スリー・ブラインド・マイス/アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
アート・ブレイキー率いるジャズ・メッセンジャーズ、62年ライヴ演奏を収録した作品『スリー・ブラインド・マイス』を取り上げましょう。
まずはアート・ブレイキー・アンド・ザ・ジャズ・メッセンジャーズ、本作『スリー・ブラインド・マイス』に至るまでの作品の流れ、メンバーの変遷について触れてみる事にしましょう。
トランペット、テナーサックスを擁するクインテット編成で活動していたメッセンジャーズ、リー・モーガン、ベニー・ゴルソン、ボビー・ティモンズ・ジミー・メリットを擁した58年10月録音『モーニン』が代表作になります。
ハードバップを代表する参加プレイヤーの秀逸な演奏、楽曲、アレンジの素晴らしさ、50年代のメッセンジャーズに於ける一つのピークを記録した作品です。
バンド初期にもメッセンジャーズの持ち味を発揮した作品はありますが、『モーニン』が最も統一感のあるカラーを出しています。
ティモンズ作の表題曲であり、モダンジャズ・エヴァーグリーン、モーニン、そして稀代の名作曲家ゴルソン一連のナンバーであるアー・ユー・リアル、アロング・ケイム・ベティ、リーダーをフィーチャーしたザ・ドラム・サンダー・スイート、ブルース・マーチが立て続けに配され、唯一のスタンダード・ナンバーにしてゴルソンのアレンジが光るカム・レイン・オア・カム・シャインさえも、彼のオリジナルと見紛うばかりの仕上がりです。
ハードバップ・スタイルを表現する上で申し分の無い完璧なラインナップと言え、実際にメッセンジャーズ50年代に限らず、バンド史上最大のヒット作となりました。
ブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオンが名目上のプロデューサーですが、実は本作を監修したのは音楽監督ゴルソンです。
更にはバンド演奏、メンバーの意欲、興行的全てに於いて停滞気味であったメッセンジャーズを、一から立て直したのも彼なのです。
自身の楽曲提供他、表題曲モーニンに至ってはサビが設けられておらず、未完成であったのをゴルソンがティモンズを指導し再構成させ、名曲に仕立てたと言われています。
ニューヨーク・ジャズクラブ出演の際のライセンスである、キャバレーカードを没収されたジャッキー・マクリーンのエキストラを、ゴルソンがたまたま務めたのがきっかけのメッセンジャーズ参加でした。
演奏を重ねるうちにプレイキーのドラミングに惚れ込んだゴルソンが、ルーズだったメッセンジャーズのバンド運営に介入し人選、(ギャランティの)ベースアップ、時間厳守の規約、ユニフォーム調達、立ち位置を含めたステージングに至るまで、完璧主義のゴルソンが改革を行います。
彼の功績により、以降ジャズバンドを代表するひとつとなったメッセンジャーズの枠組みが出来上がりました。
ゴルソンはおよそ半年間のメッセンジャーズ在籍でバンドを離れる事になります。その後一時期ハンク・モブレーが呼び戻され彼が音楽監督となりアルバムを制作する過渡期を経て、ウェイン・ショーターが加入する60年3月録音『ザ・ビッグ・ビート』から、メッセンジャーズは新たな局面を迎えます。
諸事情あったのでしょう、入れ替わりの真相は定かではありませんが、一説によるとゴルソンがブレイキーの強烈なドラミングに負けじとプレイするあまり、自身のソフトでスムースな持ち味を見失ってしまいそうになるからだ、とも言われています。
50年代後期にはその萌芽があり、60年代に入りジャズが大きく動き始めます。プレーヤーもハードバップを掲げて旧態然としていてはシーンに生き残る事は出来ません。メッセンジャーズは刷新を図るべく、ショーターと言う新たな時代に相応しい逸材を迎え入れたと推測しています。
ショーター独自のインプロヴィゼーション・アプローチ、楽器の音色、ニュアンス、個性的でありながらジャズの伝統にしっかりと根差したオリジナル曲の数々(好例として59年に逝去したレスター・ヤングに捧げたアルバム収録ナンバー、レスター・レフト・タウンでその才を明らかにします)、アレンジメント、リーダーであるブレイキーの意向を汲みつつの確実なコンサート・マスターぶり、サイドに回りながらバンドの立役者を存分に発揮します。
そしてこれらは、メッセンジャーズ後に入団するマイルス・デイヴィス・クインテットにて一層顕著になります。
トランペット、テナーサックスの2管編成にトロンボーン奏者カーティス・フラーが加わった次なるステップ、3管編成としてのメッセンジャーズ、彼を迎え入れるのが61年6月録音作品『アート・ブレイキー・アンド・ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』からです。
強力なビートと彼の繰り出す所謂ナイアガラ・ロールは、3管の分厚く豊かなホーン・アンサンブル、複数のソロイストを得る事で更に本領を発揮します。
存在感があり、派手で主張の強いブレイキーに相応しい受け皿が整った訳です。
更なるメンバーの充実化はトランペッターにフレディ・ハバード、ピアニストにシダー・ウォルトンを迎える事で最終局面を迎えます。
61年10月録音『モザイク』にて役者が揃い、ジャズ・メッセンジャーズ60年代前半の、いや、メッセンジャーズ史上最も充実した時期となります。
その後ベーシストにジョン・コルトレーン・カルテットを抜けたレジー・ワークマンを迎えます。
メリットの『モーニン』から開始された約4年間の在籍、ブレイキーとは絶妙なリズム・コンビネーションを築き上げ、バンドを支えた彼の62年の脱退は、原因不明の病気のためツアー参加を中止せざるを得なくなった事に起因します。
このように短いスパンで目まぐるしくメンバー変更が行われたのはブレイキーの意向もあったでしょうが、ショーター加入後はバンドの総意も含めたショーターの進言から、良い演奏を最良のメンバーで行いたいと言う強い意志を感じる事が出来ます。
その当時彼らはツアーを含めて家族以上に長い時間を過ごしていました。音楽的な相性はもちろん、人間的な付き合いをナチュラルに出来るメンバーでなければならなかった筈ですから。
『モザイク』録音の約半年後にレコーディングされたのが『スリー・ブラインド・マイス』です。
本作はユナイテッド・アーティスツから、メッセンジャーズは名門ブルーノート・レーベルでのリリースが多く、以降もブルーノートがホームグラウンドの如くに出戻る事になりますが、本作録音の頃はインパルスやリヴァーサイド、コルピックスを含めた他レーベルからも作品を発表していました。
ツアーを重ねたバンドならでは、メッセンジャーズはライヴ演奏でこそ本領を発揮します。ハリウッドのジャズクラブで行われた『スリー・ブラインド・マイス』、演奏者全員が抜群のコンビネーション演奏を聴かせますが、本作では各メンバーがオリジナルやアレンジを持ち寄り、音楽的に幅の広い個性を発揮、パーマネント・グループらしい深く多彩な表現を聴かせます。
本作には後年発表された未発表テイクを収録した『スリー・ブラインド・マイス vol.2』が存在しますが残り物感は微塵も無く、こちらも充実した内容のアルバムです。
唯一述べるならば、熱く燃えるイケイケ・ナンバーばかりの収録なので作品のメリハリと言う点で難がありますが、寧ろオリジナル盤愛聴後に、メッセンジャーズのハード・サイドを堪能するべきアルバムと捉えています。
それでは作品内容について触れて行く事にします。交代が度々であったので、改めてメンバーを紹介させてください。
トランペットフレディ・ハバード、テナーサックスウェイン・ショーター、トロンボーンカーティス・フラー、ピアノシダー・ウォルトン、ベースジミー・メリット、ドラムス&リーダーアート・ブレイキー。
なお本作にはCD化に際し未発表と別テイクが1曲ずつ追加されていますが、オリジナル作品に準拠し、これらを割愛して進めたいと思います。
1曲目表題曲スリー・ブラインド・マイスはマザーグース(英国の伝承童謡の総称)、米国でも昔から子供達に歌われています。
親しみやすいメロディの楽曲をフラーがジャズにアレンジしました。作品冒頭に置く事でキャッチーさが際立ちます。
ベースパターンから始まり、ピアノがパターンと組み合わさるコードをリズミックに奏で、ブレーキーが時折シャッフルを感じさせるドラミングを行います。
3管編成による重厚なテーマが開始されます。メロディの合間にドラムフィルを好きに挿入出来るようなアレンジ上の工夫が成され、ブレイキーが応えるべく様々なフレージングを連打します。
猛烈なビート感ではありますが、フィルインの際にブレイキーのドラミングのタイムが時折がルーズになる場合があります。
ドラムスは本来伴奏楽器の筈ですが、ここではリズムの揺れを他の楽器奏者が補いながら演奏する、まさにドラムスの伴奏を行なっています。
またチャレンジするかのアプローチが連続するブレイキーのフレーズのヴァリエーション、豊富さは、ドラマーや彼の研究家にとって「ここは彼の18番のフレージング」「耳馴染みだが繰り出す手順が異なる」「バスドラムとスネアのコンビネーションが見事」「いつに無い斬新なアイデアに基づく」等、さぞかし分析のし甲斐がある事でしょう。
ソロの先発はショーター、とぼけたような味わいのニュアンスを込めながら、メロディに準拠したフレージングでプレイします。
まるでテーマに続くセカンドリフをその場で作曲しているかのアプローチ、ソロのラストは同一音での4分音符を2小節間スタッカートで吹き、印象的に短く纏めます。
オーディエンスのアプローズを受けながらトロンボーンのソロに続きます。ショーター同様に吹き過ぎず合間を取りながら、随時ブレーキーがオカズを入れられる態勢を設けていますが、比較的抑え気味のドラミングです。
トランペットソロに代わり、ブレイキーのフィルイン・アプローチが変化します。ソロを取る奏者毎にドラミングの色合いを変えているのが分かるのですが、ソロイストが多いバンドの場合、個々に対するアプローチを変える事はドラマーの重要な役目でもあります。
ハバードはブリリアントにしてダーク、テイスティな音色を基本に、タイトでリズミックなフレーズを繰り出し、インスパイアされたブレーキーはまた違った色合いを聴かせます。
ショーターがメロディからさほど離れないスタンスでプレイ、フラーがそこから発展したかのアプローチを聴かせた事で、敢えて3番手ハバードはメロディから徹底的に離れたアプローチを行なったようにも感じ、パーマネント・バンドならではのホーンズ三位一体を表現しています。
ウォルトンのソロになり音量が落とされ、再スタートされます。ハバードのソロに比してメロディラインをふんだんに用いたソロイスト4番手、ラストとして後テーマに自然に繋げるべくのアプローチでしょう、役割分担が徹底されています。
その後ラストテーマへ、ブレイキーのフィルインは冒頭テーマ時よりもグッとヴァージョンアップし、フレーズの揺れも顕著ですがそこはドラムの伴奏に長けたメッセンジャーズ、素晴らしいアンサンブルを聴かせます。
次第にディクレッシェンドしベースパターンが残りFineとなります。
これだけの演奏に触れられ聴衆は大満足の程を示し、会場が華やぎます。
2曲目ブルー・ムーンはショーターのアレンジによるバラード・ナンバー、ハバードひとりを存分にフィーチャーします。
ピアノのイントロがプレイされ少し間を置いてからハバードが登場、リリカルさを表現すべく音量を落とし気味にし、強弱もふんだんに設けながら旋律をメロウに唄います。
バックで鳴るテナーとトロンボーンのアンサンブルはオフマイクでの演奏を感じます。ピアノのフィルイン・フレーズ、リズム隊に指定されたアンサンブル、バランスの良い編曲です。
トランペット・ソロに入りホーンズ休止、ピアノトリオの押し寄せるかのバッキングがスリリング、ハバードが気持ち良くプレイしているのが伝わります。
ラストテーマは再びホーンズが加わり、ブレークタイムを生かしながらトランペットのカデンツァがドラマチックに行われ、随所にブレイキーのスネアがアクセントを入れ、最後は大見栄を切りFineとなります。
演奏が終了してもブレイキーのテンションは下がらず、またハバードの素晴らしいプレイに対する自身の喝采の意味もあったのでしょう、フィルインが幾度も繰り返されます。
3曲目ザット・オールド・フィーリングはウォルトンによるアレンジを用いた小気味良いスタンダード・ナンバー、彼のピアノを全面的にフィーチャーします。
ピアノソロによるイントロからスタート、ややピアノの調律の甘さを感じますが、決して本人の責任ではありません。ウォルトン縦横無尽に打鍵し自身の世界を構築します。
テーマ奏から続く自身のアドリブソロ、ホーン・アレンジメント、バンドのグルーヴ等、これから起こるであろう演奏事象の良きプレヴューとなりました。
ピアノの左手とベースがユニゾンでパターンを提示、3管の豊かなホーン・アンサンブルが奏でられ、本編が開始されます。
テーマメロディをピアノが演奏し、リズミックなアレンジをふんだんに施しながら、ホーンのバックリフがここぞという場面で用いられる、オシャレな演奏に徹しています。
ピアノソロは流麗に展開され、ブレイキーが4拍目にリムショットを入れ続けます。ブレイキーお得意のナイアガラロールはここでは鳴りを潜め、結果グルーヴィーさを聴かせます。
音量を出す時には徹底的にダイナミックに、抑える場面では極力聴かせるべき対象を浮かび上がらせる、彼のドラミングのメリハリは半端ありません。
ラストテーマに入り、エンディングはホーンズによるアンサンブルがクレッシェンド、デクレッシェンドを表現し、最後の最後にブレイキーの猛打が挿入されFineとなります。
4曲目プレクシスはウォルトンのオリジナル、本作録音の約1年前に作曲者も参加したハバードのリーダー作『ハブ・キャップ』でも演奏され、同じ3管編成での再演と言う事になります。
モード路線も得意とするメッセンジャーズならではの演奏です。
8小節のドラムソロから始まり、ピアノ、ベースのイントロ、ホーンズによるアンサンブル、各管楽器の顔見世興行的な短いソロ、ドラムスの出番にはラテンビート・パートやフィルインを繰り出す部分をふんだんに設け、バンドサウンドを明確に表現しています。
ソロの一番手はハバード、スピード感がありながらリズムのスイートスポットに確実に音符が嵌るタイム感に、いつもながら惚れ惚れしてしまいます。
ショーターのソロは謎多きアプローチを聴かせながら、誰でもない彼だけが成し得る世界を聴かせます。
フラーは速いパッセージがなかなかに困難なトロンボーンを巧みに扱いながら、様々なラインを駆使しています。
ピアノソロの際、ここでもブレイキーが4拍目にリムショットを入れ続ける事で、管楽器のソロとは異なるアプローチを聴かせます。その後ラストテーマに突入し、冒頭テーマ時よりも一層スリリングなアンサンブルを展開します。
5曲目アップ・ジャンプト・スプリングはハバード作のワルツ・ナンバー、起伏に富んだ構成を有する彼の代表曲の一つです。
はじめに皮ものを中心としたドラムソロが行われ、リズムが提示されます。
ブレイキーの所謂「ブンチャッチャ」という3拍子のグルーヴ、アクセント付け音楽的には何ら間違いは無いのですが、些かコーニーさを感じます。
ミュート・トランペットを用いたハバードのテーマ奏に他二人の管楽器がオブリガートを挿入するスタイル、特にホーンのアンサンブルは行われずに進行しますが、他曲では豊かなアンサンブルが伴うため、ここでは寧ろシンプルさが表現されます。
先発ソロのトランペットには巧みさを、続くテナーサックスには摩訶不思議な色気を伴い、トロンボーンには望洋とした味わいを感じさせ、三者三様の表情を見せます。
ウォルトンのゆったりとしたテイストにも異なるものを感じさせながら、ラストテーマに入り、ナチュラルにエンディングを迎えます。
6曲目ホエン・ライツ・アー・ロウはウォルトンのアレンジによるスタンダード・ナンバー、メロディを各管楽器に割り振りながら最後にはトロンボーンに最も主張を持たせます。
3管編成のハーモニー感には都会的センスを感じますが、後年数々の名曲を世に送り出すウォルトン、彼が率いたワン・ホーン・カルテット「イースタン・リベリオン」にて、自身の秀逸なオリジナルを気鋭のメンバーと演奏した活躍ぶりには、メッセンジャーズでの経験が生かされていると思います。
ソロはそのままフラーから始まり、結局彼だけにスポットライトを当てる形で最後まで進行し、他のプレイヤーのソロは行われません。ここにもレギュラー・セクステットならではの贅沢な演奏形態が反映されています。