Basra / Pete La Roca
今回はドラマーPete La Rocaの初リーダー作「Basra」を取り上げたいと思います。
Recorded : May 19, 1965 Released : Oct. 1965 Studio : Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ Recorded by Rudy Van Gelder Blue Note Label
1)Malagueña 2)Candu 3)Tears Come From Heaven 4)Basra 5)Lazy Afternoon 6)Eiderdown
Blue Note Label異色のメンバーによる名演奏を収録した作品、選曲も個性的です。参加しているJoe Hendersonは数多くのBlue Note作品で名演を残している言わばレーベルのハウス・テナー奏者ですがSteve Kuhn、Steve Swallow両名はサイドマンとして全くと言って良いほどBlue Noteに録音を残していません。
Kuhnは新生Blue Noteから2007年に自己のトリオで「Live At Birdland Steve Kuhn Trio」をリリースするのみ(でも新生の方では名プロデューサーAlfred Lion, Francis Wolff両名の息が掛かっていないので実はさほど意味がないのですが)、Swallowの方も新生Blue Noteに数作参加の他、62年ボーカリストSheila Jordanのリーダー作「Portrait Of Sheila」に参加しているだけで、二人の実力、音楽性からすればBlue Noteと縁が無かった事は不思議ですが、黒人ミュージシャンが中心のジャズレーベルであったがためでしょうか。
当時La Roca, Kuhn, SwallowはArt Farmer Quartetのリズムセクションでもあり、同65年フロントがテナーからフリューゲルホルンに変わった形でFarmerのリーダー作「Sing Me Softly Of The Blues」をリリースしています。
全く演奏内容、音楽的傾向が異なるにも関わらずリズムセクションは柔軟に対応し、素晴らしい演奏を残しています。また3人はよほど音楽的、人間的に相性が良かったのでしょう、同メンバーで翌66年Steve Kuhn Trioとして「Three Waves」もリリースしています。こちらの内容もまた違ったテイストを聴かせ、3人の音楽的懐の深さを感じさせます。
La Rocaのドラミングの方はBlue Noteの作品にかなり登場しています。そもそも彼の初レコーディングが57年11月、Max Roachの推薦があって参加が実現したSonny Rollinsの名盤「A Night At The Village Vanguard」、当日のマチネーにLa Roca、ソワレに Elvin Jonesと当時の若手ドラマー二人を使い分けています。ここでの素晴らしい演奏があって59年3月、Rollins Trioの北欧楽旅に同行することになり「St. Thomas Sonny Rollins Trio in Stockholm 1959」を残しています。
もう1作Blue Note盤で是非とも挙げておきたいのがJackie McLeanのリーダー作59年5月録音「New Soil」、Hard Bopテイストから抜け出さんばかりのMcLeanのエナジーの迸りを感じさせる作品、触発されたLa Rocaは収録曲Minor Apprehensionでアグレッシブなドラムソロを展開、あるジャズライターに「前衛ジャズはここから始まった」とまで言わしめました。革新的、刺激的なアプローチを聴かせています。
収録曲を見ていきましょう。1曲目は実に意外な選曲、Cubaの名作曲家Ernesto Lecuonaの作品、6つのムーヴメントから成るAndalusia組曲の中の1曲Malagueña、La Rocaは若い頃に6年間ラテンバンドでティンバレス奏者として活躍し、そこでの経験からのチョイスかも知れません。La Rocaと言う名もその当時の芸名から取られており、本名はPeter Simsです。8分の6拍子のリズムの上でのJoeHenのエグエグな音色によるラテンフレイバー満載のメロディー、印象的なピアノの左手ライン、要所要所では的確なフィルインを繰り出しますが全編比較的淡々とリズムをキープするLa Roca、その上でJoeHenが曲の持つ雰囲気に見事に合致しつつハーモニクス、マルチフォニックスを駆使し、最低音からフラジオ音までJoeHen節満載で縦横無尽に吠え捲ります!Kuhnの暴れっぷりも素晴らしい!ソロイストに思いっきりソロスペースを与えるためにLa Rocaは敢えてリズムキープに回っていたのかも知れませんし、元来ソロイストにシンプルに寄り添うスタイルが信条のLa Roca、自身のドラムソロでは確実に自己の世界を表現しますが、他のプレイヤーのソロのバックで煽ったり、自分から何かを仕掛けるアプローチは一貫してあまり聴かれません。後に触れますがこの事が関係して、彼自身にとってある決断をさせる一因になったのではないかと考えています。ピアノソロの後テーマに戻りますが、一層フリーキーなJoeHenの雄叫びが聴かれ徐々にフェードアウトして行きます。
2曲目はLa RocaのブルースフォームのオリジナルCandu、8ビートが基本のジャズロック風な、時代を反映したグルーヴのナンバーです。ベースパターンがメロディの対旋律を奏でていて、ユニークな構成になっています。JoeHenのソロは相変わらずの絶好調ぶりを聴かせ、続くKuhnのパーカッシヴなソロも印象的です。この頃はアップライト・ベーシストとして絶頂期のSwallowのベースソロが聴かれ、テナーとドラムスによる4バースが2コーラスあり、ラストテーマを迎えます。
3曲目もLa RocaのオリジナルTears Come From Heaven、ロックミュージシャンのオリジナルにありそうなタイトルですがアップテンポのスイングナンバー、32小節1コーラスでコード進行の小節数が多少凝った変則的構成になっています。ここでもJoeHen無敵のスインガー振りを発揮、Kuhn、La Rocaとソロが続きます。ここまでがレコードのSide Aです。
4曲目やはりLa Rocaのオリジナルであり、タイトル曲Basraは中東イラクの港湾都市。ここでのエスニックな曲調はむしろアジアンテイストを感じさせます。1曲目のMalagueñaのスパニッシュと相まってこの作品の独特なカラー付けをしており、他のBlue Noteの作品と一線を画す要因になっています。
Swallowのベースソロによるイントロはこれから起こり得るであろう音のカオスを十分に予感させるもので、続くJoeHenのメロディ奏、メロディフェイク、ソロは曲想の中に確実に根ざしながらも違う音の次元への誘いを促しています。La Rocaのドラムソロのアプローチも実に官能的に聴こえます。ところでBasraは昔から領土侵略、政治的問題、石油の利権や宗教問題等様々な火種が常に飛び交い、ここで聴かれるエキゾチックな曲想とは無縁の地域です。La Rocaが演奏旅行で訪れた際の思い出で書かれたのでは無く、遡ってアラビアンナイト〜千夜一夜物語に出てくる砂漠のオアシスの都市、そのイメージで曲が書かれたのでは、と想像出来ます。
5曲目は唯一のスタンダードナンバー、Lazy Afternoonも素晴らしい選曲のバラード、JoeHenの歌いっぷりも良いのですが、Kuhnのバッキング、ソロが秀逸です。
6曲目アルバムのラストはSwallow作曲のEiderdown、ミュージシャンがこよなく愛するSwallowのオリジナル・レパートリーの一曲、Kuhnのソロのアプローチが実に的確で、その後KuhnとSwallowの音楽的コラボレーションが生涯続きますが、既に音楽的相性の良さを聴かせています。
ところでLa Rocaは本作録音の3年後にサイドマンとしての演奏活動をきっぱりと止めてしまいました。生計を立てるためにNew York Cityでタクシーの運転手を始め、その後New York UniversityのLaw Schoolで法律を学び、何と弁護士のライセンスを取得、弁護士としての活動を開始しました。有名な話がChik Coreaを迎えた自身の2枚目のリーダー作「Turkish Women At The Bath」がLa Rocaの同意無しにCorea名義でリリースされた際に自身で訴訟を起こし、敏腕弁護士として勝訴しています。いくら日本よりも米国の方が弁護士資格を取得し易いとはいえ、第一線で活躍していたジャズドラマーが辿る道として相当イバラであった事でしょう。Rollins, McLean, Coltrane Quartet, Charles Lloyd, Paul Bley, Slide Hampton, Freddie Hubbard等、 当時のジャズシーン最先端のミュージシャンと丁々発止と音楽活動を展開していたにも関わらず、演奏活動を突如として止めた経緯について触れた文献は読んだことがありませんが、僕なりに推測するに、安定した素晴らしいサポートを聴かせるLa Rocaのドラミングですが、ドラムソロ以外はこれと言った強力な個性が無く、前述のようにソロイストとの一体感が希薄です。彼以降現れたドラマー達Elvin Jones, Tony Williamas, Jack DeJohnette、しかも彼らは軒並みLa Rocaと共演歴のあるミュージシャン達と演奏していますが、この3人のソロイストとのコラボレーション感には信じ難いものがあります。バンドのアンサンブル能力もハンパではありません。後続のドラマー達の活躍振りに自分の音楽的才能の限界を感じたLa Roca、静かにジャズシーンを去って行ったのではないかと思うのですが。