poison - 2
僕が露方征に会ったのは、先生と話をした10日後だった。
文鳳社のミステリー文芸誌の創刊10周年特別号でのインタビュー。
先生の人気シリーズ「街角の探偵」も時折掲載される。
自分はその「街角の探偵」の主人公の探偵を演じている。1クール3ヶ月の連続ドラマの中で2話で短編を残りの8話で長編を映像化している。秋からはシーズン4が始まる。収録は春のうちに撮り終えていた。今は新番組プロモーションの最中。インタビューはそういう諸々の事情を含んでいる。
「すみません。予定していた者が熱を出してしまって」
部屋の入り口で話しているのが聞こえた。
インタビューは所属事務所ビルの一室。
スケジュールの合間のインタビューは自社にて、というケースはよくある。
だから事務所スタッフも慣れたもので、写真を撮りやすい部屋を用意している。
まるでどこかのモデルルームのような小綺麗な部屋は元々インテリアデザイナーだった副社長の趣味だ。
自分は写真撮影用のメイクを施し、インタビュアーを待っていた。
現れたのは初めて会う40代前半の男性だった。
あたりの良さそうな、だけど、どこか底知れない雰囲気。迂闊なことは言えないな。そう思った。
「文鳳社のアラカタと申します」
ドキリとした。
差し出された名刺には「露方征」とあった。肩書は先生の持っていた名刺とは違っていた。
「創刊時はこちらの本に携わっていたのですが、今はエンタメの…」とチーフマネージャーに挨拶をしている。自分にはマネージャーが3人ついている。内ふたりは現場担当。ひとりはマネジメント担当。事務所の俳優はほとんどがその体制で、俳優部を統括しているのがチーフマネージャーである。
今日は事務所内でのインタビューということもあり、現場マネージャーと一緒にチーフマネージャーもこの場にいた。
露方征と一緒に来たカメラマンは顔馴染みの嘉内さんだった。
「自分は所謂サブカル担当で、有名どころの俳優さんにお会いすることがないもので緊張します」
「文鳳社のアラカタさんは芸能関係者でも有名ですよ」
コミュニケーションお化けのチーフと話が弾んでいる。
僕はそれを聞きながら、嘉内さんと撮影のテストをしていた。
「この部屋の照明はホント完璧ですね」
嘉内さんはそう言いながら、数枚写真を撮った。
「こちら、準備オーケーです」
露方征と話すチーフに嘉内さんが声を掛けた。
「ではよろしくお願いします」
写真付きのインタビューの時の特有の距離感。
相手の方にテーブルが近くこちらとは少し隙間ができる。飲み物は小さなサイドテーブルに置かれている。目の前の資料を広げたテーブルを写さずサイドテーブルが自然に誂えたもののように撮るのがカメラマンの腕。
露方征はこちらに予め寄越していた質問事項のプリントと同様のものをテーブルに置き、ボイスレコーダーをセットした。
「改めまして、初めまして。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
と頭を下げた。
と、その時、部屋のドアがノックされた。
ドア近くに立っていたチーフマネージャーがドアを開けるとそこには社長がいた。
「お邪魔してよろしいかしら?」
立ちあがろうとした自分を制して、社長はチーフの隣に立った。
一瞬、露方征の表情が強張ったような気がした。
だが、すぐ笑顔で社長に「今日はよろしくお願いします」と挨拶をする。
「こちらこそ」
インタビューは前以ての質問事項に則って進められた。
「ミステリ小説はいつ頃からお好きなんです?」
「学生時代、高校生の頃から好きです。『街角の探偵』シリーズも好きで読んでいたので、演じられてとても嬉しいです」
自分は元々先生のファンだった。だから、先生の作った探偵を演じられることも、先生に会えることも自分にとってとても嬉しく光栄なことだ。
「確か先生も、初めてお会いした時に『街角の探偵』が自分の頭の中から出てきたのか?と思うほどイメージ通りだったとお聞きしています」
「そうなんですか?」
初めて聞いた話だった。それが本当なら嬉しい話だ。
『街角の探偵』は見た目は若いが年齢不詳。必ずしも正義の人ではない。依頼を遂行するためには、時には誰かを騙したり、法に背くこともある。
「唯一、人は殺さない…ですよね」
露方征が言う。
「作品の中には、直接人を殺さなくても、みすみす殺されるのを見過ごすエピソードもありますよね?」
「『黄昏の十字路』ですね?」
作品名で返す。
篠川シオンがゲストで出た話だった。
篠川シオンは依頼人の役だった。女をひとり探してほしいという。探偵は依頼人から直接は聞いていないが、探し出した相手が依頼人の仇、兄を死に追いやった人物であることを調査の中で知っていた。
調査結果を伝えると依頼人は「ありがとうございました」と言って事務所を出て行く。
後日、新聞で女の死がを知る。
社会面などの記事ではなく、死亡広告の欄だった。
「殺人かどうかわかりませんよね」僕は言った。
「先生にはお聞きになっていないんですか?」
露方が少し意地悪く言う。
僕は「聞いてないです」と答えた。
「先生が書いていないことを聞くのはフェアじゃないですからね」
「なるほど」
露方は少し口角を上げて頷いた。
「なるほど。確かに先生はあなたを信頼するわけです」
その後20分ほどでインタビューは終わった。
「では後ほど文字にしたものを送ります」
露方はチーフマネージャーに言うと「今日はありがとうございました」と部屋を出て行った。
インタビュー中も写真を撮っていた嘉内さんが道具を片付けながら「蛇みたいな人だと言ったら蛇に悪いですかね」と言った。
僕が返答に困っていると「本当に」と社長が答えた。
続きです。
で、続きます。