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Out of the Afternoon / Roy Haynes

今回はドラマーRoy Haynesの1962年録音リーダー作「Out of the Afternoon」を取り上げてみましょう。

Recorded: May 16(on 1, 6, 7) & 23(on 2, 3, 4, 5), 1962
Studio: Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey Label: Impulse! Producer: Bob Thiele

ts, manzello, stritch, flute, nose flute)Roland Kirk p)Tommy Flanagan b)Henry Grimes ds)Roy Haynes

1)Moon Ray 2)Fly Me to the Moon 3)Raoul 4)Snap Crackle 5)If I Should Lose You 6)Long Wharf 7)Some Other Spring

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Flanaganだけ楽器を持たずに手持ちぶたさでいるのが可愛いジャケット写真です。
1925年3月13日Boston生まれのRoy Haynesは現在94歳、ご存命で今でも時たまドラムを演奏すると言う話を耳にすると嬉しくなってしまいます。モダンジャズを代表するドラマーにして優れたバンドリーダー、何より柔軟な音楽性ゆえ数多くのミュージシャンから彼のドラミングが必要とされ、レコーディングを重ねジャズ史に燦然と輝く名盤に名を連ねて来ました。枚挙に暇がありませんが彼を雇い共演したミュージシャンはLester Young, Charlie Parker, Miles Davis, Bud Powell, Wardell Gray, Sarah Vaughan, Eric Dolphy, John Coltrane, Stan Getz, Sonny Rollins, McCoy Tyner, Chick Corea….Haynesの参加した作品のかなりの数を耳にしましたがその全てに彼の存在感があり、楽曲アンサンブルの巧みさやソロイストを鼓舞し、演奏を活性化させるアーティスティックな姿勢に毎回感銘を受けます。僕がHaynesと双璧を成すと思っているドラマーがElvin Jonesですが、HaynesがJohn Coltrane QuartetにおいてElvinの代役を務め、名演奏を残したことはよく知られており、二人の演奏スタイルは全く異なるにも関わらず共通していることがあります。それはドラムを叩かず(実際にはもちろん叩いていますが)、演奏せず(していますが)、音楽を奏でている点です。彼らのドラミングのフレーズが型にハマらず不定形で、演奏者によって、その場その場の状況で多様に変化して行きソロイスト、共演者に寄り添い、ビートを刻む、リズムを繰り出す、それもシンコペーション、ポリリズムを駆使してその場で最も相応しく且つ一層のアクティビティをもたらす効果的な対応、その瞬間の取捨選択の見事さ、そして極めて尋常ではない大胆さを伴いつつ。これらは二人のどちらかに当てはまると言う事ではなく、両人にユニゾンのように備わっているのです。

Haynesのリーダー作は54年に欧州で録音された10inchの企画もの「Busman’s Holiday」「Roy Haynes Modern Group」2作が最初期のものに該当します。欧州に熱狂的なHaynesファンがいて、渡欧を見計らってレコーディングを持ち掛けたのかもしれません。

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58年録音「We Three」がHaynesのリーダー作として本格的なものになります。ピアニストにPhineas Newborn, ベーシストPaul Chambersら豪華メンバーを擁したピアノトリオ作、モダンジャズを代表する素晴らしい作品の1枚だと思います。

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次作として60年録音同じくピアノトリオによる「Just Us」はピアノにRichard Wyands、ベースにEddie De Haasをフィーチャーしたこちらも選曲、演奏共に優れたアルバムです。We Threeの次がJust Usと言うのも洒落たネーミングですが、レコードジャケット両作のメンバー集合写真からもトリオとしてのまとまり、我々にしか出来ないグループ・サウンドを創造するんだ、と言う意欲を感じさせます。

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そして62年録音の本作に繋がります。これまでのピアノトリオ形態にフロント1人を迎えたカルテットになりますが、このサックス奏者が半端ではありません。マルチリード奏者にして複数本の楽器を同時に奏でる盲目のプレーヤーRoland Kirk、存在感、プレイとも申し分ない人選。Haynes、そしてプロデューサーBob Thieleよくぞ彼を招き入れました! HaynesがNYCのジャズ・クラブFive Spotにて対バンとして出演していたKirkとセッションを行い、演奏に感銘を受けThieleに本作の企画を持ちかけて実現しました。Kirkは自己がリーダーでの活動が中心で、サイドマンとして演奏するのは珍しく、他にはCharles Mingus, Quincy Jones, Jaki Byardが彼をサイドマンとして雇っている位です。サイドマンとしての演奏が少ないのは強力なパーソナリティの持ち主ゆえかもしれませんが、逆にMingus, Quincy, ByardそしてHaynesほどの優れた音楽性を持った個性派であれば、Kirkに自由に演奏させたとしても十分に自己の音楽に内包させることが出来るという事でしょう。Kirkは本作録音前月にHaynesを既に招き入れ名作「Domino」をレコーディング、以降68年「Left & Right」76年「Other Folks’ Music」の計3作で共演しています。

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もう一つこれは大変興味深い演奏ですが、71年放送のEd Sullivan ShowにKirkのグループとしてHaynesの他、Charles Mingus, Archie Sheepらと共に出演、番組冒頭ではサックスを3本同時に吹き自身の名曲The Inflated Tearの一節を独奏、その後に参加メンバー全員でMingusのHaitian Fight Songを演奏しているのです! 

Roland Kirkの演奏や音楽性については別の機会にまたじっくりと取り上げたいと思うのですが、本作収録曲の演奏を触れて行くに当たり、どうしてもKirkを中心に語らざるを得ません。

1曲目哀愁を湛えたスタンダード・ナンバーMoon Ray、Haynesのマレットによるロールからピアノ、ベースのアルコが加わり一瞬二本同時演奏の後、テナーサックスによるメロディが始まります。多重録音が成されていないことを前提に、サビはmanzello(巨大な上向きベル付きソプラノサックス、Kirkが考案した楽器です)で演奏しています。ソロはテナーサックスが中心ですがもう1本サックスの音が同時にずっと聴こえ、時折ハーモニーを吹いたりダブル・タンギングを用いてアクセントを付けたり、耳には心地よく入って来ますが録音中、実はとんでもないことが行われていました!続くTommy Flanaganのピアノソロは職人芸的なスムースさを伴って、美しく響きます。Henry Grimesのベースはon topの素晴らしいタイム感でHaynesのソロとよく絡み合っています。ラストテーマは再びテナーとmanzelloを持ち替え、エンディングは2本をダブリングしています。Kirkの演奏はすべてがさりげなく行われていますが、白鳥が湖面を優雅に泳ぐが如く、水面下では壮絶な出来事が進行しています。
2曲目はMoonつながりでFly Me to the Moon、3拍子で演奏されています。イントロでHaynesは皮物を鳴らしたソロの後ピアノ、ベースが加わりテナーでメロディが始まります。始めサブトーンを用いた低音域で、その後は上の音域にスイッチしテーマの最後4小節には一瞬の間にもう1本サックスをダブリングしてハーモニーを聴かせています。テーマ終了時1本を口から離し、音が途切れることなくソロがテナー1本で開始されますが、多重録音でもない限りちょっと考えられない奏法です。1’03″からダブルタンギングによる16分音符の超絶フレージング、続け様に今度はテナーサックス1本でマルチフォニックス奏法による多重音奏法、2’04″から08″間は再び2本同時演奏によるハーモニー(実に芸が細かいです!)。Kirkがアドリブで吹いているラインは比較的オーソドックスなものですが、何しろ様々なテクニックを駆使した曲芸的な、ある種大変トリッキーなものです。60年代初頭に忽然と現れた謎の怪人サックス奏者、盲目にして独自の風貌、さぞかしプレーヤー、オーディエンスともに衝撃的だった事と思います。米国は本当に多くの天才を輩出する国だと改めて実感しました。その後FlanaganのソロになりますがKirkの演奏時はそちらにばかり耳が行ってしまい、バックの演奏に注意を払えなくなりますが、ピアノソロで実にHaynesが巧みなドラミングを聞かせていることに気付かされます。ベースソロに続きKirkはmanzelloに持ち替えてドラムと8バース〜4バースを行います。テナーソロと異なるのはシングル・タンギングを用いたキレの良い8分音符が中心になる点です。HaynesはKirkのフレーズに反応しつつ新たなアイデアも提供しています。その後バースに於いてもダブリングを行い、2本でユニゾン〜ハーモニーも聴かせます!ラストテーマは再び低音域に戻り、後半上の音域へ、エンディング逆順進行でも2本によるハーモニーを演奏してFineです。
3曲目はHaynesのオリジナルでアップテンポのスイング・ナンバーRaoul、Haynesの短いドラムソロからテーマに入ります。Kirkは再びmanzelloでメロディ奏、ソロを取ります。1’25″から2ndメロディと思しきラインを2本同時に吹いてアンサンブルを聴かせピアノソロに続きますが、ホイッスルやフィンガー・スナッピングも聴こえます。ベースのアルコソロに続き、テナーとドラムの短いDuo、その後ドラムソロに突入します。ラストテーマに入るところは微妙ですがギリギリセーフでしょう!レコーディング・スタジオ内でメンバー同士のアイコンタクトが取れないために、致し方のない事です。
4曲目はHaynesが50年代に付けられたニックネームSnap Crackleをタイトルにした自身のナンバー。冒頭Roy! Haynes! の掛け声はFlanaganによるものです。当初はKirkにRoyの名前を叫ばせるという案もあったという事で、そちらの方がインパクトが強かったように思うのですが残念!でも実はKirkに任せたら何をやらかし始めるか、叫び始めるかわからないという危惧ゆえ、ピアノ演奏同様に堅実なFlanaganにThieleが行わせたというのが実情かも知れません(笑)。シンコペーションを多用した変則的なリズムのメロディはいかにもHaynesらしいテイストです!1人ホーンセクションをテーマで聴くことが出来ます。マイナーブルースのコード進行によるソロの先発はピアノ、続いてKirkがフルートでソロを取りますが、自分の声とフルートをダブらせています。必ず何かしら演奏で聴かせてくれますね、この人!その後はベースを伴ってのドラムソロ、ラストテーマは繰り返されフェードアウトとなります。
5曲目はスタンダード・ナンバーIf I Should Lose You、短いドラムソロの後、ここではKirkがstritch(直立型アルトサックス、こちらもKirk考案の楽器です)を用いてテーマ、ソロを取ります。やはり普通の曲管アルトサックスとは異なった独特の音色です。1コーラス目は比較的オーソドックスでしたが1’31″からターボが掛かり始めダブルタンギング超絶奏法が!続くFlanaganのはKirkのイケイケには惑わされず自分のペースをキープします。その後KirkとHaynes、Flanaganも交えたバースが聴かれますがHaynesかなりストロングなフレージングを聴かせ、2小節毎のアタマにピアノとベースのコードが入る1コーラスのドラムソロも行われています。ラストテーマは割とあっさりエンディングを迎えています。
6曲目HaynesのオリジナルにしてアップテンポのLong Wharf、Haynesのシンバルレガートから曲が始まります。ここでもKirkはstritchを使用して演奏しています。ここでのKirkは比較的ストレートにソロを行い、Flanaganにソロを渡しています。Grimesのアルコソロ、ピアノ〜ベースのサポート付きでHaynesのドラムソロか聴かれ、そのままラストテーマへとなだれ込みます。
7曲目ラストに控えしはバラードSome Other Spring、ドラムのブラシソロによるイントロからKirkはmanzelloを用いて朗々と吹いています。サビをピアノが演奏しKirkが再登場しメロディプレイ、ピアノがサビで短いソロを演奏し、今一度KirkがAメロを吹いてFine、1コーラス半の短いエピローグ的演奏です。この後KirkはFlanaganとレコーディングで顔合わせをすることはありませんでしたが、本作でも2人の相性としてはずっと平行線を辿っているように感じました。

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