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君の顔がみたいから-第6話:君が望むなら

「あのさー、雄介くん」
「ん?」
 学校帰りの帰り道、僕とマミは大通りから一歩入った裏道の喫茶店で道草をしていた。
 ん? これって道草デート?
 最近、僕たちは付き合うようになった。一応僕が告ったことになっているけど、実のところはマミに押し切られた感が否めない。まさか三分以内に答えを出せって迫られるとは思わなかった。
 付き合うとは言っても、僕は奥手だ。キスはしたことないし、手を握ったことがある女の子もマミだけだ。不純異性交遊で捕まったらきっと親が怒るだろうし、マミも悲しむ。
(先生の言う通り、そういうのは大学に入ってからにしよう)
 と僕は心に決めていた。

「わたしたち、このままじゃダメだと思うんだよねー」
 クテクテ〜とマミが喫茶店のテーブルに突っぷす。
 このお店自慢というケーキはとっくの昔に食べてしまった。マミが言う通り、確かに美味しかったけどなんだかとっても小さかった。それにこの立地。住宅街のど真ん中にいきなりおしゃれなお店を出して、本当にお客さんは来るんだろうか?
「ダメって、何が?」
 少し不安になりながらマミに訊ねる。
「やっぱさー、共通のシュミ? とかさー、なんかないと続かないと思うのよね」
 確かにマミは三ヶ月以上彼氏と付き合ったことがない。
 どういう理由か判らないが、付き合ってもすぐに別れてしまうということをマミは今まで何度も繰り返してきた。
 彼氏も高校生だったから、きっとお互いそういう感じなんだろう。

 だけど、僕は違う。

 お付き合いの終着点は結婚かお別れと決まっている。それ以外のエンドは考えられない。
 だとしたら僕はホームランを狙う。
 僕はマミと結婚する。
 僕の人生、おそらく最初で最後のホームランだ。まだ打席に立っただけだけど。

「共通のシュミ?」
 僕は訊ねた。
「ほらー、部活とかー、運動とかー、なんでもいいんだけどさ、わたしは雄介くんと何か一緒にしたい!」
 マミがガバッと起き上がり、いきなり僕に迫ってくる。
「……あ、いい距離感。ね、雄介くん、キス、する?」
「しない。だけどマミ、僕運動は苦手だよ? 永遠の体育2だもん」
 僕はさらっと流すと、マミに答えた。
「じゃあさー、文系の部活でもいいよ」
 マミは咥えたストローを上下にふりふりした。
「うーん」
 僕は腕を組んだ。
「じゃあ、漫研でも行ってみる? マミ、漫画好きでしょ?」

☆∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴.☆

 漫研の部室は美術部の部室の隣にある。美術室の向かいの小部屋、美術の大友先生が美術部と漫研の顧問を兼務しているからこうなったようだ。
「漫研に入りたいんです」
 僕はマミと一緒に入部届けを大友先生に差し出した。
「ん? お前ら部活にかこつけて不純異性交遊する気か? そういうのは先生も混ぜてくれないとダメだぞ」
 大友先生は美術準備室の自分の席で僕たちに言った。
「フジュンイセーコーユーなんてしません!」
 とマミ。
「なんだ岡崎、高校生は異性交遊するとばっかり先生は思っていたんだがなあ」
「純粋なんです、僕たち」
「ハ、背中マニアが良く言った」
 丸メガネの奥で大友先生の目が優しく笑う。
「まあいいよ、部室は向かいだから勝手に行って自己紹介しなさい。たぶん誰かいるはずだ」

「こんにちは」
 僕たちは早速漫研のドアをノックした。
「……どうぞ」
 という暗い声。
「お邪魔します」
 最初が肝心。マミと一緒に一応行儀よく部室に入る。
 漫研の部室は殺風景な部屋だった。六つほど事務机が並んで、そこにそれぞれスタンドライトが置かれている。机にはペン立てが置かれていて、そこにペンやら羽箒やらが差さっているのが漫画家風だ。
 見たところ、それぞれの部員が自分のペン立てを持っているらしい。色とりどりのペン立てにはちゃんと名前が書かれていた。
「……なに?」
 僕たちに背中を向けたまま、ひょろりと背の高い男子が僕たちに声をかけた。
「前田雄介と言います。入部希望です。よろしくお願いします」
「岡崎マミです。よろしくお願いします」
「……ふーん」
 相変わらず手を動かしながらその生徒は鼻を鳴らした。
「僕は四年の太田です。よろしく」
 どうやらそれだけで入部手続きは終わってしまったらしい。
 僕は周囲を見回してみた。漫研というから漫画読み放題だと思っていたんけど、どうやらそれは違ったらしい。漫画の本はほとんどない。本棚に入っているのは『人物デッサン入門』やら『プロの技全公開! まんが家入門 』やら『イチからわかるマンガの描き方』やらめんどくさそうな本ばかり。
 どうやらマミも同じだったらしく、あからさまにがっかりした表情をしている。
 まあ、そりゃそうだよな。マミの画才は壊滅的だもの。抽象マンガなんて新しいジャンルを作りかねない。
「……君たちは、僕が四年って言ってもツッコまないんだね」
 手が空いたのか、太田さんは回転椅子をくるっと回すとこちらを向いた。
 うちの学校はこう見えても中堅の進学校だ。留年もあるし、退学もある。
「え、ええ、まあ」
 そうは言われても答えに困る。
 太田さんはそんな僕を無視すると、今度はマミの顔を凝視した。
「……ふーん、岡崎さんは可愛いね」
「え、そうですか?」
 モジモジしながらマミが少し頰を赤らめる。
「じゃあ岡崎さん、そこに座って」
 太田さんは部室の奥のソファを指差した。
「最初なんだからマンガの描き方なんてわからないでしょ? 今日はモデルをやってもらおうかな」

☆∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴.☆

 なんだか変なことになってしまった。
 マミは今、ソファに膝を揃えて座って上品に膝に両手を乗せている。
 僕と太田さんがその前に陣取り、黙々とマミの絵を描く。
 太田さんは僕なぞ眼中にはないらしく、何も指示してくれなかった。
 仕方がないので自発的に太田さんの真似をしている。
「ふむ」
 太田さんは画板から描き終わった鉛筆画を外すと、新しい紙に取り替えた。
 はっや。太田さん描くのはや。
「マミさん、じゃあポーズ変えて?」
 太田さんは鉛筆のお尻でマミに指示を出した。
 というかさ、いつの間に名前呼び? なんなの、これ?
「あ、はい」
「今度はもう少し色っぽくしよう。そうだな、両手で髪の毛かき上げてみてくれる?」
「こ、こうですか?」
 マミはポニーテールを両手の甲で持ち上げた。
 今日のリボンは黒。ちょっとシックな感じだ。
「そう、そんな感じ」

 太田さんは筆が速い。一枚五分くらいで描き上げてしまう。僕が輪郭を描き終わった頃にはもう太田さんの絵は完成していた。
(太田さん、流石に絵がうまいなあ)
 僕は感心して太田さんの鉛筆画を見つめた。
 少しマンガ風にデフォルメされているが、そこにいるのは確かにマミだ。なぜか制服がセーラー服に変わっていたが、きっとマンガとはそういうものなのだろう。
「じゃあマミさん、今度はもっと色っぽく」
「マミさん、ちょっと上着脱いでくれるかな?」
「マミさん、シャツの裾、右側だけ出してくれる?」

☆∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴..∴.☆

 その後も太田さんの無茶振りは続いた。
 なんか僕のマミが汚されている気がする。
 マミは最初戸惑ったようだが、ポーズを変えるたびに褒められるのはまんざらでもないらしく、結構ノリノリだ。
 だが次の指示は流石に常軌を逸していた。もはやこれは高校の部活の域じゃない。
「じゃあマミさん、シャツはだけて肩を出して」
 え? 流石にそれはまずいんじゃ……
「雄介くん……」
 マミも少し困ったようだ。潤んだ目でこちらを見つめている。
「……雄介くん、見たい?」
 だがすぐに意を決したように、マミは僕にそう言った。
「雄介くんが見たいんだったら、わたし、いいよ」
 は?
「ゲージュツのためだもん、わたし、脱ぐ」
 ゲージュツ?
「…………」
 マミはシュルッとリボンタイを外すと、上から一つずつ、ブラウスのボタンをはずし始めた。
「マミ?」
「……雄介くん、だけだよ?」
 いつの間にかに太田さんはいなくなっていた。
 狭い部室にマミと二人だけ。
 マミの衣摺れの音が狭い部室に大きく響く。
「ダメだよ、マミ」
 マミの下着が、見えた。ピンクのブラジャー。
 意外と胸が大きい。
「……いいの、雄介くんなら。わたし、脱ぐ」

「わーッ」

 自分の大声で僕は目が覚めた。
「……はあ、夢か」
 枕元の目覚ましを取り上げ、時間をみる。
「? 八時十五分? 今日、マミは来なかったのかな?」
 いい夢、いや、ひどい夢だった。
 と、僕は布団の中が妙にもそもそすることに気づいた。
 おかしいな、僕のベッド、こんなに狭かったっけ?
「……ん、なーに? 雄介くん、大声出して」
 目をこすりながらマミがもぞもぞと僕の隣から顔を出す。
「どわッ」
 今度こそ本当に目が覚めた。
「マ、マミ、なんでそこにいるの?!」
「ん、お母様が雄介くんを起こして来いって。でもあんまり寝顔が可愛かったからつい一緒に寝ちゃった♡」
 マミがベッドから起き出し、床のスリッパに足を通す。
 制服のスカートがめくれて少し太ももが覗いているのが色っぽい。
『ユースケー、いい加減起きなさい?』
 台所の方から声がする。
『マミちゃん呆れてるわよー』
 母よ。あなたは一体何を考えているんだ。
 と、不意に僕はほっぺたに何か湿ったものが押し付けられたのに気がついた。
 暖かい、何かとても柔らかいもの。
「?」
「へへへ、しちゃった♡」
 マミの顔が猫になっている。
「お目覚めのキス、しちゃった」
「!」
 僕はまだ感触の残る頰に手を当てた。
『ユースケー』
 また、母が下から呼んでいる。
「マミ、行こう?」
 どうしていいのか判らず、とりあえず僕は照れ隠しのためにマミの手をとった。

 また、やられた。
 このままだと僕らのお付き合い、どうなっちゃうんだろう。



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