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【小説】雪鬼女狩りの村(八)炎上

あらすじ第一話

数年前から、雪の量が増えた。今年はさらに大雪が降り続けている。村人たちは再び疑惑を持ち始めていた。

「いくらなんでもおかしい」
「そうだ、こんな降り方は変だ」

屋根は歪み、家が軋む。
村は雪に飲み込まれつつあった。

「俺んとこは母屋がやられた。寝たきりの母ちゃんも一緒に潰されちまった!」
「おらのところも、子供が二人……っ」
「山に近いやつらは、もう出て来られないらしい。……食い物もじきに底をつく」
「わしらどうなるんじゃ」
「村は潰れるんか?」

家族を失った悲愴感。
どうにも抵抗できない無力感。
これから先への不安感――
雪以上のものに村人たちは襲われていた。

それに雪が降り続けている以上、「雪鬼女」を殺し続けなければならない。

「……まずいな」
村人たちに交じっていた吉兵衛がぼそりとつぶやく。村に渦巻く異常な狂気を感じずにはいられなかった。
そのとき、村人たちの輪の一角からざわめきが起こった。

「これはまだ村に雪鬼女がおるのじゃ!」

野太い声があたりに響く。人垣をかき分け、この村一帯の肝煎、三沢が現れた。吉兵衛が気付かれないように舌打ちする。

「これは大物の雪鬼女が潜んでおる! だから雪が止まぬのだ!」

かなりの老体であるのだが、贅沢三昧の生活で培われた重そうな腹と権力を振りかざす態度が、いつも人々を威圧させた。すぐ後ろには、跡取り息子も横柄な態度で控えている。

「これは雪の災いだ! 村にまだ雪鬼女がおる! 雪鬼女が雪を呼んでいるのだ!」
おぉ、という低いざわめきが起こる。
「弥平んとこの嫁が怪しくないか?」
村人の一人がなつめを取り上げた。

――馬鹿野郎め!
聞こえないように罵り、吉兵衛はじっと動向を見守った。

「そうだ、あの女はよそからふらりと村に入ってきた。素性がわからん」
「けど凄いべっぴんだ。もったいねぇ」
「阿呆! だから余計怪しいんだろうが。あの美貌と肌の白さは普通の女子おなごじゃねぇ」
「弥平の嫁が雪鬼女だ! 違いねぇ!」

村人たちの目は狂気の色が濃くなり、殺気を帯び始めた。

「なつめには連れ子がいたな」
「ガキも美形だった」
「女か?」
「いや、男だ」
「ならば雪鬼女ではあるまい」

「ではその女を捕らえよ!」
三沢の号令とともに、村人たちの咆哮が山々に轟いた。

  *

小雪がちらつく晩。
――弥平の家。
どぉん、と低い太鼓の音が突然響いた。
なつめがはっとして顔を上げる。
「あれは……まさか……!」
急いで真之介を引き寄せる。
太鼓の音はあっという間に家の目の前まで迫った。

いけない、もうそこまで来ている。
こんなに早くては……!

なつめの全身が粟立つ。
真之介を見ると、顔は青ざめ、目を見開き、肩が小刻みに震えている。

突然荒々しく戸が開け放たれた。
暖かかった団らんの間に、一瞬にして雪交じりの凍てついた夜気が入り込む。
「な、なんだ!?」
弥平が驚いて外を見ると、そこには大勢の村人たちが手に松明を持ち、弥平の家を取り囲んでいた。なつめが咄嗟に立ち上がり、真之介を守るように前へ出る。
「おっ母!」
「静かにっ」
母子が小声で交わす。

「弥平すまねえな。なつめを渡してもらおうか」
「な、なつめを? なんだみんな集まって急に、一体何が……っ」
「なつめがこの村に来てからというもの、毎年大雪が降りやがる! このままでは村が雪に潰されちまうんだよ!」
「それとなつめに一体なんの関係があるってんだ!」
「なつめは雪鬼女だ! 災いをこの村に呼んでいるんだ!」
「な……っ、何を馬鹿なことを!」

弥平と村人のやりとりをじっとうかがっていたなつめは、視線は向けずに後ろの真之介へそっと声を掛けた。

「真之介。落ち着いて母の話を聞きなさい」
「おっ母……」
「この先母の身に何が起ころうとも、決して、己も、他の者も責めないで。
恨むことにとらわれずに、どうか自由に生きて。……命を粗末にしては、なりませんよ」
「え……」
周りに悟られないよう小声で交わす。
「あなたのことを思って悲しむ人は、もう母だけではないのですから。わかりますね?」
「おっ母……!」
真之介がなつめの背中を両手でぎゅっと抱きしめる。

震えが止まらない。
何に震えているのか。
これから何が起こるのか。
考えることすら恐ろしい。

「おっ母やだよ……!」
「わかりましたね? 『真之介』」

今のあなたは、男の子なのです。
決して己が雪鬼女だと明かさぬように。
己の存在を呪わぬように――

  *

太鼓の音を耳にし村に異変を感じた影親は、急ぎ弥平の家へ向かった。そこで見たものは、狂気に満ちた村人の集団。
――遅かったか!
急いで道から外れ、なつめたちが毎日雪かきしてできた雪山の陰に身を隠した。

打ち鳴らされる太鼓の音が響く中、狂気の行列が動き出す。
「やめてくれぇえ!」
弥平は後尾の村人たちに足蹴にされながらも、行列を追いかけていた。

影親が急いで集団の中に視線を走らせると、前方では口に布を押し込められたなつめが無理矢理歩かされていた。

さらに視線を巡らせる。
――燐っ!
村人に取り押えられ一緒に引っ張られている真之介が目に入った。

「ガキはこいつだけか? 女子おなごはおらんか?」
「弥平んとこのガキはこいつだけだ」
「ならばつれてって母親の最期の姿でも見せてやりな。女子おなごだったら一緒に火炙りだったが。命拾いしたなお前。暴れると面倒だから弥平もガキも縄で縛っとけ」

前方のなつめが真之介を気にしている。体の自由は奪われたが、今すぐ殺されるという状況ではないと影親は判断した。

――これもなつめ殿のお陰か。
最悪の事態を想定して、男の子として育ててきたのだから。

だがそれはつまり、疑いはなつめ一人が被ることを意味する。聡明ななつめなら、いつかこうなることも見越して、覚悟の上で男の子としたに違いない。

「母……か」

影親は気付かれぬように後をつけた。
ちらついていた小雪が、暴れるように乱れて吹きつけていた。

村の集会所まで来ると、なつめは杭に括り付けられた。足元には薪が山のように積まれてゆく。

それを目の前でただ見ているしかできない弥平と真之介。皮膚には抵抗した跡が痛々しくついていた。

くそう、どうしたら……
猟銃を手に、影親がじりじりと村人たちの輪へ近づく。

捕らえられている弥平と真之介の姿が見えた。妻を、母を見つめるその横顔は、苦渋と絶望に満ちている。真之介が母を呼ぶ。魂が泣いているような、悲痛な叫びを。

「燐、頼むから余計なことは言わないでくれよ……」

雪鬼女の疑いが真之介へ向けられては元も子もない。それになつめが捕らえられたことで、己の存在をまた責めるのではないか。影親にはそちらの方も心配でならなかった。

  *

「あれが雪鬼女か?」
杭に括り付けられ、高く掲げられたなつめを見て、三沢が確認した。
「へぇ、弥平の嫁のなつめです」
「やはりなつめか!」
声を上げたのは三沢の息子であった。

――とうとう、見つかってしまいましたか。
視界に入る光景に、なつめは目を伏せた。

できればもう二度と会いたくはなかった。三沢の息子は、なつめが最初に嫁いだ相手であった。身分も生まれた土地もだいぶ違ってはいたが、なつめの美貌を気に入られての輿入れだった。富豪と繋がって一番喜んだのは、実家の父だった。

「なつめ! あの男はなんだ!」
三沢の息子が指差したのは、弥平である。
かつて、その美貌なら惚れる男もおるだろう、と言ったその口が弥平を罵る。

「そなたが雪鬼女か! 子宝に恵まれなかったことといい、我が家も災いにのまれるところであったな!」

三沢――
元舅であるこの男は、最初からなつめにいい顔をしなかった。

息子のたっての願いであるから、でなければ誰がこんな身分の低い女、と屋敷で顔を合わせるたび罵られた。年月が経っても子ができぬとなると、それはますます激しくなった。

元夫である、三沢の息子が、今度は真之介を指差す。
「おのれなつめ! あのガキはなんだ! まさかお前の子ではあるまいな! 俺との間には子ができなかったくせに、あの男とは子を設けたのか! おのれこの裏切り者っ!」
「やめんか馬鹿者! 連れ子だと言っておったろう!」

三沢の息子には、残念ながら父の賢さがあまり受け継がれなかったらしい。

「むしろそれだけ大きな子がいるとなると、お前の子種かも知れぬな」
「そうか! そうなのか? そうなのだな、なつめっ」

どこまで――
なつめの胸の内で、三沢親子への嫌悪感が渦巻いた。
――どこまで自分たちに都合よく、物事を歪ませるのですか。

「父上、でしたらその子をうちへ連れて帰りましょう! 今の妻との間にもまだ子がおらぬことですし!」
「――いいえ」
凜とした声が、喧騒を静めた。
「何を、おっしゃっているのでしょう」

もしかしたら、私の意地が、夫と子を苦しめるのかも知れない。私が黙っていれば、真之介は三沢の家で跡取りとして大切に育てられるかも知れない。
――いいえ。
三沢の家が真にあの子を理解し、幸せに導くとは、やはり思えない。

「その子は、夫弥平と私の、大切な息子です」
どうか私のせいで、この優しく気が弱い夫に災いが降りかかりませぬよう。

「私が、腹を痛めて生んだ子です」
どうか私のこの意地が、愛しい我が子の身を危険にさらしませぬよう。

周りからはすでに、ひそひそと話す声が漂い始めた。

「なつめは真之介を生んだ……。三沢様の家では子宝に恵まれなかったと言ってたな」
「ということは」
「三沢様のご子息には、お種がなかったということか?」
「ガキはなつめの連れ子だろう? なつめが嫁に来たのは三年前だ。弥平の子のはずがあるか」
「わからんぞ、嫁ぐ前に弥平と深い仲になっていたということも……」
「大切な息子と言っただけだ。弥平との間にできた子だとは言っておらぬ。生んだのはなつめでも、父親はまた別におるのかも知れぬ」
「なんと恐ろしい。やはり雪鬼女は、美貌を武器に男をたぶらかすのだな」
「しかし後妻とも子ができぬということは、やはりご子息には子種が……」

三沢の息子の顔がみるみる赤く染まる。
「黙れおのれら! それもこれもこの女の呪いだ! 雪鬼女が呼んだ災いなのだ! はよう焼き殺さぬか!」

なつめは急いで影親の姿を探した。
己の死が確実に近づいているのを感じながら、村人に悟られぬよう周囲に視線を走らせる。

いた……!

木々に身を潜め真之介の背後近くまで来ていた影親を見つけ、なつめは安堵した。囚われの身のなつめと影親の視線が、引き寄せられる。影親が猟銃を握り直す仕草を見せると、なつめは小さく首を振った。

――騒ぎを起こしてはいけません、影親様。

真之介へ目を向ける。
今度は母と子が目を合わせた。
なつめは我が子に微笑む。
このような状況であるにも関わらず、天女のように柔和で美しい、優しい母の顔で微笑んだ。

「……笑っておる」
「これから焼かれるというのに笑っておるぞ」
「やはり化け物か」
村人は口々になつめを罵った。

真之介はじっと母を見つめたまま動かない。いや、信じられない現実を目の当たりにし動くことができないのだ。

なつめはその微笑みのまま、周りに気取られぬよう再び影親と目を合わせた。そのまま真之介の方へ、ちら、と目を向け、今度は小さく、だがしっかりと影親にうなずいて見せた。

  *

あの子のこと、どうかよろしくお願い致します――
なつめが以前、影親に言った言葉が、聞こえた気がした。
「一人で背負い込むつもりか、なつめ殿……!」
影親は歯軋りした。

しかしそなたが雪鬼女だと思わせれば思わせるほど、それは真之介へも危険が募ってしまう。今は男だからと見逃されているが、万が一にでも女だと悟られてはならない。疑いも持たれてはならない。そして一刻も早く、この場から真之介を連れ出さなければ。

だがこの人数に猟銃一つで、なんとかなるとも思えない。弥平も真之介も捕まえられている。助ける命の数を欲張ろうにも限界があった。

「……なつめ殿の望む通りにしかならぬか」

  *

「雪が強くなってきたぞ! 薪がぬれる前に急げ!」
「よし! 火をつけろ!」

合図の声とともに、松明がなつめの足元に下ろされた。足元に積まれた薪の奥に、枯れた杉の葉が仕込まれている。松明の火はあっという間に燃えやすい杉の葉に移った。

杉の葉の小さな火はすぐに勢いを増し、薪を熱す。熱せられた薪からも火が上がり、みるみるうちに大きく成長した。熱気と煙で、なつめの天女のような顔に苦悶の表情がにじむ。

「やめてくれえ! なつめが何をしたんだ! 何もしてねえ! 殺さねえでくれえ!」
「うるせえ! あの女は雪鬼女だ。村に災いを呼ぶ者だ。退治しなきゃなんねえんだよ!」

炎が、足に届いた。
「あぁ……燐……」
声の届かぬ我が子に向けて、呼びかける。
炎が着物に燃え移った。
「母に出来ることは、ここまでです……」
髪が焦げる。
皮膚がただれる。
「母のために人を恨まないで……。どうか、自由に生きて……。あなたの幸せを……いつまでも……願って――」

炎がなつめの体を覆った。
弥平が泣きながら妻の名を叫ぶ。
業火はなつめの体をなおも襲った。
もはや意識はなく、皮膚が縮み、炎の中で体が反り返っていった。

「なつめぇっ! なつめ……なつめ……」
弥平が妻の名を呼び続ける。

母が焼かれていたそのとき、真之介は――
そこから忽然と姿を消していた。

  *

弥平が真之介を見失ってからほどなく。
小高い丘の上に真之介はいた。
村人たちの松明の火は眼下にある。
――なつめを焼いた火も。

真之介はなつめが目の前で炎に包まれていたときに、背後の闇から突然現れた手に捕まった。皆がなつめに注目していたときだ。真之介を襲う者のことなど、誰一人見てはおるまい。ただ雪だけが強く吹きつけた。

口を塞がれ、縄で縛られた体を闇に引きずり込まれる。恐怖で半狂乱になり、泣きながら暴れる真之介の耳元に、唇が近づいた。

「落ち着け、俺だ」

聞き覚えのある声。
背後の者が影親であることを悟る。

「大きな声を出すなよ」

優しくなだめる影親の声に真之介が二回うなずくと、そのまま抱え上げられて、この丘までつれてこられたのだった。

灯りも何もない中、雪の上に下ろされる。
吹きつけていた雪は、とうに弱まっていた。

「影親……」
一気に緊張が解け、真之介はボロボロと涙をこぼしながら影親にしがみついた。
「影親……っ、おっ母が……!」
「ああ、わかっている」
影親は真之介を強く抱きしめ、小さな頭を胸に押し当てた。
「声を出して泣いて良い」
真之介は影親の胸に口を押し当て、泣いた。

人に心を開けなかった真之介が、実の母のように思い、心を開いて頼ってきたなつめが死んだ。なつめもまた、真之介を我が子として心の支えにして生き、真之介を守るために命を差し出した。

実の親子でなくとも、なつめは確かに母であり、真之介は子であった。

「何故、私をここへ」
ひとしきり泣いて、真之介は尋ねた。

「私より、私なんかよりおっ母を……!」
「俺もなつめ殿を助けようとした。だがなつめ殿がそれを拒んだのだ」
「拒んだ? どうして?」
「なつめ殿は、最期まで母の顔をしていたよ。私の子を助けてくれと、そう俺に目で訴えてきた」
「そんな!」
「自分の命より子の命を……。なつめ殿は立派な母親だよ」
「そんな……」

影親の顔がにじんで見えないほど、涙が込み上げる。

「だから燐!」
燐と呼ばれ、肩がびくっと上がる。
影親の声と表情が、怒っているように感じた。

「自分のことを『私なんか』と言うな」
細い肩を、強くつかまれる。
「自分を卑下するな。なつめ殿が自分の命と引き換えに守った命だ。誇りを持て! 母の死を無駄にするな! 自分の命を粗末に扱うな!」

――この先母の身に何が起ころうとも、決して、己も、他の者も責めないで。
恨むことにとらわれずに、どうか自由に生きて。命を粗末にしては、なりませんよ――

なつめと最後に交わした言葉を――いや、約束を思い出す。

「これからは、俺がお前の命を守る」
真之介の目から涙がこぼれた。
「だから生きてくれ。頼むから、生きようとしてくれ……っ!」
絞り出すような、悲痛な叫び。

影親の真摯なその声、その言葉、表情の全てが、真之介を説得させるのにじゅうぶんであった。

――あなたのことを思って悲しむ人は、もう母だけではないのですから――

真之介は目を閉じた。
「わかった。約束する」
まぶたに押されて、また涙がこぼれた。

「……でも村の者たちは私を殺さぬのでは? 男の子だと思っているはずでしょう」
「万が一にでも悟られてはだめだ。それにどこぞの阿呆が『男でも構わん、ついでに殺せ』とも言い出しかねん」
真之介は沈黙し、自分の両肩を抱きしめた。
「やはり雪鬼女は、それほどまでに憎まれている……」

そんな中で、どうやって生きていったら良い。

「雪鬼女は災いを呼ぶから、忌み嫌われている。だから私は――」
肩を抱きしめる手に力をこめる。
「大人になってはいけない」
「そうか。だから八年前と同じ姿のまま成長せずにいたのだな」

影親が空を見上げた。
風はやんだが、相変わらず雪がちらちらと降り続けている。

「村の者は雪鬼女のせいにしているが、まずもって今までの雪は、雪鬼女のせいではなかろう? お前はまだ雪ん子なのだから」
真之介は歯噛みしてうなずいた。
「雪ん子は降っている雪をちらつかせたり、湯に息を吹きかけて冷たくするくらいしか力はない。ましてや大雪を呼ぶ力など、あるはずもない」

「別の雪鬼女がいる……ということは考えられないか?」
真之介は首を横に振った。
「雪ん子は一度に二人は生まれない。雪鬼女が同じ山に二人いることもまずない。稀に人の子を宿して、母子二人でいることはあるだろうけど……。雪ん子は雪から生まれる。成長して雪鬼女になり、死ぬと雪に還る。そしてまた次の雪ん子が生まれる」

「雪鬼女に成長すれば、本当に大雪を降らせることはできるのか?」
「それは――」
真之介は言葉を詰まらせた。
「半分当たっているけど、半分違う。雪鬼女は神ではない。雪ん子よりは多くの雪を操ることはできるけれど、でもそれはそこに大雪があるからであって、ない雪を操ることはできない。それに――」

言葉を詰まらせた真之介を、影親が見やる。

「そんな力があればとっくに使っている……!」
吐き捨てるように言うと、影親の大きな手で真之介の頭は引き寄せられた。
「――そうだな」

そんな力があれば、なつめを助けるために使っていた。

「結局今降る雪は、降るべくして降っているわけだ。雪鬼女のせいではない。お前が気に病む必要はない」
「うん……。だけどおっ母は雪のせいで殺された。やっぱり……私は災いを呼ぶのかも知れない」

先ほどの惨劇が脳裏に蘇る。

「私はこのまま成長しない方が良い。いっそこの世に生など受けなければ……」
「そらまた! そのようなことを言うな」
影親に顔をのぞきこまれ、叱られる。

「そのような悲しいことを、言うな」
大きな手に再び引き寄せられる。
大きな懐に収まり、力強い腕に抱きすくめられる。

「なつめ殿が悲しむ。俺もいたたまれない」
影親は大きくて、力強くて、安心する。
「……うん、ごめんなさい」
安心して、影親に力いっぱいしがみつく。

「それに、なつめ殿との出会いは本物であったろう?」
「うん」
「生まれてきて良かったではないか」
「うん……そっか、そうだね」

生まれてきて良かった――
初めて、そう思えた。

「おっ母と影親くらいだ、私を助けてくれたのは。私に、優しさをくれたのは」
顔を上げて影親に笑顔を見せる。
「影親にも、出会えて良かった。生まれてきて本当に良かった」
影親は笑みを漏らし、
「可愛いこと言ってくれるじゃないか」
真之介の頭をがしがしとなでた。

ふとその手が止まる。
影親が真剣なまなざしを向けてくる。

「燐、今度こそ俺と一緒に来い。村を出よう」
「また……っ、それはこの前も言ったけど――」
「残念だがあのときとはもう答えが違うはずだ」

まだ、行けない。
おっ母をおいては行けない――

「あ……」
なつめはもう、いない。

「この村にいてはいけない。こんな……」
雪ん子だというだけで銃を向けられる。
雪鬼女だと疑われれば焼き殺される。

「一緒に来い。どちらが歪んでいるか教えてやる。そして生きろ。生まれたからにはしっかり生きろ!」

生を受けてからずっと、存在を否定する言葉しか言われてこなかった。でも影親は、こんなにも力強く、生きることへ導いてくれる。

影親と出会ってから泣いてばかりだ。
でもそのほとんどが、嬉し涙だった。

「燐!」

涙がこぼれるのを止めようと、歯を食いしばる。
もういっぱい満たされた。
泣いてばかりいないで、今度は前を向いて歩き出さなければ。

涙を拭う。
笑って言うのだ。
「はい……!」
もう迷いはない。

「影親と一緒に行く!」

  *

その頃村人たちは、儀式の後始末をしていた。

「なぁ、おい……」
その中で年が一番若い男が他の者を呼んだ。
「どうした」
近寄った者に、一番若い男がこれ、と地面を指す。

「女の体が焼け残ってる」

火炙りを行ったその場所には、真っ黒に焦げ変わり果てた姿となったなつめの骸があった。

「ば……っ!」
周りの者たちの顔が青ざめる。

「雪鬼女は雪でできているから死ぬと体が残らんというぞ」
若年の男は雪鬼女についての知識を自慢げに語りだした。
「つまりなつめは雪鬼女ではなかっ……」
「シッ!」

一番近くにいた年長者が激しく男の口を塞ぎ、小声で叱った。

「ばか野郎! 三沢様に聞こえるぞ」
「聞こえなくても三沢様にも見えているんじゃないか?」
「黙れこのばか! 雪鬼女じゃなかったなんて口が裂けても言うな」
「ばかばか言うなよ。なんでだよ」

「……お前、後始末をやるのはこれが初めてか」
「そうだ」

「じゃあ教えてやる。いいか、確かに雪鬼女は死体が残らない。お前の言う通りだ。じゃあ死体が残った場合はなんだ? それはつまり雪鬼女の濡れ衣を着せられた、正真正銘の人間だったってことだ」
「それではわしら、ただの人殺しだ」
別の年長者も小声で相の手を入れる。

「三沢様だって見て見ぬふりをしているんだ。雪鬼女じゃねえなんて言ってみろ」
胸倉を乱暴につかむ。
「ど、どうなるんだ?」
「俺たちの命の方が危ねぇ。三沢様はそういう人だ。わかるな? わかるよな?」
鬼気迫る勢いに気圧されて、こくこくとうなずく。

「わかったら二度と余計なこと言うんじゃねぇぞ、若造が!」
つかんでいた胸倉を乱暴に離すと、男は視線を地面に落とし、なつめの骸を忌々しげに見つめた。
「なつめは雪鬼女でなくては困るんだ」

なつめの骸は葬られることなく、人目を避けるように山に捨てられた。

「そのうち獣に喰われて体はなくなる。なつめは雪鬼女だ。わかったな?」
「あ、あぁ。わかったよ」

若年の男は複雑な表情でうなずいた。
何か言いたげではあったが、周りの者たちがそれを許さなかった。


次回
雪鬼女ゆきめ狩りの村 第九話 かせ


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