The Inflated Tear / Roland Kirk
今回もRoland Kirkの作品を取り上げて見ましょう。1967年録音「The Inflated Tear」
Recorded: November 27, 30 1967 Recorded: Webster Hall, NYC Producer: Joel Dorn Label: Atlantic Record
ts, manzello, strich, cl, fl, whistle, cor anglais, flexatone)Roland Kirk p)Ron Burton b)Steve Novosel ds)Jimmy Hopps tb)Dick Griffin(on 8)
1)The Black and Crazy Blues 2)A Laugh for Rory 3)Many Blessings 4)Fingers in the Wind 5)The Inflated Tear 6)Creole Love Call 7)A Handful of Five 8)Fly by Night 9)Lovellevelliloqui
Roland Kirkの素晴らしさ、魅力、音楽性の高さを今更ながらに再認識しているところです。その立ち姿、容姿、振る舞いから日本でも「グロテスク・ジャズ」という、Kirkの本質を全く捉えない愚かでくだらない分類をされていたことがあります。誰もやったことのない、思いついても行わない表現方法を、重大なハンディキャップを抱えながらも聴衆を感動させる次元にまで高め、演奏を重ねる毎に更にレベルアップさせ、洗練させ、他の追従を全く許さない独自の世界にまで築き上げました。実はKirkの楽器を操る能力値の半端なさに、同じサックス奏者として演奏を聴く毎に打ち拉がれる思いすら抱いています。2本、3本のサックスを咥えて同時に演奏する、しかも驚異的なレベルの循環呼吸も用いて。いとも容易く2本同時奏法から1本吹奏にスライドさせる。加えて鼻でフルートを吹く、時に声を混ぜながら。ホイッスル、オルゴールを鳴らす、打楽器を首からぶら下げてインパクトのあるパフォーマンスを繰り出す。曲芸、サーカス的な目立つ部分が独り歩きしてしまい、多くの評論家、聴衆はその次元にてKirkの音楽を理解するのを止め、それらの先に存在する深淵な創造美を見ようとせず、単なるキワモノとしか認識しませんでした。Kirkはジャズの伝統を重んじ、先達の演奏に敬意を払いつつ徹底的に研究分析を行い、自己の演奏スタイルに巧みに取り込み続けました。特にバラードに対する美意識には格別の魅力を感じます。優れたミュージシャンの本質はバラード演奏にあります。Kirkは視覚的要素とは裏腹に優雅さ、気品、愛、スイートさ、暖かさを根底に持っていて、バラード奏ではそれらが顕著に現れます。いかなる特殊奏法を繰り出す時にもバランス感を伴い、独り善がりに陥らず、演奏が異端であればあるほどジャズの伝統、美学に裏付けされた音楽性を感じさせてくれるのです。
それでは「The Inflated Tear」に触れて行きましょう。「Rip, Rig and Panic」同様、こちらもKirkの代表作に挙げられる名作です。演奏曲目はDuke Ellington作の1曲以外全てKirkのオリジナルになります。1曲目The Black and Crazy Blues、manzelloによる哀愁を漂わせたメロディからブルースに移行して行く、New Orleansのセカンドラインの雰囲気を湛えた楽曲です。リズムセクションはこの当時のKirkのバンドのレギュラー・メンバー、Ron Burtonのピアノソロに被ってKirkが多分mannzelloとstritchの2管でハーモニーを付けています。その後はラストテーマへ、再びstritchによるテーマ奏は全く葬送の行進曲の様を呈しています。
2曲目A Laugh for Rory、冒頭に子供の声が聴こえますがKirkの息子Roryによるものです。彼のフルートをフィーチャーしたナンバーですが、この人は何を吹かせても抜群の上手さ!また声を発しながらフルートを吹く奏法の権威でもあります。
3曲目Many Blessingsはテナーの独奏から始まりますが、実に素晴らしい音色、どこかSonny Rollinsをイメージさせます。ひょうきんさを感じるテーマののち、いきなり循環呼吸による延々と続くフレージングに圧倒されます!難易度の高いColtrane Changeも用いられているコード進行をものともせず、1’20″から2’38″までの間ずっと吹き続け、フレージングしています!続くピアノソロはあまりの出来事の後で耳に入らず、印象に残らないのが本音です(汗)その後あとテーマを迎え、エンディングではダブルタンギング、マルチフォニックスによる重音奏法で締めくくり、Kirkテナー独演会は終了です。
4曲目Fingers in the Wind はフルートの明るいテーマ奏から始まりますが、コード進行が似ているのもあり、Antonio Carlos Jobim作Dindiをイメージさせます。Kirkはフルートも実に良く鳴っていてコントロールも素晴らしいですね。この曲ではフルートに専念しており、彼の華やかさと爽やかさの部分を表現したテイクに仕上がっています。次曲ではこれが一転します。
5曲目は表題曲The Inflated Tear、 邦題「溢れ出る涙」、Kirkは2歳の時に病院での点眼薬投与による医療ミスで失明し、その後遺症で涙が止まらないのだそうです。曲名はそこから来ているのでしょう。テナー、manzello、stritch3本のサックスを同時に咥え頰を思いっきり膨らませ、両手で巧みに扱い、2本でハーモニーや対戦律を奏で残りの1本でロングトーンを吹き3本でのアンサンブルを1人で行います。本作ジャケット写真で見られるKirkのトレードマーク、サックス史上彼しか成し得ていない特殊奏法、これは自身が夢で見た啓示の具現化であります。あくまでも推測ですが3本同時演奏の際に、Kirkは各々のサックスは違った楽器でなければならない、と考えていたと思います。アンサンブル時に豊かなハーモニーを得るには音域の異なった楽器の方が好都合ですから。彼のメインの楽器はテナーなので後の2本は自ずとアルト、ソプラノということになります。パフォーマンスとして彼は立奏を前提にしていました。それには3本を全て首からぶら下げておく必要があり、最も小型のソプラノは容易にそれが可能ですが直管構造のために音が下向きに出てしまいます。King社製のソプラノサックスsaxelloは先端のベルが幾分上向き、これを改造して上方向に巨大なベルを装着した楽器manzelloを考案、これで音が前に出るようになりました。アルトですがテナーと同じ曲管構造を有したサックスなので、テナーとアルト2本を同時に首からぶら下げておく事は楽器の大きさと安定感から困難、そこでKirkが考えたのが直管のアルトです。こうすればテナーとの並列も問題ないのですが、直管ゆえにソプラノ同様に音が下向きに出るので、こちらにもやや上向きにベルを取り付けました。これがstritchです。後年ドイツの楽器メーカーKeilwerthや米国のLA Saxが直管アルトを開発して発売しました。Keilwerth社製をKenny Garrettが吹いているのを見たことがあります。一時テナーの直管タイプも同じくKeilwerthから発売され、Joe Lovanoが吹いていました。その長さからアルペンホルンの如き様相を呈していたのが印象的です。いずれもポピュラーになり得なかったのは視覚的には強力なインパクトこそあれ、通常のアルト、テナーと比較してサウンドが激変する訳ではなく、その長さゆえにケースに入れた運搬にも支障を来たしたからでしょう。因みにこれら後発の直管アルト、テナーのベルはKirk仕様を意識したのかどうか、若干のカーブを描いています。
さてKirk「ひとり3管編成」の楽器レイアウトは出来上がりました。サックスは3本の音が合奏で混じり合う事で管の倍音成分が絡み合います。これを3人ではなくひとりで行う場合、ひとつの口で咥えたマウスピース3つの倍音が口腔内で更に複雑に絡み合う現象が生じるそうで、彼の独特のアンサンブル・サウンドはここに秘訣があるのかも知れません。頬を思い切り膨らませて吹いているのは単純に3つのマウスピースを咥える容積を稼ぐためか、倍音を確実に鳴らすためか、またその両方なのか、循環呼吸のために頬にエアーをためると言う見解もありますが、本人に尋ねてみたかったものです。
演奏を聴いてみましょう。Kirk自身による、首からぶら下げたパーカッション群を鳴らし、足踏みをし、ベーシストと共にある種の雰囲気を作った後、おもむろに3管編成のメロディが始まります。実はこれまで僕自身この演奏を軽く聴き流していて、この事をいま後悔しています。「魂の叫び」という言葉を安直に使うべきではないと思いますが、この演奏はKirk自身のそのものであります。何と深い音楽なのでしょう。私論ではありますが芸術表現をオーディエンスはあるがまま、ストレートに捉えるべきであり、表現者も舞台裏やバックグラウンド見せたり感じさせたりするのは控えるべきであり、ましてやお涙頂戴はご法度です。先入観を持たずにニュートラルな状態で演者も聴衆も芸術行為に向かうべきなのですが、湖面を優雅に泳ぐ白鳥の水面下での暗躍ぶりを知ればその優雅さが一層引き立つように、Kirkの場合はそのバックグラウンドに触れる事で演奏の本質、表現に対する執拗なまでの飽くなき探求心、どれだけの労力を費やした結果これらの奏法を自在に操れる次元にまで至ることが出来たのか、彼の場合は垣間みても良いのでは、と思います。3管奏の後はstritch1本によるメロディが奏でられますが、どこかアルトの名手Johnny Hodgesを感じさせます。妖艶なまでに美しく、同時に物悲しさを誘い、これは3管のアンサンブルとの絶妙な対比となっており、強烈なイメージを持っています。Roland Kirk本人にしか発想、そして表現できない「魂の叫び」に他なりません。そして最後の部分では自身による、文字通りの叫びも収録されています。
67年10月19日Pragueにて本作レコーディング直前のライブ映像がyoutubeにアップされています。映像でこの演奏を鑑賞すると一層インパクトがありますので、ぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=ZIqLJmlQQNM
(アドレスをクリックしてください)
向かって左からmanzello, stritch, テナー, ベル内にフルートを入れ、楽器を構えています。
6曲目がEllington作曲のCreole Love Call 、テナーとおそらくのクラリネット2管によるハーモニーが聴かれます。ソロはstritchを中心にブルージーに、フリーキーに、時折ハーモニーを交えつつ、Ellingtonの音楽性を踏まえた演奏に徹しています。
7曲目アップテンポで5拍子、その名もA Handful of Five、manzelloでメロディを演奏する可愛らしさを感じさせるナンバーです。2分40秒の短い楽曲ですがKirkのチャーミングな側面を表していると思います。
8曲目Fly by Night はベースのピチカートのイントロから始まる、再びテナーをフィーチャーしたナンバーですが、トロンボーン奏者Dick Griffinも加えた演奏で、テナーとトロンボーン2管のアンサンブルが聴かれます。ホーンセクションはピアノソロのバックリフでも聴かれますが、流石のKirkもトロンボーンは門外漢だったようです。でもブラス楽器ではトランペットは吹くそうですが。モーダルな雰囲気を持った佳曲、全てをひとりで行えるKirkなので他の管楽器とのアンサンブルが聴かれるのは珍しいことですが、この2管のアンサンブルもとても良いサウンドです。
9曲目Lovellevelliloqui は難易度やや高い系のテーマ、難曲揃いの「Rip Rig and Panic」に収録されてもおかしく無いようなナンバーです。manzelloをフィーチャーしたマイナー・チューン、モーダルな要素も含む曲です。ドラムとのバースもあり、総じて本作は楽曲や演奏の構成に於てバラエティに富み、複雑で多岐にわたる要素を内包するRoland Kirkというミュージシャンの音楽を、初めて経験する際の入門にもなり得るアカデミックな作品だと思います。
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