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塾講師➖【エピゴーネンEpigonen】#青ブラ文学部

「人が文章を書かなくていい時代はくるかもしれない。でも、文章を読んで理解することはおそらく最後までヒトの仕事です」
この講師は厄介だけど、この小論文コースの評判はいい。
「Epigonen」
ホワイトボードの文字はそのまま読めばいいのだろうか?初めて見る言葉だ。
「エピゴーネン。聞いたことはないかな?」
教室内35人の内ふたりが知っていた。
「模倣者、追従者。優れた作品、作者の作風をそのまま模倣する。パクる。真似する」
講師は教壇に戻ると一息にそこまで言った。
「まぁ、そんなふうにあまり良くは言われないエピゴーネンだが、100%模倣できるのは、それもまた才能があるということだ」
そうかもしれない。絵画の世界など模倣模写から始まるとも言われている。
「さて、今日は君たちにその模倣をしてもらう」
ホワイトボードに「乃木宗佑」と書いた。
乃木宗佑は掌編・短編の名手と呼ばれている。
「ここにあるのは乃木宗佑の文体を100%模倣できるAI」
正しくはそのAIの入ったタブレットPC、と付け足した。
ホワイトボードを裏返して文字の書かれていない白いボードを表に出した。
「ところで乃木宗佑の文章を読んだことないという人はいるかな?」
熱心な読者でなくても乃木宗佑の文章はほとんどの人、特に今この教室にいる年代は読んだことがある。
国語の教科書の教材になっている乃木宗佑の代表作「散歩道」はエッセイとも創作とも思える作品で、リアルな視点と少しだけ不思議な登場人物とエピソード。5000字にも満たない話だが、とても印象に残るものだった。
誰も手を挙げないことを確認して講師は、タブレットPCに向かう。
ホワイトボードに、「冬の海。忘れ物。老女。僕」の文字が現れた。
「この条件で、乃木AIに文章を書いてもらう。そうだね。もうひとつ条件を与えよう。文字数2000字」
ホワイトボードは一瞬何も映さなくなった。
数秒後、ホワイトボードに文字が流れ出した。
「これじゃあ、見難いよね」
講師が言うと、部屋の隅のレーザープリンタが動き出した。
乃木AIの文章が皆に渡された。
「乃木っぽい」
「乃木宗佑が書きそう」
皆が口々に言う。
確かに、主人公が会った老女のセリフ。海にいるという化け物。そして冬なのに温度感のない空気。乃木宗佑が書きそうだった。おそらくこの世界にはもうこのふたりしかいないのだ。そう思わせる話だった。
「さて」
講師の声に皆が顔を上げる。
講師が何を言い出すか?皆察しがついている。
「君たちにも乃木宗佑になってもらおうと思う」
そう言って講師はプリントを配る。
プリントには、先ほどのように話の中のキーワードが書かれてあった。
夜明け。
自動販売機。
新聞配達員。
遠くに聞こえるサイレン。
「イメージしやすいだろう?」
そしてプリントには書き始めの一文と、最後の一文があった。
乃木AIが書き出した文章の最初と最後だという。
「使うもよし。使わないもよし」
講師は言う。
「来週までに2000字。原稿用紙換算で5枚。手書きでも構わないし打ち込んでも構わない」
今書けという話でなくて、皆ホッとしたようだった。
「ちなみに僕も書いた。AIではなくて」
講師はプリントを一枚ひらつかせた。
来週のこの時間に提出。打ち込んだ者はデータでの提出も可能。
「後日、冊子にして配布します。AIが作成したのも、僕が書いたのも一緒に。無記名で冊子にします。どれが一番乃木宗佑っぽいか?みんなで決めたいと思っています」
講師は言う。
「オリジナリティ。独創性。そういうものは求めていません。あくまでも乃木宗佑を模倣する。が今回の課題のテーマです」
AIが書いたという最初と最後を読み返す。
たったふたつの文章にも乃木宗佑味を感じなくはない。
「みんなの健闘、期待している」
講師はそう言うとニッカと笑った。



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