【88 ペンギン】#100のシリーズ
体長170cmのペンギンを想像してほしい。
そのペンギンと一緒にバーのカウンターで飲むんだ。
仕事で疲れ切った夜、そんなことを想像しながら家のキッチンカウンターでハイボールを飲んでいる。
「それってどうなんですかね?」
「どうって?」
「ペンギンと酒を飲むんですよね?」
「ジャイアントペンギンの化石はニュージーランドで発見されている」
「ニュージーランド?」
本当は並んで飲みたいけれど、相手はペンギンだ。
スツールにペンギンが座ったら、顔を合わせて話をすることはできない。
「股下がアレもんですからね?」
「あぁ見えて脚は長いんだ。膝を曲げた状態で着ぐるみを着ている感じかな?じゃないと足の上に卵を置いて温めるのは難しいだろう?」
「そうなんですか?」
相棒はカウンターの中に立っている。
器用にも翼の先でマドラーを掴み、ハイボールをかき混ぜる。
氷はもちろん南極の氷だ。
彼の話すコロニーでの話を聞いて言うんだ。
『人間の社会もペンギンの社会もあまり変わらないね』
カウンターの中の170cmのペンギンは時折遠い目をする。
そこからは見えないはずの遠い仲間を見ているよう。
「ねぇ、先輩」
「ん?」
「こうして飲みに誘われるのって。ひょっとして自分、そのペンギンの代わりっすか?」
「違うよ」と先輩は言う。
ガラス窓に映る僕たちの奥にカウンターが見えた。
マスターがカウンターの客とやり取りしている。
雑居ビルの3階。
いつもの店。
先輩は空になったグラスをテーブルに置く。
「お代わりはいかがですか?」
声がした。
僕は声のする方に顔を向けた。
「え?」
「そうだね。ハイボールを」
先輩が言う。
「かしこまりました」
去っていく後ろ姿とガラス窓に映るそれを見比べる。
どう見てもペンギンだ。
「・・・さん」
先輩を呼ぶ声がした。
先輩と僕がカウンターを向く。
「いつものお席、空きましたよ」
マスター…ペンギンが言う。
先輩は立ち上がり、カウンターに向かう。
僕は慌てて飲みかけのグラスを手にそれを追う。
そして、カウンター席に着く。
目の前にはペンギン。大きなペンギン。
僕はまだ酔ってはいない。いや、そう思っているだけだろうか?
先程僕たちのテーブルに来たペンギンが並ぶ。
目をぱちくりさせている僕に向かってカウンターの中の2羽のペンギンが言った。
「ペンギンズバーにようこそ」
僕は慌てて隣に座る先輩を見る。
「ようこそ。ペンギンズバーへ」
先輩はそう言うとにっこり笑った。