Hi-Fly / Karin Krog, Archie Shepp
今回はボーカリストKarin Krogとテナー奏者Archie Sheppによる作品「Hi-Fly」を取り上げたいと思います。
1976年6月23日Oslo, Norwayにて録音 Producer: Frode Holm, Karin Krog Compendium Records
vo)Karin Krog ts)Archie Shepp tb)Charles Greenlee p)Jon Balke b)Arild Andersen b)Cameron Brown(on Steam only) ds)Beaver Harris
1)Sing Me Softly of the Blues 2)Steam 3)Daydream 4)Solitude 5)Hi Fly 6)Soul Eyes
Karin KrogのチャーミングなボーカルにArchie Sheppのまるで人の声、喋っているかの如きユニークなテナーサックスのオブリガートが全編絶妙に絡み、素晴らしい音色で思う存分間奏を取る、他に類を見ない作品です。ボーカリストのアルバムにテナーサックス奏者が歌伴で参加したと言う次元に留まらない内容の演奏ですが、Krogの唄だけ、Sheppのテナーのみでは得ることの出来ない、互いの演奏、音楽性の相乗効果が生み出した素晴らしい産物です。
Krogは37年Norway Oslo出身、音楽一家に生まれた彼女は60年代初めから地元やStockholmで演奏活動を開始、64年にFrance Antibe Jazz Festivalに出演し脚光を浴びます。67年にはトランペッターDon Ellisに認められて渡米し彼のオーケストラとの共演を経験しました。69年には米Down Beat誌の評論家投票で新人女性ヴォーカリストの首位に輝いています。翌70年8月には大阪万博にEurope Jazz All Starsの一員としても来日しました。Norway、北欧を代表するボーカリストの一人です。
本作を遡ること6年前、70年に同じく渡欧組テナー奏者Dexter Gordonを迎えて「Some Other Spring」を録音しています。”blues and ballads”とサブタイトルの付けられた本作、テナーサックス奏者が変わった事でこうも作品の印象が違うのかと感心させられる1枚です。こちらはDexterと伴奏のKenny Drewのプレイに影響を受けたのか、サウンド自体がそうさせるのか、Krogの歌も本作に比べてかなりオーソドックスに聴こえます。
欧州で自国の言葉ではない英語でジャズを歌う女性歌手として、オランダ出身のAnn Burton、スウェーデン出身のMonica Zetterlund、同じくLisa Ekdahlらの名前を挙げることができますが、Ella Fitzgerald, Carmen McRae, Sarah Vaughanらのようなスタイルではなく、やはりPeggy Lee, Anita O’Day, Sheila Jordanらの白人ボーカリストの流れを汲んでいます。欧州を南下してItalyやSpain辺りのラテンの血が流れる情熱的な国には、CarmenやSarah直系、更にはNina Simoneの様なストロング・スタイルの女性ボーカリストも存在しているかも知れません。
Krogと同年生まれ、Florida出身のSheppはPhiladelphiaで育ち、もともと俳優志望で演劇を大学で専攻、傍サックスを手にして音楽活動を始めました。卒業後New Yorkに移ってからはLatin Band(この時期の録音が残されていたらぜひ聴いてみたいものです。 Sheppのラテン、さぞかしユニークでしょう!)を短期間経験しその後Cecil Taylorのユニット, Don CherryやJohn TchicaiらとのNew York Contemporary Fiveでの演奏を経てJohn Coltraneとの共演を経験しました。作品としては「A Love Supreme」「Ascension」、そしてColtraneの後押しがあって64年初リーダー作「Four for Trane」をリリースし、65年「New Thing at Newport」では同Jazz Festivalにて共演は果たさずともColtraneとステージを分かち合いました。まさしくColtraneの申し子としてフリージャズ旋風が吹く60年代中期〜後期を駆け抜けましたが、その風が収まる69年に多くのフリージャズ系ミュージシャンがParisに移住した際にSheppも同行、欧州での活動を開始しました。その後のKrogとの出会いも極自然な流れであった事でしょう。
Sheppを後ろから慈愛に満ちた眼差しで見つめるColtraneが印象的なジャケットです。
Archie Shepp サックスのベルにマイクロフォンを突っ込んで吹く独自の奏法です
Sheppの楽器セッティングですが本体はSelmer MarkⅥ、マウスピースはOtto Link Metal 7★、リードはRico Royal 2半です。30数年前にArchie Shepp Quartetの演奏を新宿Pit Innで聴いた事があります。その際サックスのベルにマイクロフォンを時としてかなりの度合いまで突っ込み、サックス管体内で音場が飽和状態になった際に得られるフェイザーが掛かったかのような響きを利用して独自の音色を作っており、そのサウンド・エフェクト、マイクロフォン・テクニックに衝撃を受けた覚えがあります。PA担当のエンジニアにはマイクロフォンからの入力オーバーでスピーカーが飛ばないか、その結果自分のクビが飛ばないかと不安感を与えますが(汗)。アンブシュアもダブルリップなのでマウスピースに負荷が掛からずリードの振動が確実になりますが、彼の場合音程に関して疑問符が伴うことがあり、しかしSheppの演奏スタイルではまず楽器のピッチが問われることは無く、音程感も彼の音楽性に内包されるので全く問題はありません(爆)。付帯音の鳴り方が大変豊か、結果ジャズの王道を行くテナーの音色を聞かせ、加えてフレージングの語法、アプローチ、アイデア、間の取り方いずれもが大変ユニークなので、ジャズ表現者として抜群の個性を発揮しています。
それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目Sing Me Softly of the Blues、Carla Bley作曲のナンバーにKrogが歌詞をつけた形になります。65年Art Farmerの同名アルバムで初演されています。けだるい雰囲気のイントロから歌が入りますが、いきなりSheppのオブリガート(オブリ)の洗礼を受けます。いわゆる歌伴の演奏とは全く違ったコンセプトで、基本は歌詞のセンテンスの合間にオブリが入りますが、合いの手で別なボーカリストの掛け声、シャウトを聴いている様な、はたまた単に効果音的に音列を投入しているかの如く、いずれにせよ物凄いテナーの音色です!オブリからそのままSheppのソロ、その後Krogも謎のハミングを聴かせていますがSheppとのコンビネーション抜群です!前述の「Some Other Spring」での演奏とは全く異なる、非オーソドックスな音楽表現の世界に突入しているのは、ひとえにSheppが起爆剤として機能しているからです!リズムセクションはただひたすら淡々と伴奏を務めますが、その事が一層ボーカルとテナーの演奏を浮き彫りにさせています。
2曲目はSheppのオリジナルSteam、本作録音の前月に西ドイツNurembergで行われたジャズフェスティバルでのライブを収録した同名作品「Steam」にも収録されています。冒頭エフェクトを施したボーカルがこの演奏のいく末を暗示しているかの様に、怪しげで妖艶な雰囲気を醸し出しています。ベースはArild Andersenの他にSheppの当時のレギュラー・ベーシストCameron Brown、ドラマーBeaver Harrisも参加していて作品「Steam」のメンバーが集っています。ピアニストJon Balkeのイントロが沖縄民謡風に聴こえるのは僕だけでしょうか?Sheppの盟友、トロンボーン奏者Charles Greenleeも参加しオブリをテナーと分かち合っています。ラストテーマで何やら「シューシュー」とKrogの歌に混じって聴こえるのはGreenleeが発している声なのでしょう。Steamですから湯気の音がするのは当然です(笑)]
3曲目はDuke Ellington作の名曲Daydream、テナーのイントロから始まる美しくも危ないこの演奏、後年Sheppは日本のDenon Labelから同名タイトルのEllington特集の作品をリリースしています(77年録音、リリース)
攻撃的でありながらも優しさと色気を併せ持つShepp独自のアプローチがここでも十二分に発揮され、Greenleeのオブリ共々ボーカルのサポートを的確に務めており、Krog自身も彼らの伴奏を心から楽しみつつ、気持ち良く歌唱している様に聴こえます。ひょっとするとSheppのアプローチはColtraneのSheets of Soudを彼なりにイメージしながら演奏しているのかも知れません。所々に50年代Prestige Label諸作で聴かれるColtraneのフレーズが漏れ聞こえます。エンディングでのSheppのシャウトはKrogの美しい声との対比、美女と野獣状態です。
4曲目もEllingtonのナンバーSolitude、タイトル通り?二人だけでの演奏になります。管楽器一本でボーカルの伴奏を行うのは僕自身も何度かチャレンジした覚えがありますが至難の技です。ここでは正確な音程で朗々歌うKrogを、危険な香りのするアバンギャルドな益荒男振り〜益荒オブリ(笑)で見事にサポートしています。この曲のウラ定番の演奏の誕生です。
5曲目はこの作品のタイトル曲にしてRandy Westonの名曲Hi Fly、収録曲中最もリズミックでタイトな演奏です。先発ソロのGreenleeのトロンボーン、Curtis Fullerのテイストを感じさせつつもSheppに通じる危なさがソロイストの共通性を聴かせます。ソロ終了後一瞬ピアノソロか?と感じさせましたがSheppが演奏の意思表明を行いソロ開始、ドラマーBeaver Harrisとのコンビネーションの良さも聴かせます。無調なフレージングの中にも的確にコード感を聴かせる音使いにハッとさせられる瞬間や、フリーキーなサウンドがスパイス的な役割を果たしているのにドッキリしたりと、演奏を漫然と聴かせない構成になっています。どうやらエンディングをはっきりとは決めていなかった風を感じますが、ハプニングを利用して無事終了。終わりさえすればこっちのものです。
6曲目はMal Waldronの名曲Soul Eyes、バラードではなく全編ルンバ調のリズムで演奏されています。僕は個人的にここでのKrogの歌い方にとても共感を覚えます。Sheppのソロも快調に飛ばしており高音域でのファズがかかった音色がムードを高めます。北欧に居ながら本場米国のジャズスピリットを表現することに成功したKrog、フリージャズ旋風が吹き荒れた60年代New Yorkのジャズシーンで音楽性を培い、そしてその嵐を乗り切った猛者ミュージシャンたちを見事に伴奏者として使える辺り、その音楽性の柔軟さ、懐の深さを感じます。
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