腸内細菌叢とメンタルヘルスは本当に関係があるのか
皆さんこんにちは。生命科学研究者のTatsuyaです。
ここ2回に渡りちょっとデータ量多めの論文で実験結果はサラッと紹介していたので、今回は結果をもう少し詳しく紹介したいと思います。
今回は2019年のNature microbiologyに掲載された"The neuroactive potential of the human gut microbiota in quality of life and depression"というベルギーの研究グループからの研究を紹介します。
https://www.nature.com/articles/s41564-018-0337-x
概要
腸内細菌叢がヒトの代謝機能や免疫機能に影響を及ぼす事についてはこれまで研究されてきましたが、脳神経機能への影響についてはマウスによる実験が多く、ヒトを対象とした研究はあまり多くありませんでした。
そこでこの研究では、1054人の被験者を集め、腸内細菌叢、生活の質(QOL)、うつ病の関連について過去の研究とあわせて観察研究を行いました。
その結果
1、今回の被験者1054人のうち121人がうつ病と診断されており、うつ病の人のQOLは低くなっていた。
2、腸内細菌叢の解析から、QOLの変化やうつ病と相関のある菌が10種類同定された。(QOLが高い人は、FaecalibacteriumやCoprococcusなどが多く、低い人はFlavonifractorなどが多い)
3、過去の報告と照らし合わせた結果、一部のBacteroidesの増加がQOLの低下とうつ病と関連が強かった
4、DOPACというドパミンを代謝する酵素の上昇がメンタルQOLの高さと高い相関があった
以上の事がわかりました。
この結果から筆者らは、
この研究が腸内細菌叢がヒトのメンタルヘルスの指標となり得ることを示した。その因果関係は証明できなかったが、
1、メンタルヘルスと関わりの深い細菌叢がいくつか発見できた事
2、腸内細菌叢がGABAなどの脳神経活動に関連する化学物質を生成する酵素を産生している事
を発見できたので、これからさらに研究を進めたい。
と述べています。
今回のポイント
さてみなさん今回はいかがだったでしょうか?
前回までは、腸内細菌叢の働きの中でも代謝へ与える影響を紹介してきましたので、食事と代謝という直接関連のある事についての研究でした。(前回記事参照:https://note.com/tatsuya_ca/n/n52bb6d1c4d50)
ところが今回は、腸内細菌とメンタルヘルスという一見全く関係のない状態についての研究でした。これも非常に興味深いテーマですが、この研究は腸内細菌叢の研究の難しさを凝縮したような論文だったので、その点について深掘りしていきたいと思います。
大規模な観察研究でわかったこと
今回の研究の一番の結果は、1054人の被験者を集めて腸内細菌叢解析をおこなった中で、QOLについてのアンケートをとった点です。ここからうつ病やメンタルQOLの低いグループの腸内細菌叢のパターンをいくつか発見しました。この研究でも、QOLの変化は、特定の菌の増減ではなく、細菌叢という総合的な変化と関連が強い事がわかりました。
論文の中では、このパターンが他の研究データにも当てはまることを証明しており、腸内細菌叢から私たちのメンタルヘルスの状況がわかるかもしれないという、非常に面白い結果が得られました。
直接的な因果関係は?
残念ながらこの論文ではそのメカニズムの解明には至っておりません。これはまさに腸内細菌叢の機能を研究する上でとても大きな問題で、この腸内細菌のパターンがどうしてメンタルヘルスを改善したり、悪化させるのかは説明しきれないという事があります。
この論文でも、QOLの変化と相関する細菌がいくつか見つかりましたが、それらの菌と、脳神経活性物質の産生との関わりは証明できませんでした。
それでも、その他の腸内細菌がGABAを産生することから、その二つの結果をなんとか関連しているように見せているのですが、ここにも直接的な因果関係は示されませんでした。(少々言い方がきついですが、私自身ここの表現に非常に混乱させられましたので、混乱を招く書き方は良くないと思いました。)
今後は?
という事で、腸内細菌叢の機能を解析する難しさが少しおわかりいただけたと思います。今後はこのような大規模な腸内細菌叢のデータがどんどん蓄積していきますので、すでに代謝の分野ではいくつかのメカニズムが報告されているように、メンタルヘルスへの因果関係の研究もそれに併せて進んでいくものと思われます。次の発見を楽しみに待ちましょう!
それでは今回はここまで。
ご質問、ご感想などありましたらお気軽にコメントしていただけると嬉しいです。それでは!