡っているため、運転手の言うことなんて正直どうでも良い。
運転手への苛立ちすら生まれそうだ
さまざまなぬいぐるみの中から苛立ちを探せば見つかるように思う。
「どんなに渋滞していてもさ、焦ることは無いよ、
道が開ける時は来るんだから。必ず道が開ける時が来るんだよ。
それは分かってること。だから、焦らなくていいなって思っているんだよねぇ」
「ぉぁ~、なるほど . . . . . 」
――んーわかるけど!その言いたいことはわかるけど!急いでんだよこっちは。
運転手さんは希望があることを言いたいのかもしれない、抜け出すことが出来ると。
しかし、状況が状況だ。焦るし、なんなら一緒に少し焦ってほしい。
要らない後押しをされても後々面倒なだけだ。
優しさには余計な粘着力がある。
封筒で手紙を送る時に優しさで張ってもらったシールや、何かが外れそうで補強として留めていたテープが剥がしずらくて困るときのよう。
後まで残る上に、優しさをくれたはずがその後始末までさせられる。
運転手さんはそれっきり黙ってしまった。
僕があまりに反応が薄く、少々機嫌が悪いのを気づいたのかもしれない。
――間に合うのだろうか。
それから5分ほど経ったころ、目を瞑って気を落ち着かせていると、
運転手さんはモサモサと音を立てながら周りを確認し、ウィンカー出した。
「カッチカッチ」
急に左のウィンカ―を出し、左車線へ寄る。
そして、左の路地へ入っていく。
―――おい、大丈夫かよ。
「お客さま~、お客様の会社名は. . えっとー、ヒャ、ヒャークス. . ? でしたよねぇ?」
「あぁそうです」
運転手さんは急に、勢いをもって話し出す。
「開けてきましたねぇ」
「え?」
「西新宿駅ってお客様仰ってましたけど、会社は駅からちょっと離れてますよねぇ。駅と言うより会社の方へ向かいますね、ここから行けそうなんで」
「は、ああ、お願いします」
どうやら、運転手さんは会社名を検索して場所を調べたらしい。
僕が駅名で行き先を伝えたため、最初は駅の方へ向かっていたが、会社の場所が駅から離れていることを知ったことで、直で会社に向かうことになった。
住宅街で全く知らない光景だが、とりあえず任せるしかない。
時たま、「あれぇ?」と一方通行の迷路に惑わされることがあり、これで余計に遅れたら、と腹を立てそうにもなったが、会社の裏路地、100メートルほど離れているところに到着した。
時間を見ると、会議には充分間に合っている。
「お客さま~、すみません、一番近くてここまでしか行けないのですが、、、」
「いえいえ全然良いです!助かりました!」
そう言って、財布からお札を取り出していると、
「料金は4,000円ぴったりで良いですよ」
「えっいえいえ、悪いです」
料金メーターには4,340円の表記。
「時間ないでしょ、小銭は手間かかるから、領収証はどうします?」
「あ、領収証はいらないです」
「かしこまりました、お客さんの人生も、上手いこと道を開いていけることを願っていますよ」
「あはは、ありがとうございます」
「焦らずに頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
運転手さんは色々と臨機応変に対処してくれて、会議に間に合うことが出来た。
会社へ行き、自分のフロアまで向かうエレベーターや廊下を歩く時間は、
これまで中々渋滞ばかりだったと言える人生で、道を切り開いていける日なんじゃないかとドラマのクライマックスにありそうな瞬間のように興奮していた。少々期待もした。
しかし、結果は不採用。
あの運転手さんに良い報告でも出来たらと思っていたが、そうえいば連絡先も知らず領収書もなかったし、どっちにしろダメだった。
それから一年程は同じ会社で勤めていた。
その後、退職。やっぱり提案した事業をやりたかったことから1人で始めることになった。
友人に手伝ってもらいながら続けるが、パッとすることは無く1年半やって諦めがついた、渋滞からは中々抜け出せない。
渋滞がちょっと進んだかと思えばまた長いこと止まらされるような感覚だった。
なかなか前に進まぬ人生だったが、たまたま、全く別の職種で僕の考えていたアイデアを活かせることを知った。
そこで新たに勤めることになった。
そこからがあっという間に進んだ。
あの時の運転手さんが、渋滞から横道に抜け、狭い通りだったが道を開いたときのように、意外な開き方があった。
もしかしたら、運転手さんもあの時、それを言っていたのかもしれない。
会社でのプレゼンが失敗でも、他の方法で実現させることが可能だと。
“渋滞があろうと焦る必要はない、道が開ける時が来る”と。
真相は分からないが、その時があって今はある企業で事業責任者をしている。
その事業があの時のプレゼンで出したもので、今、巷で話題になっているあのサービスである。
※この話はフィクションです。
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