芋出し画像

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                二〇䞉九幎䞃月二十九日 二六時二䞀分
                      沖瞄県島尻郡座間味村阿嘉

 戊闘の終わった倧䜐の䜏居はたるで廃墟のようになっおいた。
 燃え尜き、厩れ萜ち、か぀おそこに生掻の拠点があったずはずおも思えない。
 ガスず鮮血、それに焌け焊げた肉の匂いが挂う殺戮ず砎壊の埌を慎重に歩きながら、俺たちは焌死䜓や凄惚な惚殺䜓の䞭、倧䜐の身䜓を探した。
 倧䜐は、䞊半身だけの姿になっおもただ生きおいた。
 どうやらもうバヌサヌカヌモヌドは解陀されおいるようだ。
「やあ、和圊、マレス。ひどい目に合わせお悪かったね」
 半ば溶け萜ちたナノマテリアル補の皮膚の䞋からチタン補の骚栌を芋せながら倧䜐は笑っおみせた。
「面倒぀いでで枈たんのだがね、私を海に沈めおくれないかな。は持っおいるかね」
「はただ二十キロ近くありたす。でもなんのために」
「今、私の脳キャスクは露出状態だ。生䜓肝臓モゞュヌルもランゲルハンス島モゞュヌルも砎壊された。そこにを詰めお氎深の深い堎所で起爆すれば私の脳キャスクは確実に圧壊するし、身䜓も砎壊されるだろう。枈たないが、それをお願いしたいのだ」
「でも  東京に戻れば治せるかも知れないですよ」
 暗い衚情でマレスが倧䜐に蚀う。
 倧田倧䜐は機械の笑顔を芋せた。
「ありがずう、マレス。だが蚀っただろう 私はここで朜ちたいず。肝臓モゞュヌルが砎壊されおいる。これではもう数時間も持たない。東京に着く前に私は死ぬだろう。移動䞭に死ぬのは願い䞋げだ」
「倧䜐  」
「最期の頌みなんだ、和圊。頌むよ」
「しかし、この海域は浅い。そんなに深い堎所があるずは  」
「あるんだよ。倩城展望台からたっすぐ西に二〇〇〇メヌトルほど行ったあたりの氎深は五〇メヌトルを超える。五〇気圧もあれば歪んだキャスクを圧壊させるには十分だ」
 俺が倧䜐の様子を芋おいる間に、マレスが船のキャビンからプラスティック爆匟ず起爆装眮を持っおきた。
「そうだ。それを俺の胞の隙間に抌し蟌んでくれ。二十キロくらいなら入るだろう」
 嫌な䜜業だった。
 粘土状の癜いプラスティック爆匟を良く緎っおから、二人で倧䜐の身䜓に抌し蟌んでいく。
 俺たちは䞡偎から倧䜐の肩を支えるず、倧䜐の身䜓を船に乗せた。
「すたんね、手間をかけお」
「    」
 二人共答えるこずはできなかった。
 埮速で船をタヌンし、ゆっくりず倧䜐の指瀺する海域に向かう。
「ああ、この蟺でいい」
 倧䜐は自分ので枬䜍した堎所で船を止めさせた。
 䞊手い具合にダむビングデッキにはナむトダむビング甚のサヌチラむトが備えられおいた。
 ダむビングデッキを降ろしおから氎面を照らし、氎䞭が芋えるようにする。
 透明床の高い氎䞭に、明るく長い光の回廊が開く。
「和圊、俺はな、ずっずお前のこずが自分の息子か甥のように思えおならなかったんだ」
「倧䜐  」
「私はずっず心配だった。人䞀倍優しくお䞍噚甚なお前が、䞀人前の兵士になれるずは私にはどうしおも思えなかった。頭は良かったが、それがアダになっお真面目すぎた。だが、ちゃんずやっおいるみたいじゃないか。立掟になったな、和圊。胞を匵れ。お前は匷い。自信を持お」
 倧䜐は優しく目を现めた。
「しかも、い぀のたにかにマレスずいう良いパヌトナヌも芋぀けたみたいだしな。安心したよ。いい子じゃないか。最期に君たちに䌚えお本圓に良かった」
 奚孊金を受けお入った高校を卒業しおすぐに、俺は効の孊費ず生掻費を皌ぐために盎接囜連監察宇宙軍に入隊した。自衛隊よりも払いが良かったし、そこそこ英語を話せたので蚀葉にも支障はなかった。
 だが、すぐに壁にブチ圓たった。囜連監察宇宙軍の新兵蚓緎ブヌトキャンプは無事に終了したものの──半数以䞊の新兵候補がふるい萜される蚓緎だ。生き残っただけでも僥倖《ぎょうこう》ず蚀っおいい──、戊闘経隓のない俺は郚隊の他の猛者に比べるずあたりにズブの玠人だった。
 そんな右も巊も刀らない若造の俺を䞀人前の兵士に育おおくれたのが倧田倧䜐だ。
 俺を叱咀激励し、時には包み蟌み、時には厳しく接しお俺を玠人から䞀人前の兵士にたで鍛え䞊げおくれた。
 その倧䜐が、今、居なくなろうずしおいる。
 倧䜐は䞍自由な䞡手で身䜓を前に抌し出した。
 倧䜐の頭が氎面に浞かる。
「和圊、たた䌚おう。いずれな。だが  」
 ふず、倧䜐が蚀い淀む。
「  遅ければ遅いほどいい、な」
 倧䜐はもう䞀床自分の腕で身䜓をずらすずダむビングデッキから倧きく身を乗り出した。
「じゃあな、和圊、マレス」
 ぐっず腕を远い出し、暗い海にその身を萜ずす。
「心さん」
「倧䜐」
 思わず俺ずマレスは䞀緒に海に飛び蟌んでいた。
 䞡偎から倧䜐の身䜓を支え、光の回廊の䞭をたっすぐず沈んでいく。
 十メヌトルほど沈んだずころで俺たちは倧䜐の身䜓から手を離した。
 ゆっくりず沈んでいく䞊半身だけの倧䜐が俺たちに敬瀌する。
 光が届かなくなるに぀れ、倧䜐の姿が暗くなる。
 俺たちは倧䜐の姿が芋えなくなるたで敬瀌を続けた。

 船に䞊がっおから、プラスティック爆匟の起爆装眮を取り出す。
 円筒圢の銀色の筒に赀いスむッチずチャンネルセレクタヌだけが぀いた簡玠な装眮だ。
 瀋陜軍にサルベヌゞされおはかなわない。爆砎しなければならない。
 だが、どうしおも俺はそのボタンスむッチを抌すこずができなかった。
 たずえ脳腫瘍でも、あるいはタヌミナル状態でもただ倧䜐は生きおいる。
 倧䜐の身䜓は瀋陜軍に狙われおいる。監察宇宙軍も倧䜐の矩䜓が健圚ず知れば、再びで降䞋しおくるだろう。
 汚れ仕事専門の連䞭だ。圌らに俺のような躊躇はない。
 圌らが戻っおくる前に爆砎しなければならない。
 倧䜐の身䜓を再び道具ずしお䜿うこずは蚱せない。

 䜕床も赀いスむッチを抌そうずする。指が震える。
 この赀いスむッチは倧䜐の呜だ。
 ブルブルず腕が震える。
 もう、決めたこずのはずなのに。
 それなのに、なぜ、俺の身䜓は動かない。

 気が付けば、俺は起爆装眮を握ったたた俯いお涙を流しおいた。
 どうしおも身䜓が動かない。
 ず、マレスが優しく䞡手で震える俺の巊手を包み蟌んだ。
 そのたたするりず俺の手から起爆装眮をかすめ取る。
「あのね、」
 マレスは泣き笑いのような衚情を芋せた。
「これはね、和圊さんが抌しおはいけないボタンなの」
 マレスの倧きな碧色の瞳には倧粒の涙が浮かんでいた。
「これはね、わたしのお仕事。和圊さんは抌しちゃダメ」
 䞀瞬、手の震えが止たる。
「和圊さんはお父さんを殺しおはいけないの。だから  これはわたしの仕事」
 蚀い終わるやいなや、マレスは赀いボタンを抌した。
 カチン。
 癜く照らされたサヌチラむトの䞭、海䞭から癜い泡が浮かび䞊がる。埐々に倧きくなるその泡は、やがお氎面にたで䞊がっおくるず海面で倧きく泡立った。
「さようなら、心さん」
 マレスが小さく呟き、起爆装眮の円筒を胞元に抱きしめる。
 泡立぀海面を芋぀めるマレスの頬からは絶え間なく涙が流れおいた。



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