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Three Quartets / Chick Corea

今回はChick Coreaの81年作品「Three Quartets」を取り上げたいと思います。前回取り上げた「Friends」でのフロントがJoe FarrellからMichael Breckerに変わり、バンドとしてのコンセプトが明確化、精鋭プレーヤー4人の高度な音楽性による一体感が堪りません。

Recorded: January/February 1981 at Mad Hatter Studio Los Angels, California Label: Stretch Records Producer: Chick Corea
p)Chick Corea ts)Michael Brecker b)Eddie Gomez ds)Steve Gadd
1)Quartet No. 1 2)Quartet No. 3 3)Quartet No. 2 – Part I (dedicated to Duke Ellington) 4)Quartet No. 2 – Part II (dedicated to John Coltrane) 5)Folk Song 6)Hairy Canary 7)Slippery When Wet 8)Confirmation

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Three Quartetsは全曲Coreaのオリジナルから成り、タイトルの由来はバロック、クラシック、ロマン派、印象派に於けるストリングス・カルテットのような、ここではジャズの器楽編成による3部作を演奏する、四重奏のアルバムを作りたかったことに由来します。
前作Friendsの編成も4人でしたが、その四重奏は言わばトリオ+ワンというシチュエーションでした。今回の4人組は複雑な形状のパズルが合致した如く、間違いなく4者にしか出来ない音楽となっています。
1曲目から4曲目がレコード・リリース時の収録曲、5曲目から8曲目が92年CDリリース時にボーナストラックとして追加された未発表テイクです。アルバムのコンセプトからすると収録には相応しくないナンバーですが、内容的には素晴らしい演奏も含まれています。等Blogでは追加テイクに関して基本的に除外していますが、本作では触れて行きたいと思います。

Steve Gaddの4ビート〜スイングのリズムでのプレイは当時全く画期的なものでした。これを車輪と車軸の関係のように確実にフォローするEddie Gomezのベース・ワークとのコンビネーションはアルバム「The Mad Hatter」でのHumpty Dumpty、そして同一メンバーによるフルアルバム「Friends」、バンドStepsの諸作、そして本作の演奏でセンセーショナルに広まり、以降のジャズシーン、ドラマー、リズムセクションに多大な影響を与えました。結果多くのフォロワーを生み出しましたが、元祖Gaddのグルーヴ、スイング感、アイデア、カラーリングのセンス、集中力、何よりそのフレッシュさから未だ他の追従を許していません。当時「あのドラミングはジャズではない」「メカニカルなドラミング」更には「フュージョンの成れの果て」とまで揶揄されましたが、人から何を言われようと自分の信じる道を貫けば良いのです。他方「Gaddの4ビートはスイングしていない」という批評もありましたが、これはある意味では的を得ています。と言うのは基本イーヴン8分音符でのシンバルレガートをメインに、アクセント的にバウンスするレガートを叩いていますから、3連符がベースになるスイング感とは一線を画しているためです。Ellingtonの名曲「スイングしなけりゃ意味が無い」のスイングと、Gaddの4ビートプレイでのスイング感、またリズム、グルーヴの形態としてのスイング、言葉が幾つかの異なった意味を持つ事を再認識しました。周囲がGaddのドラミングを理解することが出来ず、異端扱いを受け、あたかも排除するかのような対応をされた事から、寧ろGaddの演奏の革新性を十分に感じることも出来ました。

Eddie Gomezのベースワークは足掛け11年にも及ぶ名ピアニストBill Evansとの共演で培われたハーモニー感、タイム感、加えてEvans Trioに幾多のドラマーが去来しましたが、各々の奏者たちが繰り出す個性的で微妙に異なるグルーヴのポイントへの対応法を、共演により獲得しました。Gomezはリーダー活動も行なっていますが、生涯一伴奏者としての徹底した姿勢を示しているように感じ、Gaddとの共演はどんなタイプのドラマーとも変幻自在に音楽を創造していく事の出来る柔軟性の中でも、とりわけ彼にとってフェイバリットなコンビネーションを示していると思います。
98年のGomezリーダー作「Dedication」では盟友フルート奏者Jeremy Steig他、レジェンド・ドラマーJimmy Cobb(!)を迎え、日本国内でもツアーを行いました。Gadd, Cobb二人の全く異なるドラミングに完璧に適応できるカメレオンぶりは技術力というよりも、彼自身の演奏スタイルの表出と呼ぶ事が出来そうです。
Eddie Gomez / Dedication

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81年録音当時のMichael Brecker、テナーサックスのテクニカルな面で彼の右に出るものはいませんでした。音楽的な深みや成熟度は後年に任せるとして、Corea, Gadd, Gomezの3人に加えて然るべきテナー奏者はMichael以外に考えられません。テナーサックス・プレイに関して驚異的な進歩、成長を70年代中頃から常に感じさせた彼ですが、リズム、タイム感に関してはいつも課題があった様です。特にスイング(ここでは4ビートの事です)に於ける、より深みのあるノリ、グルーヴ、音符(1拍)の長さを模索し探究し続けていました。フロント楽器奏者によるジャズ表現で、ここが最も難所のひとつであると思いますが、リズム・マスターの一人であるCoreaは間違いなくMichaelにとって憧れのプレーヤー、mentor、レコードを通し彼の完璧なタイム感からすでに多くを学び取っていたでしょうが、実際に共演となると話は違います。彼からのオファーで作品に迎え入れられた事は天にも昇る心地だったでしょう。当然レコーディング時にはプレッシャーもかかります。本作でのプレイは緻密にして大胆、微に入り細に入り申し分のない演奏を聴かせていますが、どこかいつもよりも緊張気味、ピリピリとした刺さる雰囲気を感じます。逆にCorea, Gadd, Gomez3人の包容力がMichaelのナーバスさを巧みにカバーしてサポート、バンドとしての一体感を作り出している点も、この作品の価値を高めている一つだと思います。そしてここでのCoreaとの共演により、タイム感、グルーヴ、コンボ・アンサンブルのノウハウ(本作収録曲は実に複雑にして入り組んだ構成から成り立っています)、構成力などを身につけ、Michaelは更なる高みに向けてステップアップしていく事になります。

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目Quartet No. 1、いや〜何という凄い曲でしょうか!幾度となく耳にしましたがその都度新鮮さを感じさせ、聴く度に新たな発見がある楽曲、演奏です。組曲風の構成から成る、様々な場面、カラーを持ち、幾つものパートが有機的に絡み合い、各々を触発し合って、纏まりを得ているかの様です。何より特筆すべきはメンバー全員のアンサンブル能力の高さです。スタジオミュージシャンでも大活躍のメンバーなので当然のことですが、超難曲以外の何ものでもない、あまりに高次元で成り立っている楽曲の演奏をキープさせるだけでも至難の技ですが、さらに抑揚、フィルイン、メロディやキメを浮き上がらせるための巧みな色添、全てを同時進行でしかも完璧さを伴って成立させています。
第一楽章とも言うべき3拍子のイーヴン系リズムのパートではピアノに先導され、Gaddがあり得ないほどのセンスを持って、スペースをフィルインで埋めて行きますが、見事としか言いようがありません!Michaelによるテーマが登場、同様にカラーリングが素晴らしく、メロディがバーチカルに浮き立ちます。ソロがスタート、G7のワンコードを基調としていますが、実は「何でもアリ」の世界です。スペースを保ちつつ、次第にビルドアップして行きます。Corea, Gaddの対応が前作「Friends」でのJoe Farrell時と全く異なり、凄まじさを伴っており、そこではCorea vs Gaddのインタープレイ特集でありましたが、ここではMichael流ストーリーテラーによる巧みなソロの起承転結に、三つ巴ならぬ4者四つ巴で至極自然にインスパイアされ、レスポンスを繰り返しています。John Coltraneの音楽の変遷〜誕生、成長、成熟、円熟、崩壊、消滅にオーヴァーラップするが如きアドリブの展開は技のデパート状態でもあります。64分音符(!)、シーツオブサウンド、オーヴァートーンによるライン、巧みなフラジオ音とそのトリル、マルチフォニックス音、これらに追従、そして扇動しまくるリズムセクションです!その後Gaddのスネアロールが印象的なアンサンブル第一楽章Part 2を経て、静寂が訪れますがここからは第二楽章Part 1と言えましょう、ピアノのリリカルなメロディを今度はベースが奏で、そのままベースのソロに引き続きます。超絶にして耽美的、その後Coreaのソロに移り、ブラシに持ち替えていたGaddが触発され次第に音数が多くなり、第二楽章Part 2、場面がどんどん活性化されます。Coreaのメロディを受け継ぎ、テナーとベースのユニゾンによるメロディ、ダ・カーポして第一楽章に戻り、あらゆるキメ事を難なく120%のクオリティで演奏し、Fineを迎えます。

2曲目Quartet No.3、冒頭イントロとしてテナーとベースのメロディ、ピアノが加わりさらにドラムがフィルインを入れ始め、サウンドが厚くなって行きます。一度終始感を得てからおもむろにピアノがリズムをやや揺らしながら、弾き始めます。その後テナーのアウフタクト2拍を聴いて、インテンポのワルツで曲が始まります。その後4拍子に代わり、リズミックで複雑なコード進行に基づいたアンサンブルになります。先発テナーソロ、テーマのフォーム<ワルツ〜4ビート>を遵守したコード進行、リズムフィギュアで華麗なアドリブを聴かせますが、Gomez, Gaddの畳み掛けるようなアプローチにMichael確実に応えています!Coreaのソロに続きますが、トリオ・インタープレイの密度がどんどん濃くなって行く様は手に汗を握ってしまいます!その後Gomezのソロもテナー、ピアノのクオリティに全く比肩し得るクオリティ、テンションを感じ、全く手練れの者、自分のソロの前に様々な事象があった事をしっかりと踏まえながらの演奏です!ラストテーマを迎え、これまた120%超えレベルでの超絶アンサンブルでめでたくFineです。

3曲目Quartet No.2 Part 1(dedicated to Duke Ellington)は優雅にして芳醇、ゴージャスさの表出が半端無い、Ellingtonの音楽をCorea流に見事に料理した美しいナンバーです。ピアノイントロに続き、ピアノとテナーのデュオによるメロディ奏、ここでのMichaelの歌いっぷりの見事さといったら!ダイナミクス、微妙なニュアンス、アーティキュレーションの数々を用いた、切ないまでの感情移入による、歴史に残る名演奏を繰り広げています。ソロの先発はベース、ホーンライクで饒舌なプレイは、クールな中にメロディアスなアプローチをふんだんに織り込んでいます。続くピアノソロはGomezのスピリットを受け継いだかのようにメロディを愛でながら、その中にEllington風のアプローチ、ニュアンス、音使いを織り込んだ曲想に合致した演奏を展開、そしてテナーソロはこれまたGomez, Corea二人の演奏を踏まえた、彼らの延長線上にしっかりと位置しようという強い意志を感じさせるプレイです。そのままMichaelのソロでFine、余韻を残しつつ次曲にto be continued!

4曲目Quartet No.2 Part 2(dedicated to John Coltrane)、Gaddのマーチング風のドラムソロから始まります。CoreaのColtraneへのトリビュート・ナンバーはキーをCマイナーに設定しました。Coltrane, Cマイナーと言えば61年11月録音「Live at the Village Vanguard」収録のナンバーSoftly, as in a Morning Sunriseを想い浮かべますが、Corea自身も珍しくソロ中にこの曲のメロディを引用しています。
Coltrane Live at the Village Vanguard

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先発のソロはそのCorea、縦横無尽に展開する演奏は自身のスタイルの他、どこかMcCoy Tynerのアプローチもイメージさせますが、Coreaは60年代に精進を重ねた世代、当時一世を風靡し、Coltraneのお抱えピアニストであったMcCoyには少なからず影響を受け、しかもトリビュートであれば尚更の事です。プッシュするドラム、ベースと共にアグレッシブでいてクール、知的なアドリブを展開、でも時として左手のコードワークが物凄すぎて知性を遥かに通り越し、まるで野獣のようですが(汗)。
そのままGomezのウネウネ、ブリブリのソロに突入、そしてMichaelの出番になります。前出二人のソロをここでも確実に受け入れ、Coltrane風のフレージングでソロを開始します。「盛り上がらねばならぬ」重責をものともせずにBrecker節をてんこ盛り、ここまで行きますか?との懸念をよそにGaddが後見人たる姿勢で全くコンセプトに合致したインタープレイを展開、音楽の合奏とはこうでなければいけませんよね(笑)。息を吸う暇もないほどの超弩級の演奏終了後、ピアニシモにまで音量が落ちてドラムソロの開始です。この頃のGaddのオープン・ドラムソロは常に斬新な展開を聴かせていました。果たしてここではどうでしょうか?途中からCoreaがパターンを弾き始め、それにGaddが合流する形でソロを続けますが、本編で自身の露出すべき音楽性はすっかり出し切った、と判断したのか、いつもの標高の6分目程度でソロを終了、もっととことんまで行っても良かったと思うのですが、ラストテーマを無事迎え終了です。

作品の本編はここまで以降はCDリリース時のボーナス・トラックです。区切りの意味でしょうか、前曲との曲間に11秒の長いブランクが設けられています。
5曲目Folk Song、本作録音81年夏のMontreux Jazz Festivalでの模様を収録した作品「Live in Montreux」でCorea他、Joe Henderson, Gary Peacock, Roy Haynesでのカルテットでこの曲他Hairy Canary, Slippery When Wetを再演しています。
Live in Montreux

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印象的なピアノの美しいイントロから始まるナンバー、Gaddはテーマ時ブラシで演奏していますがソロに入り、スティックに持ち替え、サンバのリズム=「Friends」のSannba Songのグルーヴを聴かせ、その後スイングのリズムを叩いています。Coreaの軽快なソロの後Michaelのソロですが、タイムのポイントが幾分前に設定され、恐らく緊張感が彼にタイムの余裕を欠落させてしまったのでしょう。その後Gomezのソロを迎えラストテーマへ。曲想の違いもありますが、演奏のクオリティは本編とは幾分落ちると思います。

6曲目Hairy Canary、ライナーノートにCorea自身が書いていますがThree QuartetsのメンバーでU.S.ツアーを行い、その際追加テイク中ではこの曲のみを演奏プログラムに加えたそうです。キーがCのブルースフォームのこの曲、軽い手慣らし的に演奏、録音されたように感じます。

7曲目Slippery When Wet、8小節のモチーフを延々とループさせるユニークな曲想のナンバー、かなりフリーフォームに入らんとするコンセプト、「Live in Montreux」のメンバーでの演奏に相応しい楽曲です。作品「Circle」のメンバーでは若干異なりそうですが。

8曲目Confirmationは本作の別な意味での目玉、この演奏が発掘され我々が耳にできるのは幸せな事です。
全編テナーとドラムのデュエットで演奏されるこのテイク、ライナーには特にクレジットされていないのでMichaelとGaddのデュエットに違いないと思っていましたが、どうもドラミングがいつものGaddに比べるとリズムがルーズ、フレージングが異なり、タイムのキレもよくありません。後日Michael本人に尋ね「あのドラムはChickが叩いているのさ」と確認した時は目から鱗状態でした。Coreaはスタジオ内のGadd独特のチューニングのドラムセットを叩いたので、音色からも判断しにくかったわけです。ピアニストが叩くドラミングにしてはスイングしていますが、Coreaは元々ドラマーだったので然もありなん、そういえばMichaelもドラム演奏には堪能でElvin Jonesスタイルを得意としています。
デュエットとは思えないほどに持続した素晴らしいグルーヴ、テンション、そしてConfirmationのコードチェンジはこう解釈すべきだと、この演奏で実に明快に提示してくれたMichael、大変勉強になった演奏です。

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