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【夕焼けは】#シロクマ文芸部

夕焼けはタモツくんを思い出させる。
タモツくんと一緒の夕暮れ。空が茜色から藍色に変わるまで帰り道。
あの日、夕焼けを見ていた自分は、家に帰るのを惜しんでいたのか?ホッとしていたのか?
当時は団地に住んでいた。
遊び仲間のほとんども団地に住んでいた。
だから帰り道がひとりになることなどなかったのに、記憶の中の自分はひとりで夕焼けを見ていた。
足元の影が長く伸びていた。
アキアカネが飛んでいた。
パトカーのサイレンが聞こえた。
高校生のタモツくんが「おい」と声を掛けてきた。
タモツくんは隣の部屋に住んでいた。
僕が振り返ると「まだ帰らないのか?」とタモツくんは言った。
タモツくんはとても背が高かった。
自動販売機と同じくらいの背があった。
「一緒に帰ろう」タモツくんが言った。
タモツくんの影は本当に長くて、先っちょの頭はとても小さくて、何だか人じゃないような気がした。
タモツくんはカッコいいし、頭もいい。高校ではバスケットボール部に入っているという話を聞いたこともある。僕はタモツくんがバスケットをしているのを見たことがないけどカッコいいんだろうなと思っていた。
少し前に「もう部活はおしまいなんですよ」と誰かに話していたのを聞いた。
「あらぁ、来年は卒業?」
「そうです」
「お祖父様のところに行くと聞いたけど」
「そうなりそうです」
タモツくんは少しだけ困った顔をしていた。
タモツくん、団地からいなくなっちゃうのかなぁ。そう思った。
「パトカー。すごいね」タモツくんが言う。
サイレンが止まない。
「事件かな?」僕は言った。
5階建の団地はずっと見えているのに近づくにはぐるりと回らなくてはならなかった。でもタモツくんが「近道しよう」と僕の手を引いた。
家と家の間の隙間を通る。
初めて通る道…路地だった。
タモツくんは僕を先に歩かせた。
時々僕は振り向いてタモツくんを見た。
僕はまっすぐ歩けるけどタモツくんは横になって歩く。何だかそれがおかしくて僕は笑った。
タモツくんは「しっ」と立てた人差し指を口の前に置いた。
「バレないように」
息だけで話す。
何となく上を見ると家の屋根と屋根の間から見える空は不思議な色をしていた。
不安になるような。ドキドキするような。そんな色をしていた。
「わっ」
細い路地を抜けると目の前に団地の正面入り口が見えた。
こんなところに出るなんて。と驚いた。
「あれ?」
後ろから来たタモツくんも声を上げた。
「警察が来ている」
タモツくんの指差す方を見るとパトカーが数台、団地の駐車場側にいた。
全部で8棟ある団地は2棟ずつ4列に並んでいる。
僕らはD棟。入り口から2番目の向かって左側の3階に住んでいる。
団地の正面入り口は車が入れないように柵があって、車は裏手にある通路からそれぞれの建物の前にある駐車場に入る。パトカーがいるのは右手の建物の脇にある予備の駐車場だった。
「Dだったらどうしよう」
僕はタモツくんの手を強く握った。
タモツくんも「そうだな」と言った。
A棟とB棟の間を通りC棟・D棟が見えた。
「あ」
僕らは同時に声を上げた。
D棟の2階に警察官がいた。
「あの部屋。カンザイさんだ」
タモツくんが言った。
「カンザイさん?」
僕の知らない人だった。
子どものいない家のことはわからない。
階段を登ろうとしたら警察官が制した。
「3階の住人です」
タモツくんが言う。
「ご一緒します」
別の警察官が言った。
僕らは何も言わずに3階まで階段を登った。タモツくんはずっと僕と手を繋いでくれた。僕はタモツくんとあそこで会って本当によかったと思った。僕ひとりだったらどうしていたろう?そして春にはタモツくんが団地を去ることを思い出し急に心細くなった。
3階まで登ると、警察官は立ち止まった。
「ありがとうございます」タモツくんが警察官に頭を下げた。
もうだいぶ夕日は傾き、団地の廊下の照明が点いた。
僕たちは廊下を歩き出した。
その時タモツくんが「お巡りさん」と警察官を呼んだ。
「B棟の屋上に誰かいます」
僕は慌てて向かいのB棟を見た。
「何人もいたら野次馬かもしれませんがひとりだけっておかしくないですか?」
警察官は無線で「B棟屋上」と言った。
警察官は僕らと一緒に廊下を歩き、僕とタモツくんがそれぞれ部屋に入るのを見届けた。
僕にとってその日の出来事はそれだけだ。
事件のことは詳しくはわからない。
タモツくんが団地を去るまでの半年ほどの間に、僕は何度かタモツくんに会うことがあった。冬休みの算数の宿題も教えてもらった。
タモツくんがどこに行くのか知りたかった。
でも最後まで訊けないで終わってしまった。
僕も団地を越すことになった。あの時のタモツくんと同じ歳になっていた。
タモツくんは団地を出てから一度も帰って来なかった。
カンザイさんの部屋はその後も誰かが住んでいるようだった。
わからないことばかりだけど、知りたいとも思わなかった。
ただタモツくんのことを思い出すたび、タモツくんは今どこで何をしているのだろう。そう思うのだった。



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