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あの日の少年【ノンフィクション短編小説】

初めに言っておく。これは1999年4月、未だ小学校に入学する以前の私が経験した不思議な体験を回顧するものである。
記憶力にはいささか自信を持っているが、そこかしこに断片的な部分もあり、少々、記憶と想像が混在するものになっているところもあるかもしれないが、その点は寛容な読者諸君の心に甘える形となることをご容赦願いたい。

あれは遡ること23年前。
未だ寒さの残る4月のある日のことだった。
小学校入学を控えた私は一抹の不安を覚えていた。
通っていた幼稚園のある町とは離れた場所へと引っ越し、新天地の小学校に入学…子供ながらに誰一人として友のいない教室へ足を踏み入れる恐怖をひしひしと感じていたのだ。
そんな不安を抱え、入学式の日を迎えようとしていたある日のことだ。
その日、私は玄関の外に出て、親の手伝いか何かをしていた。
すると、家の前を自転車で通り過ぎようとした同じくらいの年頃の少年たちに声をかけられた。
「一緒に遊ぶ?」
私は驚いた。名前どころか初めて会った見ず知らずの少年に突然声をかけられた。
人見知りが激しい性格だった私は最初戸惑いを隠せなかった。次に何という言葉を発して良いかわからずモジモジしていると、同じ少年が自転車を降り、歩み寄ってきた。
「いいから、いいから、遊びに行こうぜ」
あまりにも強引な少年だと思われるかもしれないが、子供同士のスキンシップなどこんなものだ。
私はなぜか、その少年に言いようのない信頼感を覚え、一緒に遊ぶことを決める。
母親に遊びに行くことを告げ、一行が自転車で移動する中、私は徒歩で同行。当時6歳ほどの私は自転車に乗れなかったのだ。
ともあれ、そこから近所の公園やら原っぱやら川やらをただただ行ったり来たり…それだけでも新しくできた友とのひと時は何とも楽しい時間であり、あっという間に過ぎ去っていく。
そうこうしていると、空は厚い雲に包まれ、ゴロゴロと雷が鳴り始めた。
雨が降ってきそうだ…そんな風に考えているうちに、本当に雨が降り始めてきた。
傘を持ってきていない。どうしたものか。
すると、最初に私を遊びに誘った少年が「俺ん家に行こう」と言い出す。
他の面々は皆一様に頷いてみせたが、私は乗り気ではなかった。
先にも述べたように私は極度の人見知り、恥ずかしがり屋であったため、他人の家にあがるというのが苦手だったのだ。
雷も鳴っていることだし、ここら辺でお暇しようと、私は彼の家へ行くことを断った。
しかしながら、その少年はどうしても家に招き入れたい様子。
「俺の母ちゃんがメチャクチャ美味いラーメン作ってくれるから行こうよ。器もいろいろ種類があるんだぜ。ゴジラとかウルトラマンとか」
小雨がポツポツと降り続く寒さを感じる中でのラーメンの誘い。温かさを大いに感じた私はゴジラやウルトラマンの器とやらがどんなものなのか気になったこともあり、彼の家へ向かうと決める。
道中、彼は私に気を遣ってくれたのか、雨が降りしきる中でも自転車を降り、徒歩で移動してくれた。
その間他愛ない話をしたと思うが、どんな会話をしたのかまるっきり覚えていない。
歩けば歩くほどどんどん雨足は強くなり、ついには雲の切れ間からピカっと雷が覗くほどの天気になっていた。
私は雷が自分に落ちるのではないかという恐怖に襲われた。そんなビビった様子が彼にも伝わったのか、彼は「もうすぐそこだから。それまで神様が守ってくれるよ」と優しく声をかけてくれた。
そうだよな。大丈夫だよな。じいちゃんも守ってくれてるし。
直前に祖父を亡くしていた私は何とかそう自分に言い聞かせて彼の家へと向かおうとした。
しかし、この角を曲がれば、すぐ自分の家があると思うと、早く帰りたい気持ちに押し潰されそうになった。
次の瞬間、私は自宅に向かって駆け出していた。振り向き様に「やっぱり帰る!」と告げ、猛ダッシュで雨の中を走った。
後方では「俺ん家の方が近いのに」という寂しさを漂わせた叫びが聞こえた。

それがその少年との出会いであり、別れであった。
私は入学後に彼との再会を心待ちにしていたが、結局、あの雨の日以来、その少年と出会うことはなかった。
当時、私は〇〇村という地名の町に住んでおり、村内に小学校は一つしかなく、クラスも各学年一クラスであった。
そのため、同じぐらいの年頃だった彼がクラスにいないことはおかしく、尚且つ、その後一度もでくわさないのはどうにも奇妙である。
友人には何度もこういった少年を知っているかと聞いたが、誰もが一様に知らないと言う。
ならば、一緒にいた他の子たちを探せば良いと思いついたのも束の間、私は私を遊びに誘ってくれたラーメンを作るのがすごく上手な母を持つ少年以外の顔を初めとした外見を覚えておらず、そういえば遊んでいる間も他の子とは、不思議と話していないことに気がついた。

30歳になった現在でも即席ラーメンを食べると、この記憶が呼び起こされる。
あの日遊んだあの少年たちはそこに実在していたのだろうか?
それとも新しい友達ができるか不安だった私が作り出した幻影だったのだろうか…。

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