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袋麺も作れない女の話

数日前からオーブンレンジの様子がおかしい。なんとも苦しそうな音をしている。先週から予兆はあった。オートミールを米化しようと水を注いだオートミールをレンジに入れたところ、1分×3回ほど回したがぬくもりを返してこなかったのだ。その後4回目でなんとか米化に成功したものの、その後はかろうじてオーブン機能は使えるもののレンジの温めるという機能は完全に停止した。

故に数日の間「レンジなし生活を前向きにチャレンジしている」という体で鍋をせいろにして冷凍ご飯を温めたり、蒸しパンを作ったりしている。

ふきんに包んで蒸した雑穀米は、レンジで暖めるよりも水分を含んでふっくらプリッと炊きたてのような雰囲気を醸し出しており、毎日おいしくて最高なご飯がさらに美味しい気がする。うん、悪くない。ごはんがあたたまるのを待つ時間もまた贅沢だ。

しかし、リモートワーク中の休憩中のご飯事情となると悠長にご飯を蒸している時間はない。今日はスーパーで前々から買いたかった今をときめく大人気キャラクターとのコラボパッケージが可愛い袋麺(ラーメン)をいただくことに。お米がなければオートミールを米にする。とにかく時短でランチは済ませて30分は寝たいという私。即席麺とはよく言ったものでありがたい気持ち。

ふと、一人で即席麺を作るのは久しぶりだなと思った。そこで遠い昔の記憶が蘇る。あの、京都に消えた男の話。麺を茹でながら思い出した記憶にしばしお付き合いいただきたい。


彼は慎重187cmほどの長身、顔は俳優の速見もこみち風のいわゆるイケてるお顔であった。そんな外見に口元は唇が薄く、ひげのせいで猫のように広角が丸っと上がって見える外見から、人に彼のことを話す時は「猫」と呼んでいた。

(ちなみにその人への恋心をこじらせていた頃に私が匿名で発信に使っていたブログのタイトルは「困った顔で笑う猫」という。残っているかもしれないけど決して探さないで欲しい。決してだ。)


芸能の仕事をやっていたこともあるらしくそれも納得の容姿というか、彼の仕事場で出会って、向こう側から私の名を呼び歩いてくる姿を見て一目惚れだった。困った顔で笑われるとなんでも許してしまういわゆるダメな恋愛で、運命的だと思った出会いを皮切りに、私が長く勤めていたダメンズ製造メーカーは最盛期を迎えたのではないだろうか。

よくぞまぁ、私もうまいことお近づきになったなぁと思うのだけど、一度はその職場との関わりもなくなり猫との接点は完全になくなったものの、1年越しでお家に遊びにいって一時期寝食を共にする仲になった。

この頃の私は自己肯定感が地底の底に辿り着くのではないかと言うほどであった。(今思えばだけど)モラハラ彼氏とお付き合いをしていた経験があったこともあり、求められればなんでも言うことを聞き「いい女」を演じようと必死だった。かと思うと、腹の底では納得がいっていなくて怒り狂っているものだから、そのコントラストに心が毎日千切れそうだった。実に健気だ。今すぐ過去に戻ったら私が抱きしめて泣き言をいっぱい聞いてあげたいし、あいつもこいつも右から並ばせて一発ずつお見舞いしてやりたいと思う。うん、そう思っていた時も今は過ぎた。


そんな若き私。「買い物に行ってくるからその間にこれ作っておいて」と猫に即席麺を渡されたことがある。お料理もたいしてせず、お好み焼きぐらいしか作れなかった私は、最初のお宅訪問で「冷蔵庫にあるもので何か作って~」と言われネギの謎の焼きものを作ってしまい絶句されるという経験値を得ていた。

ネギがたっぷりの焼き物あるじゃないですか、ねぎ焼きって言うんですけど。それになるかなと思ったんですよね。あれって万能ねぎの方のねぎかもしれないけど。だってそれしか冷蔵庫にないんだもん。そんなん長ネギ刻んで粉入れて焼くじゃないですか。

まぁそんなこともありつつ、名誉挽回に燃える私。茹でるだけなんだけど。

袋麺なら父親が週末になれば作ってたし、馴染みもあるし楽勝だと当時の私は思ったのです。



そんなところで、現実の麺が茹であがる。本日はウインナーとキムチを炒めたものと最後にかいわれを添えて黃、赤、緑で色合いもバッチリな即席麺の完成。冷凍庫から朝のうちに出しておけば、と思っても後の祭りなので、冷蔵庫にあるのもので。今ならあの長ネギで私は何を作るだろうか。そんなことを思ったが、多分買い物に行くだろう。絶妙な硬さに茹で上がった麺と具材を器に盛りながら私は過去の麺に思いを馳せる。



その即席麺楽勝リベンジの結果はどうなったかというと「こんな簡単なことなら失敗してはいけない」というプレッシャーに負け、麺のちょうどいいで具合を悩みながら時間だけが過ぎてぐべぐべに。ありません?意識すればするほどやっちゃうみたいな。好きになんてならない、ならない…と考えれば考えるほど沼だとか。うまくいかない恋愛の最中は、普通にこれはやらないでしょうということを平気でやって地雷、とか。腫れ上がった喉に頭突きをかましてキレられるとか。そんな出来事が嘘みたいにちゃんと起こるのだ。

帰ってきて麺を食べた猫は「○○ちゃんは麺もゆでられないの?」と心底がっかりしたような顔で言った。そこには同情のような色も見えた。

泣きたかった。いや、泣きたいのなんて毎日だった。料理が得意な子が好きがだと言うから私でも美味しく作れる料理を調べて、食材も揃えて頑張った。馬のことがが話せる子がいい、いやむしろ話せないのはダメだ、と言われて馬の血統を勉強して日曜日は競馬番組も見た(この血統のネタここでやってたのか)さも当たり前みたいに「え?これ出来ないの?○○ちゃんはいい女だけど、もっと頑張ってほしいな。頑張らないとダメだよね」なんて言いいやがる。雪の日に迎えに来いと言って車を出させたり、そのくせ呼び出しておいて寝たまま起きないとか、入院したと言われて病院名を聞いたがその地域中回ってもそんな病院はなく結局見つからない。そうかと思ったら退院後も振り回され、くたくたになって「もう知らん!」とほんの一週間程ほったらかしにしていたら京都に引っ越したとあっけらかんと言う。京都から来たんだからと、何も知らず呼び出された私に「せっかく会いに来てあげたんだから」と宿代を催促してくる。

全く私を大切にしないこの男。
困った顔したってもう可愛いとも思えない。


最初はもちろん付き合いたいと思って近づいたが、自分の本当に理想でないと付き合えないとか牽制されていた。なので側にいられれば、顔見られればと都合のいい女ムーブをキメていた。一緒にいるうちに何か気が変わったのか、何回か「付き合う?」と言われたことがある。酔ってる時ももちろん断ったけど、シラフの時も断った。迷うことはなかった。だってなんか嫌だった。付き合うのは絶対ムリだと思うだけのことがそれなりに毎日あった。なら何故一緒にいたのか。顔が好みだった以外に思い出せない。一生に一度くらい、めちゃくちゃ顔が好きな人と一緒にいる人生を体験したかった。思ったよりも、痛かったなぁ。

きっと私が自分自身を痛めつけたかったのだ。
そうしないと色々とバランスが取れない時だったんだと思う。


泣いて泣いて、日常の喜びの味も忘れた頃に、私は最後の最後にひどく傷つけられたことで目が醒める。怒りが行き過ぎて言葉も失くし、背中にめがけてメガネをぶん投げた夜だった。初めて訪れた街で深夜に一人で「スーパームーン」と呼ばれた月を見ながら涙したことを私は忘れないだろう。


遠くに行ったならこれはチャンス、と連絡先を消して着信拒否をした。物理的な距離があれば家に来られることもない!今なら電話に出ないだけでいい。その後も何度かあの手この手で連絡があったが、電話がかってきた瞬間に画面の「拒否」に指がおいてあったりと、見えない力に守られていた為それきりである。


年齢も隠していて私より4つくらい年下だといつだったか知った。年齢を知らせるために部屋の書類の片付けをさせたりしたこともあった。私は逆に4つくらい上じゃないかと、年上のつもりで普段から接していたので言い出しにくかったのかもしれない。色々言うことが支離滅裂だったり、お酒の量が尋常ではなかったり、とにかく嘘ばかりだから、何か様子がおかしかったのかもしれない。本当は京都になんか行っていないのかもしれない。


袋麺も作れない都合の良い女であった私に、君は見限られたのだ。そんな君の為にと涙を流して身も心も削り尽くした馬鹿な女にすらね。


悔い、改めよ。

そして永遠に、さようなら。



現実の麺とキムチの味が薄っすらと意識の上の方にのぼってくる。


だいぶ時間がたったようだ。今の私は袋麺を茹でられない私ではない。秘伝のスパイスの味は思い出とキムチに隠れてしまった。次に食べる機会があればあっさり風味でいただこう。そんなアレンジを考えられる余裕があるくらいの人間にはなった。冷蔵庫の中身で創意工夫もそれなりにできるし、大切にされていないことに毎晩涙を流すこともない。


どうだい、誰かの好みになれるように頑張ろうなんて微塵も思わないけど、あの頃よりは全然いい女だろう。


と、ひとりごつ。本日のランチタイム。



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