The Panther! / Dexter Gordon
今回はテナーサックス奏者Dexter Gordonの1970年録音作品「The Panther!」を取り上げたいと思います。
1970年7月7日 New York Cityにて録音 Producer: Don Schlitten Label: Prestige (PR 7829)
ts)Dexter Gordon p)Tommy Flanagan b)Larry Ridley ds)Alan Dawson
1)The Panther 2)Body and Soul 3)Valse Robin 4)Mrs. Miniver 5)The Christmas Song 6)The Blues Walk
Dexter Gordonのリラクゼーション、色気、益荒男振りが発揮された作品です。23年2月27日生まれのDexter録音時47歳、音楽家、ジャズプレイヤーとして円熟味を帯び、その個性を十二分に発揮しています。Dexterは40年代から活動を開始し、ジャズジャイアンツと軒並み共演を重ねその音楽性を研鑽し、自己のスタイルを確立させて行きました。自身はLester YoungやBen Websterからの影響が顕著ですが、独自のスタイルを築き上げ、若い頃のJohn ColtraneやSonny Rollinsに逆に影響を与えています。45〜47年録音の初リーダー作に該当する「Dexter Rides Again」では音色とフレージングに関して自己のスタイルの萌芽を感じさせる演奏を聴かせています。後年よりもワイルドに、ホンカー的な要素も内包しています。
しかしこの作品で歴然と違うのがタイム感です。後年のDexterの最大の特徴であるレイドバックとリズムのタイトさが感じられず、ここではごく普通のテナー奏者のタイム感で演奏しています。率直に言ってタイム感が違うとDexterには聴こえませんね。リズムに対する極端な「超あとノリ」という、誰も表現しなかった、しかしコロンブスの卵的な点に着目し、若しくは着目せずともごく自然に、プレイヤーの個性を発揮すべしというジャズマンに課された命題をクリアーした演奏スタイルは50年代以降に確立されるのですが、Dexterはドラッグで50年代のかなりの期間を棒に降っています。同時期に米国のかなりの数のジャズミュージシャンがドラッグに染まりましたが、Dexterほどの第一線ジャズマンが塀の中に長期間幽閉された例はなく(Art Pepprが60年代後半を麻薬療養施設で過ごしましたが)、かなりのジャンキーだったのかも知れません。Hank Jonesが90歳を過ぎても第一線でピアノを弾き続け、Benny Golsonがやはり90歳にして度々の来日を重ね、嬉しくなるくらいにその健在ぶりを示し、Roy Haynesに至っては現在94歳、未だにドラムを叩いているのは驚異的な生命力、精神力ですが、この3人はドラッグとは無縁だったと聞いています(Golsonは酒もタバコも嗜まなかったそうです)。ドラッグがもたらす効能としてのジャズの創造性はあるのか無いのか僕には分かりませんが、代償の方は確実にあるようで、多くのジャズマンがその人生を短命に終え、志半ばで幕を閉じています。Dexterは67歳でその生涯を終えましたが、まだまだこれからだったのか、十分に音楽を開花させたのかは人によって判断が違うと思います。
55年9月18日録音「Daddy Plays the Horn」と同年11月11, 12日録音の「Dexter Blows Hot and Cool」の2作でDexterのスタイルは確立されたと言って良いでしょう。彼ほどビートに対して後ろにリズムのポイントを感じて吹くテナー奏者は存在しません。きっちりと正確に、ビハインドを意識して8分音符を繰り出す〜レイドバックが巧みな奏法がDexterのスタイルの特徴です。
Dexterはこの2作の後も塀の中にお世話になり(汗)、60年に「The Resurgence of Dexter Gordon」を録音、ここから本格始動が始まりますが、Resurgence=中興とはよく言ったものです!前人未到の(笑)レイドバック、音色、フレージング、ニュアンス、引用フレーズを多用したユーモア感溢れる、Long Tall Dexterの面目躍如です!
Dexterの使用楽器ですが、この頃はBen Websterから譲り受けたSelmer Mark Ⅵ、マウスピースはOtto Link Metal Floridaの8番、リードはRico 3番です。65年飛行機の乗り継ぎの際に、それまで使用していた愛器Conn 10Mを紛失(盗難?)しました(Dexter Blows Hot and Coolジャケ写の楽器です)。マウスピースも長年Hollywood Dukoffの5番を使用していましたが、サックスケースの中に入れていたのでしょう、そちらも紛失、とても残念なことをしました。おそらく紛失は欧州での出来事(60年代の欧州は米国ジャズマンの好市場でしたから)、楽器がなく手ぶらになってしまったDexterはしかし演奏を挙行すべく、当地に64年から移住したWebsterを頼りLondonないしはAmsterdamに彼を訪ね「Ben、サブの楽器を譲ってくれないか?」とでも口説き、その後の愛器となるMark Ⅵを入手したのではないかと想像しています。なかなかミュージシャンが使用楽器をどのように入手したかを知るのは困難な事なので、それに想いを馳せるのも楽しいです。それにしても古今東西楽器の紛失、盗難の話は後を絶たず、多くのミュージシャンがそれ以降の音楽性が変わってしまうほどの影響受けることになります。Steve Grossman, David Sanborn, Bob Berg, Joe Henderson(彼の場合は奇跡的に楽器が戻りましたが)、彼らの楽器紛失は自身の演奏や活動にかなり作用しました。たいていの場合は悪い方への影響ですが、Dexterの場合はかなり良い楽器をWebsterから購入することが出来たのでしょう、ひょっとしたらマウスピースも譲り受けたのかも知れません。テナーの音色は明らかに変わりましたが、新しく手にしたMark Ⅵ、Otto Link Florida8番の持ち味を最大限に引き出して自身の個性に転化した様に思います。背の高い(198cm!)テナーサックス奏者ならではの重心の低い、野太いダークな音色は実にOne and Only、レイドバックとたっぷりとした音符の長さが合わさり、Sophisticated Giantの異名も取りました。
その後61年に名門Blue Note Labelと契約し「Doin’ Allright」を皮切りに合計9作をリリース、幾つかのレーベルからも作品を発表し69年からはPrestige Labelより12枚をリリース、本作はその中の1作になります。
それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目はDexterのオリジナルにして表題曲The Pantherです。ジャズロック風のリズムでのブルース、細かいシンコペーションが多用されたベースパターンからイントロが始まります。ピアノ、ドラムが加わり、その後御大Dexterの登場です。しかしこの素晴らしい音色をなんと形容したら良いのか、言葉に詰まってしまいますが、頑張って述べたいと思います。ジャズテナーサックス音の定義があるとすれば全くその王道を行く、豪快一直線、「ザワ〜」「ジュワ〜」「シュウシュウ」的な付帯音の豊かさ、「コーッ」という木管楽器的な雑味、コク味、暗さ明るさの絶妙なコントラスト、極太のゼリー状の音塊が「ムニュ〜」とばかりにサックスのベルから出ているかの如くの発音、発声。例えばMiles DavisやStan Getzのように七色の音色を使い分ける華麗な奏法という訳ではなく、音の色合いとしては白黒なのですが、実に濃密にして漆黒の黒色、モノトーンを唯一の武器に演奏していますが誰も太刀打ちする事は出来ません。
Dexterソロ中2’36″あたりで引用フレーズBurt Bacharach作曲のI Say a Little Prayerの一節を吹いていますが、「あれ?この曲は何だったか…」なかなか曲名が出てきません!思い出したら「そうか、Bacharachのあの曲だ!」。当時Bacharachが流行っていましたが引用の名手でもあるDexter、ポップス方面から意外なところを突いてきます。続くTommy Flanaganのソロは自身の個性を発揮しつつも決して出過ぎず、名脇役の席を常に暖めています。ベースのLarry Ridleyも全編に渡り心地よいグルーヴと的確なアプローチを聴かせ、 Alan Dawsonのドラミングも安定感抜群です。
2曲目はスタンダードナンバーBody and Soul、本作中最も収録時間の長い演奏で、John Coltraneの同曲のヴァージョン(60年録音Coltrane’s Sound収録)構成が基になっています。Coltraneはオクターブ上でテーマを吹いていますが、Dexterはオクターブ下の音域で演奏、この美しいバラードは上下のオクターブ共に演奏可能、両者は全く違った表情を見せ、テナー奏者の定番の所以でもあります。そこでも用いられているイントロ(2小節間の計8拍を3拍、3拍、2拍と取っているので一瞬変拍子に聴こえます)に始まり、Dexterの朗々としたテーマ奏、1’32″からのコード進行〜いわゆるColtrane Changeもしっかりと流用されています。Dexterの吹く8分音符はここでもレイドバックを極め、朗々感を更に後押ししています。あまりバウンスせずにイーヴン気味に演奏されている8分音符とのコントラストも特徴です。ここで注目すべきはDawsonのドラミング、スネアによる3連符やシンバルによるカラーリングが、Coltraneのヴァージョンよりもかなりゆっくりとしたテンポ設定を、レイジーなムードに陥いらせる事なく緊張感をキープさせる起爆剤になっていると思います。DawsonはPennsylvania出身のドラマー、かのTony Williamsの先生でもあり、57年からBerklee音楽院で教鞭を執りました。かつて一度だけ共演したことがありますが、演奏後に明瞭な英語で僕の演奏についてを色々と分析してくれたのが印象的でした。さすが多くの名ドラマーを輩出した教育者です!
3曲目はDexter作のValse Robin、自分の娘に捧げたナンバーで、ゆったりとしたワルツナンバー、道理でDexterの吹き方にも柔らかさ、スイートさが一層加味されているように聴こえる筈です。テーマのサビのメロディに出て来るE音より下のサブトーンのふくよかさが堪りません!イントロ無しでストレートにメロディが演奏され、Dexterのソロ、Flanaganと続き再びテナーソロがあってラストテーマ、小唄感覚の小品です。ここまでがレコードのSide Aになります。
4曲目DexterのオリジナルMrs. Miniver 、こちらもいきなりテーマメロディから曲が始まるDexterらしい小粋な雰囲気を持つスイングナンバーです。テナー、ピアノ、ベースとソロが続き、ドラムとの8バースも行われ、文字通りDexter Gordon Quartetの全てを堪能出来ます。エンディングにもしっかりと工夫が施され、この曲がレコードの冒頭に位置してもおかしくない、完成度の高い演奏です。
5曲目はクリスマスソングで有名なその名もThe Christmas Song、ボーカリストMel Torme作の美しいバラードです。米国にはクリスマスソングが何百何千曲と存在するそうですが、その筆頭に挙げられる有名曲です。Tormeによればこの曲は、焼け付くような暑い夏の盛りに書かれたのだそうです。偶然ここでの演奏も真夏の7月に録音されましたが、クリスマスソングを季節外れの時期に演奏してもそうは気分が出なかったと想像できますが、アルバムのリリースが12月だったのでしょう、先を見越していました。曲のキーはD♭、ジャジーでダークなキーですが作曲者Tormeもこのキーで歌っていました。Dexterの吹きっぷりには一層気持ちが入っているようです。テーマ奏1コーラスの後テナーソロがAA半コーラス、ピアノがサビBで8小節ソロを取り、ラストAで再びテナーがメロディを奏でてイントロの音形に戻りFineです。やはり美しい楽曲は季節に関係なく人の心に響きますね。一番最後のメジャー7th〜9thの音、3rd〜5thの音を奏で、再びメジャー7th音、最後に9thで落ち着き、ビブラートを掛けながらエアーだけでフェードアウトする奏法はある種定番ですが、Dexterの音色、タイム感ではまた格別です!
6曲目ラストを飾るのはLou Donaldson作曲The Blues Walk、54年8月録音「Clifford Brown & Max Roach」での演奏がブリリアントです。
これまでがミディアムテンポやバラード演奏だったので、実際にはさほど早くはないテンポ設定の筈ですが、ここではかなりのアップテンポに感じます。とは言えDexterのレイドバックが逆の意味で冴え渡り、リズムセクションも対応に苦心しているように聴こえます(汗)。Dawsonのシンバルレガートはかなりon topに位置しているので、Dexterの8分音符に引っ張られて遅くならないよう、苦慮しつつ的確にタイムをキープしています。ベーシストも同様の対応に迫られているように感じます。途中Flanaganが珍しくピアノのバッキングの手を休め、John Coltrane QuartetのMcCoy Tynerのような状態をキープしています。もしかしたらDexterのあまりのレイドバック振りにバッキングを放棄したのかも知れません(汗)。テナーソロの最後にはJay McShann〜Charlie ParkerのThe Jumpin’ Bluesのリフが引用されますが、Dexter実は翌月8月27日に同じくPrestige Labelにこの曲を表題曲とした「The Jumpin’ Blues」をレコーディングします。このアルバムのラスト曲で次の作品のプレヴューを行なっていた訳ですね。のんびり屋さんかと思っていましたが、ちゃんと将来設計もこなせる人です。
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