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ウェザー・リポート
ウェザー・リポート1971年録音デビュー作、『ウェザー・リポート』を取り上げましょう。
録音:1971年2月16~18, 22日
スタジオ:コロンビア・スタジオ、ニューヨーク
プロデューサー:ショーヴィザ・プロダクションズ
エンジニア:デイヴィッド・タルノフスキー
レーベル:コロンビア
(p, el-p)ジョー・ザヴィヌル (ss, ts)ウェイン・ショーター (b, el-b)ミロスラフ・ヴィトウス (ds, voice)アルフォンス・ムゾーン (perc)アイアート・モレイラ、ドン・アライアス、バーバラ・バートン
(1)ミルキー・ウェイ (2)アンブレラス (3)セヴンス・アロー (4)オレンジ・レディ (5)モーニング・レイク (6)ウォーターフォール (7)ティアーズ (8)ユリディス
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1970年代初頭から80年代初めにかけてジャズ、フュージョン・シーンを席巻したバンドのひとつ、ウェザー・リポートのデビュー作です。
バンドはマイルス・デイヴィス・バンド出身のミュージシャンであるキーボード奏者ジョー・ザヴィヌル、テナー、ソプラノサックス奏者ウェイン・ショーター、そこに驚異の新人としてデビューしたベーシストミロスラフ・ヴィトウスを加えた3人を中心に70年に結成されました。
ザヴィヌル、ショーターのマイルス・バンドに於ける共演は69年2月録音『イン・ア・サイレント・ウェイ』、同年8月録音『ビッチェズ・ブリュー』、両作とも70年代以降のマイルスの方向性を決定付けた傑作です。
『イン・ア・サイレント・ウェイ』ではザヴィヌル作曲による表題曲が取り上げられ、演奏形態や提示されたコンセプトから、作品『ウェザー・リポート』の原型が提示されています。
両作に演奏参加した事でザヴィヌル、ショーターはマイルスが提唱した新たなジャズの洗礼を受け、以降の音楽活動の指針とします。
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/マイルス・デイヴィス
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/マイルス・デイヴィス
78年のライヴ録音を中心としたウェザー・リポートの絶頂期を捉えた作品『8:30』と、『ライヴ・アンド・アンリリースド』両作に、バンド結成の発端となったイン・ア・サイレント・ウェイが収められているのは、ルーツを大切にする彼らの思い入れを感じます。
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/ウェザー・リポート
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/ウェザー・リポート
ヴィトウスは66年ウィーンで行われた国際ジャズコンクールに18歳という若さで優勝し、その時の凄まじいプレイで審査員の度肝を抜いたのですが、審査員の一人にザヴィヌルがおり、その存在を認知していました。
暫時ではありますがヴィトウスもマイルスのバンドに在籍し、そこでショーターのプレイや人柄に触れ、彼との共演を熱望していた経緯があり、最初期のウェザー・リポート結成に至ります。
しかしウェザー・リポートは発足当初からザヴィヌルの音楽性が表出します。
ショーターのプレイは常にマイペースで、ザヴィヌルのコンセプトの中にあってもショーター色は常に発揮されていました。誰とどの様なシチュエーションで演奏しようが、ショーターの存在感は明らかです。
そんなバンドの中では、ヴィトウスは個性を思う通りに表現するのはなかなか困難な状況にありました。彼の初リーダー作『インフィニット・サーチ』や、チック・コリアとの共演トリオ作品『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』に於いての、斬新にして鬼気迫るまでの、神懸かったベース・プレイは表現されていません。
ヴィトウスはウェザー・リポート在団中、次第に自己表現を十分に出来ないフラストレーションを抱いた事でしょう。しかしリーダー、音楽的ディレクションを提示するのはザヴィヌルです。次第にヴィトウスの存在感は薄くなり、成り行きとしては当然なのですが、退団に繋がります。
以降もずっと維持されていたのでしょう、ヴィトウスのウェザー・リポートに対する情熱、思い入れは後年の作品に具現化され、2006, 7年録音『リメンバリング・ウェザー・リポート』2010, 11年録音『ミュージック・オブ・ウェザー・リポート』2作をリリースします。
両作でヴィトウスは自分が描くウェザー・リポート・ミュージックを存分に表現しています。
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/ミロスラフ・ヴィトウス
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/ミロスラフ・ヴィトウス
作品『ウェザー・リポート』ではドラマーにアルフォンス・ムゾーン、パーカッショニストにはアイアート・モレイラ、ドン・ウン・ロマンらを配し、米国人ショーターとムゾーン以外はザヴィヌルがオーストリア、ヴィトウスがチェコスロヴァキア、モレイラとロマンがブラジルと多国籍に及びます。
ウェザー・リポートは以降バンドの形態や表現方法、メンバー・チェンジを繰り返しながら、ジャズ史に於る前人未到の成長、発展を遂げ確固たる存在になりました。
結成当初は従来に無いサウンドやオリジナリティ、表現方法を模索しながら、より変化するためには、ワールドワイドな視点が必要であると言う考え方を持っていたのではないかと、推測しています。
後年多岐に及ぶエスニック、民族音楽から得たアイデアを楽曲や演奏に織り込めたのは、最初期の多国籍なメンバーによる人種の坩堝を経験したからであり、ジャズ史上これだけのインターナショナルなバンドは存在していません。
実質的リーダーであるザヴィヌルが非米国人であるため、人選には柔軟さを備えていた訳です。
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5作品を経て音楽観の変化や対人関係、特にザヴィヌルとの確執が生じ、ヴィトウスは最後にはバンドを追われる形で脱退します。
これを受けたのでしょう、彼はバンド名ウェザー・リポート使用のロイヤリティに関する提訴を起こしますが、ザヴィヌルとヴィトウスの関係は険悪を極め、ザヴィヌルはインタビューなどで、事あるごとにヴィトウスを批判する発言を残します。
ここまでの拗れ方を見ると、想像するに彼らはバンド結成当初からあまり馬が合わずに過ごしていたのかも知れません。
以降ザヴィヌル〜ショーターの双頭バンドとして様変わりし、活動を継続します。
後任ベーシストであるアルフォンソ・ジョンソン、ジャコ・パストリアス、ヴィクター・ベイリー、ドラマーはアレックス・アクーニャ、レオン・チャンクラー、ピーター・アースキン、オマー・ハキムが去来しながら演奏は充実して行き、メンバーは次第に米国勢が占めるようになります。
ザヴィヌルの欧州〜米国の橋渡し的オーヴァールッキング、また全世界に演奏旅行を行った産物としての博識がウェザー・リポートの独自な音楽観のセンターとなり、そこにワン&オンリーにして、ディープな内面を常に端的に表現しながら、しかし確実にジャズにルーツを持つショーターの個性が加わる事で、あり得ないレヴェルで音楽を推進させるユニットが完成しました。
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本作『ウェザー・リポート』ではバンドの指向性は未だ明確ではありません。
収録ナンバーはザヴィヌル、ショーター、ヴィトウスの共作、若しくはザヴィヌル、ショーター共作、3者各々の作品から成りますが、バンド表現としては即興演奏を主体とします。
そして何より、本作収録ナンバーには口ずさめるキャッチャーなメロディ・ラインが希薄なのです。
サウンドは音楽的に全く高度な内容を提示しています。ザヴィヌルが奏るコードの斬新さ、ショーターのフレージングに対するザヴィヌルのカラーリング、ヴィトウスが弾くベースラインとのブレンド感には、彼らだけが成し得る芸術性を発揮します。
後年の作品、ウェザー・リポート第6作目75年1, 2月録音『テイル・スピニン』冒頭曲マン・イン・ザ・グリーン・シャツでの演奏を例に挙げると、初期よりも明確にアクティヴさを聴かせますが、基本的なサウンド・カラーには同じものを感じます。
しかしこの楽曲メロディの何とキャッチーで、リズムのダンサブルな事!
彼らのコンサートに臨んだオーディエンスは演奏終了後、間違いなくメロディを口ずさみ、演奏されたリズムを感じて小躍りしながら帰路に着いた事でしょう。
ウェザー・リポートはこの作品から明確にバンド志向が変わりました。自分たちのやりたい音楽を奏でながらオーディエンスに媚びる事なく、多くの聴衆に受け入れられる方向へと。
この作品からヴィトウスと完全に訣別したのは偶々では無いでしょう。まるで彼の呪縛から解き放たれたかのようです。
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/ウェザー・リポート
ザヴィヌルと同じくマイルスの『イン・ア・サイレント・ウェイ』、『ビッチェズ・ブリュー』参加で洗礼を受けたピアニストたちの作品、チック・コリアは72年録音『リターン・トゥ・フォーエヴァー』、ハービー・ハンコックは73年録音『ヘッド・ハンターズ』を録音します。
カモメと首狩族、両作の大ヒットとウェザー・リポートの変貌は決して無関係では無い筈です。
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/チック・コリア
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/ハービー・ハンコック
それでは作品の内容について触れて行きましょう。
1曲目ミルキー・ウェイはザヴィヌルとショーターの共作によるナンバー、当時彼らは未だシンセサイザーを導入していませんでしたが、ここでは恰もシンセサイザーを用いたサウンド・エフェクトのように聴こえます。
ザヴィヌルの自伝である『ウェザー・リポートの真実』(山下邦彦・編)にザヴィヌル自身による種明かしが書かれています。
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概要として抜粋します。
「これは実はすべてアコースティックなんだ。多くの人々が、これはエレクトリックのエフェクトだと考えているようだが、これはすべてアコースティックなんだ。エフェクトはまったく使っていない。シンセサイザーを弾く以前に、すでに私はアコーディオンやピアノに細工を加えていたんだ。シンセサイザーが出現したから突然アプローチを変えてしまったわけじゃない。子供のときから、シンセサイザー的なサウンドを想像していた。」
「ピアノのサステイン・ペダルを踏むと、音を出さないように押さえた鍵盤のピアノ弦が共鳴する。
ピアノのフタを開けて、私はウェインにこれらのコードをアルペジオで吹いてもらう。すると、共鳴している弦が、ウェインのサックスのアタック音によって、さらに強く共鳴する。ひとつのコード、ひとつのアルペジオが終わると結果的にひとつのコードがピアノの中で共鳴する、というわけだ。そして、ピアノ弦の共鳴だけがレコーディングされたんだ。ウェインの吹いたサックスのアタック部分はカットされている。だから、ピアノの共鳴とサックスの共鳴だけが、レコーディングされているんだ。
言葉を変えれば、ウェインが演奏したのは、音符じゃない。彼は共鳴だけを演奏したんだ。ピアノの弦をハンマーが打つことが、ピアノを弾くことなら、私もここでは何も弾いていないことになる。弾いているとしたら、共鳴を弾いているんだ。
"We played only resonance in Milky Way"
私はただこれらのコードを音を出さずにつかんでいただけだ。沈黙のオタマジャクシが、サステイン・ペダルとともに共鳴するんだ。
とても開かれた感じ。共鳴する開放感だ。私たちは、こうして録音し、あとでテープ上で編集した。エコーだけがそこにあった。すごいアイデアだろ、まさにミステリアスな曲だよ。」
ザヴィヌルのユニークな発想とショーターとの共同作業の結果、誕生したナンバーです。
因みにバンド名であるウェザー・リポートはショーターが考えたそうです。
ある日ザヴィヌルのアパートにて、ヴィトウスとショーターで良い名前がないかと色々探していたそうです。
「オーディエンス」「トライアンヴィレート」(3人組)といった名前が出ましたがピンと来ず、ザヴィヌルがふと『人々が毎日目にするもので、いつも人々の頭の中にあるもの、いつも心に留めているようなものって何だろう?』と発案し、『デイリー・ニュース』というアイデアも出ましたが、あまり良い響きとは言えない……突然ショーターが『ウェザー・リポート!』『それだ、それだよ!』と3人で叫んだ結果、決まったそうです。
この話は彼らの蜜月時代を物語るエピソードのひとつでもあります。
2曲目アンブレラスはヴィトウス、ショーター、ザヴィヌル3人の共作によるナンバーです。
ドラムスのフィルインとパーカションから始まり、エレクトリック・ベースにフランジャーないしはディストーションを掛けたフレージングと、テナー、ピアノのシンコペーション・サウンドとの掛け合いが聴かれます。
グルーヴが変わりフェンダー・ローズのバッキング、エレベが中心となり、ドラムス、パーカッションが加わった中でショーターがテナーを用いてスペーシーにプレイします。
数年後の彼らならば、キャッチーなメロディ・パートをこの辺りで挟み込んで場面転換を図るのでは、と感じます。
暫くセッション的にプレイを楽しんだ後、突然冒頭のリズムに戻り、ヴィトウスは再びエフェクターを施しハードロック・ライクに演奏します。
3曲目セヴンス・アローはヴィトウス作、短いメロディ・センテンスですが、本作中比較的ラインがはっきりしたナンバーです。
ショーターのソプラノの音色、ニュアンスが他曲に比べてより魅力的で、神秘的ですらあります。
ドラマーのムゾーンのプレイがアクティヴなのはショーターのソプラノにインスパイアされたのかも知れません。同様にパーカションのカラーリングも巧みになされ、コンポーザーのベース・ワークもかなり攻撃的に行われており、発足当時の彼らのエッセンスが良く出ている演奏です。
その後コレクティヴ・インプロヴィゼーションの様相を呈しますが、コンパクトに演奏を纏めるのを優先したのか、より深い次元に入る手前で抑えられているように感じます。
テンポが開始時よりもかなり速くなったのもあり、ラストのメロディラインにショーターが乗り遅れますが、演奏はFineを迎えます。
4曲目オレンジ・レディはザヴィヌルのナンバー、フェンダー・ローズの煌びやかなカデンツァから始まります。
ソプラノとベースのアルコのユニゾンによるメロディ・プレイが揺らぎと共に加わり、ウェザー・リポート中軸メンバーによる、ゆったりとしたリリカルな世界がクレッシェンド、デクレッシェンドを繰り返しながら表現されます。
ひと段落したところでフェルマータ、インテンポによるフェンダー・ローズ、ベースのパターンが提示され、パーカッショニストたちがビリンバウをはじめとした様々な音を奏でます。ムゾーンによるヴォイスも聴かれ、カラフルさがより加わり、ここでは後年にも聴かれるウェザー・リポートの美的表現の世界を堪能することが出来ます。
5曲目モーニング・レイクはヴィトウスのナンバー、ゆっくりしたテンポですがドラマーは16ビートをタイトに刻み、パーカッショニストはカラフルに効果音をプレイします。
ここでもショーターのソプラノが妖艶なまでの色香を放ちながら、漂うばかりにメロディをプレイします。
ヴィトウスはアコースティック・ベースに何かエフェクターを施しています。彼のプレイは生音だけでも十分な表現力が備わっていると感じるので、些かトゥ・マッチ感を覚えます。
6曲目ウォーターフォールはザヴィヌル作、ローズによるパターンの上でヴィトウスが対旋律の如きラインを弾き続けます。
前曲同様にランダムにエフェクトを施したベース音でのピチカート、ショーターのソプラノがその上で朗々とプレイしますが、極太にして艶やか、且つ奥行きのある個性的なトーンにより、バンド演奏は別次元のレヴェルに格上げされます。
7曲目ティアーズはショーター作のナンバー、リズミックな短いイントロから始まり、ドラマチックな展開を設けたテーマへと移行します。
レイジーな雰囲気をキープしたプレイには、パーカッションやムゾーンのヴォーカルが効果的にサウンドし、一転してタイトなリズムを有するセクションに転じます。
この音楽を環境音楽と評した文章を目にした事がありますが、環境音楽と言う単語の定義を見直した方が良いと思う、芳醇なプレイ、ラストはカットアウト的にFineとなります。
8曲目ユリディスもショーター作のナンバー、レコードでリリースされた当時は編集が施され、半分近くに短く纏められていましたが、CD発売に際して未編集のオリジナル・ヴァージョンが収録されています。
ユリディスはギリシャ神話登場人物で、竪琴を得意とするオルフェウスの妻の名前です。
ミステリアスなイントロから開始されます。ショーターのソプラノ・プレイに寄り添いながら、メンバー全員が過不足なくルバートでプレイを行い、ムゾーンのシンバル・レガート、ヴィトウスのウォーキング・ベースがスイングのリズムを匂わせ、その後ヴィトウスが主導してスイング・ビートに移行します。
ヴィトウスの重厚なビート、ルーツをジャズに持つプレイヤーとしてのムゾーンのアプローチ、グルーヴには目を見張るものがあります。
ザヴィヌルのソロに移り、ベース、ドラムスと組んず解れつのインタープレイを展開します。
ショーターが復帰しルパートでの演奏に戻り、謎めいたナンバーはFineを迎えます。