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今の私はHP:60しかない見習い農耕民族

田に水が入り、水鏡となって空を映している。一年で一番、風景が広がって見える季節。初夏の陽気で緑も濃くなり、私の一番好きな季節となった。

同時に、この季節は草との戦い。雨上がりには地面がやわらかくなっているから、庭の草を抜くチャンス。

母が草刈り機で刈り倒した草は、何日か天日干ししたのち、熊手で搔き集め、一輪車に乗せて、畑の隅に山盛りにする。

ご近所さんたちは野焼きするのだが、うちは父が亡くなってから野焼きはしないことにしている。火のコントロールに絶対的な自信がなければ野焼きは怖い。燃やさなくても、どうせ山盛りの干し草はそのうちへたる。

私の能力をゲーム世界風に表すなら、
見習い農耕民族
レベル1
HP:60
といったところだろうか。HP:1=1分として。

60分めいっぱい働いてはいけない。HPがゼロになったら動けなくなるから。HPがまだ残っている状態で仕事を引き上げ、横になって休むのだ。HPが回復したら、次の作業へ移る。

私の場合、持病の関係で、休むときは横になって足を高くすることが重要。「座って休む」は、体を起こしているので意味がない。

午前に庭の草取りを30〜40分程度したら、休憩(横になる)を入れて、それから台所に立ち、昼食準備。

のんびりすぎる日常。
休み休みもいいとこ。
でも、こうしないといけない。
それが母との約束を守ることに繋がるから。

  *

父が入院中、母に意を決して話したことがある。
もしも――今もすでにすねかじりの身なんだけど、コロナ禍がおさまるまでの何年か、経済的に許されるなら、私、お父さんの介護をしたい、と。

そのときはまだ、父の症状が想像以上に凄まじいものだとは思わなかったから、「自宅で普通の介護」が普通にできるものと思って言ったのだけど。

母は真剣な表情で、すぐに私を諭した。
「お父さんの介護云々の前に。あんだ、自分が外さ働きに出てないことに、多分、負い目を感じてんだろうけどさ」

――さすが。見透かされている。

「あんだの気持ちはわかるよ? だけど働きに出たりしたら、絶対疲れて倒れるでしょう? あんだが入院したら大変だよ。着替え届けに通わなきゃならないし、畑も何もできなくなるし、コロナだし」

私は免疫異常系の持病を二つ抱えている。今でこそ安定しているが、以前は毎年のように入退院を繰り返していた。だから働きに出ることをやめた。

再発するきっかけは経験上わかっている。極度のストレスや、体力的な無理が続いたときだ。どちらもステロイド療法。簡単に言うと、私の免疫力が抑え込まれる。感染症に対して「防御力:0」みたいな状態でコロナと出会ったらどうなるか。想像に難くない。

「今あんだが外で働いたって、何ひとついいことないからね。家のことマイペースにやってくれるだけで助かるんだから。あんだの仕事は、とにかく絶対入院しないこと! コロナがおさまるまでは、外でお金稼がなきゃとか思わなくてよろしい!」

今現在、経済的に自立していないことに関して、どうやら私は自分で思った以上に気にしていたらしい。母の言葉で、あっという間に涙目になってしまった。

「あんだは気に病むと体に出るから! 本当に体に出るから! 入院するから!」
「……おっしゃるとおりです」
「だから気に病まないでちょうだい本当に! この話、前にも言ったでしょう⁉︎」
「いや、言ってないです」
「ありゃっ」

母は私の生態をよくわかっている。「牡牛座さんは体に出る」ということをまったく知らないはずの母だが、娘のこととしてそれをよくわかっている。

しばらく外で働くことは考えなくていい、絶対するな、という母の言葉のおかげで、私は心から安心した。体がふっと軽くなるくらい、開放感を覚えた。やっぱり自分で思っていた以上に気に病んでいたらしい。

思えば以前は、入院が逃げ場となっていた。入院するとホッとするほど、日常生活で心身に過度なストレスがかかっていた。実家という楽園に戻ってきてから、それはない。

父の入院や葬儀の頃は、過度な精神的ストレスと肉体疲労、寝不足が続いて、短期決戦じゃなかったら、――実家暮らしじゃなかったら、多分私は持病再発していたと思う。今回は葬儀の一切が終わってから、悶えるほど苦しい腹痛、嘔吐が何度かあったものの、検査の結果では異常はなく、点滴と整腸剤、安静程度で済んだ。

  *

「私も草刈り機を覚えたい」
ずっと言ってるのだが、母がなかなか許可をくれない。高速で回転する円盤状の刃でもって草を刈る機械。ただでさえ危険なのに、重くて操作が大変なことから、母が渋っている。

だけど説得の果て、母の付き添いのもと一度だけ、エンジンをかけて装着し、簡単な場所の草を実際に刈ってみた。

車を運転していて、何かあったとき人間が咄嗟に反応できるスピードというのは、時速40kmまでだと教習所かどこかで聞いたことがある。

草刈り機――たしかにこれは、高速道路を運転するようなものだ。意識が行き渡らない。速すぎるし、装着までの手順も面倒くさい。慣れていないこともあるが、慣れたとて、これはどうだろう。

「あんだはやらない方がいいと思う」
母の言葉にうーん、とうなりつつ、
「そうね、私はとりあえずカマでちょこちょこやろうかな」
という意見に双方落ち着いた。カマなら子供の頃から使っていたし、自分の手の延長として意識が通う。

「今度カマの研ぎ方、教えて。なんとなくはわかるけど、やったことないから」
「んだね。そのくらいは覚えた方がいいね」

後日、母が私専用のカマを買ってきてくれた。私の脳内に「カマを手に入れた!」というゲーム画面が表示された。

考えてみれば、草刈り機は一回の油で小一時間ほど動く。HP:60しかない私にはカマがお似合いだ。毎日気になったところを、ちょこちょこ刈っていけばいい。小回りが利くのもカマの魅力。私はカマのスペシャリストをめざすとしよう。

見習い農耕民族
HP:60
装備:カマ
レベル2


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