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4吸い殻の風景
『来週の金曜日会えない』
半年前に関係が終わった倫子から久しぶりにLINEが来た。懐かしいがもう会わないと言ってきたのはオマエのハズだったが。
『いつものお店で。いつもの時間に』
いつものって・・・今さらなんだけどな。
そうのこうの言っているうちに当日。いつもの席で待っていると流れてきた曲は「思い出のサンフランシスコ」しばらく聞いていたら以前と変わらない日に焼けた笑顔がやってきた。
「ごめんねこんな顔で。いま皮膚科でシミ取りやっているから目の下がちょっと赤いでしょ」
日に当たる仕事だからシミは気にしてもしょうがないって言っていたのにどういう心境の変化だ?しかも以前は風になびくブラウンのロングヘアーだったのに今日はバッサリと切った黒髪のボブになっている。
「髪、切ったな」
「うん、オバサンっぽくなるけどイメージ変わるこっちの方がいいでしょ」
付き合っていた時の髪型しか知らないから、いいでしょって言われてもなんて言えばいいかわからん。
「いつものようにまずはビールかい?」
「いや、チョット控えめにしてるんだ」
「あんなにスキだった酒なのに?」
「『あんまり深酒するなよ』って言われているから」
と言ってケラケラと笑った。あんな別れ方をしたのにまさかオマエの方からお誘いがあるとは思っていたけど、オイオイ、まさか昔の男にいまのオトコののろけを言いに来たのか?
「最近は飲みに行く回数を減らして『会うだけの日』『お泊りの日』を一週間のルーティーンにしているんだ。それに今度熱海に泊りで行くし」
「日曜日も会ってるのか?」
「会う日と会わない日がある。父さんの病院にオムツ持って行かなきゃいけない日もあるしね」
あぁ、そういえば付き合っているときに彼女の父親が入院したって言っていたな。完全看護で面会は出来ないけどオムツや着替えを持って行くって。父親の入院はあれからまだ続いているんだ。
「それにしても、なぜ会いに来た?」
「え?」
「前のように日替わりで付き合おうと思っているからか?」
「いや、もうそれはしたくない」
キッパリと言ったね。
「オマエの口からその言葉が出るとはね」
「そう、そしてセフレみたいな付き合いはしたくないから」
それを望んだのもオマエだったはずだが。
「そして・・・」
「うん?」
「年下の彼に正直でいたい」
「お前にそこまで言わせる年下の彼っていったいいくつだよ?」
「三十一」
ちょっと衝撃が走った。
「オマエ51歳だよな。20歳も下かよ」
「彼はアタシがイイと言ってくれている。ちょっとたるんだこのオナカもポチャポチャして好きだって言ってる」
「そういうフェチかよ」
「本人もそう言ってる」
そろそろ本題に入ろうか。
「それで、なんでオレに会いにきた?」
倫子はワイングラスに入った真っ赤なクランベリージュースを飲み干した後、ゆっくりと話し始めた。
「確かめてみたかったの」
「なにを?」
「もう、アナタに会っても自分が昔に戻らないかを」
「・・・・」
「アタシ付き合う前に言ったよね。ストーカーにあって『もうオトコなんていらない!』って自分のシャッター閉じていたらいいトシになっちゃってさ」
「そうだな」
「でもアナタと出会った」
「そうだな」
「アナタは居酒屋しか知らなかったワタシをこんな高級なお店に連れて来てくれた。美味しい料理を食べて良いお酒を飲んで良い気持ちになったときのセックスが最高だということも教えてくれた」
「そうだな」
「でもワタシだけじゃなかった」
「そう言っておいたはずだ」
「でもやっぱりアタシだけを見て欲しかった」
「ムリだと言った」
「だから別れた」
「・・・そうだな」
ほんの少しの沈黙のあと倫子は言った。
「今日はありがと。じゃあね」
送ってとも言わずト音記号の扉を開けて彼女は出て行った。後ろ姿を見送った時流れてきたピアノの調べはやたらとココロに染み入る「My Romance」。そんなキレイな付き合いじゃなかったが。
しばらくしてLINEが来た。
「ねぇ、元気してる?」
フラれたな。
「あぁ、元気だよ」
一文だけ返した。
「そう、良かった」
そう返信が来たあとアイコンを左に流して『削除』を押した。
悪いがもう逢わないぞ。
二度もオレの手を離したのはオマエの方だから。