「つじさん」/#2000字のホラー
むかしむかし あるところに「つじさん」という人がいました。
「つじさん」には趣味がありました。
「つじさん」は来る日も来る日も毎日のように水の入った大きな袋に穴を開けることをしています。
「つじさん」は なぜ同じことをし続けるのでしょうか。
それは とても気持ちのいいことだったからです。
初めて水の入った袋に穴を開けた時「つじさん」は とても幸せな気持ちになりました。
それはそれは良い香りのする袋でした。
特に「つじさん」は甘い香りを非常に好みました。
穴を開けた瞬間にぴゅーっと水が溢れでるあの感覚。
徐々に中身が少なくなり萎れていくような感覚。
流れでる水が描き出す絶望の表情。
「つじさん」は優越感に浸りました。
でも「つじさん」は これは決して人には言えないことだと思いました。
「つじさん」は その幸せな気持ちを自分の中にしまっておくことにしました。
それでも「つじさん」の中には常にその幸せな気持ちが残りつづけていました。
「つじさん」は あの感覚を忘れたくありませんでした。
そしてもう一度同じことをする決意をします。
あと一回 あと一回 あと一回・・・
来る日も来る日も繰り返すうちに「つじさん」は気がついてしまいました。
自分の中にそれがある限りやめられるわけがないのだと。
だって「つじさん」は「つじさん」なのだから。
今日も「つじさん」は水袋に穴を開けるための先の尖った道具を台所へ取りに行きます。
いつも使った後には綺麗に洗い流し しっかりと研いでピカピカにしてから しまうようにしていました。
ガリガリガリガリ・・・
そうしなければすぐに錆びてしまうからです。
「つじさん」は その道具を布で包み カバンの中にしまいました。
そして 帽子を被り マスクをし 目立たない服装を心がけて 外出していきます。
どれにしようかな 「つじさん」はゴミのように散乱した水袋を見極めながら 穴を開けたい衝動に駆られるのを待ちました。
いろいろな形の水袋を物色していると 一つ肉付きのいい水袋を見つけました。
本来であれば「つじさん」は このような水袋を手に取ることはありません。
しかし いつもと違う経験をしたくなってしまったのです。
さて今日 世界約80億個の中から「つじさん」によって選ばれた 幸運な水の入った袋は とても まるまるとした大きな袋でした。
袋には「みよしたいこ」と名前が書かれていますが「つじさん」にとっては どんな名前であるかなど関係ありません。
求めているのは 己の快楽のみです。
名前が明らかになるのは 中身が空になり そこら辺に捨てられている袋を 誰かが発見した時です。
今にも袋が破れそうなほど中身の詰まったその水袋を「つじさん」は逃がさないように 落とさないように 丁寧に口を塞ぎながら 引きずりました。
「つじさん」の身体よりも大きくさえ見えるその水袋を抱え 「つじさん」はブスっと穴を開けてみました。
すると なんということでしょう。
今日の水袋は中からドロドロとした水が出てきたのです。
「つじさん」の好きなぴゅーっと中から水が出てくる感覚を味わえなかったのです。
しかも水からは腐ったような鼻をつく臭いもしました。
これでは「つじさん」は満足できません。
「つじさん」は学びました。
健康的な形をした水袋でなければ意味がないのだと。
こうして「つじさん」はもっとサラサラの水が入った袋を探しにいくことにしました。
己の欲望を満たしてくれるような 甘い香りのしそうな水袋。
「つじさん」の目に一つの水袋がとまりました。
スラっとした細い水袋です。
その水袋には「うがいしゃのん」と書かれていました。
「つじさん」は袋の封がしまっている部分を両手でしっかりと握りしめ 一思いに先の尖ったものをブスッと水袋に刺しました。
穴が空いた袋からは「つじさん」の求めていた通り ぴゅーっと水が出てきました。
握りしめた水袋は徐々に中身を失い 力なく萎れていきます。
両手に絶望を感じながら「つじさん」は優越感に浸りました。
空っぽになった袋は 路地裏へと運び まるでゴミでも捨てるように ポイッとしました。
とてつもない幸福感と満足感を得た
「つじさん」はそのまま家へと帰りました。
どんな形をした水袋だったか どんな香りがしたのか 「つじさん」の記憶に残るのは ほんの一瞬です。
明日になれば 穴を開けた水袋のことなど 忘れられていることでしょう。
それだけ「つじさん」にとって 水袋に穴を開けるという行為は他愛のない出来事なのでした。
水の入った袋に穴を開けることは「つじさん」の趣味です。
明日も明後日もまた同じことを繰り返すのでしょう。
さあて明日はどんな水袋に穴を開けようかな。
「つじさん」はワクワクし過ぎて眠れない夜を過ごしましたとさ めでたしめでたし・・・
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