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Franco Ambrosetti / Wings

今回はトランペット奏者Franco Ambrosettiのリーダー作「Wings」を取り上げてみましょう。

録音1983年12月1, 2日at Skyline Studios, NYC Recorded By David Baker Produced By Horst Weber & Matthias Winckelmann Enja Records 84年リリース
tp, flg-h)Franco Ambrosetti ts)Mike Brecker fr-horn)John Clark p)Kenny Kirkland b)Buster Williams ds)Daniel Humair
1)Miss, Your Quelque Shows 2)Gin And Pentatonic 3)Atisiul 4)More Wings For Wheeler

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まず最初にリーダーFranco Ambrosettiのバイオグラフィーをご紹介しましょう。スイスのLuganoで41年12月10日に生まれたイタリア系スイス人、明朗で快活、よく通るブライトなトランペットの音色はどこかイタリア・オペラをイメージさせます。父親のFlavioがヨーロッパのジャズシーンで40年代アルトサックス奏者、バンドリーダーとして活躍したミュージシャンで、その血を受け継いで9歳頃からクラシック・ピアノのレッスンを開始、トランペットは17歳から独学で始めたそうです。父のバンドやPhil Woods European Rhythm Machineのピアニストとして名高いGeorge Gruntzとの共演で腕を磨き24歳、トランペットを始めて僅か7年余り、66年ウイーンで開催されたFriedrich Gulda主催の国際ジャズ・コンペティションでトランペット部門の首位の座に輝きました。因みにこの時ベーシストMiroslav Vitousも18歳にしてベース部門でウイナーを取得(この年は人材豊作で2位がGeorge Mrazでした!)。Vitousの演奏に審査員の一人Cannonball Adderleyがそのあまりの物凄さに椅子から転げんばかりに驚いた、という逸話が残されていますが、あの巨漢なので椅子から転げ落ちなくて良かったです(笑)。
ヨーロッパのジャズシーンが当時からどれだけ盛んなのかが、Ambrosettiの早熟ぶり、本作での演奏の素晴らしさ、そしてその完璧な独習による楽器のマスターぶりからも窺うことが出来ます。トランペットがメチャメチャ上手く、美しくて深い音色を湛え、色気があってたっぷりとした余裕を感じさせつつ、リズムのツボを確実に押さえた驚異的なタイム感、スイング感、フレージングの独創性、構成力、ユーモアのセンス、また本作で演奏されている彼のオリジナル曲のユニークさとカッコ良さ、全てにバランスが取れたジャズプレイヤーです。
実は彼は一族が様々な会社経営を行っていた裕福な家庭環境に育ち、本人もBasel大学の経済学修士を取得していて親族が経営していた会社の社長を務めるなど、ジャズミュージシャンと会社経営の両方を、こちらもバランス良くこなしているようです。イタリア系の血がなせる技でしょうが、Ambrosettiは社交的で周囲のミュージシャンに対する気配り、配慮がなされた人物で、実際のレコーディング時もスタジオ内で笑いが絶えず、ウイットに富んだ会話にさぞかし満ちていた事でしょう。これはMichael Breckerの演奏の絶好調ぶりから十二分に感じる事が出来るのです。特に1曲目Miss, Your Quelque Showsと2曲目Gin And Pentatonicでの爆発的なブローイング、それでいて知的で緻密な構成力を併せ持ち、音楽の深部に更にぐっと入り込もうとするクリエイティヴネス、その具現化、インプロヴィゼーションの神が降臨したかの如きです。常に安定したクオリティの演奏を繰り広げるMichaelですが、周囲の雰囲気がリラックス出来る状況、彼に対して好意的であればあるほど、演奏に更にターボがかかり、とんでもない次元にまで演奏が飛翔して行くのです。これほどに演奏の充実ぶりが聴けるのは他の共演者との相性や演奏曲目へのチャレンジのし甲斐も間違いなくあった事でしょうが、何と言ってもAmbrosettiの人間的魅力にMichaelがノックアウトされたのでしょう、MichaelもAmbrosettiの演奏と人柄を絶賛していました。

同様に95年Helsinkiでのライブ録音「UMO Jazz Orchestra With Michael Brecker」での名演奏はリラックスして何の躊躇もなく、只管演奏に集中するMichaelを感じ取る事が出来ます。彼との共演、客演を心から待ち望んでいたビッグバンドのメンバー、スタッフ、オーディエンス全員が彼自身を確実にプッシュしたのです!

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「Wings」のディストリビュートは旧西ドイツの名門レーベルEnja、レコーディングは数々の名盤を産み出したNYC、MidtownにあるSkylineスタジオ、エンジニアはDavid Baker、プロデュースはEnjaのオーナーHorst Weber(一度Horstに会った事がありますが、評論家の竹村健一氏によく似た風貌、人柄の方で、さすがジャズレーベルを持つだけに強い意志を感じる人物でした。奥方が日本人だったので日本人ミュージシャンに興味、理解があったようです)。
参加メンバーはヨーロッパ勢代表として、盟友Daniel Humair、彼のコンテンポラリーにして独自のグルーヴとカラーリングのセンスを持ち合わせたドラミングがこの作品の価値を一層高めています。アメリカ側からはベースBuster Williams、ピアノKenny Kirkland、フレンチホルンJohn Clark、そしてテナーサックスに我らがMichael Breckerを従えてのSextet編成です。
それにしても本作はレコーディング・スタジオ、エンジニアが優れているにも関わらず録音状態がどうもいただけません。実はEnjaの作品全般に言えるのですが、ドンシャリ気味で奥行きのない詰まった感じの音質は一貫したものを感じる事が出来、この音質こそがEnja Labelの個性と言える程です。

「Wings」と次作85年録音Michaelとの再演「Tentets」の2枚をカップリングさせたCDが92年「Gin And Pentatonic」と言うタイトルで発売されました。Ambrosettiのリーダー作には違いないのですが、Michaelとの連名がクレジットされています。1曲目Miss, Your Quelque Showsが「Gin And ~」ではMiss, Your Quelque Chose、ShowsがChoseと表示されているのは単なる誤植か、タイトルを変更したのか、何事も微に入り細に入り細かい事で有名なドイツ人の主宰するレーベルなので、何か意味があるのでは、とつい深読みしてしまいます。余談ですが今から25年以上前、僕が早坂紗知Stir Upでドイツ・メールス・ジャズ・フェスティバルに出演した時の出来事です。演奏が終わって小腹が空き、大きなサーカスのテントのような会場を出て軽く何か食べようと、フランクフルト・ソーセージのぶつ切りにカレー粉をふりかけたカリーヴルスト(ちょうど日本のお好み焼きやたこ焼きのような存在の、ドイツでは最もポピュラーな食べ物です)を屋台に買いに行きました。紙の皿と陶器の皿に盛られた2種類があり、陶器の方はデポジット料金が掛かりますがフランスパンが付いてくるのでそちらにして、食べ終わって皿を返却しました。当然デポジット金を受け取れるものと思っていましたが梨の礫、観たいステージがあるので仕方ないと思いながらその場を立ち去ろうとすると、隣にいた男性に腕を掴まれました。「何か?」異国の地で見知らぬ男性に引き止められたのには驚きましたが、その彼が僕に話しかけます。「ちょっと待て、お前は金を受け取る権利がある」「えっ?」「皿を返したお前は金を受け取れるんだ」更に彼は店員に向かって「何でこいつに金を返さないんだ?ずるい事はよせ」店員は渋々と僕に返金し、事は丸く収まりました。彼は一部始終を見ていた訳なのです。丁寧にお礼を言いましたが、その時の「当然の事をしたまでさ」と言わんばかりの笑顔が忘れられません。人に対して無関心でいられない観察力と正義感、細かい事に対するこだわりが半端ない国民性、そうそう、ドイツ人は本当によく信号を守り、歩道と自転車道を厳格に区別します。

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「Gin And Pentatonic」に「Wings」の4曲は全て収録されていますが、「Tentets」の方は全5曲中残念ながら2曲カットされています。「Tentets」収録Wayne Shorterの名曲Yes Or NoやGeorge Gruntzのオリジナルでの10人編成ラージアンサンブルのゴージャスさ、AmbrosettiワンホーンAutumn Leavesの素晴らしさ、これら3曲が「Wings」に追加されてのリリースという形です。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目AmbrosettiのオリジナルMiss, Your Quelque Shows、何でしょうこの曲のカッコ良さは!コンテンポラリー、ストレートアヘッド、そしてハードバップの匂いも感じさせる曲調ですが、聴いたことのない類のメロディラインです。曲の随所に聴かれるドラムスのカラーリングが実に素晴らしいです!ソロの先発Ambrosettiのフレージングの合間に聴かれるフィルイン、例えば0’57″のフレーズ、何ですかこれは?笑っちゃうくらいに狙っている、意外性のあるオカズです!Humairのたっぷりとしたグルーヴ、それでいてシャープなビート、レスポンスが素早く、スネアのアクセントの入り具合が自由自在で、他では考えられないセンスです。4’34″頃から始まるMichaelのソロに対応すべく繰り出すスネア、皮モノの連打、イヤー物凄くカッコいいです!間違いなくSteve Gaddに負けずとも劣らない変態系ドラマーの一人でしょう。
Kenny Kirklandは大好きなピアニストの一人ですが、ここでも実にネバリのある、ビートに纏わりつくスウィンギーなタイム感を聴かせています。バッキングも決して出しゃばらず、しかし随所にヒラメキを感じさせるフィルインを聴かせ、その場毎に俯瞰しながらシーンを活性化させています。1’05″で聴かれる単音のフィル、イケてます!Buster Williamsの独特の音色、ベースライン、アプローチ、On TopのビートがHumairのドラミングと一心同体化しています。
Ambrosettiのソロ、トランペットをここまで吹けたらさぞかし気持ち良いでしょうね!もはや上手い、という次元ではなく、楽器を媒体として確固たる自分のメッセージを高らかに、朗々と語っています。話すべき内容が実にたくさん有り、自分自身たまたまトランペットを吹いていて、豊富な内容の話をオーディエンスにただ聴かせるために鼻唄感覚で演奏する、Ambrosettiの超絶テクニックは表現するものがまずありき、テクニックをテクニックとして身に付けたのではなく、表現するものが明確に見えていて具体化すべく、その結果楽器が上手くなった、と僕は解釈しています。トランペットソロを実に嬉しそうに聴いていたMichael(その場に居合わせたわけではありませんが、これだけの演奏を聴くとその場の情景がくっきりと目に浮かんでしまいます!)、彼のソロが続きますが、これこそ神降臨!Ambrosettiのプレイに徹底的にインスパイアされ、彼と同じく表現すべき事柄が全てこの瞬間に確実に見えています。物凄いテクニックの嵐なのですが、ストーリーを語るためのテクニックの使用、しっかりと唄が聴こえて来ます。2ndリフが演奏されソロが終了と思いきやもう一場面繰り広げられており、ユニークな構成です。Kirklandのソロがまた素晴らしい!フレージングやタイムもさる事ながら、ピアノの音色がとても美しいのです!Busterも的確に対応しています!ここでのKirklandとの出会いがMichaelの初リーダー作「Michael Brecker」の人選に繋がったに違いありません。
ピアノソロにもテナーソロと同様にオマケが付いています。その後のドラムスとのバース、ソロイスト各々とのやり取り、全ての音にムダがなく、発した音に互いに責任を持ちつつ、さらに話題を提供し合いながら高尚な会話が継続されました。ラストテーマを迎え大団円状態でのFineです。

2曲目はタイトル曲のGin And Pentatonic、Michaelのソロが大々的にフィーチャーされています。この時のMichaelの使用楽器はお馴染みAmerican Selmer Mark6 No.86351、マウスピースはBobby Dukoff D9(翌84年からDave GuardalaにスイッチするのでDukoff使用最後の頃です)、リードはLa Voz Medium、ダークでいてブライト、エグさがハンパない音色、最低音からフラジオまで自由自在のコントロールです。Miss, Your Quelque Showsのテーマではフレンチホルンの存在が希薄でしたがこの曲のアンサンブルでは、はっきりと聴くことが出来ます。この曲調もまた大変ユニークですが、ソロの先発Michaelがまた大変なことになっています!ここまでイキまくっているソロはMichael史上そうはありません!しかもごく自然体で。ストーリーの起承転結、展開の仕方、ダイナミクス、超絶技が連続のフレージング、イキまくっているにも関わらず全てが完璧な構成、ある図形が内側の複雑な図形を理路整然と収納して、もとの図形を成り立たせている様子、熊本城の石垣〜武者返しの石積みとでも例えましょうか。リズムセクションも一丸となってMichaelのソロをサポートしています。Ambrosetti、Buster、 Kirklandといずれも素晴らしいソロが続きます。以上レコードのSide Aでした。

3曲目はFrancoの父親Flavioのオリジナル、Atisiul。これはFlavioの奥様、Francoの母親でもあるLuisitaに捧げたナンバー、Luisitaを逆から綴ってタイトルにしています。日本でも引っくり返して逆から読む事をバンド用語と言いましたが、最近の若いミュージシャンはあまり使わなくなりました。昔のドンバは全世界共通のセンスを持っているのです。

Michaelのルパートのメロディ奏はいつ聴いてもドラマチックで、彼流の美学に満ちています。その後インテンポで全員によるテーマが演奏されますが、コンテンポラリーなテイストを湛えたナンバー。ストイックさも感じさせるメロディ、コード進行、 Flavioの奥様は一体どんな方なのでしょう?ソロの先発Michaelには前2曲に較べてある種の演奏上の躊躇を感じます。タイムもやや滑りがちで、語り口も辿々しい時があります。何か気になることがあったのでしょうか?「行ってしまえ〜!」感が無くなりました。続くJohn Clarkのフレンチホルンのソロ、途中でテンポのなくなるフリー状態に突入します。ピアノやドラムスのパーカッシヴなバッキング、ベースのアルコでのフィルイン、短いドラムソロを経てア・テンポでトランペットのミュート・ソロになります。ミュートを外したソロで再びリズムが無くなり、フリー状態が一瞬訪れますがドラムソロを経てラストテーマへ。この演奏は全体的にラフさを感じてしまうテイクです。

4曲目はGeorge GruntzのオリジナルMore Wings For Wheelers。トランペット奏者Kenny Wheelerに捧げられている美しいバラード。テナーとフレンチホルンのアンサンブルが効果的に用いられており、Francoをフィーチャーしてのナンバーです。Side BはSide Aの2曲の素晴らしさに比べて物足りなさを感じてしまいました。

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