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微笑みの国の屋台ラーメン
タイにダイビング旅行に行ったときのこと。
プーケットで泊まった安宿の向かいに、いつも夜に店を出している屋台ラーメンの店があった。
正直、しがない。
子連れのおばさんが一人でやっている店なのだが、パラソルとかを一生懸命設置している割には客が少ない。
向かいが大きな中華料理の市場だったのもまずかったのだろう。
その屋台はいつも閑古鳥が泣いていた。
子供は我関せずとその辺を走り回り、おばさんは熱心にお鍋を混ぜている。
真面目にやっている様子なのに、残念だ。
子供のための三輪車やフェンスも置かれたその店はなんとも言えない寂寥感を帯びていた。
母子家庭なんだろうか?
それとも旦那の収入が足りないんだろうか?
ダイビングから帰ってくるたびに、僕は窓際に座って毎晩ぼんやりとその店の様子を眺めていた。
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彼女の作っているラーメンは簡単で、タイ風の麺を茹でた上にスープをかけただけ、注文があれば魚の団子も載せてくれるようだが、それだけだ。
正直美味しそうな気はしない。
だから気後れしていたのだが、ある晩ふと気が迷った。
なんとなくあれを食べないといけないような気がしたのだ。
眺めているだけではつまらない。
体験しなくてなんとする。
そうしたわけで、僕は身支度をすると隣の部屋のHを誘った。
「ラーメン、食べに行こうよ」
「ラーメンって、あそこっすか? 向かいの」
夕食にビールをかっくらっていたHはまだぼんやりした感じだ。
「いや、大丈夫です」
そう言うと、つれなくドアを閉じてしまう。
仕方がない。
一人で行くか。
店はちょうど先客が帰ったところで他には誰もいなかった。
なんかギシギシする、折りたたみの長椅子に座る。
それまでお椀を片付けていたおばさんは僕が座ったことに気づくと、すぐにメニューを持ってきてくれた。
タンクみたいな水入れから汲んだ水もくれたが、これには口をつけないことにする。
何しろ水洗いしたレタスや氷でもアタるのだ。この水なんてテキメンだろう。
向かいの中華料理屋は相変わらず騒がしい。
もう夜十時を回っているというのに相変わらず大声で笑い、喰らい、飲む酔客の歓声に混じっておたまが鍋を叩くカンカンという音がする。
どうやらスパイシーなシーフードが売りのようで、チリソースのような香りがここまで漂ってくる。
一方のおばさんのラーメン屋はあくまで静かだ。
子供は一心に街灯の下で絵本を読んでいるし、おばさんも一言も発さない。
こちらが外人だから無駄だと思っているのかもしれない。
持ってきてくれたペラ一枚のメニューには一応写真が入っていた。
スープはどうやら一種類。それを軸にした上で、麺が数種類(中華風のタマゴ麺とタイ風のビーフン、細いビーフンもあったかな)とその他に具が数種類選択できるようだ。団子のようなもの、チャーシューのようなもの。あとはタイ語で書かれた飲み物のメニューだけだ。
僕は一番ベーシックなタマゴ麺の写真を指差した。
おばさんが黙って頷き、具を指差す。
具は、いらないや。
僕が指でバツを作るとおばさんは頷いて鍋の方へと戻っていった。
隣の喧騒との落差が激しい分、尚更静けさが胸にしみる。
どこかで吠えてる犬の声、人の歓声、生暖かい風。
気分はどうしてもセンチメンタルな方向へと向かってしまう。
僕の注文したタイ風ラーメンはすぐにできてきた。
澄んだスープに麺が泳ぎ、その上にパラリとネギが散らしてある。
簡素だ。
一口スープを啜ってみる。
鶏ガラスープのようだったが、決定的に塩味に欠けている。全く入っていないってことはなさそうだったが、これだと本当にただ単に鶏ガラを煮ただけのスープだ。
怪訝そうな僕の顔を見咎めたのだろう。と、おばさんが調味料セットを隣のテーブルから持ってきた。
6種類くらいの調味料がセットになっている。
この白い粉はグラニュー糖? 他にはニョクマム、唐辛子が浸かった液体が2種類くらい、それに粉の唐辛子と茶色い謎のペースト。
どうやら、これらを自由に加えて自分好みの味にしろということらしい。
そういえば、聞いたことがある。
『タイのラーメンは自分好みの味を探すのが楽しい』、と。
ならば。
とりあえず、ニョクマム、それに唐辛子の浸かったお酢のような液体をスプーン一杯。
箸とレンゲを使ってよく混ぜてから味見する。
なるほど。
確かに味がしっかりしてきた。
俄然、やる気が出てくる。
さらに唐辛子酢を加えニョクマムで塩味を整えてから少しだけ粉唐辛子。茶色いペーストは多分ホイシンソース(海鮮醤と書く)かその親戚だろう。これもひとさじ。
一気に味が良くなった。
スープは少し温かったが、気になるほどではない。むしろこの気温だ、これ以上熱かったら食べれられない。
意外だったが、これは楽しい。
途中、いろいろ加えて味変を楽しめる。
レンゲにスープと麺をとって少しグラニュー糖を振ってみたが、これも意外と悪くなかった。もっとスープがスパイシーだったらかなりイケる気がする。
時折唐辛子でむせそうになりながら、ズルズルと麺をすする。
気がつけば、僕はスープまですっかり完食してしまっていた。
これはうまい。
しかも、味付けは客任せというのがズルくて良い。
おかげで誰でもそこそこのラーメンが食べられる。
しかも自分で作るのも簡単だ。
何しろ調味料さえ揃っていれば、あとは鶏スープを上手に取って麺を茹でて合わせるだけなんだもん。
無論、翌日も僕がホテルを抜けでて夜食のラーメンを食べに行ったのは言うまでもない。運が良かったのかなんなのか、ラーメンでは当たらなかった。
おまけ。
一応念のため、上手な鶏のスープの取り方を。
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