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運び屋-【写真de妄想】#青ブラ文学部

昨日は予報を裏切る大荒れの天気だった。
ゲリラ豪雨で済ませるには強すぎる雨と雷。流石の相手も「今日は中止だ」と連絡してきた。
高校の野球グランドが見える。
電話ボックスから右にふたつ目の電柱の側に立つ。
電柱に「小橋2丁目6」と書かれたプレートが巻かれ、そのプレートと電柱の間に紙が挟んである。
ちぎれないようにそれを出す。
二つ折りのそれを開く。
住所が書かれてある。
それをスマホに打ち込み地図で確認する。
おそらくこれが30年ほど前だったら、電話ボックスの電話帳に地図が挟んであるのだろうな。などと思うのは昨夜見た映画のせいかもしれない。
指定時刻は四時半。後1時間弱。
ここからだったら歩きでも十分間に合うが歩いて行くはずがない。
自分は電話ボックスの側に停めたバイクに向かって歩き出す。
野球グランドから金属バットで球を打つ音がする。
その音は30年前と変わらないような気がした。
ふと、道路に野球の球が落ちているのを見つけた。

思わず拾い上げる。
磨かれて入るが使い込まれているのがわかる。
縫い目の糸はほとんど黒くしか見えないが、元は青色だとわかる。
耐水加工された球だ。
これは30年前にはそうそうお目にかかることはなかった。
今でも普通のボールより高いはずだ。
公立高校じゃなかなか新しいものを用意するのも難しいだろう。通りがかりにグランドに投げ込んでやろうと、らしくない親切心がわいた。
ボールを拾いジャンバーのポケットに入れる。
バイクのところに戻り、ヘルメットを被る。
バイクに跨ろうとした時、向こうから野球のユニホーム姿が近付いてくるのが見えた。
何やら下を向いて歩いている。
ひょっとしてボールを探しに来たのだろうか?
一度被ったヘルメットを脱いで、ユニホーム姿の少年に歩み寄る。
野球部の白い練習用のユニホーム。だけど、ほとんど汚れていない。
「ボールを探しているのかい?」
声をかけ、ポケットから拾ったボールを取り出した。
少年はびくりと肩を動かしたが「はい」と頷いた。
少年は小柄だった。160cmもないかもしれない。自分も高校3年間で20cm伸びた。
「これでいいかな?」
ボールを手渡すと「ありがとうございます」と受け取った。
「あのう。ボールひとつだけでしたか?」
「うん。落ちてたのはこれだけだ」
少年はしょんぼりと肩を落とした。
「あといくつあるんだ?」
「もう一球なんですけど」
自分が気づかなかっただけで、ひょっとして落ちているかもしれない。
バイクまで再び戻る。バイクの陰になっているかもしれない。
と、ふとバイクの隣の電話ボックスを見た。電話ボックスの下は少し隙間がある。そこにあるかもしれない。
覗いてみたが見当たらない。
ひょっとしてと、電話ボックスから少し離れてボックスの上を見た。
「あった」
自分の声に少年が駆け寄ってきた。
「見える?電話ボックスの屋根の上」
「えっと…」
少年は背伸びを何度かそて、今度は飛び跳ねた。
「あっ」
見えたのだろう。
だけど次の瞬間にはまたしょんぼりと肩を落とした。
電話ボックスの向こうにガードレールがある。
彼には無理でも自分がそこに登ったら手が届きそうなところにボールはあった。
ガードレールに足を乗せる。自分の身長は183cm。自販機とほぼ同じ。ガードレールは70cmほどだろうか?余裕で電話ボックスの屋根が見えた。おかしな話だが、もっと鳥の糞まみれだと思っていたがそうでもなかった。
腕を伸ばしてボールを取る。
そして、電話ボックスの壁に手をつき、ガードレールの端まで移動して、飛び降りた。
「はいこれ」
ボールはやはり縫い目が青い耐水加工ボールだった。
「ありがとうございます」
少年は頭を下げた。
「こんなところまで打つ子がいるんだ?」
こちらの言葉に少年は笑顔で「はい」と答えた。
「清原の再来とか松井2世とか呼ばれています」
と選手の名前を教えてくれた。
「君は?」
練習着に名前はない。
彼は「僕はマネージャーなんです」と言った。
ユニホームが綺麗な理由がわかったような気がした。
自分はバイクを押して、少年と一緒に歩いた。
「ボールは君が磨くの?」
「いえ。全員で磨きます」
「そうなんだ」
なぜかホッとした。
「部活動費が決まっているので、今年はもうボールを買えないんです」
と少し声のトーンが低くなった。
やっぱりそうか。と思った。
「お兄さんはバイカーですか?」
彼から見れば父親と言ってもいい歳だ。それをお兄さんと呼ぶ彼の心遣いが少しくすぐったかった。
「うーん。所謂、バイク便だ」
本当は違う。モノを運ぶのには違いないが、今日はたまたまバイクなだけだ。
「え?お時間、大丈夫ですか?」
バイク便はスピード勝負だと知っているようだ。バイク便に限らず配送業は1日に幾つ運べるか?が重要である。
そのへんも自分は少し違う。
内ポケットに入っている小さな袋。これを届けたら1ヶ月は余裕で暮らせるだけの報酬が貰える。
「指定時間にまだ余裕があってね」
そこは本当だった。
少年は少しホッとしたようだった。
グランドの入り口が見えてきた。
そろそろ少年とはお別れだ。
名前も知らないままか…と少し寂しく思った。
彼に名前を訊いたら、こちらも名乗らなくてはならない。それはたとえ相手が高校生であっても避けたいところだ。
「タキモト、ボールあった?」
グランドから体格のいい選手が声をかけた。
少年は両手に持ったボールを見せながら「あったよ」と答えた。
「こっちなんか、電話ボックスの上に上がってた」
「おまえ、よく取ったな」
体格のいい選手は目を丸くしている。
「バイク便のお兄さんに取ってもらった」
とこちらを向いた。
グランドの中の体格のいい選手だけでなく、その周りの部員も一斉に帽子を取って「ありがとうございます」と頭を下げた。
驚いた。
くすぐったい気持ちになって「いやいや」と手を振った。
タキモトくんが「あの大きいのがこのボールを飛ばした犯人です」と言った。
「頑張って、甲子園出るんだよ」
とこちらが言うとさっきよりも人数が増えていた野球部員たちが一斉に「はい」と頷いた。
タキモトくんがグランドに戻る。
自分はバイクに跨り、グローブをはめ、エンジンをかける。
これから向かうのは彼らが知らない場所。知らなくていい場所だ。
ボールの感触がバイクの振動で薄くなっていくのを感じながら、自分は目的地に向かってバイクを走らせた。



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