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The Gene Harris Trio Plus One

今回はピアニストGene Harrisのリーダー作「The Gene Harris Trio Plus One」を取り上げてみましょう。

Recorded Live At The Blue Note, NYC November/December 1985 Recording Engineer : Jim Anderson, David Baker, Jon Bobenko
Concord Label Produced By Ray Brown And Bennett Rubin
p)Gene Harris b)Ray Brown ds)Mickey Roker Plus One: ts)Stanley Turrentine
1)Gene’s Lament 2)Misty 3)Uptown Sop 4)Things Ain’t What They Used To Be 5)Yours Is My Heart Alone 6)Battle Hymn Of The Republic

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ジャズ史上最も「そのまんま」のジャケット・デザインでしょう(笑) 。
きっとご本人の人柄も同様に愛すべきキャラクターに違いありません。
Gene HarrisはErroll GarnerやOscar Petersonの流れを汲むスイング・スタイルのピアニスト、加えてR&Bや隠し味にゴスペル、ポップスのテイストを持ちつつ、明るく美しい音色、タイトで端正なリズム感を武器に猛烈にスイングする演奏を信条とするプレイヤーで、敢えてカテゴライズするならばモダン・スイングでしょうか。僕にはPetersonの演奏よりもジャズテイストを感じる事が出来、Spainが産んだ盲目のピアニストTete MontoliuやJamaica出身の素晴らしいピアニストMonty Alexanderと同系列のスタイリストと捉えています。
1950年代半ばからHarrisの他、b)Andrew Simpkins, ds)Bill Dowdyとのレギュラー・トリオ編成によるThe Three Soundsでの活動でその名が知られるようになりました。
彼らはBlue NoteやVerve, Mercury等のレーベルから実に多くの作品をリリースしています。ビバップ、ハードバップやモード、新主流派ばかりがジャズではありません。いわゆるメインストリームはリラクゼーションを最大の武器にして、多くの聴衆を惹きつけています。ある意味本場米国ではこちらの方が文字通り主流なのかも知れません。
自分たちトリオでの演奏の他、Lou Donaldson, Stanley Turrentineら管楽器奏者を加えた作品、Anita O’DayやNancy Wilson達の歌伴作品など幅広くエンターテイメントを演出しているのは日常的にコンサートやフェスティバル、TVやラジオのプログラム、ホテルギグをトリオやゲストを迎えて忙しくこなしていたからと推測されます。因みに日本でも70~80年代にちょうど同じ立ち位置で世良譲(p)トリオが存在し、僕も度々共演させて頂き大変お世話になりました。
The 3 Soundsは56年から73年まで継続的に活動を展開しました。元は56年に結成した4人編成のThe Four Soundsが前身で、サックス奏者が抜け3人編成になったためThe 3 Soundsと改名したそうです。お笑いグループ「チャンバラトリオ」は結成時3人組だったので名前をトリオとしましたが、ほどなくメンバーが入院、療養中に代役を立て、復帰後も代役はそのまま残留し4人組になり、更に最末期生存メンバーが2人となった後も一貫して名前は変更せずトリオで通しました。名前が定着してしまいましたからね(爆)
The 3 Sounds解散後Gene Harrisはフリーランスとして動き始めましたが、70年代半ばから米国で徐々にジャズが衰退し始め、一方The 3 Soundsでの活動がひたすら中心だった彼は他のミュージシャンとの人脈をあまり有せず、次第にシーンから離れ、70年代後半からはアイダホ州ボイズに居を構え、地元のアイダンハ・ホテル(写真 : 1901年に建てられたホテル。米国にはこの手の歴史ある格式高いホテルが本当に多いです)で定期的に演奏を行なうだけの状態でした。このホテルのラウンジをたまたま訪れたのかどうかまではわかりませんが、Ray Brownが半隠居状態の彼を見つけ出し、80年代初頭から彼を自己のトリオに招き入れ、シーンに再び担ぎ出すべくツアーを開始しました。およそ第一線から退いたミュージシャンは目的を失わずとも情熱が覚め、演奏の質が落ちるのが常です。仕事の無い状況下でもGene Harrisはくさらず、自己鍛錬を怠らず、しっかりと演奏のクオリティの維持、向上、更なる高みを目指していたに違いありません。The 3 Soundsの頃よりも演奏は間違いなく上達しています。でなければ間違いなくRay Brownに発掘されたりはしません。

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Ray BrownはOscar Petersonのパートナーとして永年演奏を共にし、二人の素晴らしいコンビネーションは名演奏を数多く残しました。
彼らにドラマーEd Thigpenが加わりThe Oscar Peterson Trioになります。多くのベーシスト、ドラマーが去来しましたがこのメンバーが最強だと思っています。Ray Brownがリーダーになった場合も本人のベースプレイが何しろストロングなので、共演のピアニストは同様の豪快かつ繊細な演奏スタイルでなければバランスを保てません。ここでのGene Harrisはまさにうってつけの人選、適材適所とはこの事を言います。Gene Harris脱退後もMonty Alexander, Benny Green, Geoff Keezer, Larry Fullerといったピアニスト達が順番に彼のベースの伴奏者(笑)を勤めました。
因みに以前当ブログで取り上げた「Moore Makes 4」はGene Harris参加のRay Brown Trioに、テナーサックス奏者Ralph Mooreを大々的にフィーチャーした名盤です。

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本作ではRay Brownが影のリーダーとして存在しており、仕切りたがりの(笑)彼は大好きなGene Harrisのために一肌脱ぎました。元々Concord Labelに彼を紹介したのもRay Brownですが、プロデューサーとしてクレジットされている他、2曲自身のオリジナルを提供、ライブレコーディング中のMCは全てRay Brownが担当し、音楽的にも彼のベースが要となって演奏を展開しています(その割にベースソロが1曲もありませんが)。ドラマーMickey Rokerとのコンビネーションも抜群で、このトリオにPlus One、テナーサックスの名手Stanley Turrentineが参加し、カルテット編成となります。85年11月〜12月の録音、この作品自体の収録時間がレコード時代の最末期なので48分と短いですが、この頃のBlue Note NYは1週間単位で同一ミュージシャンが出演し、仮に連日録音したのならばおそらくかなりの量の未発表、別テイクが存在すると思われます。

それでは作品の内容について触れて行きましょう。まず録音エンジニアに名手Jim Anderson、アシスタント・エンジニアにDavid Bakerが起用されているとなれば、録音状態が悪かろう筈がありません。ライブ録音にも関わらず楽器のセパレーション、音の輪郭、解像度、オーディエンスのアンビエント感も申し分ありません。1曲目Ray Brown作Gene’s Lament、テーマらしいテーマは聴かれませんがキーB♭のブルース・ナンバーです。フェードインして曲が始まるのは作品のオープニングには珍しい形です。曲冒頭部に何か不都合があったのでしょう。聴衆のアプラウズに混じりRay Brownの掛け声も随所にはっきりと聞こえます。Turrentineのテナーソロが始まりました。彼とGene Harrisの共演は60年12月録音の「Blue Hour / Stanley Turrentine With The 3 Sound」以来だそうです。(写真は後年リリースされたComplete Take集)

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なんと素晴らしいテナーサックスの音色でしょう!一音吹いただけでその世界が確定してしまいます!このトリオにはこのレベルの豪快さんが不可欠です!リズムセクションにのタイトさに比べてTurrentineのリズムは良い意味でも悪い意味でもルーズさを感じます。この人は音色の素晴らしさに加えフレーズの語尾のビブラートに色気があり、いつ聴いても堪りません。ここではBen Webster直系のホンカーぶりがプレビュー程度に披露されていますが、まだまだこんな物ではありません。Turrentineソロ終了後のRay Brownの掛け声「Alright ! 」がとても印象的です。続くGene Harrisのピアノの良く鳴っていること!音量のダイナミクスを駆使したソロには思わず聴き入ってしまいます。再び豪快さんのテナーが先ほどのソロの補足を行っているかの如く聴かれます。エンディングに向けての音量調整も実に的確です。
2曲目はご存知Erroll Garnerの名曲Misty、何のアレンジも施されず全くストレートに演奏されていますが、これがまた素晴らしい!素材の美味しさと必要最小限の調理、盛り付け具合のセンスで勝負する高級自然食レストランのディナーの如き様相を呈しています。Ray Brownのベースのプッシュぶりが凄いです。ピアノソロは無くテナーの吹きっきり状態、独壇場で演奏が繰り広げられており、Turrentineのバラード演奏のエッセンスが凝縮されているテイクになりました。
3曲目は再びRay Brownのオリジナル・ブルースUptown Sop、今度のキーはCです。こちらもテーマらしいメロディを特に感じる事は出来ないナンバーですが、Ray Brownワールドてんこ盛りのリズムの世界です。ピアノのバッキングがメッチャいけてます!Turrentineの先発ソロ、小出しにしていたホンカーぶりがここでは発揮されています!ブレークタイムを含むリズムセクションがソロをどんどん煽ります!High F音のオルタネート音連発がムードを高めホンキング状態です!Gene Harrisもあとを受け継ぎゴージャスに、まるでラスベガスのショウ仕立ての様にサウンドを構築しています!その後メゾピアノでのTurrentineのソロがストーリーの起承転結にしっかりと落とし前を付けています。
4曲目はDuke Ellingtonの息子MercerのペンによるThings Ain’t What They Used To Be、こちらも何とブルース、キーはE♭。このバンド、実はブルースバンドなのでしょうか?Turrentineこちらでは中音域F音のオルタネート音を用いてホンキング、フレーズの間を生かした大人のホンカーを演じています。Gene Harrisは容赦無くブルージーにブロックコードを多用してリズミックに盛り上がっています。Ray Brownが曲のエンディングに「Stanley Turrentine !」とシャウトするのがライブの臨場感を出しています。
5曲目はアップテンポ・スイングのスタンダード・ナンバーYours Is My Heart Alone、こんな小粋な選曲が聴けるのはブルースバンドではない証拠です(笑)ベースとドラムスが実に小気味好いビートを繰り出していますが、今回Mickey Rokerの素晴らしさを再認識しました。数多くのレコーディングを経験したセッションマンで、意外なところではHerbie Hancockの「Speak Like A Child」でホーンセクションのアンサンブルを生かすべく、ステディなドラミングを聴かせています。Turrentineとは彼のリーダー2作「 Rough ‘n’ Tumble」「The Spoiler」、いずれも名盤のリズムセクションの中核をなしています。ピアノのイントロからテーマのメロディに入るところで一瞬、ひやっとさせられました。Turrentineのアウフタクト音がリズム的に微妙な位置だったのをリズムセクションが柔らかく的確に受け止めて着地させ、音楽的に正しい方向に導きました。

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6曲目Battle Hymn Of The Republic、リパブリック賛歌と訳されている米国の1856年作曲のナンバー、南北戦争で北軍の行進曲に使われました。イントロで誰かがハミングしているのが聞こえますが、これまたRay Brownに違いありません。テーマメロディをピアノが華麗に演奏し、そのままソロに突入、こんなカッコいい演奏をライブで目の当たりにしたらさぞかしエキサイトする事でしょう!
続くTurrentineのソロもピアノソロに影響を受け、絶好調ぶりを遺憾無く発揮しています!そしてTurrentineが率先して音量を小さく、ディクレッシェンドしています!音楽で最も効果的な表現方法は音量の大小です。リズムセクションも実にナチュラルにダイナミックに対応しています。この後にラストテーマを演奏するのは無粋かも知れませんね。案の定テーマは無しで大団円を迎えます。

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