5Fly Me To The Moon
年齢はいっているが見た目はカワイイひとだった。
最初に撮ったプロフィール写真が気に入ってもらえて、それならプロデュースもお願いという事になって気がつけば一緒に食事に行く日が多くなっていた。
ただ、気が変わりやすく「和食が食べたい!」って言っていながら予約当日になると「イタリアンにしようか」ということを臆面も無く言う。プロモーションの素材を出してと頼んでも「いまやっている」と言いながら全く出てこなくて一年、コチラが疲れかけていた。
口説き落として何とかしようと思っていた。が、それももうどうでもいいというのが本音だった。ただ、つきあってもいないが別れを切り出すのもどんなものかと思いながら時間だけが過ぎていった。その日も静かなレストランで夕食を一緒にしていた。たわいも無い会話に相づちを打ちながらメインディッシュが終わったときにナプキンで口元を拭きながら彼女が言った。
「ねぇ」
「うん」
「今夜・・イイよ」
・・・このタイミングでか
・・・もっと前にその時はあっただろうに
・・なぜいま言う?
彼女の目は「まさか断るわけないわよねぇ」とトロンと潤っていた。
オマエ『私を口説くならマリオットを予約してよね』って言っていたじゃないか。そんな言葉で振り回された記憶が頭の中をぐるぐると回る。誘いの瞳の言いなりになることに納得がいかず自分の気持ちが一気に冷めて次の行動が決まった。
「もう一軒行こうか」
彼女はスグにでもカラダを開く準備が出来ていたと思うがそれを冷ますために馴染みの店に向かった。
ピアニストが心地よい音を奏でるピアノはアップライトだが手入れが行き届いている。その音色もこの店が気に入っている理由の一つだ。店内はほの暗く今日は客も少ない。飲み物が運ばれてきて一言もしゃべらない自分の態度に感じ入るモノがあったのだろう。無言の二人の間をピアノの調べだけが静かに滑っていく。
しばらくして曲が変わった。お気に入りの『Fly Me to the Moon』をボサノバタッチでピアニストが奏でる。恋の終わりはこんな風なんだな、という想いが胸の中でさざ波のように行き来する中で最後の曲が始まった。
『Amazing Grease』
静かに流れる曲は今の二人に似合いすぎている。年甲斐も無く自分の心の中では一年間の想いの終演に涙があふれていた。
支払いの際「コレでピアニストに一杯飲ませてあげてくれ」とチップを渡して店を出る。
「ありがとう、楽しかったよ」
立ち尽くす彼女を残してクルマに乗り込みアクセルを踏んだ。