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hatsuyume2025
雪国の港町。
薄暗くて埃臭い駅の待合室を出ると、
港まで真っ直ぐに道が続いている。
道は深々と積もった雪の間を、
そこだけが世界のようなトンネル状に、
果ても見えない先まで続いている。
2分ほど歩くと、突然、街灯の灯りとともに、
右に曲がる道が現れる。
誘われるように右折すると、道の左側だけに、
煌々と燈を灯した商店群が現れ、
焼いた魚の匂いや、飲んだくれの吐息の匂いや、
耳障りな嬌声が、冷たい空気の中を漂ってくる。
そんな空気は、いま、一番遠ざけたいものだ。
なるべく左側を見ないように早足で歩くと、
右折した道は、100メートルほどで突き当たってしまった。
その突き当たりの右側角に、ポツンと一軒だけ、
赤提灯を灯した居酒屋がある。
近くまで行って、ガラス戸の中を注視してみると、
5席ほどのカウンターの真ん中で、女が酒を飲んでいる。
いかにも小料理屋の女将風の和装で、
外した前掛をカウンターに置き、
ぐいぐいとコップ酒を煽りながら、
入り口すぐ脇のブラウン管テレビを見つめ、何か呟いている。
歳の頃なら40代前半。
短い髪と薄化粧で隠してはいるが、
切長の目と、やや厚ぼったい唇から、
この世代の女性の色気が漏れてしまっている。
「いいかな?」と言いながら
ガラスの引き戸を開けて入っていくと、
女は満面の笑みを浮かべて言った。
「待ってたのよ。
一緒に紅白見ようと思って」
里芋の煮っ転がしと、イカの甘辛煮、
エボダイの干物焼に、切り干し大根と豚の炒め煮。
店に入って5分後、彼女がちゃちゃっと盛り付けて
出してくれた小皿類と、コップのぬる燗。
それをいただきながら、ブラウン管のテレビを見つめる。
カウンターの真ん中で、ふたり横並びで。
二人は前々日に知り合ったばかりだが、
すでに夜を一緒に過ごしたらしい。
画面に流れる紅白歌合戦で、好きな歌手が登場すると、
腕を叩いたり、聞き惚れて頭をこちらの肩に預けてきたり。
そんな彼女が愛おしくて、
店の外は氷点下だろうに、汗をかくほど暖かかった。
〝こんな年越し、初めてだな…〟
心底しあわせな気持ちでそう思った
そのとき、画面の紅白はトリを迎えていた。
と、彼女は突然立ち上がり、叫んだ。
「この歌はダメだ。泣いちゃう」
流れてきた歌は、昭和に大流行した演歌だった。
座り直した彼女は画面から顔を背け、でも歌は聴きながら、
こちらの右肩に顔を埋めた。
曲が最初のサビにかかる頃、右肩に水分を感じた。
彼女を見やると、肩が震えている。
〝そんなに想い出深い歌なのか〟なんて思っていると、
急に、ガラス戸を叩く大きな音がし始める。
ガラスを粉々にしそうなほどの力強さで、何度も叩く音。
「オラぁ、カギ閉めてんじゃねえぞこの野郎」
野太い声が聞こえてきたところで、右肩から彼女を一旦外し、
戸の方へ向かおうとした。すると彼女は、
「やめて。行かない方がいい」
と、こちらの左手を強く握る。
「大丈夫だから」と言い残し、ガラスの引き戸を開けにいく。
カギを外そうと合わせ部に手にかけると、閉まっていなかった。
戸を叩く音はまで続いている。
「うるせえなこの野郎。カギ閉まってねえぞ」
と言いながら、戸を開け、正面を見やると、
右手を振り上げた状態で男が立っている。
目深に被ったニット帽と、マスクで顔は見えない。
爛爛に光った目だけがこちらを見ている。
そう認識した刹那、振り上げた男の右腕が振り下ろされ、
拳がこちらの頬に向かって飛んでくる。
不意を突かれた! 当たる!
そう思った瞬間……目が覚めた。
これが、2025年の初夢。
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お気付きの方も居られるかもしれないが、
この夢のシーンには元ネタがある。
高倉健主演の映画『駅 STATION』(1981)の中、
北海道・増毛駅前の居酒屋での、
健さんと倍賞千恵子(居酒屋女将)の年越しシーン。
初夢は1月6日の晩に見た。
この日は昼から新幹線に乗って、
愛知・蒲郡の竹島まで出かけた。
行きの新幹線の中から何故か、
〝この旅は健さん映画を観よう〟と決意して、
乗車中から、旅荘での空き時間
(着いた日中から取材しようと思っていたら、
土砂降りで不可だった)
の間はずっと、U-NEXTで健さんに溺れていた。
『冬の華』『夜叉』『ブラック・レイン』…
健さんはいつも格好良かった。渋かった。
年越しシーンを観た後は、心から
〝いいなぁ、こんな年越し〟と思った。
その思いが、初夢になってしまう自分の
思考構造の単純さが恨めしかった。
この正月は、5日までアルコール漬けだったので、
脳みそがスカスカだったのだろう。
今年も先が思い遣られる。