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Nature Boy The Standards Album / Aaron Neville

今回はボーカリストAaron Nevilleの2003年録音リリース作品「Nature Boy The Standards Album」を取り上げたいと思います。「こんな歌い方アリですか?」と問いかけたくなるほどに意外性のある、しかも素晴らしい歌唱表現が、スタンダードナンバーに新たな個性をもたらしました。

Recorded at Avatar Studios, NYC, January 5-7, 2003 Engineer: Dave O’Donnell Produced, Arranged, and Conducted by Rob Mounsey Executive Producer: Ron Goldstein Verve Label
vo)Aaron Neville vo)Linda Ronstadt(track: 3) ds)Grady Tate b)Ron Carter g)Anthony Wilson g)Ry Cooder(track: 12) p)Rob Mounsey ts)Michael Brecker(track: 5, 9) ts)Charles Neville(track: 11) tp, f.hr)Roy Hargrove(track:2, 3, 10) tb)Ray Anderson(track: 4) acc)Gil Goldstein(track: 6) congas, perc)Bashiri Johnson(track: 1, 4, 7, 10)
1)Summertime 2)Blame It on My Youth 3)The Very Thought of You 4)The Shadow of Your Smile 5)Cry Me a River 6)Nature Boy 7)Who Will Buy? 8)Come Rain or Come Shine 9)Our Love Is Here to Stay 10)In the Still of the Night 11)Since I Fell for You 12)Danny Boy

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Aaron NevilleはNeville四兄弟の三男として41年にNew Orleansで生まれました。Art, Charles, Cyrilらとの名グループNeville Brothersのメンバーとしても活躍していましたが、兄弟の中では最も早くからソロ活動を開始しています。Aaronの美しくスイートな歌声と、ファルセットを交えた声の震わせ方、コブシの回し方から、ヨーデル奏法を思わせる唱法は実に魅力的で個性的です。一体どのようにしてこの歌い方を習得したのか、ルーツやスタイル確立までの変遷には興味のあるところですが、本作は彼のボーカルの魅力を引き出すべく、文句なしのメンバー、ゲスト達と共に都会的なセンスのアレンジを施したジャズのスタンダードナンバーを取り上げて存分に歌わせる、製作者サイドからそのような意気込みが伝わる作品に仕上がりました。普段Aaronがまず歌うことのないスタンダードナンバーの数々(幼少期には口ずさんでいたでしょうが)、どの程度まで彼が選曲に関わったのかも気になりますが、常日頃愛唱しているかの如きボーカルの絶好調ぶりを聴かせ、結果手垢のついたスタンダードに今までにない新たな説得力、魅力が加わったと感じています。リズムセクションはプロデューサーでもあるピアニストRob Mounseyを中心にベーシストRon Carter、ドラマーにはジャズシンガーとしても活躍していたGrady Tateら歌伴にも名人芸を聴かせる巨匠たちを配し、ギタリストには歌姫Diana Krallのサポートでも有名なAnthony Wilsonを加え彼らカルテットが一貫して全曲伴奏を務め、曲毎にゲストアーティストを招き適材適所な間奏を聴かせ、さらにストリングス、ホーンによるオーケストレーションも豪華に色合いを添えています。Mounseyのアレンジ、采配共に洗練されていて巧みだと思います。

当Blogにて以前取り上げたことのある88年リリースHal Willnerプロデュース作品「Stay Awake Various Interpretations of Music from Vintage Disney Films」、珠玉のDisneyチューンに優れたアレンジ、プロデュース力を加え新たな命が吹き込まれました。収録曲のMickey Mouse MarchはAaronとDr. Johnのピアノとのデュオ演奏なのですが、個人的にはここでの歌唱に雷に打たれるが如くシビレて以来の、Aaronの大ファンです!誰もが知るシンプルなメロディ、言い換えれば単なる童謡があそこまで愛を伝えられるメッセージソングに変身するとは驚きでした。そう言えば伴奏のDr. JohnもNew Orleans出身の超個性派ボーカリストです。King Oliverに始まりKid Ory, Jelly Roll Morton, Sidney Bechet, Louis Armstrong、枚挙に遑がありませんが加えてEllis, Branford, WyntonのMarsalis親子、Nicholas Payton, そしてNeville Brothers。こんなに個性的なシンガー、アーティストを数多く輩出でき、しかもジャズ発祥の地でもあるご当地、その底知れぬポテンシャルを再認識してしまいます。

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それでは収録曲に触れて行く事にしましょう。1曲目George Gershwinの名曲Summertime、ギターのカッティングとパーカッションの繰り出すリズムから一瞬レゲエのグルーヴを感じましたが、ビートの基本はスイングです。ホーンセクションのアンサンブルやベースのグリッサンドが重厚さを醸し出し、イントロでの演奏はボーカル登場までの期待感を十分に高めてくれます。Aaronの声には爽やかさも感じさせますが哀愁感、枯れた成分、独特なアクも内包し様々な音色を使い分け複雑な色合いを見せます。そこにヨーデル・ライクな(この表現が的を得ているのか今一つ確信がありませんが)コブシ回し(しかもピッチ感が素晴らしいのです!)、ダイナミクスを伴ったファルセットが加わることにより、誰も体感したことのないメロディの浮遊感が訪れます。所々に施された多重録音による唄のハーモニーも、インチューンでごく自然に耳に入って来ます。Summertimeは本来子守唄のはずですが間違いなくこの歌唱で眠りに誘われる子供はいないでしょうね(笑)
2曲目Blame It on My Youth、実に美しいメロディライン、コード感を持つバラードです。歌詞の内容を丁寧に、噛み締めるが如く、加えてAaronのニュアンスに富んだ歌い方と、リズムセクションの合わさり方、歌詞の合間を縫って絶妙に重なるオーケストラの調べが心地よく響きますが、Roy Hargroveのトランペットソロ、サポートするTateのブラシワークが更なる高みへと導きます。曲中トランペットのオブリガートは聴かれませんが、エンディングで一節、唄の高音域を用いたクライマックスで演奏しています。音の跳躍でのAaronのボーカルテクニックも申し分ありません。
3曲目The Very Thought of You、イントロではギター、シンセサイザーを中心としたサウンドにストリングスが芳醇なサウンドを与えています。歌本編に入ってもアレンジが継続して光ります。Aaronは囁くような語り口から始まり、ここでも抜群のボーカルを聴かせますが、ゲストにLinda Ronstadtの歌が加わります。Lindaとは89年彼女のアルバム「Cry Like a Rainstorm, Howl Like the Wind」で共演し、彼女たちのデュエット2曲が90, 91年と連続してグラミー賞を受賞しました。91年にはLindaのプロデュースによりAaronの作品「Warm Your Heart」がリリースされました。LindaのAaronのボーカルへの入れ込みようが感じられますが、その返礼として本作に招き入れたのでしょう。Lindaは米国を代表するロック、ポップス・シンガーですがスタンダードナンバーを取り上げた作品も何枚かリリースしています。彼女の歌唱自体は、よく声の出ているパワフルさを聴かせますが、残念ながらジャズ的要素を殆ど認める事が出来ません。声質にジャズ表現に不可欠な陰りを感じず、米国西海岸の健康的明るさが目立ち、むき卵の如きつるっとした質感です。歌唱自体も何故か必ずシャウト系に移行し、抑制された感情表現を行うための引き出しが見当たりません。Aaronと比較すると彼の繊細さ、表現の幅の広さ、深さ、スイートネス、一歩退いた音楽への客観的スタンス、全てに格が違うのを感じてしまいます。AaronはLindaにとって真逆のタイプのシンガーだけに憧れがあったのでしょう。この曲でもHargroveがフリューゲルホルンでソロを取り、魅惑的なトーンを披露しています。同様にエンディングのアンサンブルで共演しています。
Aaron Neville参加Linda Ronstadt作品「Cry Like a Rainstorm, Howl Like the Wind」

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Linda Ronstadtプロデュース作品「Warm Your Heart」

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4曲目The Shadow of Your Smileはボサノヴァを代表するナンバー、イントロではベース重音でのパターンが印象的で、ストリングス、フルートの隠し味が効果的です。Aaronの歌唱も朗々感が堪りません!七色の声質(それ以上にもっとヴァリエーションがあるかも知れません!)を駆使しつつビブラートの微細な振幅数を変えることで、ニュアンス付けを行っています。この曲ではトロンボーン奏者Ray Andersonを迎え、ちょっと危ないヤサグレ感を湛えたテイストでの間奏、アンサンブルを聴かせています。Andersonの音色の複雑さにはAaronの声質に通じるものを感じます。
5曲目Cry Me a River、古今東西様々な歌手、ジャンルで歌われている名曲です。下手をするとどっぷりとマイナーの暗さが表出し、演歌調になってしまいがちな曲想ですが、Aaronの歌いっぷりとアレンジ、サポートミュージシャン達の好演、そしてMichael Breckerの伴奏により全てが良い方向に具現化しました。イントロでは一聴すぐ分かるMichaelの音色とニュアンスによる、開会宣言とも取れるひと節のメロディがあります。右手を高らかに上げながら「私はAaronの伴奏に対し、全身全霊を傾け、全ての音が音楽的にサウンドするように、正々堂々と演奏する事をここに誓います」と選手宣誓をするかの如きメッセージを感じ取る事が出来ましたが(何のこっちゃ?)、案の定Michaelのソロの入魂振り!ボーカル、アレンジ、共演者のサウンド全てを踏まえ、且つ自身が未だ成し得ていないアプローチを模索しながら繊細に、大胆にブロウしています。イントロと同じメロディが再利用されているアウトロでは、AaronのスキャットにMichael反応しています。
6曲目表題曲Nature BoyにはGil Goldsteinのアコーディオンを加え、Wilsonはアコースティック・ギターに持ち替え、アレンジでは対旋律を張り巡らし曲の持つムードに叙情性を付加し、深遠さを出すことに成功しています。2’42″の短い演奏ですが実に印象的であります。
7曲目Who Will Buy?はミュージカルOliverの挿入曲。オルガンやホーンセクションを配したアンサンブルに古き良き米国を感じさせるのは、やはりミュージカルナンバー故でしょう。ここでもボーカルにオーヴァーダビングが施され、ゴージャスなサウンドを聴かせます。Wilsonのギターソロがフィーチャーされ、クリアーなトーン、フレージングを携えた正統派のスタイルには好感が持てますが、むしろ若年寄然、録音時34歳とは思えない落ち着き振りと風格です。それもそのはず彼の父親は40年代から活躍している名バンドリーダーGerald Wilson、若きEric Dolphyも彼のバンドに参加していました。親譲りのミュージシャンシップが成せる技なのでしょう。後うたではファルセットも用いたAaronのスキャットが聴かれますが超絶です!表現力の深さを一層感じるのですが、実は彼には喘息の持病があります。これだけの歌唱を行えるので当然デリケートな喉の持ち主なのでしょう。05年に発生したハリケーン・カトリーナによってNew Orleansの彼の自宅が全壊し、Nashvilleへと避難しました。カトリーナ後New Orleansの汚染された空気が持病の喘息に悪影響を与えるとの医師の判断から、Aaronはしばらく故郷に戻らなかったそうです。
8曲目Come Rain or Come Shine、イントロはギターソロから始まりますが、ここでのギターのアプローチにも興味をそそられます。純然とカルテットだけによる伴奏でAaron訥々と歌います。おっと、ストリングスも従えていましたね、重厚な弦楽器アンサンブルのお陰で映画音楽の挿入曲の如きムーディな雰囲気の演奏ですが、ふとAaronの歌は果たしてジャズなのだろうかと考えると、実は微妙です。一つ言えるのは人を説得せしめる表現力を持った音楽家はジャンルに関係なく良い表現を行えるという事で、音楽にはジャンルは無くあるのは良い、悪いだけだという言葉の通り、Aaronはスタンダードナンバーに対し良い歌い方をしているに過ぎず、ジャズというカテゴリーよりも何よりも、ひたすらAaron Nevilleミュージックを演奏しているのかも知れません。
9曲目Gershwin作の名曲Our Love Is Here to Stay、ジャズボーカルの定番中の定番をビッグバンドジャズ・テイストでアレンジ、ストリングスとホーンセクションがコーニーさを屈託無く表現しています。ドラムのステディなブラシワーク、縦横無尽なベース・ライン、Freddie Greenの如きタイトでリズミックなギター・カッティング、そしてMichaelのテナーによる華麗な間奏、レイドバック感が絶妙です。音楽の枠組みはどこを切っても全くのジャズボーカルの伴奏ですが、中身は超個性的なAaronの歌声、歌唱。違和感が何処にも感じられないのは歌の素晴らしさ故か、耳がすっかり慣れてしまったのか。いずれにせよこの曲の名演奏の誕生です。
10曲目In the Still of the NightはCole Porter作曲のナンバー。アレンジのテイストとしてdoo-wopを感じさせ、7曲目同様に50年代の米国の雰囲気を表現しているかのようです。ここでもボーカルにオーヴァーダビングが施されていますが、歌に厚みを持たせると言うよりも、doo-wopに欠かせないコーラス・アンサンブルを聴かせるのが目的なのでしょう。爽やかさの中にも哀愁を感じさせる、美しく華やかで、細部に至るまで丁寧で気持のこもった歌唱に感動すら覚えます。Hargroveのミュート・トランペットによる間奏、後うたでのAaronとのトレードも冴えています。Tateは淡々とボサノヴァのリズムを繰り出していますがCarterは様々なアプローチを展開、なかなかここまでアクティヴなベースを聴かせることはありません。
11曲目Since I Fell for Youはジャンプ、ブルースナンバーを得意としたBuddy Johnsonのナンバー、Aaronは良くコブシの回った巧みなボーカルを聴かせます。ここではAaronのすぐ上の兄Charles(四兄弟の次男)がテナーサックスで参加し渋いソロを聴かせます。実は兄弟が集まりNeville Brothersとして活動を開始したのは遅咲きで77年から、それまでの兄弟各々の活動が結実してその後優れた作品を多くリリースしました。
Neville Brothers代表作「Yellow Moon」89年リリース

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12曲目最後を飾るDanny Boyはお馴染みIreland民謡、Ry Cooderがギターの伴奏で参加します。誰もが知るシンプルなメロディを巧みに歌い上げていますが、これはAaronの最も得意とするところ、前述のMickey Mouse Marchでもそうでしたが、かのLuciano Pavarottiと共演を果たした92年ライブ盤「 Pavarotti & Friends」に収録のAve Maria、こちらも実に素晴らしく、心揺さぶられる説得力に満ちています。

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