冬道は運転しないに限る
私の地元では庭や路面が凍結していると、
「タッペになってっから、気ぃつけらいよ」
などと言う。今冬は寒波や雪が多いのか、「タッペ」と言わない日はない。
こういうときに運転すると、いつも父の声が蘇る。橋が見えてくれば、「橋の上は気温が低くて凍ってっから、スピード落としてから入れ」。長い下り坂では、「下り坂は滑っからブレーキ踏むな」と。
だがこの「下り坂は滑っからブレーキ踏むな」は、ちょっと言葉が足りない。
まだ冬道に慣れていない頃、父の言葉をそのまんま受け取ってしまった私は、ひとりで出かけているときに
「え、本当にブレーキ踏まなくていいの? 本当に? 本当に?」
とうろたえながら、本当にブレーキを踏まずに下ってしまった。私も愚かである。
当然、どんどん加速していく恐怖を味わった。耐えきれずにビクビクとブレーキを踏み、幸いスリップせずに下りきることができた。これは本当に父の言葉足らずである。
言葉を補うと、「下り坂では、エンジンブレーキを使い、フットブレーキを踏まないようにすること」である。
凍結道路でブレーキを踏むと、タイヤがロックされてしまい、どうにもできずにただ滑り落ちるしかなくなる。ブレーキを踏むなら下り始めてからではなく、下りる前、山のてっぺんから、ということを覚えた。
長い坂を上るときも然り。急に強くアクセルを踏むとスリップしてしまうので、ゆっくり、ジト~ッと、アクセルを踏む。
上りにしろ下りにしろ、この季節はオートマ車と言えども「2(セカンド)」や「L(ロー)」などの低速ギアが欠かせない。
今はオートマ車が主流になっているが、昔はマニュアル車がほとんど。そういえば私が取得したのも、マニュアル免許である。すっかり忘れていた。運転の仕方も。
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「橋の上は気温が低くて凍ってっから、スピード落としてから入れ」についても、実際に怖い思いをしたことがある。ガッツリ路面凍結した朝、行き交う車は皆、ゆるゆると走っていた。スピードを出すには怖すぎる凍結っぷりだったから。
そのうちに小さい橋が連続したところに差しかかり、見通しの悪いカーブを曲がったところで、事故って道のわきに突っ込んだ車があり、私の前を行く数台の車が徐行したため、詰まっていた。
そのことに気づいて、慌ててブレーキを踏んでしまったのが悪かった。タイヤにロックがかかり、コントロール不能に陥った。私の車は止まることができず、ゆっくりと、でも確実に前の車へと迫っていく。
ダメだ、ぶつかる……!
覚悟したが、あとほんの少しというところで、なんとか止まった。大きく息を吐き、脱力と緊張が入り混じった状態で、私はハンドルへ突っ伏した。ご先祖様に「ありがとうございます!」と連呼して。
しかしその次の橋でも、またタイヤにロックがかかってしまった。二度目はさすがにご先祖様も無理かぁ! と、今度こそ追突を覚悟した。
再びパニックになった私の頭に、ふと「ABSブレーキを作動させたらどうか?」と思い浮かんだことは奇跡でしかない。
凍結道路でブレーキを踏みこむなんて怖くてできないが、すでにコントロール不能な状態なのだから四の五の言っていられない。私は思いっきり、ブレーキを踏んだ。
すると思ったとおりABSブレーキが作動し、ガツーン……ガツーン……ガツーン……という音と衝撃を発しながら、ゆっくりと車は止まった。魂抜ける勢いで、ハンドルへ突っ伏す。本日2回目。
前を行く車は、私の車がいつ追突するかと、さぞかし不安に感じていたことだろう。
冬は出かけないことが一番の安全策である。