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【レモンから】2#シロクマ文芸部

「レモンからしか得られないものがあるんだよ」
真夏の夕べ。食前酒と称してリモンチェッロを煽りながら黄味島威きみじまたけるは言う。
黄味島のレモン好きは学者仲間の間で有名だった。
瀬戸内産のレモンを蜂蜜漬けにしたものを夏は冷たく冬は温かい飲み物として常用しているし、酒に関してもレモンなんちゃらしか飲まない。
そして、家だけでなく研究室もレモンの香りと常に漂わせている。
今年で42歳になるが、もちろん独身。
本人曰く「レモンと結婚しているようなものだ」とのことだった。
家にはレモンの木がある。
日当たりのいい居間に置いてある。
背丈は黄味島と同じくらい。毎年実を3つ4つつける。
黄味島はその実を大事に摘み、スライスして冷凍庫に入れる。
そして水に入れてレモン水を作ったり、料理に使ったりするらしい。
誰に聞いても黄味島はレモンが好きだと答える。
そんな黄味島だが何でもレモンというわけではない。
「熱い紅茶にレモンはだめだ」
と黄味島は言う。
熱い紅茶はストレート、もしくはミルク、もしくは「甘い果物」。
「なぜか熱い紅茶はレモンの悪い部分を悪目立ちさせる」
黄味島は言う。
単に、黄味島の好みの味ではないだけだろう。と仲間連中は言う。
黄味島はレモン好きだが、ゴリ押しはしない。
周囲には軽く勧めるだけだ。
断ったからといって相手と疎遠になるわけではない。
黄味島はただレモンを愛しているだけだ。
「まぁ、そのうちレモンからしか得られないものに気づくと思うよ」
夏の終わり。
黄味島は自家製のレモネードを飲みながら、そう言って微笑むのだ。



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