【83 一夜干し】#100のシリーズ
昨夜泊まった友人が風呂場にかけた洗濯物を取り込んでいる。
風呂場自体が乾燥室の役割を果たしているマンスリーマンション。
仕事で来ていたこの町で、たまたま昔の友人に会った。昔…そう小学5年まで一緒だった。彼は6年生に上がるのと同時に転校して行った。
20年ぶりくらいの再会だったが、彼から声を掛けてくれたし、彼はあの頃の面影を強く残していてすぐにわかった。
彼もここには仕事で来ていたのだという。
「本当に一晩で乾くんだね」
友人は俺の貸したスエットを着ていた。
乾かしていたのは彼の服。
「本当は近くのコインランドリーにでも行けたらよかったんだけど」
彼の着替えがあったらそうしていただろう。
ただでさえ急な雨に降られて濡れていたのに、大型車が轍に溜まった雨水を思いっきりはね上げ、僕らはふたりで頭からそれを被った。
たまたま自分の部屋を借りているこのマンションが近くだったので、彼を連れてきた。
先に自分がシャワーを浴び、続いて彼が浴びている間にマンションの一階にあるコンビニで彼の分の下着と歯ブラシとふたり分のカップ麺を買った。
その頃にはもう雨は上がっていた。
「申し訳ない」
とお金を払おうとする彼を制した。
彼はすっかり忘れているようだが、彼には大きな借りがある。この程度で済むような借りではない。
それは口にせずになんとかその場は収めた。
僕の着ていたスーツはクリーニングに出すしかない。それでもとりあえず乾かさなくてはならない。
お互いポケットの中のスマホが無事でホッとした。
ついでという感じで連絡先を交換した。
彼の着ていた服➖黒いTシャツと黒のカーゴパンツと下着類を洗濯機で洗ってスーツろ一緒に風呂場に干すのを彼は不思議な顔で見ていた。
風呂場にあるスイッチパネルの「乾燥・強」を押した。
「ベランダがなくても平気なわけだ」
彼は言った。
「なんでも一夜干しになるけどね」
建物は防音だけは完璧なので夜に洗濯機を回しても平気だった。
「君は?」
「ホテル。ビジネスホテルに連泊中」
自分は3ヶ月の予定でとある工場の制御システムの指導と調整で先月からこの町にきていることを告げた。
「俺はリサーチ」と彼は言った。
「期間は不明というか、結果が出たらそこでおしまい」
「なんのリサーチ?」とつい訊いてしまった。
「企業」
彼は短く答えた。
詳しく訊けないことか。と思った。
「所謂信用調査ってヤツ」
彼は付け足した。
「大きなところの下請けなんだ。しんどいこともあるけど、実入りは悪くない」
「いいなぁ」
思わずそう言った。
「何?ブラック?こき使われているの?」
「うーん。なかなか新しい人が入ってこなくて。ほとんど家に帰れないでいるんだ」
社宅住まいでよかったと思っている。じゃないと何のために家賃を払っているのかわからない。
転職も考えなくない。
地元に帰るのも選択肢のひとつかもしれない。と最近は思うようになった。
「俺の事務所、地元にあるんだ」
彼が言う。
「結局、あの町が1番住みやすい」
4〜5年に一度という感覚で、彼は引っ越しを繰り返していた。
「地元帰る時は言ってよ。うちの事務所に来ればいい」
そんなことを昨夜彼は言っていた。
押し問答の末、僕はベッドで彼は床の上で寝袋で寝た。
「気にすんな。慣れてる」
「君の事務所もブラック?」
思わず訊く。
「違うよ。ブラックだったら誘わない」
聞くと震災で避難所生活の経験があるとのことだった。
お互い顔も見えないのにしばらく話をして寝た。
「炊飯器の調子が悪くって」
そう言いながらパンを焼いた。
昨日の服が乾いたというのに、いまだにスエット姿の彼はハムエッグを焼いている。
僕はコーヒーを淹れる。
「昨夜話していたことなんだけど、本気にしていい?と僕が言えば「あ?」と彼はこっちを見た。
「実家、帰ったら君に連絡していい?」
「あぁ。構わないよ」彼は笑った。そして「社交辞令じゃないから」と言った。
朝食を食べて着替えを済ませて、彼と一緒に部屋を出る。
別れ際、お互いこの町にいるうちにまた会おうと約束した。
「その時は一夜干しの魚を美味しく焼いてくれる店を紹介するから」
彼との約束を果たす日が今からとても楽しみだ。