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【俵万智の一首一会 16】

もし明日さびしかったらどうしよう。こんなに全部持つてゐるのに 小佐野彈

 『サラダ記念日』を読んで短歌を始めたという人にはけっこう会うのだが、『チョコレート革命』を読んで……というのは小佐野彈(だん)が初めてだった。しかも中学生の時だと言うから驚いた。
 
チョコレート色の歌集に救はれたことをだれかに告げたき皐月(さつき)
 
 昨年十一月に出版された第二歌集『銀河一族』(短歌研究社)の中の一首だ。『チョコレート革命』のテーマの一つは、世間の常識にとらわれない大人の恋。人を好きになるのに許されるとか許されないとか関係ない、という言挙げだった。それに共鳴して、思春期の男子が「救はれた」と歌っている。

 小佐野彈は第一歌集『メタリック』で現代歌人協会賞を受賞。オープンリーゲイとして生きる日々を、葛藤とともにあますところなく三十一文字で描いた。
 
ママレモン香る朝焼け性別は柑橘(かんきつ)類としておくいまは
 
むらさきの性もてあます僕だから次は蝸牛として生まれたい
 
 一首目を読んだとき、ママレモンという商品名を何の疑問もなく受け入れていた自分に気づかされた。皿洗いをするのはママだという「常識」がそこにはある。二首目も、男は青、女は赤という刷り込みに対して、僕はむらさき(青+赤)だということだろう。蝸牛(かたつむり)は両性具有の生き物だ。

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これもまた家族のかたち灰色の下着が二枚並ぶベランダ
 
多様性多様性つて僕たちがざつくり形容されて花ふる
 
 洗濯物に家族構成を象徴させて印象的な一首目。お父さんとお母さんと子どもが二人……そんな税金のモデルみたいな家族ばかりではない、ということは随分浸透してきた。が、安易にわかったつもりでいると、多様性という言葉を一様に使うようなことになりかねない。二首目の「ざつくり」には実感と批評がある。

 『銀河一族』では、性的マイノリティーということに加え、小佐野家という特別な出自がテーマになっている。
 
金色の渦のさなかに暮らしをり小佐野家、または銀河一族
 
 華麗なる一族を捉えたこの一首は、金と銀の折り紙だけで作られた七夕飾りのようでもある。

 政商と呼ばれた大伯父、小佐野賢治の人生を六十首で表した大連作も収録され、さながらドキュメンタリーを見るような迫力だ。賢治に子どもがいなかったため、後を継いだのが彈の祖父だった。昨今流行の「親ガチャ」という言葉にしたがえば、経済的に恵まれた出自は大当たりだ。

 しかし、それゆえの苦悩もある。セクシャリティとはまた別の「特別」は、掲出歌のような慄くつぶやきを彈にもたらすのだった。「持っていないから寂しい」よりも「持っているのに寂しい」のほうが、ずっと寂しい。「全部」という大きな言葉と「明日」という近すぎる言葉が、心のアンバランスを象徴して胸に迫ってくる。

(西日本新聞2022年2月4日掲載/題字デザイン・挿画=北村直登)


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