1.口説きたい彼女
この店を見つけてからさまざまな女性とこの店に来て1ヶ月が過ぎた頃、定番の席が決まった。階段下のステージ側の席が都合がいい。この席は後ろを振り向かないとステージが見えない。向かいの相方の席からはステージはきっちりと見える。わざわざこの席を予約して相手の女性を向かいに座らせる。そして演奏が始まると「あ、コチラからは見づらいからそっちの席に行っていい?」と言いながら返事も聞かずに横の席に滑り込む。それがいつもの手口になっていた。
今日のお相手は前々から口説いているチョット大柄だけど心優しい女性。先日のLINEで「俺たちつきあっているしね」なんて送ったら「えー。いつコクられた~?」と明るい文章を送ってくる気がおけないヒトだ。いつもの席の予約もさることながら今日のためにちゃんと仕込みもしてきた。
「LINEにさぁ」
「うん?」
「『いつコクられた~?』って書いたよね」
「うん」
「いま」
と言って真っ赤なバラの花を差し出す。
「えっ」
「付き合ってよ」
「えー、どうしようかなぁ」
と笑顔で言う様子はまんざらでもなさそう。よし、あと一押しで落とせる。
演奏が終わってオーナーが席に挨拶に来た。
「多和田さんこんばんは。ありがとうございます」
「こんばんは」
他愛もない会話を終えてオーナーが戻っていくと馴染みのピアニストが駆け寄ってきた。
「多和田さんっ!いつもありがとうございます!」
ちょっと血の気が引いた。案の定となりの席から一言漏れてきた。
「いつも?」
・・・終わったな。
そういえば最後に流れていた曲は「My Foolish Heart(愚かなり我が心)」だったなぁ・・・。