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#11 「一度だけの季節に」フィギュア鍵山優真
1年前、「スポーツ×ヒューマン」の編集長をしていた頃に番組HPに書いた文章です。表示期間が終わったので再録します。
「その時」に立ち会えたら。
アスリートを取材するときは、そう考えている。オリンピックの大舞台で栄光をつかむ瞬間、だけではない。まだサナギのようだった選手が成長し、変化し「アスリート」となる瞬間。あるいは、その過程。その時に立ち会えたら、と。
取材者だけじゃない。アスリートや表現者を見つめる人は、皆そう願うのかもしれない。
人生に一度だけの「その時」。若者は時を駆けるように、瞬間ごとに変化していく。昨日まで悩みの只中にいた人が、今日は定まった眼差しで真っ直ぐに立っている。 暗闇の中で積み重ねてきた日々。そこにマッチを擦るような一瞬が訪れる。
その時を近くで見つめて、伝えたい。
華やかなフィギュアスケートの世界。
きっと、それぞれの選手にはそれぞれをイメージする「色」がある。それなら、あどけない笑顔を振りまく鍵山の色は?
当初それは、はっきりしていないように思えた。
「羽生選手や宇野選手についていくだけじゃそれはダメだと思うので」
「自分の色を出していくっていうのはすごく難しいと思うし・・・。まだまだですね。自分の色を出していくのは。」
華やかであり、同じくらいシビアでもあるフィギュアの世界で、その佇まいはあまりにもナイーブに見えた。
でも違った。
僕らの浅はかな見立てを、若者は軽々と乗り越えていく。
11月の東日本選手権、NHK杯。12月の全日本選手権。そして3月の世界選手権。次々と訪れる試練を越えたとき、鍵山はもう言い淀むことは無かった。
「今は白のままでいいんじゃないかなって思います、僕は。色んなシーズンを通して自分に合う色、合わない色だったり、いろいろ発見できればいいかなって思います」
今はまだ真っ白のままでいい。
自分の可能性と未来を信じられるようになったから、きっとそう言った。
真っ白をイメージカラーにできるアスリートがいたら最高だ。どんな色にも変わることができる可能性こそが、今の鍵山だ。
誰にでも訪れる一度だけの季節。
2020年の冬から2021年の春へ。鍵山優真は一気に変化して、取材者はその過程を必死に見つめ続けた。
羨ましい、と思った。
きっと取材者にとっても何度も訪れることはない、特別な日々。
そして思う。
あどけない笑顔のままで鍵山はどこまで行けるだろう。名古屋スイーツを思い切り食べて、優しいおばあちゃんに愛されて。心のままに腕を振り回すガッツポーズを、いつまでできるだろう。
無邪気な鍵山を見ていると浮かぶ、暖かくちょっと切ない思い。
でもそんなことも、余計なお世話なんだろう。鍵山優真の「一度だけの季節」は、まだ始まったばかりだから。
バンクーバー五輪の開会式で、64歳のニール・ヤングが若者に贈った歌を思い出す。
「Long May You Run」
君が、できるだけ遠くまで走っていくことを。
(最近放送された続編についても書きました↓