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見上げた星空と遠い記憶


高校2年生の夏休み明け。新学期と同時に転校生がやってきた。



秋元先生「えー、今日からこのクラスに新しい仲間が加わります。みんな、仲良くしてあげてください。それじゃ、自己紹介をどうぞ。」


緊張した様子で前に出てきたのは、一人の女の子だった。肩までの黒髪がさらりと揺れ、静かな瞳が印象的だった。


さくら「遠藤さくらです。あまりおしゃべりは得意じゃないけど、よろしくお願いします。」


その名前を聞いた瞬間、◯◯は目を見開いた。


「遠藤さくら」――小学生の頃、家が近くてよく一緒に遊んでた女の子の名前だった。


◯◯(…嘘だろ。本当に、あの遠藤なのか?)


◯◯は半信半疑のまま、彼女を見つめた。だが、どこか昔と同じ面影を感じて胸が高鳴った。


秋元先生「遠藤さん、空いてる席はあそこかな。◯◯君の隣、座ってくれる?」


さくらが静かに頷き、◯◯の隣の席に座る。◯◯は思わず声をかけた。


◯◯「…お前、さくらだよな?」


さくら「え? はい、遠藤さくらですけど…?」


◯◯「いや、そうじゃなくて。昔、ここら辺に住んでたことがあるだろ?」


さくらは少し首を傾げて考え込んだ。


さくら「うーん…昔、この辺りに住んでたのは確かだけど、もうあまり覚えてなくて。」


◯◯(やっぱり忘れてるのか…。俺にとってはあんなに大事な思い出だったのに。)


それ以上は何も言えず、◯◯は視線を前に戻した。さくらが忘れていることに少し傷つきながらも、懐かしい彼女の声が心に響いていた。


一方のさくらは、隣の少年がなぜ自分を気にしているのか不思議に思いながら、なんとなく温かい懐かしさを感じていた。


さくら(この人…どこかで会ったことがある気がする。でも、思い出せない…。)


こうして、再会を果たした2人。しかし、この時はまだ、お互いの「いつかの約束」を思い出すことはなかった。






新学期が始まって数日。さくらが転校生として来たことで、クラスには少しずつ新しい空気が流れ始めていた。しかし、さくらはまだクラスに馴染めず、昼休みも1人で窓際に座って外を眺めていることが多かった。


◯◯はそんな彼女の姿を横目で見ながら、小学生時代の記憶を振り返っている日々を過ごしていた。



ある日の昼休み、◯◯は友人の設楽と弁当を食べながら話していた。


設楽「おい、◯◯。最近、遠藤のことばっか見てないか?」


◯◯「は? 別に見てねえよ。」


設楽「嘘つけ。授業中もチラチラ見てたの俺、知ってんだからな。」


◯◯「うるせえよ…。お前には関係ねえだろ。」


設楽「おーい、怒んなって。けど、何かあんのか?お前と遠藤。」


◯◯「…昔、ちょっと知り合いだっただけだ。」


設楽「お? 昔って、小学生の頃か?」


◯◯は無言で頷く。


設楽はからかうような笑顔を浮かべながらも、それ以上は深く聞かなかった。





放課後、◯◯は帰り際にさくらを見かけた。彼女は校庭の隅に立ち、空を見上げていた。◯◯は迷いながらも彼女に近づく。


◯◯「お前、何してんだよ。」


さくら「あ…ごめん。星を見ようと思ってたんだけど、まだ明るかったね。」


◯◯「星?」


さくら「うん。小さい頃、よく星を見てた気がする。でも、誰と一緒に見てたか思い出せなくて…。」


その言葉に、◯◯は胸が締めつけられるような感覚を覚えた。


◯◯「…それ、多分俺だ。」


さくら「え?」


◯◯「昔、お前が引っ越す前の夜、一緒に星を見たことがあったんだよ。それで、お前が『いつかまた会おう』って言ったんだ。」


さくらは驚いた顔をして◯◯を見つめた。


しかし、その記憶が鮮明に蘇ることはなかった。


さくら「…ごめん、思い出せないや。でも、その話を聞いて、なんだか懐かしい気がする。」


◯◯「…忘れててもいいよ。その代わり、また星を見に行こうぜ。」


さくら「…うん、ありがとう。」


◯◯は彼女の笑顔を見て、過去の記憶が今もつながっていることに少しだけ安心したのだった。






翌日、文化祭の準備が始まり、クラスでは実行委員が選ばれることになった。


くじ引きの結果、◯◯と遠藤さくらが実行委員を務めることになった。


放課後、文化祭実行委員の初会合が開かれた。


◯◯とさくらはクラス代表として参加し、テーマや出し物を話し合った後、クラスの役割分担を決めることになった。



教室に戻り、みんなの前に立つ◯◯とさくら。


◯◯「俺たちのクラスは、カフェをやることに決まった。」


設楽「おー、カフェか!いいじゃん、俺ウェイターやるわ。」


◯◯「勝手に決めるなよ…。とにかく、全員に役割があるから後で紙を配る。」


さくら「…その、みんなで楽しいものにしたいので、協力お願いします。」


クラスメイトたちは拍手をし、2人の言葉を受け入れたが、さくらが人前で話すのが苦手なことに気づいた◯◯は心配そうに彼女を見つめた。




放課後、2人で文化祭の準備をするための資料をまとめていた。


◯◯「お前、あんまり人前で話すの得意じゃないのか?」


さくら「うん、ちょっと緊張しちゃって…。でも、◯◯くんがいてくれたからなんとか話せた。」


◯◯「俺は何もしてねえよ。ただ隣にいただけ。」


さくら「それだけでも十分だよ。ありがとう。」


さくらの自然な笑顔に、◯◯は思わず視線をそらした。



文化祭の準備が進む中、クラスメイトの中にはさくらに話しかける人も増えてきた。


ある日、さくらが1人で飾り付けの作業をしているのを見つけた◯◯は、近づいて声をかけた。


◯◯「お前、1人でやってんのかよ。」


さくら「うん。他のみんなはもう帰ったみたいだから…。」


◯◯「おい、無理すんなよ。こんなもん、明日やればいいだろ。」


さくら「でも、遅れたらみんなに迷惑かかるし…。」


◯◯「ったく、お前は真面目すぎるんだよ。」


◯◯はそう言いながらさくらの作業を手伝い始めた。


さくら「◯◯くん、ありがとう。でも、大丈夫だよ。1人でできるから。」


◯◯「気にすんな。俺も実行委員なんだ、こういうのは2人でやるもんだろ。」


さくらは少し驚いたように◯◯を見つめた後、小さく微笑んだ。


さくら「…そうだね。ありがとう。」




作業が終わり、2人は帰り道を歩いていた。


さくら「◯◯くん、昔からこうだったの?」


◯◯「どういう意味だよ。」


さくら「なんだかんだ言いながら手伝ってくれるところ。」


◯◯「覚えてねえけど、昔から面倒事には巻き込まれやすかったかもな。」


さくら「ふふ、そうなんだ。」


ふと空を見上げたさくらは、小さくため息をついた。


◯◯「どうした?」


さくら「昔のこと、もっと思い出せたらよかったのになって…。◯◯くんと話してると、時々懐かしい気持ちになるんだけど…。」


◯◯「思い出せなくてもいいよ。お前が忘れてても、俺が覚えてるから。」


さくら「…ありがとう。」


その言葉に、さくらは少し救われたような表情を浮かべた。



文化祭の準備を経て2人の関係は少しずつ近づきつつも、どこかすれ違いのままだった。


◯◯は彼女に過去を思い出させたい気持ちと、無理にそれを押しつけてはいけない気持ちの間で揺れ動いていた。




文化祭当日。


クラスのカフェは大盛況で、実行委員の◯◯とさくらも休む間もなく働き続けていた。


昼過ぎ、カフェが一段落したタイミングで、設楽が厨房から顔を出す。


設楽「おーい、◯◯。そろそろ休憩取ったらどうだ?お前、さっきからずっと動きっぱなしじゃん。」


◯◯「いや、まだやることあるし…。」


設楽「お前が倒れたら困るんだよ。いいから、遠藤と一緒に休んでこいよ。」


◯◯「なんで俺と遠藤なんだよ…。」


設楽「そりゃお前ら、実行委員同士で仲良くしとかないと。ほら、遠藤も疲れてるだろ?」


さくらは困ったように笑いながら◯◯を見る。


さくら「…少し休憩しよっか?」


◯◯「…まあ、そうするか。」




2人は中庭のベンチに座り、しばらく無言でジュースを飲んでいた。


さくら「今日は楽しいね。」


◯◯「まあな。でも、お前、無理してないか?ずっと働きっぱなしだっただろ。」


さくら「ううん、大丈夫。こういうの、好きだし。」


◯◯「そっか。それならいいけど…。」


少し風が吹き、さくらの髪が揺れる。


その様子を見ていた◯◯は、ふと小学生時代の彼女の姿を思い出した。


◯◯「お前、昔とあんまり変わってないな。」


さくら「え?」


◯◯「小さい頃から、何かあると一生懸命だった。周りのことばっか考えて、自分のこと後回しにしてさ。」


さくら「…そうだったのかな。」


◯◯「ああ。それで、俺が『もっと自分のこと考えろ』ってよく怒ってたんだ。」


さくら「ふふ、なんだか◯◯くんらしいね。」





夜になると、文化祭のフィナーレとして校庭でライトアップイベントが始まった。クラスの後片付けを終えた2人は、他の生徒たちと一緒に夜空を見上げていた。


さくら「綺麗だね…。こんなに星が見えるなんて思わなかった。」


◯◯「まあ、今日は特別だろ。街中じゃ滅多に見えねえしな。」


ふと、さくらが静かに呟く。


さくら「昔、星を見ながら願い事をした気がする。でも、それが何だったのか、まだ思い出せないんだよね。」


◯◯「願い事?」


さくら「うん。多分、誰かとまた会えますように、みたいなことだったと思う。」


◯◯はその言葉を聞いて心臓が跳ねるのを感じたが、すぐには答えられなかった。


◯◯「…そっか。それ、いつか思い出せるといいな。」


さくら「うん。でも、今はこうして◯◯くんと一緒に星を見てるのが不思議と懐かしい感じがする。」


◯◯「…俺も同じだよ。」




2人はしばらく星を見つめたまま、何も言わずにその時間を共有していた。


◯◯は、彼女がいつか全てを思い出す日が来ることを願いながら、そっと隣に寄り添った。


◯◯(お前が忘れててもいい。でも、こうして隣にいられるなら、それで十分だ。)


文化祭の夜は、2人の距離を少しだけ近づけたように思えた。




文化祭の余韻が冷めないまま、秋が深まってきた。


◯◯とさくらは少しずつ会話を重ねるようになり、距離が縮まりつつあり、◯◯は昔のように「さくら」と呼ぶようになった。


ある日、放課後の帰り道で、さくらはふと立ち止まり、◯◯に問いかけた。





さくら「ねえ、◯◯くん。」


◯◯「ん? どうした?」


さくら「私、小さい頃に引っ越した後、何か約束してた気がするんだけど…それが思い出せなくて。」


◯◯「…約束?」


◯◯は一瞬戸惑ったが、さくらの真剣な目を見て、嘘をつくことができなかった。


◯◯「ああ、してたな。さくらが引っ越す前の夜だよ。」


さくら「そうなんだ。でも、どんな約束だったの?」


◯◯「…また会えたら、星を一緒に見ようって約束だ。」


さくらは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに穏やかな笑顔を見せた。


さくら「そっか。それを聞いて、なんだか心があたたかくなった気がする。」


◯◯「さくら、本当に忘れてたんだな。」


さくら「うん。でも、今こうして一緒にいられるのが、その約束が叶ったってことだよね?」


◯◯「…そうかもな。」





その夜、◯◯は部屋の窓から空を見上げていた。


ふと、机の引き出しから古びた冊子を取り出す。


それは小学生の頃に書いた星座のスケッチだった。


◯◯(あの日のこと、俺だけが覚えてても仕方ないのかもしれない。思い出してほしいって気持ちが消えねえんだよな。)


翌日、◯◯は学校でさくらに声をかけた。


◯◯「放課後、ちょっと付き合ってくれ。」


さくら「え? どこに行くの?」


◯◯「いいから。星が綺麗に見える場所だ。」





放課後、◯◯はさくらを連れて近くの丘へと向かった。


そこは子供の頃、2人がよく遊んでいた場所だった。


さくら「ここ…なんだか懐かしい気がする。」


◯◯「ああ。さくらが引っ越す前に、最後に一緒に来た場所だ。」


2人は草の上に座り、夜空を見上げた。


満天の星が輝いていた。


さくら「こんなに星が見えるなんて…。◯◯くん、連れてきてくれてありがとう。」


◯◯「礼なんていらねえよ。さくら、ここで泣いてたんだよな。」


さくら「泣いてた…?」


◯◯「ああ。引っ越したくないって泣いて、それで俺が『また会おう』って約束したんだ。」


さくらは静かに目を閉じて、その時の記憶を探るようにしていた。


そして、少しずつその情景が浮かんでくる。


さくら「…思い出した。あの時、◯◯くんが手を握ってくれた。」


◯◯「そうだよ。さくら、泣きすぎて声が出なくなってたからな。」


さくら「ふふ…恥ずかしいね。でも、嬉しい。約束を覚えててくれたんだね。」


◯◯「当然だろ。俺にとって、あれは大事な思い出だったから。」





その夜、2人は昔話をしながら星を見続けた。


さくらの中で少しずつ記憶が繋がり、忘れていた感情が蘇ってきているのを感じた。


さくら「◯◯くん、ありがとう。これからは、もう忘れないようにするね。」


◯◯「忘れたっていいさ。さくらが笑ってくれるなら、それで十分だ。」


さくらは優しく微笑み、2人の距離がまた一歩近づいた夜だった。





秋が終わり、冬の気配が近づいてきた。


◯◯とさくらは文化祭や過去の思い出を共有する中で、互いの存在を特別なものだと認識するようになっていた。


ある日、さくらは◯◯に呼び出され、放課後の丘へと足を運んだ。





さくら「◯◯くん、今日はどうしたの?」


◯◯「まあ、座って。少し話したいことがあるんだ。」


丘の上から見える街の景色は夕日に染まり、穏やかな風が吹いていた。


さくらは少し不思議そうにしながらも、◯◯の隣に座った。


さくら「…改めてここに来ると、やっぱり懐かしいね。」


◯◯「ああ。昔の記憶って不思議だよな。さくらがここで泣いてたのを思い出すと、今でも笑いそうになる。」


さくら「もう、それは忘れてよ…。でも、◯◯くんが手を握ってくれたのは、本当に嬉しかったよ。」


◯◯は少し照れたように視線をそらしながら、カバンから何かを取り出した。


◯◯「これ、見覚えあるか?」


さくらに渡されたのは、古びた紙に描かれた星座のスケッチだった。


さくら「これ…星座?もしかして、私たちが一緒に描いたの?」


◯◯「いや、違う。さくらが『いつかまた星を一緒に見よう』って言ってたから、俺が描いてやったんだよ。でも、引っ越したから渡せなかったんだ。」


さくらはその紙をじっと見つめ、目に涙を浮かべた。


さくら「…ありがとう。こんなに大事に持っていてくれたなんて、◯◯くんって本当に優しいね。」


◯◯「優しいとかじゃねえよ。ただ、忘れたくなかっただけだ。」




少しの沈黙の後、◯◯は真剣な表情でさくらに向き直った。


◯◯「…さくらに言いたいことがあるんだ。」


さくら「…なに?」


◯◯「俺、さくらのことが好きだ。昔も、今も。ずっと。」


さくらは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑顔になった。


さくら「…私も、◯◯くんのことが好き。ずっと一緒にいてくれて、ありがとう。」


◯◯は少し顔を赤らめながらも、安心したように笑った。


◯◯「じゃあ、改めて約束しよう。これからも俺と一緒に、星を見ようって。」


さくら「うん、約束。」


さくらは紙片を大切そうに抱きしめ、2人は夜空を見上げた。


空には無数の星が輝き、まるで2人の未来を祝福しているかのようだった。





その日、丘の上で交わした新たな約束は、◯◯とさくらの心を強く結びつけた。


2人にとって、この約束は終わりではなく、これから始まる未来への第一歩だった。


◯◯「さくら、これからもよろしくな。」


さくら「うん、こちらこそ。」


星空の下、2人はそっと手を繋ぎ、温かい気持ちに包まれた。




投稿25作目です
今回はマグネットさんの企画 #今年最後の磁石企画 の参加作品です
企画参加したときはその人の推しをできるだけ書きたいので今回は遠藤さくらになりました
ぜひ感想などお待ちしてます!

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