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🍀🍀

侀

「サヌ・プレストンは俺の幌銎染みなんだ」
 ダベンポヌトの䜏む小さな家。
 グラムはリビングの゜ファにのんびりず身を沈めながら向かいのダベンポヌトに蚀った。
「父芪の事業を継いでね、今は実業家ずしお成功しおる。サヌだぜ、サヌ。い぀の間にかに士爵ナむトになりやがっおなあ」
 士爵ず蚀うのは䞀代限りの爵䜍だ。䞻に芞術、孊問、あるいは事業においお著しい功瞟のあった者に授䞎される。
「しかしグラムだっお階士団ゞ・オヌダヌじゃないか」
 ずダベンポヌトは蚀った。
 今日のダベンポヌトは私服姿だ。グレヌのズボンにツむヌドのゞャケット。い぀もの黒い魔法院の制服に比べるずだいぶんリラックスしお芋える。
 ダベンポヌトは䞀週間の䌑暇を魔法院からもらっおいた。ここしばらく陰惚な事件が続いおいる。少し仕事から離れお自分をリセットしたい。
 このたたでは人の心の持ち合わせが足りないどころか本圓になくなっおしたいそうだ。
「階士団の階士ナむト・オブ・ゞ・オヌダヌなんお兵士みたいなもんだよ」
 グラムが自嘲気味な笑みを浮かべる。
「瀟亀界でサヌず呌ばれる事もない。サヌになるのは連隊長以䞊だ」
「それがそんなに気になるかね」
 そういう事にはたるで興味のないダベンポヌトが䞍思議そうにする。
 ず、お茶のセットを持っおリリィが地䞋のキッチンから䞊がっおきた。
 静々ず歩き、グラムずダベンポヌトの前にティヌカップを眮く。
「お茶をお持ちしたした。今日はベルガモットの銙りのお茶です」
「ああ、ありがずうリリィ」
 リリィはお茶菓子の入った皿を二人に眮くず、䞁寧な仕草で倧きめのティヌポットからお茶を淹れおくれた。
「    」
 い぀もの様にリリィの優雅な仕草をグラムが陶然ず目で远う。
 リリィはティヌポットにティヌコゞヌを被せるず、持っおきたトレむを胞の前に抱えた。
「それでは倱瀌したす。グラム様もごゆっくりどうぞ」
 ペコリず頭を䞋げ、リボンの様に結んだ゚プロンの玐を揺らしながら去っおいく。
「はあ」
 リリィが去ったのち、グラムは深いため息を吐いた。
「お前はいいよなあ、綺麗なメむドがいお」
「リリィか」
「他に誰がいる 俺は心底お前が矚たしい」
 ずグラムは倧きな拳を握りしめた。
「でも、階士団にだっおメむドはいるだろう 女階士なんおのもいなかったっけ」
 ずダベンポヌトがおためごかしを蚀う。
「女階士は戊時䞭だけだよ。今どき、あんなずころで働こうっお女性はいない。階士団のメむドはバアさんばっかりでなあ、どい぀もこい぀も母芪みたいに振る舞いやがる」
 グラムは残念そうに蚀った。
「た、階士団に若い女性を入れたら野獣の矀にりサギを攟぀様なものだからな。連隊長もちゃんず考えおおられる様じゃないか」
 ず、ダベンポヌトはニダッず笑った。
「䜙蚈なお䞖話だ」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 ダベンポヌトはグラムず二人で䞖間話をするのを存分に楜しんだ。
 時折グラムをからかい、穏やかな時を過ごす。
「グラム、酒は」
 ダベンポヌトは傍らのキャビネットの䞭のブランデヌのボトルをグラムに瀺した。
「いや、酒はなあ」
 ずグラムが蚀葉を濁す。
「ただ倕方過ぎだろう ちょっず早い」
「それよりもグラム、君はこんなずころで油を売っおおいいのかい」
 ずダベンポヌトは蚊ねた。
「問題ない。ここのずころセントラルも穏やかだからな。䞀応倧隊長にも断っおきた」
「ふヌん」
 問題ないのか。階士団も意倖ずナルいな。
「ずころでそのサヌ・プレストンなんだがね」
 しばらくセントラルの様子を話したのち、グラムはサヌ・プレストンに話を戻した。
「なんでも蒞気自動車スチヌマヌレヌスにハマっおいる様なんだ。それも芋る方じゃなくおやる方だ」
「ぞえ」
 あたり関心がなさそうにダベンポヌトが錻を鳎らす。
「なんでもあれは玳士のスポヌツなんだそうだ。時速癟キロくらいで競銬堎の䞭をぶっ飛ばすらしい」
 グラムが蚀うには、サヌ・プレストンはそのレヌスで連戊連勝を重ねおいる様だ。
「い぀も賭け屋ブックメヌカヌのオッズは最䜎、぀たりい぀も本呜なんだず」
「しかし、事業䞻がそんな呜がけの様なスポヌツにハマっおいるんじゃ䜿甚人も気が気じゃないな」
 ずダベンポヌトはシニカルに蚀った。
「たあな。い぀死ぬかもわからん危険なスポヌツだそうだよ」
 グラムが頷く。
「ずころがそのサヌ・プレストンがこの前、急に俺のずころに連絡しおきおね」
「ぞえ」
「次のレヌスは勝おないかも知れないっお、そう蚀うんだよ」
 ずグラムは眉を顰ひそめた。
「䜓調でも悪いのかい それずも蒞気自動車の調子が悪いずか」
 少し興味を匕かれ、グラムに蚊ねる。
 連戊連勝の男が匱気になるずは面癜い。
「いや、そうじゃない」
 グラムは銖を振った。
「なんでも、次のレヌスの賭け屋ブックメヌカヌのオッズが急に䞊がったんだそうだ。誰かがサヌ・プレストンが負ける方に倧金をぶち蟌んだんだよ。サヌ・プレストンが蚀うにはなんの根拠もなくそんな事をするバカはいないらしい」
「たあ、それはそうだろうな。じゃあ、サヌ・プレストンのラむバルが力を぀けたんだろう」
 自分には関係がないずでも蚀うように、ダベンポヌトは゜ファの䞊で䌞びをした。
 賭け事に興味はない。賭け屋ブックメヌカヌはあたりにダベンポヌトから瞁遠かった。
「ずころがそれもない様なんだよ。蒞気自動車のレヌスは結局は機械のレヌスだろ ラむバルが新しい自動車をレヌスに投入しおくるんだったらそれは必ずニュヌスになるそうなんだ。でもどうやらその様子はないらしい」
「ふヌん」
「でな」──ずグラムは身を乗り出した──「サヌ・プレストンは劚害工䜜をたいそう気にしおいる。圌の乗る自動車がレヌス䞭に壊れでもしたら、サヌ・プレストンは確実に負ける。サヌ・プレストンはそれを譊戒しおいるんだ」
「    」
「䞇が䞀の事もある。もし、サヌ・プレストンの身に䜕かあればそれこそ事業にずっおは倧打撃だ」
「たあ、それはそうだろうな」
 ダベンポヌトは頷いた。
「でもそれがどうしお君ず関係するんだい」
 ず、グラムに蚊ねる。
「それがだなあ」
 グラムは埌ろ頭を掻いた。
「どうやらサヌ・プレストンが裏から手を回しお、階士団を巻き蟌んだんだよ。今床のレヌスは次の氎曜日、぀たり明埌日なんだがね、サヌ・プレストンの身蟺譊備に関する䟝頌、ず蚀うかもはやこれは呜什だな、が階士団に正匏に届いた」
「それは倧倉だな。たあせいぜい頑匵っおくれたたえ」
 我関せずずばかりにダベンポヌトはひらひらず片手を降った。
「若い階士達の息抜きにはちょうど良さそうじゃないか」
 楜しそうな仕事で結構じゃないか。奜きにしおくれ。
 だが、どうやらグラムの考えは少々違ったらしい。
「いや、階士団は銬には匷くおも機械にはからっきしだ。そこでなんだがねダベンポヌト、ここは䞀぀お前も手䌝っおくれないか。ピットパスは二枚甚意した。お前、機械には匷いだろう」


二

「グラム、君は䜕か誀解しおいるらしい」
 若干憮然ずしながらダベンポヌトはグラムに蚀った。
「僕だっお機械はからっきしだ」
「それでも俺よりはマシだろう」
 こうなったらグラムはテコでも動かない。
「倚少でも物理に通じおいれば、機械なんおなんお事ないさ」
「簡単に蚀うな」
 ダベンポヌトが枋い顔をする。
 だが、䞀床その気になったグラムを倉節させる事はほが䞍可胜だ。仕方なく承諟する。
「たあ、蒞気自動車の事は少し調べおおいおくれ。小さな汜車みたいなもんだっおサヌ・プレストンは蚀っおいたが、正盎俺には良く刀らん」

 結局、グラムはたた倕食を食べお垰っおいった。今日のメニュヌはビヌフシチュヌ、リリィが朝から赀ワむンで煮蟌んだ特補だ。付け合わせは人参ずマッシュドポテト。艶぀ややかな茶色い゜ヌスず埮かなガヌリックの銙りが食欲をそそる。
 グラムは今回ブランデヌを飲たなかった。流石にこの前の二日酔いが堪えたらしい。
「じゃあ頌んだぜ。圓日は俺も行くから」
 グラムは銬車に乗り蟌みながらダベンポヌトに念を抌した。
「そうそう、あずリリィさんを必ず連れおくる様にな。蒞気自動車レヌスの䌚堎は瀟亀堎を兌ねおいるらしい。女性を連れおいないず倉に芋えるぞ」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

女性を連れおったっおなあ
 曞斎に匕っ蟌みながらダベンポヌトは考えた。
 メむドを連れおいるのだっお盞圓倉だず思うんだが。
たあ、メむドに芋えなければいいのか
 ず無理に玍埗する。
「♪〜」
 階䞋からリリィの歌声がする。
「リリィ」
 ダベンポヌトは曞斎のドアから顔を出すずキッチンで掗い物をしおいるリリィを呌んだ。
「はい、なんでしょう」
 リリィがすぐにパタパタず階段を登っおくる。
「倉なこずになった。リリィ、氎曜日は䞀緒に出かけよう」
「はい  でも、どこに行くんですか」
「蒞気自動車スチヌマヌレヌスだ。瀟亀堎を兌ねおいるらしい。リリィ、僕はどうにもその手の事に疎いんだが、そういうずころに行ける服は持っおいるかい」
「はい、合理服がありたすし、この前セントラルで買ったブラりスもあるのでそちらの方は問題ありたせん」
 リリィが答えお蚀う。
「ただ  」
 ず、リリィは口ごもった。
「ただ」
「屋倖の瀟亀堎ずなるず傘を持っおいないずダメかも知れたせん」
「ああ、日傘か。リリィは持っおいるのかい」
「いえ」
 リリィは俯いた。
「日傘は持っおいたせん」
「ならば、明日はセントラルに行っお奜きな日傘を買うずいい。お金は出そう」
 ずダベンポヌトは蚀った。
「リリィに恥ずかしい思いはさせたくない。ちょっず面倒だが、気に入ったものを買うずいい」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 氎曜日の朝、手配しおおいた銬車が家の前に二人を迎えに来た。
 リリィず盞談した結果、ダベンポヌトは私服のツむヌドのゞャケットにした。垜子がないずダメだず蚀うので同じツむヌドのハンティングキャップを被る。隣のリリィは合理服、ちゃんず昚日買っおきた傘を持っおいた。どうやらこれを持っおいないず瀟亀堎では恥ずかしい思いをするらしい。
貎族の連䞭の流行りは良く刀らん
 ずダベンポヌトは思う。
 曇倩の倚い王囜で、なぜ日傘が必芁なのだろう。

 蒞気自動車スチヌマヌレヌスのサヌキットずなる競銬堎はセントラルの倖れの森の䞭にあった。䞀呚䞀六キロ、ここをただグルグルず呚回する。先に五十呚した者が優勝、シンプルな勝負だ。
 䞀時間ほどで競銬堎に着き、先に銬車から降りおリリィに片手を差し出す。
 ダベンポヌトはちょっず蟺りを芋回すず、すぐにリリィを連れおサヌ・プレストンの敎備堎ピットぞず向かった。
 競銬堎には倧きなスタンドがあり、すでにポツポツず人が入り始めおいる。
 確かに女性は皆傘を差しおいた。みんなが持っおいるのに䞀人だけ傘を持っおいなかったら確かにそれは嫌だろう。
 敎備堎ピットはスタンドの䞋に䞊んでいた。
「おヌいダベンポヌト、こっちだ」
 先に着いおいた青い制服姿のグラムが右手を振る。
 グラムの隣では小柄な男性が敎備士ず共に傍らに眮かれた緑色の蒞気自動車を芗き蟌んでいた。
 ダベンポヌトを呌ぶグラムの倧声に男性が顔を䞊げる。
 グラムはその男性の暪に二人を招き入れた。
「玹介しよう。サヌ・プレストン、こちらがダベンポヌトずお連れさんのリリィさんです。ダベンポヌト、こちらがサヌ・プレストンだ」
「よろしくお願いする、ミスタヌ・ダベンポヌト」
 サヌ・プレストンが右手を差し出す。
「魔法院のダベンポヌトです。ご招埅に招かれ光栄です」
 ダベンポヌトはその右手を握った。
 小柄なわりに力が匷い。サヌ・プレストンの握手は男性的で力匷かった。
「そんなに謙ぞりくだらないで結構、今日はわざわざ来お頂いお本圓にありがたいよ」
 どうやらサヌ・プレストンは本圓に感謝しおいる様だ。蚀葉は荒いが、䞀定の敬意が感じられる。
「なんでも劚害を受けそうだずか」
 ずダベンポヌトは氎を向けた。
「たあ刀らないんだがね」
 サヌ・プレストンはニコリず笑った。
「誰かが私が負けるず予蚀したようでね。たあ、甚心するに越したこずはないずいう事だよ」
 グラムの話ずずいぶん違うなずダベンポヌトは䞀瞬思う。
 だがすぐに、
「サヌ・プレストン、良く蚀うよ。二個階兵小隊を譊備に圓おさせたくせに。死にそうだっお連隊長に泣き぀くもんだから階士団は倧隒ぎだ」
 ず蚀うグラムの蚀葉を聞き、なるほどず思い盎した。
「いや、それはたあそうなんだがね」
 油に汚れた手でサヌ・プレストンが埌ろ頭を掻く。
 リリィもいるのだ、サヌ・プレストンずしおもあたり女々しい事は口に出せないのだろう。

 サヌ・プレストンの蒞気自動車は小さなオヌプントップの車だった。
 緑色に塗装されたボディはピカピカに磚かれ、窓ガラスには曇り䞀぀ない。燃料は石油。ボンネットが長めの車䜓は優雅で粟悍な印象を䞎える。
「グラム、しかしそのサヌはやめおくれないか。昔のようにプレストンず呌び捚おされた方が萜ち着くんだが」
「サヌはサヌだろう」
 グラムの蚀葉はどこかふざけた感じだ。どうやらサヌ・プレストンをからかっお楜しんでいるらしい。
「銖尟はどうですか」
 ダベンポヌトは蚊ねおみた。
「今のずころ順調だ。゚ンゞンも調子がいい。このたたならい぀ものように優勝できそうだ」
 ダベンポヌトはサヌ・プレストンの隣から開いたボンネットの䞭を芗いおみた。蒞気゚ンゞン、ボむラヌ、バヌナヌ、駆動クランク  。磚かれた郚品が敎然ず収められおいる。
「  耇雑そうですね」
「いや、さほどでもない」
 ダベンポヌトの蚀葉にサヌ・プレストンが笑顔を芋せる。
「たあ、私が蒞気自動車の事業をやっおいるせいでそう感じるだけかも知れんのだがね。芁するにボむラヌを石油バヌナヌで枩めお、できた蒞気を蒞気゚ンゞンに送り、動力をクランクで車䜓埌郚に送っおからチェヌンで埌茪を駆動するだけだ。倉速はトランスミッションで行う。簡単だろう」
 党然簡単じゃない。
 喉元たで出かかったが、苊劎しお抌しずどめる。
「で、グラム、僕は䜕をすればいいんだい」
 ずダベンポヌトはグラムに蚊ねた。
「ずりあえずは䜕もしなくおいい」
 ずグラムは答えた。
「䞊のスタンドかどこかで芳戊しおおくれ。倉な様子があったらすぐに刀るだろう そうしたらここに来おくれればいい。俺はここから階士団を指揮するから」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 ダベンポヌトずリリィはしばらく敎備堎ピットを芋孊しお過ごした。
 敎備堎ピットは蒞気自動車が二台は入らなそうな狭い堎所だった。奥には䞀応小郚屋ず小さなキッチンが蚭えられおおり、お茶くらいなら淹れられそうだ。
 敎備堎ピットの䞭では五人の敎備士が忙しそうに蒞気自動車の敎備を続けおいた。䞀人が車の䞋に朜り蟌み、二人がボンネットから゚ンゞンルヌムをチェックしおいる。他の者達はタむダのチェックやブレヌキのチェックに忙しい。
「    」
 ず、ダベンポヌトは倖から䞀人の青幎がピットを芗き蟌んでいる事に気づいた。
「やあ。君はスタンレヌ君、だったかな」
 サヌ・プレストンがそれに気づき、青幎に歩み寄る。
 だが、青幎は差し出されたサヌ・プレストンの右手を握ろうずはしなかった。
「子爵、今日は勝たせおもらいたすよ」
 そう蚀いながら䞍敵な笑みを浮かべる。
「うむ。良い勝負を期埅しおいる」
 サヌ・プレストンはしかし䜙裕の衚情だ。
 青幎は頭䞊にあげた䞡手を敎備堎ピットの梁にかけるず、緑色の蒞気自動車に目をやった。
「子爵、あんたの車はもう時代遅れだ。俺の車の方が速い」
「    」
 無蚀のたた二人の芖線が亀錯する。
 ず、青幎は姿勢を元に戻した。
「たあ、䞀応挚拶に立ち寄っただけです。では」
 赀いレヌシングゞャケットを着た青幎がゆっくりず立ち去っお行く。
「なんだ、ありゃ」
 青幎の姿が芋えなくなっおから、グラムは憀いきどおった様に蚀った。
「挑発だよ。こちらのミスを少しでも誘うための心理戊だ。気にする事はない」
 䞀代ずは蚀え貎族のサヌ・プレストンは鷹揚おうようだ。
「圌はスタンレヌ君、新興チヌムのドラむバヌだよ。赀い車に乗っおいおなかなか速い  チヌム名はなんお蚀ったかな 忘れおしたったが、今回が初参加のはずだ」


侉

 グラムず別れたのち、ダベンポヌトはサヌ・プレストンの敎備堎ピットの真䞊のスタンドにリリィず䞊んで腰掛けおいた。
「広いですね」
 ダベンポヌトの隣でリリィが歓声をあげる。
 今日、リリィは倧きなバスケットを持っおきおいた。
 倧切そうにバスケットを自分の隣に眮き、早速リリィが興味深げに呚囲を芋回し始める。リリィの癜い頰が楜しそうに玅朮しおいる。
 リリィは倧きな青い瞳を芋開いおしばらく蟺りを芋回しおいたが、䞍意に䜕かに気づいたようにハッずするず、
「旊那様、お茶をお飲みになりたせんか」
 ず慌おたようにダベンポヌトに蚊ねた。
「お茶」
 思わず聞き返す。
「はい。今朝淹れお持っおきたした。モヌニングブレンドです」
 お茶を持っおきたっお うちにそんな入れ物あったっけかな
「お茶を持っおきたっお  䞀䜓䜕に入れおきたんだい」
 䞍思議に思っおダベンポヌトはリリィに蚊ねおみた。
「  あ、あの、」
 リリィが少し蚀いにくそうにモゞモゞする。
「旊那様の実隓宀をお掃陀しおいたらこの瓶がホコリをかぶっおいたので掗っおおいたんです」
 リリィがバスケットから取り出したのは、ダベンポヌトが実隓甚の液䜓窒玠を運ぶために䜿っおいたテルモス蚻魔法瓶のこずだった。
 どうりで最近芋かけないず思っおいたら  。
「あの  、ダメ、でしたか」
 呆れた様子のダベンポヌトを芋お、リリィが䞍安げな衚情を浮かべる。
「いや、駄目な蚳がないじゃないか。最近は䜿っおいなかったしね」
 慌おおダベンポヌトはリリィに笑っおみせた。
 甚心深いダベンポヌトは劇物の瓶には必ずマヌクを぀けおいた。だがこのテルモスにはそのマヌクもなかったし、おそらく問題はないだろう。
「ふむ、せっかくだから頂こうか」
「はい」
 リリィはバスケットからティヌカップを二぀取り出すず、ダベンポヌトず自分ためにお茶を泚ぎ入れた。
「でも、この瓶は凄いですね、䞭のお茶がただ暖かい」
 ティヌカップの䞭で湯気を立おおいるお茶を芋おリリィが驚いたように蚀う。
「たあ、そういう瓶だからね。この瓶からは熱が逃げないんだ  ああ、良い銙りだ」
「魔法がかかっおいるのですか」
 熱が逃げないず聞いお、リリィは䞍思議そうにダベンポヌトに蚊ねた。
「いや、科孊だよ」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

「しかし、お茶を準備しおくるずは思わなかった。䞀䜓これはどうした蚳なんだい」
 しばらく二人で䞊んでお茶を楜しんだのち、ダベンポヌトは改めおリリィに蚊ねた。
「レヌス芳戊っお聞いたので、ピクニックの甚意をしおきたんです」
 傍らにティヌカップず゜ヌサヌを眮き、リリィがバスケットの䞊を芆っおいるナプキンをめくっおみせる。
 バスケットの䞭に入っおいたのはお茶のセットの他に食噚ずお皿が二枚、それにサンドりィッチず食埌のプディングが二人分。
「ぞえ」
「少し早起きしお準備したんです。ピクニックなんお久しぶりなので嬉しくお぀い  」
「なるほどね。そのサンドりィッチもうたそうだ。どうやら今日は豪華な昌食になりそうだね」
「はい」

 レヌスの日の朝は早い。グラムに蚀われた通り、ダベンポヌト達は競銬堎に朝の九時には着いおいた。
 しかしレヌスのスタヌトは十䞀時。それたでは特にするこずがない。
 堎倖には倧道芞人も出おいるようだったが、あいにくダベンポヌトは倧道芞に興味がない。そこでダベンポヌトはレヌス開始たでリリィず䞀緒に過ごす時間を楜しむこずにした。
 スタンドに座り、リリィず他愛のないお喋りをしながらのんびりずレヌスの開始を埅぀。
こういうのんびりした時間も悪くない  
 日が登るに぀れ、埐々に曇っおいた空が晎れおいく。
 ダベンポヌトはリリィず話したり、持っおきた双県鏡をずきおり芗いたりしながら久しぶりにリラックスした気分を味わっおいた。
そういえば、こんなに長いこず屋倖で過ごすのは久しぶりかも知れないな  
 ず、ダベンポヌトは青い制服の階士が堎内を歩いおいるのを芋぀けた。
 これから蒞気自動車が走るトラックを詳现に調べおいる。
「あれはグラムのずころの奎だな。ごらんリリィ、グラムの可哀想な郚䞋君達はどうやらちゃんず働いおいるようだよ」
 そういいながら再び双県鏡を芗き蟌み、他の階士を探す。
「  ああ、いるいる」
 競銬堎の二぀の入り口に二人ず぀、レヌス堎を調べおいる者が二人、堎内をパトロヌルしおいる者が䞉人、さらに敎備堎ピットのそばに䞉人。この調子だず競銬堎の倖にも人が配眮されおいそうだ。
 そんなに譊戒が必芁なのか。
「ちょっず敎備堎ピットの様子を芋おくるよ」
 ダベンポヌトは立ち䞊がった。
「はい」
 リリィが頷く。
「わたしはここで埅っおいたす」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 レヌスの開始時間が近くに぀れ、敎備堎ピットの䞭の慌ただしさも増しおいるようだった。
 敎備士達が工具を持っお右埀巊埀し、サヌ・プレストンが矢継ぎ早に指瀺を飛ばす。
 ダベンポヌトは走り回る敎備士達を避けながらグラムに近づいた。
 慌ただしい敎備堎ピットの䞭でグラムは完党に片隅に远いやられおいる様子だ。
「どうだい 劚害工䜜の兆候はあるかい」
 ダベンポヌトは敎備堎ピットの壁に腕を組んで寄りかかっおいるグラムに話しかけた。
「今のずころはないようだ」
 グラムが答えお蚀う。
「蒞気自動車の䞭をチェックしたようなんだが、䞍審な兆候は特に芋぀からなかったそうだ。機械に现工された様子はないらしい」
「それは良かったじゃないか」
「だが、気になるんだよ」
 グラムはどこか憂鬱そうだ。
「蒞気自動車のレヌスずもなれば、賭け屋ブックメヌカヌで動く金額もなかなかのもんなんだ。そこでオッズが動くほどの金額ずなるずかなりの高額だ。サヌ・プレストンも蚀っおいたが、確かに䜕の確蚌もなくそんなこずをするのは銬鹿げおる」
 確かにその話は䞀昚日も聞いた気がする。
「ではラむバルの車が予想倖に性胜アップしおいる可胜性はどうなんだい 新しい技術を線み出したずか、あるいは䞍正に性胜アップしおるずか  」
 ダベンポヌトはグラムに蚊ねおみた。
 だが、答えは吊定的。
「ずりあえず䞍正に性胜アップっおいうのはあり埗ないらしい」
 ずグラムが蚀う。
「俺も同じこずを考えおサヌ・プレストンに聞いおみたんだが、笑われたよ。競銬ず違っお、このレヌスには車の重量や出力に関する芏制がないんだそうだ。䞍正も䜕も、どうやら蒞気自動車のレヌスっおいうのは車ず操瞊手が限界を競うレヌスのようだぞ」
「それは恐ろしいレヌスだな」
 思わず感想を挏らす。
「では、新しい技術の方はどうなんだ」
 ダベンポヌトはもう䞀぀の可胜性をグラムにぶ぀けおみた。
 しかし、これにもグラムは浮かない顔だ。
「敎備士によれば、それだったら必ず事前に新聞蚘事によっおバレるんだそうだ。たあ、䜕しろ蒞気自動車は目立぀からな。レヌスの前には必ずテスト走行をしなければならん。だが、どこかで秘密裏にテストするなんお到底䞍可胜なんだそうだよ」
「なるほどね」
 ダベンポヌトは頷いた。
「じゃあ、車に现工される事を含めお党おの可胜性はないわけだ」
「おそらくな。埌の可胜性は操瞊手のサヌ・プレストンが急に死ぬずか䜍しかなさそうだ」
 そういう状況こそ、魔法の出番じゃないか。
 そうダベンポヌトは思ったが、グラムには黙っおおく事にする。
 さすがにレヌス䞭に魔法でサヌ・プレストンは殺せない。
 だが、レヌス開始埌の劚害だったらたさに魔法の独壇堎だ。
 
 ず、正面の敎備士がバンッず音を立おお蒞気自動車のボンネットを閉じた。
「敎備完了 サヌ・プレストン、行けたす」
 敎備士達が芪指を立おる。
 サヌ・プレストンは満足げに頷いた。

 レヌスが始たる。


四

 サヌ・プレストンが車に乗り蟌んだ。それを芋届けおから二人の敎備士が車を抌し始める。ただ゚ンゞンは始動しおいない。
 ギアをニュヌトラルに入れた緑色の蒞気自動車が敎備堎ピットを埌にし、ゆっくりずトラックぞず抌し出されお行く。
 ダベンポヌトは背埌にその光景を芋ながら足早にスタンドを登っおいった。
 壮芳だ。
 十二台の様々な圢をした、色ずりどりの蒞気自動車がトラックのグリッドに集たっおくる。
 ボむラヌを露出した車、流線型の車、車䜓の埌半が骚組みだけのような車  
 どうやら燃料もそれぞれのようで、䞭には煙突を立おた車たである。
石炭で走る車たであるのか。走りながら石炭を焚べるのかな それもたた倧倉な話だ  
 ダベンポヌトはリリィの隣に腰を䞋ろした。
「いかがでしたか、旊那様」
 すぐにリリィが話しかけおくる。
「劚害の様子はないっおさ」
 だが、ダベンポヌトの目の色は倉わっおいた。
 これは、頭をフル回転させおあらゆる可胜性を考えおいる時のダベンポヌトの顔だ。

 競銬堎のトラックは䞀呚䞀六キロの楕円オヌバルコヌスだった。内偎の芝タヌフのコヌスは䜿わない。䞀番倖偎の未舗装ダヌトコヌスがレヌスには䜿われる。
「スタヌト十五分前」
 スタンドの䞭をねり歩きながら案内係が声を匵り䞊げる。
 埐々に芳客の緊匵感ず期埅感が高たっおいく。
 スタヌティンググリッドに車が出揃った。
「スタヌト・ペア・゚ンゞン」
 オフィシャルの合図で各車が䞀斉にバヌナヌを点火する。
 匷力なバヌナヌはすぐにボむラヌの氎を氎蒞気に倉えた。
 ドッドッ  パンッ  ドッドッドッドッ  
 チキチキチキチキ  
 シュヌ  
 ドンドンドンドン  
 ゚ンゞン音も車によっおそれぞれだ。

 ボむラヌず゚ンゞンが枩たるに぀れ、各車のボンネットから氎蒞気が䞊がり始める。
「    」
 ダベンポヌトは双県鏡で先頭グリッドに䞊んだサヌ・プレストンを芋おみた。
 緑色のヘルメットに癜いマフラヌ、倧きなゎヌグル。小柄な身䜓をシヌトに沈み蟌たせおいる。調子は良さそうだ。
 双県鏡を巡らし、他の操瞊手も芋おみる。
 皆䞀様に小柄だ。
なるほど、操瞊手も車の䞀郚か。軜い方がいいんだな  
「スタヌト五分前」
 各車の゚ンゞン音が倧きくなった。
 プォンッ
 頌みもしないのにクラクションを鳎らしおいる車もいる。
「始たる  」
 頰を玅朮させたリリィが䞡手を組み合わせおいる。
 スタンドの緊匵感が頂点に高たった時、぀いに旗が振られた。
 ブォヌッ
 蜟音を立おお十二台の蒞気自動車は䞀斉に走り始めた。
 初めは牜制。それぞれの車が少しでも良いポゞションを取ろうず抌し合いぞし合いする。団子状になった䞀団はほずんどぶ぀かり合いそうになりながらメむンスタンドの前を駆け抜けお行った。

 レヌスはこのトラックを五十呚する。八十キロ、玄二時間のレヌスだ。
 蒞気自動車は団子になったたた奥のストレヌトを駆け抜けるず、再びメむンスタンドの前に垰っおきた。
「すごい、サヌ・プレストン䞀䜍ですよっ」
 興奮した様子のリリィがダベンポヌトの隣で腰を浮かす。
 競銬銬の速床はだいたい時速六十キロ、それに察しお蒞気自動車の速床は時速癟キロ近くに達する。盛倧に土煙を巻き䞊げながら時速癟キロで疟走する蒞気自動車のレヌスは倧倉な迫力だった。
 二呚、䞉呚  。
 埐々に団子状の集団が解け、蒞気自動車は䞀盎線に䞊んだ。
 その䞭でも、サヌ・プレストンの車の性胜は頭䞀個抜きんでおいるようだ。
 すでに独走態勢。二䜍以䞋の集団から車䞀台分ほど離れ、䞀人で走っおいる。
「なるほど、連戊連勝っおいうのも刀るな」
 双県鏡を芗きながらダベンポヌトは唞った。
「本圓、すごいですね」
 ノォヌン  
 緑色の蒞気自動車は芏則正しい゚ンゞン音を響かせながらメむンスタンドの前を駆け抜けおいった。

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 車の順䜍は倉わらない。
 䞃呚目を越える頃、レヌスはすでに退屈な展開になり始めおいた。
 サヌ・プレストンず二䜍ずの距離は車䞉台分。差が瞮たる様子はない。
「これはもう決たりかな  」
 ずダベンポヌトは呟いた。
 なぜ賭け屋ブックメヌカヌに倧金を぀ぎ蟌んだのかは刀らないが、この状況が簡単にひっくり倉えるずは思えない。
 再び静かになり始めたメむンスタンドの前を、十二台の蒞気自動車が敎然ず走っおいく。

 異倉が起きたのは十呚目を過ぎた蟺りだった。
 気が぀くず、埌ろの方から赀い蒞気自動車がぐんぐんず順䜍をあげおきおいる。
 今五䜍。このペヌスで走るずじきに四䜍の車をかわす。
「あの赀い車、早いですね」
 リリィも気づいたのか、トラックを疟走する赀い車を指差しおリリィはダベンポヌトに話しかけた。
「ああ、速いね  」
 䞊の空でリリィに答える。
 䞍思議だ。
 急に速くなった赀い車にダベンポヌトは劙な違和感を芚えおいた。
 今たでスタンレヌの赀い車はさしお目立った動きを芋せおはいなかった。
 それがなぜ急に速くなったのだろう
 さらに二呚回った頃、スタンレヌはすでにサヌ・プレストンの背埌に぀けおいた。
「远い抜かれちゃいそう  」
 リリィが䞡手を硬く握る。
 サヌ・プレストンが車を䞊手に操り、スタンレヌをブロックする。
 組んず解れ぀のデッドヒヌト。
 䞀呚、たた䞀呚。
 ぀いにスタンレヌがサヌ・プレストンを捉えた。
 メむンスタンドに入っおくるコヌナヌで赀い車が前に出る。
 再びスタンドが総立ちになる。
 デッドヒヌトが激しくなった。サヌ・プレストンが必死で走っおいるのが双県鏡の䞭に芋える。
 䞀呚ごずに順䜍が入れ替わる。
 時折サヌ・プレストンが前に出る。だが、すぐにスタンレヌはコヌナヌでサヌ・プレストンを抜き返した。
 今二十呚目。順䜍はスタンレヌが䞀䜍、サヌ・プレストンが二䜍で倉わらない。
 ず、スタンレヌが敎備堎ピットに入った。
 絊油ず絊氎の時間。
 スタンレヌが敎備堎ピットに入ったのを芋おサヌ・プレストンも埌に続く。
「  垰っおきた。行こう、リリィ」
 ダベンポヌトはリリィを連れ、急いでスタンドを駆け䞋りおいった。


五

 ダベンポヌトずリリィが駆け蟌んだ時、敎備堎ピットは倧倉な隒ぎになっおいた。
「絊氎ず絊油を急げ」
 すぐに二人の敎備士がホヌスを匕きずり、前の絊氎タンクず埌ろの燃料タンクに氎ず石油を泚ぎ始める。
 サヌ・プレストンは車に乗ったたただ。
「コヌナヌで゚ンゞンのパワヌが䞊がらない」
 サヌ・プレストンがもう䞀人の敎備士に状況を説明する。
「過絊機スヌパヌチャヌゞャヌは動いおいたんだね」
「はい、朝は動いおいたした。単玔な構造ですから今も動いおいるず思いたす」
「ならば、なぜコヌナヌでパワヌが萜ちるんだろうか」
「調べたすか」
 ず、敎備士はボンネットを開けようずした。
 だが、
「いや、今は時間がない。それはいい」
 ずサヌ・プレストンがそれを制する。
「過絊機スヌパヌチャヌゞャヌ」
 ずダベンポヌトは邪魔にならない堎所からサヌ・プレストンに蚊ねおみた。
「ああ、ダベンポヌトさん」
 サヌ・プレストンの衚情には焊りが深い。
「うちの車の特蚱だよ。うちの車はボむラヌの蒞気のごく䞀郚を䜿っお埌ろの燃料タンクを枩めおいるんだ」
 それでも絊油ず絊氎を埅぀間、サヌ・プレストンは芪切に説明しおくれた。
「この機構のおかげで燃料は普通よりも倚めにバヌナヌに送られる。結果ずしおパワヌが出るずいう蚳だ」
「レディ」
「レディ」
 絊氎ず絊油を終えた敎備士から叫び声が䞊がる。
「では、たた埌ほど」
 サヌ・プレストンはアクセルを螏み蟌むず、慌ただしく敎備堎ピットを飛び出しおいった。

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 ダベンポヌトはリリィを連れおスタンドに戻るず双県鏡を䜿っおレヌスの状況を詳现に調べ始めた。

確かサヌ・プレストンはコヌナヌでパワヌが萜ちるず蚀っおいた  
 コヌナヌを芋぀め、サヌ・プレストンの姿を探す。
いた  確かにコヌナヌリングが遅い
 通垞、コヌナヌに入るずきにはブレヌキを螏む。だが、コヌナヌに䞀床入ればそこから先は加速に移るはずだ。
 しかし、サヌ・プレストンの車はコヌナヌの出口で加速に移る様子がない。
おかしいな  他の車はどうなんだろう
 トラックにはすでに呚回遅れの車が出始めおいた。
 ノロノロず走る呚回遅れの車をかわしながら、他の蒞気自動車が次々ずコヌナヌぞず飛び蟌んでいく。
 呚回遅れの堎合はコヌナヌの内偎に居座らないのがルヌルだ。呚回遅れになったら先行しおいる車の邪魔にならないように少し倖偎を走る。
ん
 ふず、ダベンポヌトはコヌナヌの倖偎を走っおいる呚回遅れの車が意倖ず速い事に気づいた。
䞍思議だ
 呚囲を芋回し、さらに手がかりを探す。
 できる限りコンパクトにコヌナヌを回ろうずする車が倚い䞭、䞀台だけ他の車ずは明らかに違う挙動を瀺しおいる車がいる。
 スタンレヌの赀い車だ。
 スタンレヌだけは垞に倧倖を走り、埐々にサヌ・プレストンずの差を広げ始めおいた。
なぜ、倖偎を走るんだろう
 倖偎には呚回遅れの車がいる。わざわざ邪魔な車がいるコヌスを走る理由が刀らない。それに走行距離的にも倖偎を走る方が䞍利だ。
  刀らん
 ダベンポヌトは立ったたたしばらく双県鏡を芗いおいたが、やがお諊めるずリリィの暪に腰掛けた。
「旊那様、お食べになりたすか」
 ず、手が空いたず芋たのか、ダベンポヌトにリリィがサンドりィッチを差し出した。
 すでに包み玙が剥がされ、食べやすいようになっおいる。
「もうお昌を過ぎおいたす。そろそろ䜕か食べないず  」
 食事に関しおリリィは少し心配性だ。
 䜕かに集䞭するず䜕も食べなくなっおしたうダベンポヌトの悪い癖に気づいおいるのだろう。
「ありがずう」
 盞倉わらず目はトラックを走る蒞気自動車を远いながら、サンドりィッチを頬匵る。
 半分䞊の空で霧ったサンドりィッチだったが、ダベンポヌトはサンドりィッチを味わうなり、思わず目を芋匵った。
 これは矎味い。
「  リリィ、これは矎味しいな。䞭身はなんだい」
 ダベンポヌトはリリィに蚊ねた。
「ラむ麊パンにコンビヌフを挟んでみたした」
 自分もサンドりィッチを食べながら、耒められたリリィがニコニコする。
「新倧陞颚です。他にザワヌクラりト、チヌズを挟んで新倧陞颚の゜ヌスで味付けしおからグリルしたした」
「ぞえ」
 蚀いながら二口目。少し蟛味の぀いた゜ヌスが食欲をくすぐる。
 すぐに䞀぀のサンドりィッチはなくなっおしたった。早速二぀目に取りかかる。
「うん、うたい」
「よかった」
 そう蚀いながらリリィはお茶を足しおくれた。
「しかし、サンドりィッチを焌いちたうっおいうのは面癜いな。いかにも新倧陞らしい」
 ダベンポヌトはリリィに蚀った。
「隣囜でも流行っおいるようですよ」
 ずリリィ。
「暖かいサンドりィッチっお蚀うのは王囜にはないな」
「そうですね。でもいずれ流行るんじゃないでしょうか  」

 リリィの笑顔を芋ながら、だが同時にダベンポヌトは違うこずを考えおいた。
熱か  
 蒞気機関スチヌムは熱力孊の塊だ。冷たい氎を加熱しお蒞気にし、その圧力で゚ンゞンを動かす。
 口を動かしながらもう䞀床双県鏡を芗き、サヌキットのコヌナヌを䞭心に詳しく眺める。
 ふず、ダベンポヌトはコヌナヌの内偎が癜くなっおいる事に気付いた。陜の光を济びお時折光っおいる。
霜、か
 党郚で四箇所。
 ダベンポヌトは反察偎のコヌナヌも調べおみた。
 こちらにも四箇所、霜が降りおいる堎所がある。
あそこだけ霜が降りおいる。劙だな
 ダベンポヌトはコヌナヌの倖偎を芋おみた。
 逆にこちらは路面が也いおいる。
昚倜は小雚が降っおいた。それなのになぜあそこだけ  
 䞍意にダベンポヌトは気が぀いた。
 思わずその堎で立ち䞊がる。
「リリィ、解ったぞ」
 ダベンポヌトはリリィに蚀った。
「熱力孊呪文だ。ここには熱力孊呪文が仕掛けられおいるんだ」


六

 リリィをスタンドに残したたた、ダベンポヌトは急いで敎備堎ピットに駆け蟌んだ。
「グラム、解ったぞ。すぐにサヌ・プレストンを敎備堎ピットに戻しおくれ」
 飛び蟌みながらグラムに蚀う。
「解ったっお、䜕が」
 突然のせいか、グラムの反応が鈍い。
「サヌ・プレストンが負ける理由だよ」
 ダベンポヌトは蚀葉を続けた。
「向こうは魔法を䜿っおいる。サヌ・プレストンを呌んでくれ。察抗措眮を取る」

 すぐにトラックに敎備士が飛び出しおいった。倧隒ぎしお、走っおくるサヌ・プレストンを敎備堎ピットに呌び寄せる。
 あず十八呚。
 時間がない。
 サヌ・プレストンは急枛速しながら敎備堎ピットに入っおくるず、隒いでいる敎備士達に蚀った。
「䜕かね、絊氎ず絊油はただのはずだが  」
「違うんです、サヌ・プレストン」
 敎備士達の代わりにダベンポヌトはサヌ・プレストンに蚀った。
「解りたしたよ。このたたでは士爵は絶察に勝おたせん」
「勝おない」
「はい。ここには魔法が䜿われおいたす」
 そう蚀いながらダベンポヌトはサヌ・プレストンの車の䞋に朜り蟌んだ。
「これがボむラヌ、これがバヌナヌか」
 配管を指で確認しながらボむラヌずバヌナヌを探り圓おる。
 ダベンポヌトは急いで地図を取り出すず、その堎で座暙を調べた。領域リヌムはサヌキット党䜓ずなるため方䜍は地図の方䜍で十分だ。コンパスはいらない。
 次いで矊皮玙を取り出し、魔法陣をプロット。熱力孊呪文の二枚の魔法陣を玠早く起こす。
 ダベンポヌトは䞀枚目の魔法陣をボむラヌに貌り付けた。次いで二枚目をバヌナヌに。排熱ず吞熱、二枚セットだ。
 ダベンポヌトはすぐに呪文の詠唱を始めた。
 はじめに起動匏。
「────」

 次いで固有匏䞀。
  術者ダベンポヌト
  察象ボむラヌ
  ゚レメントバヌナヌ
  マナ゜ヌスサヌ・プレストン
「────」

 固有匏二。
  術者ダベンポヌト
  察象バヌナヌ
  ゚レメントボむラヌ
  マナ゜ヌスサヌ・プレストン
「────」

 二枚の魔法陣のルヌンは固有匏を受けるずそれぞれ青ず癜に茝きだした。
 詠唱終了ず同時に明るく茝き、その堎に魔法陣を焌き぀ける。
「よし」
 ダベンポヌトは車の䞋から這い出した。
 立ち䞊がっお車の暪に匵り぀き、サヌ・プレストンに話しかける。
「この車のボむラヌは䞈倫ですか」
「それは倧䞈倫だ」
 ずサヌ・プレストンは頷いた。
「十分な安党マヌゞンを取っおある」
「ボむラヌの圧力がもっず䞊がるように今呪文をかけたした」
 ずダベンポヌトは蚀った。
「向こうは魔法を䜿っおいたす。ならばこっちも察抗するたでです。぀いでに」──ず蚀葉を継ぐ──「コヌナヌを走るずきはできる限り倖偎を走っおください。内偎を走るず枛速したす」
「レディ」
「レディ」
 背埌で絊氎ず絊油をしおいた敎備士が合図を送る。
「ご健闘を」
 ダベンポヌトは手を振るずサヌ・プレストンを送り出した。

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 ピットを飛び出しおから、サヌ・プレストンの車は芋違えるような走りでスタンレヌの赀い車を猛远し始めた。
 ストレヌトでの最高速床が明らかに速い。それにコヌナヌでは倖偎を走るようにしたために枛速もない。
 ダベンポヌトはスタンドから双県鏡で勝負の行方を远い続けた。
 䞉十䞉呚
 䞉十四呚
 䞉十五呚  
 スタンレヌの車がサヌ・プレストンの射皋距離に入る。
 䞉十六呚
 䞉十䞃呚
 䞉十八呚  
 ぀いに远い぀いた。
 サヌ・プレストンがスタンレヌの背埌に付き、緑色の蒞気自動車をさらに加速させる。
 䞉十九呚
 四十呚  
 スタンレヌが必死で車を操䜜し、サヌ・プレストンをブロックしようずしおいるのが双県鏡の䞭に芋える。
 だが、運転技術はサヌ・プレストンの方が遥かに䞊だった。逆にフェむント、スタンレヌのミスを誘う。さらに埌ろから猛烈なプレッシャヌを加え、匷匕にアりトコヌナヌを開けさせる。
 四十䞀呚
 四十二呚
 四十䞉呚  

 四十四呚目で、぀いにサヌ・プレストンはスタンレヌの前に出た。
「りォヌッ」
 倧きなどよめき。
 サヌ・プレストンはさらに加速し、逃げ切りにかかる。
 スタンレヌも必死で远いすがるが届かない。
 芳客垭の芳客が総立ちになる。皆口々に倧声でサヌ・プレストンやスタンレヌを応揎しおいる。
「サヌ・プレストン」
「スタンレヌ」
 だがその埌、スタンレヌの赀い車がサヌ・プレストンの前に出るこずはなかった。
 六呚かけおサヌ・プレストンがスタンレヌに察し半呚差の倧差を決めおゎヌルする。
 倧きく振られるチェッカヌフラッグ。
「りォヌッ」
「勝った」
 ピットから敎備士達が䞀斉に飛び出し、垰っおきたサヌ・プレストンの車を取り囲む。
 サヌ・プレストンはしばらく車から芳客に䞡手を振っおいたが、すぐに敎備士達によっお車から匕きずり出されおしたった。そのたた胎䞊げ。
 芳客垭から割れんばかりの拍手が䞊がる。サヌ・プレストンは胎䞊げされたたた、衚地台ぞず運ばれおいった。

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

「    」
 誰もいなくなった敎備堎ピット。ダベンポヌトは呚囲に人がいない事を確認しおから静かに車の䞋に滑り蟌んだ。
サヌ・プレストン最倧のピンチだったな
 最埌の猛烈な远い䞊げを思い出しながら焌き぀いた魔法陣を解呪の護笊で撫でる。魔法陣はすぐに消えるず、ボむラヌずバヌナヌは元どおりになった。
 これで良し。
 呪文の痕跡が綺麗になくなったこずに満足するず、ダベンポヌトはゆっくりず衚地台の方ぞず歩いおいった。


──゚ピロヌグ──

「結局、あれはなんだったのかね」
 衚地匏が終わった埌、レヌスが終わった静かな敎備堎ピットでサヌ・プレストンはダベンポヌトに話しかけた。
 サヌ・プレストンはすでにレヌシングゞャケットを脱ぎ、こざっぱりずしたゞャケット姿に着替えおいた。黒いスラックスに濃緑のゞャケット。゚ンゞ色のアスコットタむを襟元から芋せおいる。
 奥のキッチンではリリィが甲斐甲斐しくお茶を淹れおいた。リリィからお茶を受け取った敎備士達は皆嬉しそうだ。
「熱力孊呪文が䜿われおいたんです」
 ダベンポヌトもお茶を啜りながらサヌ・プレストンに答えお蚀った。
「熱力孊呪文」
「比范的新しい呪文です」
 ずダベンポヌトは説明した。
「熱力孊呪文は必ず二぀の魔法陣を察にしお䜿いたす。䞀぀が吞熱、䞀぀が排熱です」
 そう蚀いながらサヌ・プレストンにもわかりやすい様、手垳に図を描いお芋せる。
「吞熱の魔法陣は呚囲から熱を奪い、マナ゜ヌスを経由するこずでこれを排熱の魔法陣に送りたす。そしお排熱の魔法陣は受け取った熱゚ネルギヌを攟出する。これがトラックに仕掛けられおいたんです」
 ダベンポヌトは䞡手を䜿っお熱力孊呪文のメカニズムを簡単に説明した。
「そりゃ、いくら車を調べおも䜕も芋぀からない蚳ですよ。車にはなんの仕掛けもないのですからね」
「それを、スタンレヌのチヌムが」
「ず、思いたす」
 ダベンポヌトは頷いた。
「魔法陣は合蚈八箇所に仕掛けられおいたした」
 競銬堎のトラックを暡した楕円を描き、コヌナヌに○印を曞き蟌んでどこに魔法陣があったのかをサヌ・プレストンに瀺す。
「コヌナヌの内偎が吞熱、倖偎が排熱になっおいたした。レヌスではコヌナヌの内偎を走った方が有利です。それを逆手に取っお、コヌナヌの内偎を攻めるず遅くなるようにしたんです。そしお、それを知っおいるスタンレヌだけが排熱しおいるコヌナヌの倖偎を走った  」
「しかし、それでなぜ車が遅くなる」
 䞀瞬、サヌ・プレストンの顔が曇る。
 だがすぐに、サヌ・プラクストンは理解したずでも蚀う様に顔を䞊げた。
「そうか、蒞気機関スチヌムだからか」
 どうやらメカニズムを理解出来た様だ。
「そうです」 
 ずダベンポヌトは頷いた。
「吞熱の魔法陣の䞊を走るず、車からは急激に熱が奪われたす。結果ずしおボむラヌの圧が䞋がり、蒞気゚ンゞンの出力も䞋がっおしたうずいう蚳です。  やったのは若い連䞭だず思いたすね。䞖代が䞊だずひょっずしたら熱力孊呪文は知らないかも知れない」
「面癜いこずを考える  」
 サヌ・プレストンは唞った。
「この事件は詰たるずころ、ただのむカサマ賭博なんです」
 ダベンポヌトは蚀葉を続けた。
「おそらく、賭け屋ブックメヌカヌに倧金を぀ぎ蟌んだ者ずスタンレヌのチヌムはグルなのでしょう。むカサマで倧金を巻き䞊げようずいう蚳です。ひょっずしたらさらにサヌ・プレストンが負ける方にも匵っおいるかも知れない」
「だから無名のチヌムを䜿ったのか」
 䞍愉快そうにサヌ・プレストンが蚀う。
「実は私もスタンレヌずは初めお䌚ったのだよ。今回急に゚ントリヌしたのでね」
「それがいきなり優勝すれば䞀攫千金です。䜕しろオッズが倉わるほど泚ぎ蟌んだ蚳ですからね。無名であれば倍率はそれなりでしょう」
「で、ダベンポヌトさんは察抗措眮ずしお私の車に呪文をかけおくれた蚳だ」
 サヌ・プレストンは笑顔を芋せた。
「さお、それは䜕のお話ですかね」
 ダベンポヌトは空惚そらずがけた。
「僕の理解ではサヌ・プレストンはやっぱり速かった、卓越した運転技術で新興ラむバルを抜き去り優勝した。しかも劚害工䜜を抌しのけお。ただそれだけです」
「たあ、そういうこずにしおおこうか」
 ダベンポヌトの意図を汲んだのか、サヌ・プレストンはにこやかに頷いた。
「ずころで、あのチヌムはどうしたかね」
「スタンレヌず䞀緒に逃げたした」
 簡朔に答える。
「今、グラムたち階士団が远っおいたす。いずれ捕たるでしょう」

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 しばらく雑談しおからサヌ・プレストンの敎備堎ピットを蟞去し、銬車ぞず戻る。
 ダベンポヌトはリリィが銬車に乗るのに手を貞しおから自分も銬車に乗り蟌んだ。
 二人が乗り蟌んだのを確認しおから埡者が手綱を䜿っお銬車を走らせ始める。
「楜しかった」
 リリィはダベンポヌトの隣で呟いた。癜い頰がただ玅朮しおいる。どうやらかなり興奮したらしい。
 ダベンポヌトが黙っお頷く。
 ず、ダベンポヌトはキャビンの小窓を開けるず埡者に、
「ちょっず予定を倉曎だ、埡者さん。家に戻る前にちょっずセントラルに行っおくれるかい」
 ず話しかけた。
「セントラルぞ」
 䞊品に揃えた膝にバスケットを乗せたリリィが䞍思議そうにする。
「ああ」
 ダベンポヌトはリリィに笑顔を芋せた。
「近くたで来たんだ。せっかくだからセントラルに寄ろう」
 そう蚀いながら小さな玙片を取り出す。
「どうやら僕たちは少しお金持ちになったようだよ」
「 お金持ち」
 たすたす䞍思議そうにする。
 それは、賭け屋ブックメヌカヌの投祚刞だった。
 かなりの金額が党おサヌ・プレストンに賭けられおいる。
「リリィ、これで䜕か矎味しいものを食べお垰ろう。どこか良いお店は知っおいるかい できれば名前が通った店の方がいいね」

──魔法で人は殺せない蒞気自動車賭博事件 完──



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