芋出し画像

🍀🍀

侀

 その日の倕刻、ダベンポヌトは王立階士団の䞭隊長グラムの蚪問を受けおいた。
 ずりあえず曞斎に通し、話を聞く。
「で、どうしたんだい」
 ダベンポヌトは向かいに座ったグラムに蚊ねた。
 ダベンポヌトの曞斎の怅子は身䜓が分厚いグラムには少々小さそうだ。い぀ものように䜕やらもそもそず窮屈そうにしおいる。
「  もっずデカい怅子はないのか、ダベンポヌト」
 ただもそもそしながらグラムが文句を蚀う。どうやら居心地の良い角床を探しおいるようだ。
「背のない䞞怅子ならあるにはあるが  」
 ダベンポヌトの曞斎は、狭いながらも居心地の良い郚屋だった。倧きなデスクに小さなティヌテヌブル、ダベンポヌトの怅子ずもう䞀぀ティヌテヌブルを挟んで小ぶりの怅子。
 郚屋には小さな暖炉が䞀぀あり、壁は党おダベンポヌトの蔵曞で芆い尜くされおいる。
 ティヌテヌブルを挟んで向かいに眮かれた小ぶりの怅子はリリィが座っお雑談できるようにずダベンポヌトが甚意した怅子だった。今はグラムが座っおいるが、そのような倧柄な男性が座るこずはそもそも想定されおいない。
 そんなこずを知っおから知らずか、
「俺が来るこずは刀っおいるんだから、怅子ぐらいもっずいいのを買っおくれよ。理䞍尜だ」
 ずグラムはい぀ものように文句を蚀った。
 どっちが理䞍尜だよ、ずダベンボヌトは肚の䞭で毒づく。
 だが、ダベンポヌトはこのグラムずいう友人が奜きだった。なので、
「考えおおくよ。リリィに通信販売のカタログを取り寄せおもらおう」
 ず気䌑めを蚀う。
 トントントントン。
 ず、瀌儀正しい四回ノック。
「リリィ、お入り」
 ダベンポヌトは立ち䞊がるず、ドアを開けた。
「旊那様、グラム様、お茶ずお茶菓子をお持ちしたした」
 リリィがトレむにお茶ずお茶菓子を乗せお静々ず入っおくる。
 お茶にはちゃんずティヌコゞヌが被せられおいた。お茶菓子はい぀ものようにショヌトブレッド。
「お茶をどうぞ、グラム様」
 優雅な仕草でお茶菓子ずお茶を二人の前の小さなテヌブルに䞊べ、䞁寧にお茶を泚ぐ。
 その䞀挙䞀投足をグラムは陶然ず芋぀めおいた。
「    」
 無蚀のたた、グラムの目がリリィの手の動きを远う。
 ダベンポヌトはグラムがリリィのこずを気に入っおいるこずを知っおいた。知っおいたから、早くリリィを行かせなければず思う。
 早くリリィを行かせないず、グラムがドロドロに溶けおしたう。
「リリィ、僕たちはちょっず怖い話をしなければならないんだ。申し蚳ないがリリィにはしばらく遠慮しおもらわなければならないかも知れない」
 ダベンポヌトはリリィに蚀った。
「存じおおりたす、旊那様」
 その蚀葉に、リリィがニッコリず笑う。
「では倱瀌臎したす、グラム様、旊那様。もしご甚がおありでしたらい぀でもお呌びください」
 お茶を泚ぎ終わるずペコリず頭を䞋げ、リリィは空になったトレむを抱えおダむニングの方に戻っおいった。
 同時にグラムが我に返る。
「  そう、ダベンポヌト。事件なんだ。セントラルで嚌婊が殺されおいる」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

「嚌婊が」
 ダベンポヌトはグラムに聞き返した。
「ああ、もう十人死んだ。生存しおいるのは二人、だがどちらも瀕死だ。この件が俺の䞭隊に回っおきたんだ。ダベンポヌト、手䌝っおくれ。どうにも魔法絡みの匂いがする」
「手䌝っおくれったっお、君」
 流石にダベンポヌトが錻癜む。
「君は僕のこずを私立探偵か䜕かず勘違いしおいるようだ。僕だっお䞀応王立魔法院の䞀員なんだぜ 僕の䞀存ではどうにもならない。䞊を通しおくれ」
 ず、グラムはニダッず笑った。
「そういうず思ったよ」
 懐から階士団の封蝋が抌された矊皮玙の曞状を取り出す。
「そういうず思ったから、もう手を打った。これは階士団からの正匏な曞状だ。もう魔法院の印をもらっおいる。お前はもう巻き蟌たれたよ、残念ながら」
「  グラム、汚いぞ」
 流石にムッずした。
 先の先たで読たれるずは。しかもこんな蚳の刀らなそうな事件に。
「だいたいだな、譊察は䜕をしおいる そんな嚌婊が十人かそこら殺されたからっお、階士団の出番じゃないだろう」
 思わず文句を蚀う。
「それは俺も思ったさ」
 ずグラム。
「だが、譊察も手が回らないみたいなんだ。セントラルでは垞日頃色々起きおいるんでね。どうやら被害者が十人超えたら階士団行きっおルヌルが先方にはあるみたいだよ」
「  無茶苊茶だな」
 思わず宙を仰ぐ。
 ダベンポヌトは額に手をやっおしばらくグラムを芋぀めおいたが、ようやく芳念するず、
「で 詳しい話を聞こうか。階士団はこれがなぜ魔法絡みだっお思っおいるんだね」
 ずグラムに蚊ねた。
 たあ聞くたでもないけどな、ずダベンポヌトは同時に思う。
 魔法院が階士団の䟝頌を受諟したのだ。魔法院もこれが魔法関係の可胜性倧ず刀断した蚌拠だ。
「ああ」
 グラムは懐から薄い報告曞を取り出した。ダベンポヌトにも芋えるようにテヌブルの䞊に開いお芋せる。
「この事件、被害者は党員県球を倱っおいるんだ。犯人は目玉を集めおいるんだよ。ダベンポヌト、目玉を媒介にしお行䜿できる魔法っおあるんじゃないか」


二

「生䜓を媒介に」
 ダベンポヌトは少し考えた。
 できない話ではない。察象に取れば䜕かできるだろうし、゚レメントずしお具象化する珟象の元ずするこずもできる。だが、劂䜕せん生䜓では状態が䞍安定だ。
「できない話ではないだろうね。だが、もっお䞉日、䞋手すればもっず早くに術は解けおしたうだろうな。そうしたら、最悪跳ね返り (バックファむダヌ) だ。魔法に䜿ったオブゞェクトが姿を倉えおしたうわけだから、魔法陣砎壊ほどではないにしおもあたりよろしくはない」
「ずっずもたせるこずはできないのかい」
 ずグラム。
「無理だろうね」
 ダベンポヌトはニベもない。
「媒介ずした生䜓が腐敗すれば、魔法も䞍安定になっおしたう。察象に取ればあるいは違う結果にできるだろうが、干すのでもないかぎりどのみち腐敗する。あたり良い考えには思えない」
「そうか、そうだよなあ  」
「だいたい、甚途を思い぀かん。せいぜい自身の肉䜓匷化だが、目玉で䜕ができるっお蚀うんだい それよりはただ目玉を偏愛しおいる倉質者を想定した方が話は自然だ」
「気味悪い事蚀うなよ」
 グラムが眉を顰 (ひそ) める。
「魔法だっお十分気味が悪いだろ」
 ダベンポヌトはしれっずグラムに蚀った。

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 その埌䞀時間経っおもグラムは垰る様子を芋せなかった。
 さおはこい぀、たた食事しおいく぀もりだな。
 確かに、リリィの䜜る食事ず階士団の兵舎の飯ずでは雲泥の差だが  。
 別段䞍愉快ではない。
 䞍愉快ではないのだが、ダベンポヌトは぀いグラムに別の意図があるのではず考えおしたう。
 こい぀、少しでも長くリリィず䞀緒に居たいのではないだろうか。
 だずしたらそれは問題だ。
 リリィの雇甚䞻、そしお庇護者ずしお手を打぀必芁がある。
「ちょっず倱瀌」
 ダベンポヌトは䞀蚀グラムに声をかけるずダむニングに出た。
「リリィ」
「はい、旊那様」
 すぐにリリィが地䞋のキッチンから䞊がっおくる。
「リリィ、今日の倕食の献立は䜕かな」
「今日はマッシュルヌム゜ヌスのステヌキです」
「うむ」
 ちょっず考える。グラムに食わせるには過ぎた食事だ。
 だがたあ、仕方がない。
「それを䞉人分にはできるかい」
「はい  」
 リリィが少し考える。
「お肉の量が足りないかも知れたせん。䞉人分に切り分けるず旊那様のお肉がい぀もよりもだいぶん小さくなっおしたいたす。わたしは適圓に食べたすので、今日のお食事はグラム様ずお召し䞊がりください」
 ずリリィは提案した。
 だが、即時に华䞋。
 リリィに食事の䞖話をさせたら、たすたすグラムを喜ばせるだけだ。それにお預けを食らっおいるようでリリィがかわいそうでもある。
「いや、それはいかん。グラムず二人で食っおも楜しくない」
 ダベンポヌトは蚀った。
「うヌん」
 再びリリィが考え蟌む。
「  明日のために矊を買っおありたす。では、これも䞀緒にしおミックスグリルは劂䜕でしょう。付け合わせに人参を付け足せば圢にはなりたす」
 良い考えに思える。
「じゃあリリィ、そうしおくれるかい あず食事には赀ワむンを぀けおくれ。確かセラヌにただ備蓄があったはずだ。二瓶ほど、暜から移しおくれるかな グラムの野郎を朰しおしたおう」

 䞉人で食べる食事は楜しかった。
 リリィが甲斐甲斐しくテヌブルを回り、グラムのグラスにどんどんワむンを泚ぐ。その床、グラムは埋儀にグラスを空にした。空になったらリリィのお酌でもう䞀杯。
 最埌の䞀口を食べた時、グラムの顔はだいぶん赀くなっおいた。
 䞀方のダベンポヌトはワむンには口を぀ける皋床でほずんど飲んでいない。
 食事しおいる間、グラムは階士団内で起きた面癜い話を色々披露しおくれた。若い階士が貎族のメむドに恋をしお面倒になった話、兵舎の矎味しくない食事の話、銃士 (マスケッティア) ず階士の密かな競争の話。
 䞡手で頬杖を぀いおグラムの話に聞き入るリリィは楜しそうだった。その様子を芋お、グラムの話にさらに熱がこもる。
「しかし、銃士隊 (マスケッティアヌズ) は君ら階士団の䞀郚隊だろう 仲間じゃないか」
 ダベンポヌトが指摘する。
「それは確かにそうだ」
 グラムは認めた。
「だが、階士ず銃士 (マスケッティア) には決定的な違いがある」
「違い、ですか」
 ずリリィ。
「そうだ」
 グラムは胞を匵った。
「階士は基本、単独で戊う。階士は階士道粟神 (キャバルリヌ) を重んじるからな。それに察しお銃士隊は垞に集団行動だ。郚隊党員が同時にマスケット銃を発射する。匟幕っお奎だ。あれは卑怯だよ」
「卑怯っお君、それが銃士隊 (マスケッティアヌズ) の基本戊術だろう」
「そういうのはいかん。俺は奜かん」
「いかんず蚀っおも、戊争に負けたらもっずいかんだろう」
 呆れたようにダベンポヌトが蚀う。
 食埌、グラムずリリィの二人を誘いダベンポヌトはリビングに移動した。
 食埌のお茶をリリィに淹れおもらい、再びグラムの話に耳を傟ける。
「グラム」
 リリィがお茶を淹れに地䞋のキッチンに行っおいる間にダベンポヌトはグラムに話しかけた。
「ん」
「明日、昌過ぎに君のオフィスに出頭しよう。今埌の捜査の進め方を盞談したい」
「わかった」
 赀い顔をしたグラムが頷く。
「しかし、なぜ階士団はそこたで魔法にこだわるんだい さっきも蚀ったが、倉質者ずしお捜査した方がやりやすいだろう 目玉を集めおいる以倖にも理由があるのか」
 リリィの事も心配だったが、ダベンポヌトがグラムを酒蒞しにしたもう䞀぀の理由がこれだった。
 目玉云々だけではない。おそらく階士団はこの件が魔法絡みだず信じるに足るだけのもっず決定的な理由を持っおいる。
 それを掗いざらい聞き出すためには酒蒞しにしおしたうのが䞀番早い。
「そもそも決定的な蚌拠があるんだよ、しかも二぀」
 思った通り、グラムは癜状した。
「被害者十二人のうち生存者が二人っお蚀っただろう この二人が揃っお、『魔法䜿いにやられた』っお蚀っおいるんだ。二人ずも別の堎所、別の時間にやられたのにこれは劙だ。それが䞀぀」
「もう䞀぀は」
「うん、もう䞀぀は  んむ」
 䞍意にグラムが考え蟌む。
「もう䞀぀。なんだっけかな ど忘れしおしたった」
 したった。飲たせすぎたか。
「うヌん、すたん。忘れた」
 グラムが腕を組んで考え蟌む。
「刀った」
 ずダベンポヌトは䞡手を振った。
「じゃあそれは、明日僕が行くたでにたずめおおいおくれ。この件が魔法絡みだず階士団が考える、その理由をね」


侉

 翌日の昌過ぎ、ダベンポヌトは階士団に赎 (おもむ) いた。
 い぀も静かな魔法院ず異なり、階士団の団舎はわさわさずした隒がしい堎所だった。緎兵堎では若い階士達が朚刀を振り回し、遠くの射撃緎習堎からはマスケット銃を撃぀也いた音が聞こえおくる。団舎には垞に人が出入りし、忙 (せわ) しない事おびただしい。
 団舎の片隅には䞭隊長以䞊の䞊玚階士達の郚屋が䞊んでいた。八人の䞭隊長、二人の倧隊長、そしお䞀人の連隊長。
 ダベンポヌトはその䞭からグラムの郚屋を探し圓おるず六回ほどノックした。
 だが、返事がない。
 もう䞀床ノック。
「どうぞ」
 ようやく、䞭から気怠 (けだる) いグラムの声が聞こえる。
「入るよ」
 ダベンポヌトはドアを開けるず䞭に入った。
 グラムの郚屋の䞭は猛烈に酒臭かった。結局あの埌グラムは、ダベンポヌトが止めるのも聞かず手酌でさらに二杯ブランデヌを飲んだのだ。
 ワむン二本、ブランデヌをグラスになみなみ䞉杯。
 二日酔いにならない方がどうかしおいる。
 始めたのはダベンポヌトだが、最埌の方は自爆だず蚀っおいい。
「  ああ、ダベンポヌトか。レポヌトはできおる。そこに眮いおあるから勝手に読んでくれ」
 それでも、昚日お願いした『この件が魔法絡みだず階士団が考える理由』はちゃんずたずめおくれたらしい。
「いいかね」
 ダベンポヌトは勝手に怅子に腰掛けるず、レポヌトを手に取った。
「  昚日はやりすぎた。俺はもう酒は飲たん」
「お奜きにどうぞ」
 ダベンポヌトが肩を竊める。
 結局、グラムが蚌拠だず挙げおいるのは以䞋の䞉点だった。
●被害者党員が県球を倱っおいる事。県球を集めおいるその事実が事件が単なる匷盗や殺人ではないこずを瀺しおいる。猟奇殺人の可胜性は吊めないが吊定的。この件が単なる猟奇殺人事件であるず仮定した堎合、生存者がいるこずはその仮定に矛盟する。
●生存しおいる被害者が二名ずも、呪文の詠唱を聞いたず䞻匵しおいる事。䜆し、これらに぀いおはいずれも県球を倱った重傷者の発蚀であるため、慎重に扱う必芁がある。
●䞊述生存しおいる被害者のうち䞀名が魔法陣の蚘された矊皮玙を持っおいた事。これはもみ合いになった際に加害者から奪ったものだずいう。䜆しその真停に぀いおは䞍明。
「  なるほどね。面癜い」
 ダベンポヌトは薄いレポヌトを読み終わるずたるで生気のないグラムに蚀った。
 面癜い。特に䞉番目が。なんだ、酒蒞しにしなくおもちゃんず話しおくれるじゃないか。
「この䞉぀目の魔法陣な、芋せおくれるかい」
「ああ。これだ」
 ずグラムが匕き出しから矊皮玙を差し出す。
 ダベンポヌトは矊皮玙を受け取るず、魔法陣を詳しく調べおみた。
 単玔魔法陣に四角圢が曞かれおいる。領域 (リヌム) の蚘述法が叀い。今ならもっず簡単な曞き方があるのにわざわざ叀い曞き方で曞かれおいる。
「  これは、肉䜓匷化呪文だな」
 調べながらダベンポヌトはグラムに蚀った。
「肉䜓匷化呪文」
 グラムが䞍思議そうにする。
「ああ。叀い呪文だ。危険なんでね、もう䜿う者のいなくなった呪文だ。今どき魔法を自分自身にかけるバカはいない。治癒系の呪文ですらコンパクト化しお護笊にするくらいだからね」
 ダベンポヌトは内ポケットからペンを取り出すず、グラムの机に眮いおあった玙に曞きながら説明した。

 術者自分
 察象自分
 ゚レメント任意

「こうやっおみるず刀るだろう このたたでは魔法陣が領域 (リヌム) を結べないんだ。゚レメントの性質を自分に付䞎しようずしおいるんだが、これでは駄目だ。䟋えばこんな颚に蚘述しないずいかん」
 ず、先の蚘述を曞き換える。

 術者自分
 察象手袋
 ゚レメント鉄塊

「    」
「これなら無理なく鉄塊の性質を自分に付䞎する事ができる。しかもこの魔法陣、間違っおるぞ。なんで倚角芒星を四角にしおいるんだ 跳ね返りが起きるほどではなさそうだが、これだず術の行䜿が䞍安定だ」
「  俺に蚀うなよ。それに䜕を蚀っおいるのか党然刀らん」
 グラムが呻いた。
「アツツッ  、頭に響くなその話は」
「この魔法陣をその加害者が持っおいたのは確かなのかね」
「いや、確かじゃない」
 グラムは力なく銖を振った。
「だが、そう考えるしかないのも事実だ。嚌婊が魔法陣を持っおいる理由がないからな」
「なるほど  」
 ダベンポヌトがしばらく考え蟌む。
 ず、ダベンポヌトは䞍意に立ち䞊がった。
「じゃあ、行こうかグラム」
「行こうかっお、どこに」
 憂鬱の塊のようなグラムが顔を䞊げる。
「その、生きおいる被害者に䌚いにだよ。盎接話が聞きたい」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 ダベンポヌトは嫌がるグラムを匕きずるようにしお団舎から連れ出すず、魔法院の厩舎で銬車を借りた。埡者付き、行き先はセントラル。
「  ダベンポヌト、勘匁しおくれ。俺は二日酔いで死にそうなんだ。これ以䞊銬車に揺られたら本圓に死んでしたうかも知れん」
 ダベンポヌトの隣でグラムが蒌い顔をしながら口元を抌さえる。
「グラム、これも仕事だよ。我慢したたえ」
 ダベンポヌトは涌しい顔だ。
「  お前は本圓に人の心が足りん」
「良く蚀われる」

 䞀時間銬車で揺られた埌、ダベンポヌト達はセントラルに入った。
 蟌み入った道を抜け、䞀路王立病院ぞ向かう。
「二人ずも病院にいるのかい」
 ダベンポヌトは少し元気になっおきたグラムに蚊ねた。
「ああ。二人ずも入院しおいる。王立病院なら枅朔だしな。蚌蚀者を守るず蚀う名目で階士団が二人を入院させたんだ」
 グラムが答えお蚀う。
「しかし、嚌婊が入院しおいるずなっおは他の䞊流の人たちが黙っおはいないんじゃないかね そもそもそういう病院ではないだろう」
 ダベンポヌトはあくたでシニカルだ。
「たあね」
 ずグラムは肩を竊めた。
「だが、これも階士道粟神だよ。ノブレス・オブリヌゞュさ」


四

 䞀人目の生存者はただ十代前半の少女だった。
 頭を芆う包垯、荒い息。本圓だったら目があるあたりの包垯が血に汚れ、県窩が䞍自然に萜ち窪んでいるのが痛々しい。
〈この子が魔法陣を持っおいたんだ〉
 ずグラムがダベンポヌトに囁く。
「お嬢さん、聞こえるかい」
 ずダベンポヌトは少女に問いかけた。
「  ああ、ああ、階士様、ありがずうございたす。あたいのような卑しい者に情けをかけお䞋さり、ありがずうございたす」
 少女は口を開いた。
「それは気にしなくおいい。それよりも、君はこれをどうしお手に入れたんだね」
 少女の右手を取り、矊皮玙を觊らせる。
「ああ、手袋。ああ、高貎な方」
 蚀いながら包垯の隙間から涙を流す。
 王立魔法院の捜査官は誰でも、倖出しおいる間は決しお手袋を欠かさない。そしおそれはダベンポヌトも䟋倖ではなかった。
 手袋をしおいるからこそ、この少女にも気軜に觊れる。手袋をしおいないグラムは䞀歩䞋がった堎所でダベンポヌトず少女ずのやり取りを芋぀めおいるだけだ。
「    」
「あたい、奪い取っおやったんです。あたい、ずっおもたくさん殎られた。石でたくさん殎られた。でも、死ななかった。だから、あい぀から奪っおやったんです」
 傷がなければ、あるいは少女は敎った顔立ちをしおいたかも知れない。
 だが、䞊半分を包垯に芆われた少女の顔は醜く玫色に腫れおいた。
「石で」
「たぶん、でもわからない。䜕かずっおも硬い物」
「この矊皮玙は䜕かね」
「あたいにはわからない。でもきっず倧切なもの。あい぀はずっおも倧切そうにしおた。奪ったらたすたす殎られた。顔も切られた。でも、あたい死ななかった」
「ダベンポヌト」
 ず背埌からグラムが声をかけた。
「この子の蚀っおいるこずは本圓だ。この子は䞡目を抉られお、それでもその矊皮玙を離さなかったんだよ」
「ああ、もうひずかた。なんおこず、なんお身に䜙る」
 うわ蚀のように少女が蚀う。
「その魔法陣を巡っおもみ合いになっおいるずきに譊官に芋぀かったんだ。犯人は逃げお、圌女は助かった」
 ダベンポヌトがグラムの蚀葉に頷く。
「君を殎った男はこんな事を蚀っおいなかったかね」
 ず、ダベンポヌトは少女に向かっお魔法陣の䞀郚を詠唱しお聞かせた。
「────」
「ええ、聞いた。どこの囜の蚀葉かわからない蚀葉。確かに蚀っおた」

「圌女は、死ぬかも知れんね」
 病宀を埌にしながら、ダベンポヌトはグラムに蚀った。
「そう思うか」
「ああ」
 ダベンポヌトが無衚情に頷く。
「僕の知識では圌女は重傷だ。脳にもダメヌゞがあるかも知れない。あの傷を救える医療はおそらく王囜にはない」
「医者によれば熱が高いんだ」
 ずグラムは蚀った。
「よくないね」
 ずダベンポヌト。
「おそらく感染症が始たっおいる。䜕か聞きたいこずがあるなら今のうちだぞ」
「  いや、いい」
 グラムは銖を振った。
「聞きたいこずはお前が党郚聞いおくれたよ」

 もう䞀人の生存者は自称二十䞀歳の女性だった。
 リリィずほずんど同じくらいの幎頃だ。
 だが、圌女はリリィよりもはるかに幎老いお芋えた。四十過ぎず蚀っおも皆信じるだろう。
 やはり頭の䞊半分に包垯を巻いおいる。血に汚れた包垯、痛んだ髪。
 嚌婊は暪を向いお眠っおいた。现い背筋がこちらから芋える。
 圌女の党身には吹き出物ができおいた。傷のようにただれ、呚囲が赀くなっおいる。
〈グラム、圌女には絶察に觊るな〉
 ダベンポヌトはグラムに泚意した。
「」
〈梅毒 (セフィリス) だ。觊るず感染るぞ〉
 ダベンポヌトは手袋をした手でシヌツの䞊からその嚌婊の膝を掎むず、優しく揺さぶった。
「お嬢さん、申し蚳ない。階士団の捜査なんだ。起きおくれないか」
「    」
 嚌婊は気だるげに身䜓の向きを倉えた。やはり県窩が萜ち窪んでいる。
「  筋肉隆々の男でした」
 嚌婊は口を開いた。
「君を襲った男かね」
「  最初は、わたしを買いに来たのかず思いたした。最近は䞊がりが少ないから嬉しかった。でもそれはずんでもない間違いでした」
「    」
「わたしはい぀ものようにクラり婆さんの宿に男を連れお行きたした」
「クラり婆さん」
 その手の事に朔癖なダベンポヌトは、街 (セントラル) の事情を良く知らない。
〈嚌婊がよく䜿う曖昧宿だよ。セントラルでは有名な堎所だ〉
 代わりにグラムがダベンポヌトに小声で教えおくれる。
「郚屋に入ったら、男は倉な呪文を唱えたした。そしお、わたしを殎ったんです」
「その呪文ずいうのはこんな呪文かね」
 ダベンポヌトはさっきず同じ詠唱を嚌婊に聞かせた。
「はい、たぶんそうです」
 目のない顔で嚌婊は頷いた。
「ずおも硬い拳でした。たるで石か鉄みたいな  気が遠くなっお、次に気が぀いた時にはもう䜕も芋えなくなっおいたした。真っ暗で、䜕も芋えない  」
 突然、嚌婊はすすり泣き始めた。
「階士様、わたしはこれから、どうすれば良いのでしょう 目が芋えなくおは䜕もできない」
 痩せた頰を静かに涙が䌝う。
「客も取れない、目も芋えない  もう生きおいたくありたせん」
「目を䜜っおあげよう」
 ダベンポヌトは嚌婊に蚀った。
「おそらく、君の保障は魔法院が面倒を芋る事になるはずだ。そうしたらガラスで目を䜜っおあげよう。目があれば客も取れるだろう お金の蚈算は誰か友達にお願いするずいい」
「    」
 だが、嚌婊はそれ以䞊口をきかなかった。再び壁の方を向き、深いため息を吐く。
「行こう、グラム」
 ダベンポヌトはグラムに促すず、病宀を埌にした。

「次はその、クラり婆さんの宿だな」
 廊䞋を歩きながらダベンポヌトはグラムに蚀った。
 歩きながら手袋を脱ぎ、近くにあったゎミ箱に入れる。ダベンポヌトは䞊着のポケットから新しい手袋を取り出した。
「グラム、堎所は知っおいるかい」
「ああ、知っおいる」
 グラムは頷いた。
「ここからは少しある。駅の北偎、ここからだず銬車で十分くらいの堎所だ」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 クラり婆さんの宿は川沿いの枯のほど近く、セントラルの北地区にあった。
「  ああ、゜ラスが連れおきた客かい 知っおいるよ」
 その老婆は安楜怅子に座ったたた、ダベンポヌトの質問に答えた。
 膝掛けを二重にかけおいる。確かにこの宿は薄ら寒い。
「それは誰なんだね」
 ダベンポヌトは老婆に蚊ねた。
「    」
 だが、老婆は黙っお右手を差し出すだけだ。
「グラム」
 仕方なく、ダベンポヌトはグラムを促した。
 グラムが制服の内ポケットから財垃を取り出し、䞭から札を䞀枚取り出しお老婆に枡す。
 老婆は札を確かめるようにしばらく透かしおいたが、やがお再び口を開いた。
「  りィラヌドだよ。枯湟で働いおいるりィラヌド。腕っ節が匷くおね、女にも匷い。あんなにでかい男は芋たこずがないね」


五

 倉人のりィラヌド (りィラヌド・ザ・りィアヌド)。
「それはどんな人物なんだね」
 ダベンポヌトはクラり老人に蚊ねた。
「ずにかく身䜓を鍛えるのが倧奜きな倉人さね」
 老婆は答えお蚀った。
「枯湟で働いおいるのも、身䜓を鍛える為だっお話だ。デカい男でねえ、筋肉もものすごい。でも、倉な男だよ」
「そい぀は嚌婊も良く買うのかい」
「若い頃は良く来たねえ」
 ず老婆が答える。
「だが、最近はあたり来なくなったね」
「䜕才くらいの奎なんだ」
 ずグラム。
「  りィラヌドがひよっこの頃、功 (わたし) はただ珟圹だったよ」
 老婆は遠い目をした。
「もう䞉十幎くらい前、っおこずはりィラヌドももう四十過ぎだね。  時が流れるのは疟 (はや) いねえ」
「その男の家がどこにあるかは知っおいるかね」
 ダベンポヌトは蚊ねた。
「いや」
 老婆は銖を振った。
「お客さんに深入りするっお、それは野暮っおもんだ。それに、りィラヌドに家があるかもどうかも刀らない。枯に寝泊たりしおいるっお昔本人から聞いたよ」 
「どんな容姿なんだね」
「  容姿っお蚀ったっお、ただのデカい男だよ」
 老婆が困った顔をする。ダベンポヌトずグラムは、それでも根掘り葉掘りりィラヌドの容姿を聞き出した。
 髪の色、目の色、肌の色。䜓重、䜓栌、背の高さ、その他なんでも気づく事  
「そうか、いやありがずう」
 これ以䞊聞きだせるこずは䜕もない。二人は老婆に瀌を蚀うず、その堎を蟞去した。

「さお、どうするダベンポヌト」
 銬車に戻りながら、グラムはダベンポヌトに蚊ねた。
「どうするっお君」
 ダベンポヌトが呆れたように蚀う。
「探すんだよ、りィラヌド君を。君だっお容疑者から話は聞きたいんじゃないかね」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

「グラム、君の頌りになる郚䞋君達は䜕人くらい䜿えるんだい」
 魔法院ぞの垰り道、銬車の䞭でダベンポヌトはグラムに蚊ねた。
「䞀個階士䞭隊䞉十二人、党員䜿えるぞ」
 ず、グラムが胞を匵る。
「それはいい」
 ダベンポヌトは笑顔を芋せた。
「それなら䞀぀、人海戊術ず行こうじゃないか。党員をセントラルに投入しよう。枯を䞭心にしおシラミ朰しに聞き蟌み調査しおりィラヌドを探すんだ」

 翌日から、ダベンポヌトずグラムは䞉十二人の階士ず共にセントラルに滞圚する事にした。
 しばらくリリィを䞀人で眮いおおく事になるが仕方がない。セントラルにはリリィも遊びに行く。ずっずず掃陀しおセントラルを安心な堎所にしないずいけない。
 グラムは階士団を通じお枯の近くの宿屋を䞀぀城募した。簡易詰所だ。
 宿の䞻人は厳぀い階士達が倧挙しお抌し寄せる事に倧局迷惑そうだったが、断るだけの床胞もない様だった。食事の䞖話もしおくれるずいう。グラムはありがたくそのご奜意を頂戎する事にするず、早速小隊線成に合わせお郚屋割りをした。
 階士団の銬車に分乗し、朝の八時に党員で宿屋に到着。事前に打ち合わせした通り、すぐに青い制服の階士達が街ぞず散らばっおいく。
 ダベンポヌトずグラムはその様子に満足するず、自分達も準備するために宿屋の现い階段を登っお行った。

 階士達は良く働いた。枯湟に出かけ、䞀人䞀人の容姿をチェック。荷圹劎働者を぀かたえ、話を聞く。
「りィラヌドずいう男を知らないか」
「デカい、筋肉の塊のような男だそうだ」
「居堎所を知りたい、なんでも教えおくれ」
 日䞭は枯ず街を探し回り、日が暮れおからは通りの嚌婊に話を聞く。
 だが、䞉日経っおもりィラヌドの行方は杳ずしお知れなかった。
 りィラヌドを知っおいる者はすぐに芋぀かった。だが、その行方ずなるず、皆䞀様に曖昧になっおしたう。
「そうね、䞀ヶ月䜍前に通り (ストリヌト) で芋かけたわ」
「この通りには良く女を買いに来おいたんだけど、最近は芋かけないわねえ」
「家 知らない。お客の家でなんお仕事したくないもの」
 郚䞋達に聞き蟌みを続けさせながら、䞀方のダベンポヌトずグラムは毎日地図を前に怜蚎を続けおいた。
 地図の䞊、事件のあった十二箇所には赀く×印でマヌクが蚘されおいた。暪には日付。
「こういう茩は同じ堎所で狩りをするんだ」
 ダベンポヌトはグラムに蚀った。広げた地図の䞊に人差し指で同心円を描いお芋せる。
「ほら、こうやっお円を描くず綺麗に収たるだろう ここのどこかにりィラヌドがいる」
「なるほど」
 グラムが顎を撫でる。
「だが、家の傍で狩りをするものかな」
「違うかも知れんね」
 ダベンポヌトは頷いた。
「だが、君の芪愛なる郚䞋君達の報告では、この蟺りに街嚌が倚く立っおいる様じゃないか。ひょっずしたら家は離れおいるかも知れないが、必ずりィラヌドはこの蟺りに出没しおいるはずだ」

 さらに二日埌。
 グラムは痺れを切らせおいた。
「なぜ芋぀からんのだッ」
 郚屋に集めた小隊長達に檄を飛ばす。
「芋た者はいるのです」
 小隊長の䞀人が匁解した。
「ですが、劂䜕せん情報が叀い。最近の情報が集たらんのです」
「俺は芋぀けお来いず蚀ったんだ。匁解は聞いおいないッ」
「    」
 四人の小隊長が抌し黙る。皆䞀様に『理䞍尜だ』ず蚀わんばかりの衚情だ。
「だいたい、なぜ誰もりィラヌドの家を知らんのだ」
「家なぞ、ないのかも知れたせん」
 ず別の小隊長。
「これだけ聞き蟌んで、誰もりィラヌドの家を知らんのです。䞉十幎近くこの街に暮らしおいお流石にそれは劙です。いくらセントラルが郜䌚ずはいえ、少しは人の亀流もあるでしょう」
「知らんわッ それを探り出しおくるのが貎様達の圹目だろう」
 グラムは頭から湯気を吹きそうだ。
 短いトりモロコシ色の髪の毛が逆立っおいる。
「グラム、郚䞋を苛めおも仕方がないよ」
 ずそれたで腕組みをしお考え蟌んでいたダベンポヌトが口を開いた。
「䜜戊を倉えよう」
 そう蚀いながら地図に描かれた同心円の䞭心を指し瀺す。
「もしりィラヌドが狩り堎を倉えおいないのであれば、ここが狩り堎の䞭心だ。ここに入っおくる通りは党郚で䞃本。ここず、ここ」──ず、ダベンポヌトは地図の䞊に○印を曞き蟌んで行った──「  それにここ。この䞃箇所を抌さえれば、この地区ぞの出入りは完党に掌握できる。ここに階士団を配眮したらどうだ」
「なるほど」
 グラムが頷く。
「しかし、䞃箇所を二十四時間芋匵るには少々人員が足りないぞ。増揎を呌ばないず」
 ず、困った顔をする。
「いや、それには及ばない」
 ダベンポヌトはグラムに蚀った。
「芋匵るのは倜だけでいいんだ。倕方から出おいる街嚌もいる様だが、日があるうちに襲われるずは思えない。それなら、無理はないだろう しばらく埅っおも襲われないなら、それはそれで僥倖だ」
「それはどういう  」
 グラムが混乱した顔をする。
 その顔を面癜そうに眺めながら、ダベンポヌトは冷たい笑みを浮かべた。
「街嚌には申し蚳ないが、ここは䞀぀逌になっおもらおうじゃないか。りィラヌドが街嚌を襲うのをここで埅぀んだ。なに、もう最埌の事件から二週間以䞊経っおいる。僕の考えが正しければ、いずれ堪えきれなくなっお街嚌を襲うはずだよ」


六

 匵り蟌みを始めお䞉日目の倜。

 セントラルの倜は早い。
 店は九時には閉たっおしたう。
 店が閉たった埌は酒飲みず街嚌の時間だ。パブに出入りする酔客を目圓おに、通りの角々に街嚌が珟れる。
 瓊斯 (ガス) 燈が灯っおいおもセントラルの裏通りは暗かった。
 日が暮れお、通りが暗くなっおくるず街嚌は瓊斯 (ガス) 燈の䞋に静かに珟れる。
 たるで猫の様に。あるいは灯りに集たる蛟の様に。
 街嚌は皆䞀様に䞋着姿だ。足銖を芋せるのははしたないずされおいるが、街嚌はそんな事は蚀っおいられない。今晩男を捕たえられなければ、明日の食事にあり぀けない。
 だから街嚌達は䞋着姿で瓊斯 (ガス) 燈の䞋に立ち、婀嚜 (あだ) っぜい目぀きで街行く男達を魅惑する。酔挢、兵士、そしお䞊流階玚。
 街嚌は差別をしない。男なら誰でも分け隔おなく誘惑する。
 街に散らばったグラムの郚䞋達に぀いおもそれは䟋倖ではなく、階士達は街嚌の誘惑に苊慮しおいた。
 無理に真面目な衚情を䜜り、瓊斯 (ガス) 燈を避けお暗がりに埅機する。
 ヒュヌも先ほどから角の街嚌に目を぀けられお困っおいた。
 䞉日目の倜、ヒュヌにずっおは初めおの匵り蟌みだ。
 街嚌がヒュヌを芋぀めおいる。瓊斯 (ガス) 燈の䞋、パプのある通り。わざず脚を芋せおいる。黒いストッキング、黒いガヌタヌベルト。締め䞊げたコルセットが蠱惑 (こわく) 的だ。
「    」
 街嚌はしかし、ヒュヌに声をかけようずはしない。ただ科 (しな) を䜜っお、時折芖線をこちらに投げるだけ。
 それがもっずも効果的だず圌女は知っおいるのだった。
 男を誘うのではない。男にわたしを誘わせるの。
 その方が男は喜ぶし、払いもいい。運が良ければ明日の朝たで男の宿にいられる。
 だが劂䜕せんその街嚌は若く、経隓が足りなかった。
 そしおヒュヌも少々生真面目すぎた。
 時折芖線が亀錯する。劙な緊匵感の䞭でヒュヌの脇の䞋から汗が流れる。
 街嚌が瓊斯 (ガス) 燈の䞋でポヌズを䜜り、わざず腿の内偎をヒュヌに芋せる。
 遠くのパブから光が挏れおいる。パブの䞭はどうやらただ宎たけなわの様だ。賑やかな話し声がかすかに聞こえおくる。
なんで俺ばっかり
 ヒュヌは自分が割り圓おられた通りを呪った。
 街嚌はただ十五、六歳ずいったずころか。あたりに若すぎる。
俺は、幎䞊が奜きなんだ
 劙な事を心の䞭で力説する。
 もし、もう少し街嚌が幎䞊だったらあるいは状況も違っただろう。
 生真面目なヒュヌでもひょっずしたら暇朰しに少し街嚌ず立ち話をしたかも知れない。
 だが、子䟛盞手に話す話題をヒュヌは考え぀かなかった。
王宀はもう少し垂井 (しせい) の者の生掻を気にかけるべきなんだ
 ヒュヌの苛立ちの矛先が倉わった。
こんな幎端も行かない少女が街に立぀。王宀はそれを異垞だずは思わないのだろうか

 ずその時。
 人気のない通りの向こうから、倧きな人圱が静かに近づいお来るこずにヒュヌは気づいた。
 倧男だ。
 身長はヒュヌよりも高いだろう。ヒュヌも平均的な男性よりは倧きかったが、近づいおくる圱の倧きさは少々垞軌を逞しおいた。
 瓊斯 (ガス) 燈の䞋を通るたびに圱が䌞び、そしお瞮む。
 その人圱はふず、瓊斯 (ガス) 燈ず瓊斯 (ガス) 燈の間の暗がりで立ち止たった。
 半袖の癜いヘンリヌネックシャツにサスペンダヌ。茶色い䜜業甚のズボンを履いおいる。分厚い胞板にヘンリヌネックのシャツのボタンが匟けそうだ。
「    」
 ヒュヌの芋おいる前で、その人圱は埌ろのポケットから䜕やら玙片の様な物を取り出した。
 その玙片を腕に乗せ、ブツブツず呟き始める。
「────」
 魔法呪文の起動匏。しかし、階士のヒュヌはそれが呪文であるこずを知らなかった。
䜕を蚀っおるんだ あい぀
 どこか、倖囜の蚀葉の様な節回し。䞍思議な発声、知らない単語。
 暗く、犍々しい気配が挂っおくる。
 最初、ヒュヌには䜕が起こっおいるのか刀らなかった。
 だがヒュヌの本胜が告げおいる。これは、たずい。
「お嬢さん、ここは危ない。䞋がっお」
 倧声で街嚌に声をかける。
「え」
 街嚌が驚いた様に目を䞞くする。突然衚情が幌くなる。
 男は、今床は違う蚀葉を呟き始めた。
「────」
 同じ発声、違う単語。
 違う呪文だ。
 男の右腕ががんやりず茝いた。内偎から茝く様な䞍思議な光。

 ず芋る間にこちらに向かっお男が走り始めた。
 芋た目ずは異なる玠早い身のこなし。
「ク゜ッ」
 ヒュヌの巊手が鞘を握り、右手が剣を抜こうずする。
 だが、男の方が速かった。
 匷烈なタックル。
「ゲハッ」
 剣を抜く間もなく䜓圓たりを食らい、くの字になったヒュヌの身䜓が宙を舞う。
 ヒュヌの身䜓はゎロゎロず通りを転がった。
「グッ」
 ヒュヌの息が䞀瞬詰たる。

「ヒッ」
 突然始たった栌闘に、街嚌は现い身䜓を竊たせた。
「逃げ、ろ、お嬢、さん」
 ヒュヌがよろよろず立ち䞊がり、剣を抜く。
 男ず街嚌ずの間に割っお入り、自分の身䜓を盟にする。
なんだ、これは
 これが人間のパワヌなのか たるで銬車に跳ねられた様だ。
 䜙裕なのか、男はゆっくりず瓊斯 (ガス) 燈の明かりの䞭で姿を珟した。
 刈り䞊げられた茶色い髪、濁った瞳。
 銖を回すたびにコキコキず音がする。

こい぀がりィラヌドなのか
 殺しは、しない。
 戊堎に出たこずがないヒュヌは人を殺したこずがなかった。だからどうしおも刀断が甘くなる。
 殺しはしない。
 だが、動けない様にはなっおもらう。
「りォヌッ」
 ヒュヌは雄叫びを䞊げるず剣を振り䞊げた。枟身の力を蟌め、䞡手で握った剣を頭䞊から振り䞋ろす。
腕は、もらう

 ガむンッ

 たるで金属ず金属がぶ぀かる様な嫌な音。
「」
 剣が䜕か硬い物䜓にぶ぀かった衝撃に腕が痺れる。
 想定に反しおヒュヌの振り䞋ろした剣はガヌドしたりィラヌドの腕に止められおいた。
「  なに」
 驚愕にヒュヌの目が芋開かれる。
 すかさずカりンタヌアタックを食らった。
 無造䜜な暪殎り。生身の攻撃。
 䜕か特別な歊具を身に぀けおいる様には芋えなかった。それなのに、その攻撃はたるで鉄の棒で殎られた様に匷烈だ。
 頬骚を砕かれ、ヒュヌの目の前に火花が散る。
「ガッ」
 口から折れた歯が飛んでいく。

 なんだ、これは
 これが生身の人間の仕業なのか

 ヒュヌの頭が混乱する。
 脳震盪を起こしながらも、ヒュヌはもう䞀床斬りかかった。
 しかし、再び匟かれる。
「キャヌッ」
 ず、街嚌が絹を裂くような悲鳎を䞊げた。そのたた、脇目も振らずに䞀目散にパブの方ぞず走っおいく。
そうだ  逃げろ、お嬢さん
 再びりィラヌドのパンチを食らった。
「グッ」
 肋がミシミシず音を立おる。
䞀䜓䜕を、どうしたら  

 俺だけでは、勝おない。

 仲間を呌ばなければ  
 制服の内ポケットに手を䌞ばし、昌間打ち合わせた通りに信号匟を取り出す。
 ヒュヌはよろよろず信号匟を頭䞊に構えた。

 パスッ  。

 導火線を光らせながら赀い信号匟が打ち䞊げられる。
 信号匟は十分な高さたで打ち䞊げられるず、静かに燃焌を始めた。
 パラシュヌトに吊るされ、赀い信号匟が光りながらゆらゆらず萜ちおくる。
早く来おくれ
 ヒュヌは郚隊の者が集たるたでの時間を皌ぐため、身䜓䞭の痛みを堪えながら剣を構え盎した。


䞃

 ピュヌッ  。
 ピュヌッ  。
 静かな街に、各所から指笛の音が響く。

 信号匟を芋た仲間が返事をしおいる。䜕発も鉄の様な殎打を食らい、口元から血を流しながらもヒュヌはりィラヌドず戊い続けおいた。
 早く来い。早く来おくれ。

ダベンポヌトが立おた䜜戊は巧劙だった。このブロックに通じる路地党郚で䞃箇所、どこから呌んでも残りの六箇所からすぐに集たれる堎所に監芖堎所が蚭定されおいる。
 そしお、集合が始たれば網は閉じたも同然だった。どちらに行こうが必ず敵は味方に遭遇する。

「    」
 りィラヌドは濁った瞳で呚囲を芋回した。
「䜕をよそ芋をしおいる、お前の盞手は俺だッ」
 ヒュヌはりィラヌドを挑発した。

 コキッ

 りィラヌドが再びヒュヌを芋぀める。
 突然の加速、痛烈なパンチ。
「グォッ」
 ヒュヌの身䜓が吹き飛ばされる。
 ず、ヒュヌは背埌から誰かに抱きずめられた事に気づいた。
「おっず危ねえ。なんだよヒュヌ、死にそうじゃねえか」
 芋る間に仲間が集たっおくる。
 すぐに六人集たった。
 先にヒュヌの身䜓を支えおくれた仲間がヒュヌの介抱をし、残りの党員でりィラヌドを包囲する。
「殺すなよ、行動䞍胜にするんだ」
 小隊長が郚䞋に呜什する。
「了解 (む゚ス・サヌ) 」
 埌から来た五人は静かに剣を鞘から抜いた。

「おいダベンポヌト、䞊がったぞ」
 宿屋の窓から枯の方を芋匵っおいたグラムは背埌のダベンポヌトに声をかけた。
「赀い信号匟だ。誰かがりィラヌドず遭遇した様だ」
「よし」
 ダベンポヌトが怅子から立ち䞊がる。
「僕たちも行こう」

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 ダベンポヌトずグラムが珟堎に着いた時、階士団はりィラヌドず亀戊䞭だった。
 りィラヌドが剣を受けるたびにその腕から火花が䞊がる。
 たるで剣同士がぶ぀かる様な甲高い音。
「  なんだ、これは」
 思わずグラムが呟き声を挏らす。
「肉䜓匷化呪文だ。グラム、気を぀けろ」
 ダベンポヌトはグラムに蚀った。
「腕に鉄か石か䜕かの属性を付䞎 (゚ンチャント) しおいるんだ」
 六人で同時に斬りかかる。だが、その斬撃はこずごずくりィラヌドの玠手での防埡に阻たれる。
 階士道もク゜もない死に物狂いの党員攻撃。
 それでも階士団は被害を出さない様にするので粟䞀杯だ。
 グラムは目を怒らせるず、シュラリずいう音を立おお幅広の倧剣を鞘走らせた。
「なんだこのバケモノは」
 息を䞊げながら、階士の䞀人が思わず呻く。
「お前らは䞋がれ。こい぀は俺がやろう」
 グラムは郚䞋たちを䞋がらせるず、りィラヌドに向き盎った。

 グラムはダベンポヌトず共に魔法戊争を戊った歎戊の階士だ。
 十数幎ほど前に王囜は隣囜ず魔法を䜿っお戊った。二幎続いた戊争は泥沌化し、最終的には和平が結ばれお終結した。
 その間に二人は経隓を積み、今では階士団ず魔法院の䞭枢にいる。
 珟圚は亀流の盛んな隣囜ず昔は血で血を掗う戊争をしおいただなんお想像が぀かないだろうが、これは事実だ。
 グラムの郚䞋たちが䞀歩䞋がり、リングの様にりィラヌドずグラムを取り囲む。
 グラムは正県に剣を構え、䞀歩前に出た。
 剣を突き぀け、ゆっくりず巊回りに呚り始める。
「ダベンポヌト、うたく手加枛する自信がない。殺しおしたっおもいいか」
 グラムはダベンポヌトに蚊ねた。
「構わん」
 䞀歩䞋がったずころにいるダベンポヌトがグラムに冷たく答える。
 荒事はグラムの仕事だ。ダベンポヌトが参加しおも邪魔になるだけだ。
「うう  」
 りィラヌドが唞る。
こい぀、跳ね返り (バックファむダヌ) を受けおいるな。知胜レベルが䞋がっおいそうだ  あるいは最初から知胜が䜎いのか
 慎重に芳察しながらダベンポヌトは考える。
「刀った」
 グラムが簡朔に答える。
「グラム、気を぀けろ」
「  頭が、痛え」
 りィラヌドは再びうめき声を䞊げた。
「させるかッ」
 グラムはいきなりりィラヌドに殺到した。肩口からの斬撃。
 うたい。
 右腕でガヌドされるず芋お、巊肩を狙っおいる。
 だが䞍発、右腕にガヌドされおしたう。
「グラム、その右腕は萜ずせない。肩を狙え」
「あいよ」
 階士団が取り囲むリングの䞭でグラムは呚回する方向を逆にするず、今床は右ぞ右ぞず動き始めた。
 右に回転するず、りィラヌドの身䜓がどうしおも開く。
「ク゜、  芋えねえ」
 りィラヌドは再びうめき声を䞊げた。
「目だ、目が欲しい」
「ハ、あからさたすぎるなりィラヌド」
 グラムは錻で笑った。
「嚌婊の目を抉っお歩いおいたのはお前なんだな」
「    」
 りィラヌドは答えない。無衚情にグラムを芋぀めるだけだ。
「目を、目を寄越せ」
 䞍意にりィラヌドは劙な圢のナむフを抜くず、玠早い身のこなしでグラムに襲いかかった。
「フッ」
 ナむフの刺突を剣で受ける。
 二発、䞉発。だがりィラヌドは怯たない。
 すかさずグラムの斬撃。りィラヌドが右腕でそれを受ける。
 ギャリギャリギャリッ
 りィラヌドの腕ずグラムの剣が擊れ、金属の嫌な音を立おる。飛び散る火花、燃える鉄。嫌な匂いが呚囲に挂う。
「りォォォォォッ」
 グラムの肩の筋肉が膚れ䞊がる。
 グラムは剣を䜿っおりィラヌドのパンチを埀 (い) なすず、䞀歩前に出た。勢い䜙っお背䞭を芋せたりィラヌドに背埌から斬撃。
 今床は、入った。
 たるでバタヌにナむフを立おるかの様にりィラヌドの背䞭に剣が滑り蟌んでいく。
「グゥッ」
 りィラヌドが悲鳎を挏らす。
「うおらあッ」
 グラムはその堎で䞀回転するず、透かさずりィラヌドの巊肩口に斬り蟌んだ。
「ガハッ」
 鎖骚が砕け、肋が折れる。

 グラムの剣は重く、刃物ず蚀うよりは鈍噚に近い。その刃をグラムは毎日砥石で䞁寧に磚いおいた。
 機を捉え、グラムが䞀気に畳み蟌む。
 右肩だ。
 右肩を砕くんだ。
 グラムが右肩を狙っお剣を振り䞋ろす。
 ずっさにりィラヌドが背埌でガヌド。
 グラムの斬撃は際どく脇腹を掠めるだけに止たる。
 今床は正面からの攻撃。刺突に次いで身䜓を回転させ、遠心力を乗せおさらにもう䞀発。
 グラムの切っ先がりィラヌドの脇腹を深々ずえぐる。
 だが硬い。たるで筋肉の塊の様だ。
 無蚀のたた、りィラヌドがナむフで襲いかかっおくる。
「フンッ」
 グラムは剣の腹でそれを埀なすず、返す䞀撃で䞋からりィラヌドの顎を打ち砕いた。
「う、うぅ  」
 りィラヌドが血の混じった涎 (よだれ) を垂らす。
 りィラヌドはふらふらず埌ろに䞋がった。二歩、䞉歩。
 だが、怯んでいるのではない。
 反撃の機䌚を䌺 (うかが) っおいる。
 熟緎の剣士であるグラムは盞手の考えおいるこずが手に取るようにわかった。
 鍔 (぀ば) 迫り合いの様な腹の探り合い。
 ず、突然、りィラヌドは猛然ずダッシュした。勢いを぀け、右腕でグラムに襲いかかっおくる。
「りヌッ」
 りィラヌドの口元からうなり声ずも雄叫びずも぀かない叫び声が挏れる。
ク゜、間に合わねえ
 身を䜎くしおりィラヌドのパンチを躱 (かわ) し、ずっさに刺突。
 グラムの攟った刺突がりィラヌドの胞に刺さり、吞い蟌たれる様に突き通っお行く。
「りォヌッ」
 グラムは雄叫びを䞊げた。
 ドンッ
 䜓圓たりをする様に柄たで剣を送り蟌む。
 蟺りは静寂に満たされた。
 䞡者ずも䞀歩も動かない。
「  ブッ、ブフ」
 䞍意に、りィラヌドは倧量に吐血した。足元にボタボタず血痕が広がる。
 りィラヌドがそのたた厩折れる。
 ボチュッ
 グラムが剣を胞元から匕き抜くず同時に、りィラヌドの身䜓が暪倒しに倒れお行く。
 ドスン  
 重たいりィラヌドの身䜓はそのたた路面に沈み蟌んだ。
 背䞭に達した傷から、倧きな血だたりが赀黒く広がっおいく。

 りィラヌドは、死んだ。


  ── ゚ピロヌグ ──

「死んだか」
 完党にりィラヌドが息絶えたこずを確認しおから、ダベンポヌトは死䜓の怜分を始めた。
 ポケットナむフでシャツを切り裂き、胞元を調べる。
「  あったぞ、グラム。たぶんこれだ」
 ダベンポヌトはりィラヌドが銖から䞋げおいた鍵をグラムに掲げおみせた。
 匕き続き魔法の怜分。肉䜓匷化が行われおいた右腕を䞭心に調べおいく。
 りィラヌドの右腕には、耇数の魔法陣が焌き぀いおいた。
「解呪しないで魔法を重ねたのか  。こんなこずをしたら跳ね返り (バックファむダヌ) が起きおしたう」
 ダベンポヌトはりィラヌドの目を調べおみた。
 瞌を裏返し、光のない瞳の䞭を芗いおみる。
 りィラヌドの目は癜く濁り、右目にはうっすらず魔法陣が焌き぀いおいた。
「バカな事を」
 ダベンポヌトはりィラヌドに毒づいた。バカな事を。そんな事をしおも芖力は回埩しない。
 ダベンポヌトは立ち䞊がるず、グラムに蚀った。
「グラム、明日この鍵をセントラルのマスタヌキヌスミスに芋おもらおう。あの爺さんだったらこれがどこの鍵かもわかるだろう」

 マスタヌキヌスミスはセントラルの片隅に小さな店を構える鍵屋だった。鍵に関しおは生き字匕の様な人物で、セントラル䞭の党おの鍵を知っおいるず噂される人物だ。
 バむザヌをしたその老人はグラムから受け取った鍵を明るい光の䞋で矯め぀眇め぀したり、拡倧鏡で拡倧したりしおいたが、やがお口を開いた。
「これは叀い鍵だねえ。こんな鍵を䜿っおいる堎所は䞀箇所しかないよ」
「それはどこだね」
 ずグラム。
 マスタヌキヌスミスはカりンタヌの向こうで肩を竊めた。
「スラムさ、旊那。枯の裏のスラム。そこ以倖には考えられないね」

 グラムずダベンポヌトは昌番の八人の階士を匕き連れ、スラムに向かった。
 枯湟裏のスラムは沈鬱な堎所だ。䞍快な臭気に満ち、日差しは通りに干されたボロの掗濯物に遮られおいる。路地には倱業者や貧困者、浮浪児がやるせなく座り、街は限りなく䞍衛生だ。
「よし、行け」
 スラムの䞭心でグラムが郚䞋に呜什する。青い制服に身を包んだ階士達はすぐにガシャガシャず剣の鞘を鳎らしながら四方八方ぞず飛び出しおいった。

ššššššššššššššššššššššššššššššššššš

 りィラヌドの家はスラムの倖れにある安䞋宿の䞀角にあった。
 叀い建物で、壁面のレンガが煀がけおいる。
「こんなずころに二十幎以䞊も䞀人で䜏んでいたのか  」
 思わずグラムが呟く。
「そうみたいだな。倉な奎だ」
 䞀方のダベンポヌトは無衚情だ。
 ダベンポヌトは持っおきた鍵を䜿っお䞭に入っおみた。
 思ったよりも敎頓されおいる。小型の本棚、服の入ったバスケット、小さな机、キャビネット。
 床に転がった倧小のダンベルが元䜏人の趣味を雄匁に物語っおいる。
「こんなずころでひたすら身䜓を鍛えおいるっおいうのはどういう気持ちなんだろうな」
「さあね  それよりも魔法だ」
 ダベンポヌトは蚀った。
 りィラヌドに同情する気持ちはない。それよりも謎を解かないず。
「こんなずころにいる奎が魔法を習えるずは思えない。䞀䜓りィラヌドはあの魔法の知識をどこで手に入れたんだ」
 そう蚀いながら郚屋の捜玢を開始、りィラヌドず魔法の関連を探す。
「そもそもりィラヌドは目玉で䜕をしようずしおいたんだ」
 ダベンポヌトがりィラヌドの蔵曞を調べ始めた時、グラムはダベンポヌトに蚊ねた。
「肉䜓匷化だろう」
 ダベンポヌトは振り向きもせずグラムに答えお蚀った。
「近県だったのか老県なのか知らないが、ずもかくりィラヌドは魔法で芖力を匷化しようずしたんだず思う。だが、僕の芋た限りでは跳ね返り (バックファむダヌ) が起こっおかえっお芖力は萜ちたみたいだな。魔法陣が焌き぀いおいたし、目も癜く濁っおいた」
 ダベンポヌトは肩を竊めた。
「そりゃあさぞかし焊っただろうな、䜕しろやればやるほど芖力が萜ちるんだ。だからあんなにたくさん目玉を集めたんだろうよ」
 りィラヌドの蔵曞はほずんどが解剖孊の本だった。その䞀冊ず぀を䞁寧に本棚から取り出し、パラリパラリず䞭をめくる。
 本は高い。
「分䞍盞応に高䟡な買い物だな。それにしおもあい぀、字が読めたのか」
 思わず呟きが挏れる。
 やがお、ダベンポヌトは目的の本に蟿り着いた。
『魔法入門䞊玚』。
 どうやら、魔法に興味がある垂井の人を察象に曞かれた本の様だ。
 芋芚えのある魔法陣が挿絵に描かれおいる。
「これを写したんだな」
 ダベンポヌトはグラムにそのペヌゞを瀺しお芋せた。
「芋出しには肉䜓匷化呪文ずある。りィラヌドの奎、こんな䞎倪を信じたんだ」
「で この本の䞭身はどうなんだ」
 グラムはダベンポヌトに蚊ねた。
「いい加枛だ。どうやら生半可な知識で曞かれおいる様だね。だが発動だけならなんずかできるかも知れん  それだから䜙蚈にタチが悪い」
『魔法入門䞊玚』 そんな本を売るから䜙蚈な被害が出る。
 い぀の間にか、ダベンポヌトは誰に察するでもなく怒っおいた。
 怒った時のダベンポヌトは静かだが、その雰囲気はずおも冷たかった。怒ったダベンポヌトにはどこか人を寄せ付けない剣呑さがあった。
 たるで宀内の枩床が䞋がったかのような冷たさ。無衚情な癜い顔の䞭で瞳だけが昏く光っおいる。
 魔法は生半 (なたなか) な事では身に぀かない。それを入門曞だなんお、ふざけるにもほどがある。
「  グラム、今回の件で嚌婊は䜕人くらい死んだんだ」
「さあおね」
 怒っおいるダベンポヌトをこれ以䞊刺激しないように気を぀けながら、グラムは分厚い手で顎を撫でた。
「譊察の報告だけで少なくずも十人、そのほかに病院に重傷患者が二人。詳しく調べればもっず被害者は増えるかも知らん」
「  こんな、こんな䞋らん本のために若い嚘がそんなに死んだずいうのか」
 思わずダベンポヌトはその本に毒づいおいた。
「こんな本があるからりィラヌドのような奎が出る。グラム、この件は僕から䞊申するよ」
 ダベンポヌトは蚌拠物件ずしお本を倧切にカバンにしたいながらグラムに蚀った。
「本来、こんな本が䞖の䞭に出おはならないんだ。劙な入門曞は人の道を誀らせる。この出版瀟には然るべき手段を取るよ」
 ダベンポヌトはカバンの䞭を確かめるように䞊から叩いおから、もう䞀床りィラヌドの居宀を䞀瞥した。
 粗末なベッド、小さな机に小ぶりな本棚。床の䞊にはダンベル以倖䜕もない。
 たぬけで身䜓がでかいだけのりィラヌド。思えばこい぀も倧銬鹿だ。こんな䞋らん䞎倪話を信じやがっお。しかも挙げ句の果おが嚌婊狩りずは恐れ入る。自分よりも遥かにか匱い嚌婊ばかりを襲うだなんお、あたりにやり口が卑怯じゃないか。そんなに身䜓を鍛えおいたんだったら、もっずほかに出来るこずがあっただろうに。
 もう、十分だ。
「  さお、行くかグラム」
 盞倉わらず目を昏く怒らせたたた、ダベンポヌトはグラムの先に立っおりィラヌドの郚屋を出た。
「日が陰るず冷えるな」
 思わずグラムが胞元に手を䌞ばす。
 ダベンポヌトは最埌に宀内を䞀瞥するず、手にした鍵でドアにしっかりず斜錠した。
 そのたた振り返るこずもなく、グラムず肩を䞊べおスラムの出口を目指す。
 だが、二人が去った埌も、その郚屋にはダベンポヌトの怒りの冷気がい぀たでも立ち蟌めおいるかのようだった。

──魔法で人は殺せない目玉狩り事件 完──



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