見出し画像

Hear & Now / Don Cherry

今回はトランペット奏者Don Cherryの77年リリース作品「Hear & Now」を取り上げてみましょう。Cherryのエスニック音楽と当時全盛だったフュージョン・ミュージックとの融合。共演者には時代の最先端ミュージシャンを揃え、摩訶不思議ですが深遠な世界を構築しています。

Recorded and mixed at Electric Lady Studios, New York City. Recorded: December, 1976 Mixed: January, 1977 Engineer: Dave Whitman Project coordinator: Raymond Silva Produced by Narada Michael Walden
tp, bells, conch shell, fl, vo)Don Cherry ts)Michael Brecker sitar)Collin Walcott tamboura)Moki Cherry g)Stan Samole, Ronald Dean Miller harp)Lois Colin key)Cliff Carter p, timpani, tom tom)Narada Michael Walden b)Marcus Miller, Neil Jason ds)Tony Williams, Lenny White, Steve Jordan congas)Sammy Figueroa per)Raphael Cruz vo)Cheryl Alexander, Patty Scialfa

インド風のエスニックなジャケットが印象的です。
菩薩坐像のように結跏趺坐の吉祥座で座り、宙に浮いています!

画像1


まずはDon Cherryのバイオグラフィーを簡単に紐解いてみましょう。36年11月Oklahoma出身、ほどなくLos Angeles, Californiaに移り、音楽一家の中で育ちました。高校の同級生にはBilly Higginsがいますが、彼とは後に歴史的作品でも共演することになります。50年代初頭にはピアニストとして(!)Art Farmerの伴奏も務めました。Clifford BrownがLAに来訪の際には、Eric Dolphyの家で(!)Brownとジャムセッションに興じたそうで、Brownは彼に一目置き面倒を見ていたようです。Cherryのトランペット・スタイルはこのBrownを筆頭にMiles Davis, Fats Navarro, Harry Edisonの影響を感じさせる、実はオーソドックスな王道を行くものであります。

Cherryが世に出るきっかけとなったのはOrnette Colemanのバンドに加入し、作品に参加したことに始まります。Ornetteバンドでの初レコーディングは「Something Else!!!!」(58年2, 3月)、Ornetteの初リーダー作でもあります。

画像2


そして60年12月、かの歴史的問題作「Free Jazz」のレコーディングに参加します。ステレオの左右に分かれたダブル・カルテットと言う編成も大変ユニークです。

画像3


発表当時には、それはそれはセンセーショナルな作品として、喧々諤々と論議を巻き起こしましたが、現代の耳ではかなり穏やかに聴こえ、喧騒や難解さを遥かに通り越してむしろ演奏を楽しむことが出来ます。演奏中ずっとインテンポ(ここが大切なポイントです!ルパートやノーテンポではこの手のサウンドの場合、途端に演奏が耳に入り辛くなります)で自由な即興を繰り広げていますが、明らかに互いを良く聴きつつの会話に徹し、要所に入るOrnetteの書いたメロディがアンサンブル引き締めています。参加ホーン・プレーヤーEric Dolphy, Freddie Hubbard, OrnetteそしてCherryの4人はいずれも自己の素晴らしいヴォイスを有し(各々音色がヤバイほどに素晴らしいです!)、各自の確固たるメッセージを発信しています。Charlie Haden, Scott LaFaroふたりのベーシストの(信じられないほどの美しい組み合わせです!)深遠な音色とビート、同時に演奏されるソロの役割分担とその多彩さ、スリリングさ。Billy Higgins, Ed Blackwellの決して音数がtoo muchにならずに繰り出すシンバル・レガートとフィルインのカラフルさ、そして豊かな伴奏感。ベースソロと同様に、ドラム二人同時ソロに於ける会話の能動、受動とその入れ替わり。これらから表現される音楽は明確な秩序に裏付けされたもので、もちろんBe Bopや Hard Bopではありませんが、もはやフリーなフォームのジャズには聴こえません。(10代の頃にジャズ喫茶で背伸びをして本作をリクエストした覚えがありますが、その時は全く理解不能でした!)。ここでの演奏の形態が以降、フリーか否かのスタイルを問わず、多くのジャズメンにどのように伝播し、展開して行ったのかを考えるのも面白いです。

「Free Jazz」録音を遡ること約半年、60年6, 7月、John Coltraneとのコ・リーダー・セッションである作品「The Avant-Garde」を録音しています。こちらもピアノレス・カルテットによる編成で、Haden, Blackwellをサイドマンに招き、選曲や内容はOrnetteの音楽性によるもので、CherryもOrnetteバンドでの如き演奏を聴かせています。要はOrnetteの代役としてのColtrane参加ですが、自己のスタイルを模索〜構築中の彼には自身の65年以降のフリーフォームのスタイルとは全く無縁で、当時の通常スタイルでのアプローチに徹しています。とは言え全体の演奏内容がその頃の諸作の音楽性とかけ離れていたからでしょう、リリースはColtraneがフリーに突入した66年まで先送りされました。

画像4


以降Cherryはフリージャズ旋風が吹き荒ぶ60年代をSonny Rollinsとの活動、またArchie Shepp, John Tchikaiから成るバンドNew York Contemporary Five、そしてAlbert Ayler, George Russell, Gato Barbieriらとの共演を通じ、決して旋風の風下には立たず、向かい風に対し果敢に乗り切りました。一つ感じるのは彼はフリーフォームの音楽を演奏してはいますが、フリーという形態を表現する上でどうしても前面に出がちなアグレッシヴさ、ハードさというパワーを駆使した演奏よりも、叙情性を掲げた演奏の方に重きを置く、言ってみれば「ロマンチック」「リリカル」な表現を信条とするフリージャズ・ミュージシャンと捉えています。この事が顕著に表れているのが78年録音作品「Codona」です。Cherryの他シタール、タブラ奏者Colin Walcott、パーカッション奏者Nana Vasconcelos、彼ら3人の頭文字を取ってバンド名、アルバム・タイトルが付けられました。Codona, Codona 2(80年), Codona 3(82年)と合計3作をリリースしましたが、いずれも美しい世界を表現しています。

画像5


時代は70年代に入り、60年代のベトナム戦争を筆頭とする混沌とした社会を反映したフリージャズの反動から、耳に心地よいサウンドが受け入れられクロスオーバー、そしてフュージョンへと移り変わって行きます。本作は卓越したドラマーとして、そして数々のヒット作をプロデュースしたNarada Michael Waldenをプロデューサーとして迎え、Cherryのユニークなオリジナルを中心に演奏しています。前述のCodonaに通ずるOne & Onlyな美の世界プラス、フュージョン、ハードロック、ファンク・サウンド。ここでの音楽が多くのオーディエンスに受け入れられるかと言えば難しいと思いますが、他の誰にもなし得ない世界を聴かせています。

それでは収録曲について触れて行きましょう。曲によってドラマー、ベーシストが交替し、プロデューサーNarada自身がパーカッションやピアノ奏者として参加している場合もあります。1曲目はCherryのオリジナルMahakali、メンバーはドラムLenny WhiteベースMarcus MillerシタールColin WalcottティンパニNaradaキーボードCliff CarterギターStan SamoleそしてテナーサックスにMichael Brecker!彼の演奏がお目当てで本作を聴いた人もいると思いますが、僕もその一人です(笑)!録音された76年12月といえば楽器本体をSelmer Mark Ⅵ 14万番台Varitoneから6万7千番台へ、マウスピースをOtto Link MasterからDouble Ring 6番に変えた直後です。Hal Galperの「Reach Out!」、Michael Franks「Sleeping Gypsy」両作とも同年11月録音で、70年代を代表するMichaelのトーンを堪能できます。

画像6

画像7

冒頭、効果音的にベルと念仏のような声、笛の音、シタール、タンブーラ、インド的なサウンド・エフェクト(SE)が満載です!そこにCherryのトランペットによるメロディが加わります。少し間をおいてMichaelのテナーも参加しますが、Cherryのサウンドやカラーを踏襲しつつ、次第にMichaelのテイストが主流となり、細かく複雑なテクニックを駆使し、しかしごく自然に、エグエグの音色で歌い上げます。その後被るように再びCherryが加わり、トランペットのメロディがきっかけとなってベース、ドラムがリズムを刻み始め、その後まるでミュージカルのオーヴァーチュアのような派手なヴァンプ、そしてSamoleがリードギターを担当しヘヴィ・メタル・ロックバンドの如きテーマ・メロディ!これはインドからいきなりメタルの本拠地英国にワープしましたね(笑)!トランペットソロは柔らかい音色で豊かなニュアンス、フリーブローイングMilesのテイストも感じさせつつ短めに終え、Michaelにバトンタッチしました。リズミックにタイトにソロを開始、2拍3連符で助走をつけ、高音域フラジオB音〜D音が確実にヒット連発したあたりでCherryが絡み、ソロ同時進行、Samoleのギターも乱入し、MarcusとWhiteのコンビとも絡み合ったところでテーマが再登場、おそらく全員で雄叫びをあげているようで、全く聴こえはしませんが、Naradaのティンパニもさぞかし暴れていることでしょう(爆)!Cherry, Michael, Samoleの3人が核となり、フェードアウトに向けて更にバーニング!
2曲目はCherryとSherab-Barry Bryantの共作によるナンバーUniversal Mother、ベースNeil Jason、ドラムSteve Jordan、キーボードCliff Carter、ギターStan Samoleらが核となり、ハープ Lois Colin、そしてCherryのナレーションとミュート・トランペットが加わります。JordanとJasonの繰り出すファンク・リズムの心地良いこと!Cherryのモノローグに様々な楽器が絡み合う形で音楽が進行します。
3曲目CherryのオリジナルKarmapa Chenno、コオロギの鳴き声のSEに始まり、Cherryの話し声、手拍子、パーカッションからリズムがスタートします。1曲目同様Lenny White, Marcus Millerのリズム隊にSammy Figueroa, Raphael Cruzのコンガ、パーカッションが加わり、より厚いグルーヴを聴かせます。Cherryのトランペット・ソロは伸びやかなテイストから、ハイノートも用いてアグレッシヴさも表現しようとしています。曲中何度か出てくる印象的なメロディは、女性コーラスとシンセサイザーのアンサンブルで演奏されます。ここでもSamoleの巧みなギターがフィーチャーされますが、George Bensonを彷彿とさせるクリアーなピッキングとラインが印象的です。その後パーカッション隊のソロ、そしてスティールドラムをイメージさせる、多分シンセサイザーによるメロディ、大勢の人間によるアプラウズ、再びCherryの朗々としたトランペットが登場しFade Outです。
4曲目以降はレコードのB面に該当し、1曲ごとの演奏時間が短くなり収録曲数が増えています。CaliforniaもCherryのオリジナル、波の音のSEからスタートしますが、幼少期を過ごしたCaliforniaの浜辺のイメージでしょうか。ここでのドラマーには何とTony Williamsが登場!同年6月録音のリーダー作「Million Dollar Legs」をリリースしたばかりで、ジャケ写にも表れていますが(笑)、脂が乗り切っておりベースJasonとパーカッション隊でこれまた素晴らしいグルーヴを聴かせています。メロウなトランペットのメロディとソロ、ギターとのユニゾンのメロディ、そしてこの曲でもSamoleに思う存分弾かせているのが、夏の陽射しの様な暑さを感じさせます。エンディングにも波の音のSEが入り、去り行く夏を思わせる仕立てになっているのでしょう。

画像8


5曲目Cherry作のBuddha’s Blues、曲想からするとBuddhaは随分とファンキーな方のようです(笑)、前曲と同じメンバーでの演奏になり、トランペット演奏の間にCherry自身のフルートがフィーチャーされていますが、いささかご愛嬌の次元です(笑)。Jasonの強力なスラップ、Tonyのヘヴィーなグルーヴ、Carterのピアノのタッチの素晴らしさ、Figueroa, Cruzのパーカション隊を含むリズムセクションのバックアップにサポートされ、CherryはエレクトリックMilesのようなテイストで演奏しています。
6曲目CherryのオリジナルEagle Eye、CherryのフルートとFigueroa、Cruzの3人だけで、1分に満たない短い演奏を聴かせます。
7曲目NaradaのオリジナルSurrender Rose、さすがの美しいナンバーです。彼は85年Aretha Franklinのアルバム「Who’s Zoomin’ Who」収録のナンバーFree Way of Loveへの楽曲提供と演奏を行い、グラミー賞最優秀楽曲賞に輝きました。John McLaughlin Mahavishnu Orchestraに在籍していた事もある超ド級ドラマーにして、メロディアスなコンポーザーでもあります。Narada自身がエレクトリック、アコースティック・ピアノ、そしてタムタムも演奏しています。ドラムJordan、ベースJason、Samoleのギター、Colinのハープ、女性コーラスまで加わり、Cherryのトランペット・プレイのスイートな面を上手く引き出していて、まるでHerb Alpertのような世界を表現しています!この曲が本作の1曲目に位置していても良かったのではと思うのは、Don Cherryがフュージョンを演奏しました、と明確に宣言できる内容を持っているからです。1曲目のMahakaliの演奏であまりにも強力におどろおどろしさを築いてしまい、作品のコンセプトがぼやけてしまったと感じています。
Aretha Franklin「Who’s Zoomin’ Who」Aretha Franklin「Who’s Zoomin’ Who」

画像9


8曲目は3つのパートから成る組曲a.Journey of Milarepa、b.Shanti、c.The Ending Movement-Liberation。Jason, Jordanのリズムコンビにパーカッション隊、Samoleのギターが加わります。まずパーカッションとエレクトリック・ピアノのイントロからトランペットの演奏、次第にドラムのバスドラが加わりベース、ギターが参加し、Samoleにソロを取らせます。パーカッションとドラムのコンビネーションが実に心地よいですね。トランペットとギターが絡み合いながら曲が進行します。次第にリタルダンドを迎え、笛の音が聴こえ始めますが、インタールード的な部分、ここからがb.Shantiに該当するのでしょう。パーカッションの音に被ってドラムがリズムを刻み始め、ベース、ギター、キーボードが加わりトランペットのメロディが始まります。ここがc.The Ending Movement-Liberationに該当すると思われます。Samoleのオリジナルで、ギターのアルペジオに被りトランペットが高音を吹きFineです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?