ていたらくマガジンズ__93_

阿吽昇天 Part1 #グラライザー

第1話
「阿吽昇天:装震拳士グラライザー(68)」

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「……で、だ」

 敵から奪った剣を喉元に突きつけたまま、俺は変身を解除する。

「リュウ。お前を蘇らせた黒幕は、誰だ?」

「ゲホッ……はは……息上がってるの初めて見たなぁ、グラライザー」

 この状況でなお、そいつはペテン師めいた笑みを浮かべている。

 人造人間リュウ。

 世界征服を目論む秘密結社<イザナギ>の大総統にして、俺の最強の宿敵だった男。

 そう。宿敵、だった。

 ──50年前までは。

「痛てて……にしても強えーなおい。今いくつだ? 70歳くらいか?」

「68だ。いいから答えろ。ジジイは気が短けぇぞ」

「誤差じゃねぇか。痛ってて……」

 リュウは喉元の刃を雑に払いのけて起き上がり、胡座をかくとこちらを睨めあげた。

「で、黒幕がなんだって?」

「とぼけんな。再生怪人が出てくるからにゃ、黒幕がいるだろ。そいつは誰だ。お前の尊厳のためにもぶっ潰してやるから、言え」

「怪人が生き返ったくらいじゃ驚かねぇか。年の功だな」

「てめっ──」

「まぁ落ち着け。気持ちは嬉しいが、今回はそういう話じゃない」

「……ンだと?」

「さっきのは腕試し。そんでこっからは……頼みごとだ」

 そう言うと、リュウは不意にペテン師めいた表情を引っ込め──神妙な面持ちで、その名を口にした。

「立花徳之助を、助けてほしい」

「は?」

 立花、徳之助。

 腐っていた俺の性根を叩き直し、正義の心を教えてくれた魂の師。俺の、おやっさんの名だ。しかし──

「待てよリュウ。おやっさんは」

「ああ。50年前、俺が殺した」

 リュウはあっさりと頷く。これはこれで思うところはあるが、それはさておき。

 ──おやっさんは、もう死んだ。

 それを、助ける?

「……話が見えん」

徳さんは今、死後の世界にいる」

「死後の……っておい、ちょっと待てなんだ徳さんって」

「いいから聞いてくれ、グラライザー。いや、千寿 菊之助

 そいつは胡座をかいたまま俺の名を呼び、両拳を地について頭を下げた。


「頼む。俺と一緒に、天国にきてほしい」


 …………………………は?

「……天国?」

「ああ、天国だ」

「そりゃお前アレか? パチンコ屋は天国だとかそういう」

「違う。普通の天国だ。徳さんはそこにいる」

 …………天国。

 頭を下げたままのリュウを見下ろし、俺はしばし考える。

 おやっさんが居る場所なのだとすれば、そこは本当にあの天国なのだろう。地獄の対義語で、一般には生前良いことをした者が逝ける、あの天国。だが──

「……悪の大総統が、なんで天国に居んだよ?」

「それは、その……色々あンだよ」

 言いながら顔を上げたリュウは、なんというかムスッとしていた。……そうやこいつ、昔よりも表情が豊かになった気がするな。と──そこでリュウはふいと目を逸らす。

「……とにかくだ、グラライザー。天国が今トラブっていて、徳さんがピンチ。で、お前の助けが必要。ここまでは良いか?」

「…………………………」

 ぶっきらぼうに、しかしやはりどこか懇願するように紡がれた言葉を、俺は無言で吟味する。

 今回ばかりは怪人の、それも宿敵の申し出だ。普段ならば絶対信用しないところだが──

「……リュウ。念のため言っておくぞ」

 俺はそこまでで、考えるのをやめた。このペテン師を相手に、信用するもしないもありはしない。

 リュウに再度、剣を向ける。

「おやっさんの名前まで出しといて、嘘だったりしたら──」

 ペテン師を睨みつけ、俺は言葉を続けた。

「そん時ゃ、もういっぺん殺すぞ」

 そいつは臆すでもなく、ただまっすぐに俺を見つめ返す。

 そして降参と言わんばかりに両手を上げ、いつもの調子でペテン師めいた笑みを浮かべた。

「わーかってるよ。徳さん殺した直後のお前の顔、ありゃトラウマだからな。50年経っても忘れやしねぇ」

「そうか。わかってりゃいい」

 俺は剣をおろした。まじでやりやがったら平成のヒーロー連中集めてボコボコにしてやる。

 頭の後ろで手を組んで余裕ぶった笑顔を浮かべるリュウに、俺はまず一番気になっていることを問いかけた。

「聞きたいことは山ほどあるんだが、とりあえず……天国に行くってのはどういうことだ。孫の顔見る前に死ねってか?」

「……あン? まさかお前、ガキがいんのか?」

 リュウが片眉をあげて問い返してくる。

「ガキどころじゃねぇ、もう人妻だよ」

「ああそうか、もう70だもんなお前」

「68だ」

「誤差だ誤差。……さてと」

 リュウは不意に言葉を切り、気だるそうに立ち上がった。相変わらずの西洋貴族風の黒づくめ。身長190㎝の大男。背が縮んできた俺には首が痛い。

 彼はポンポンと尻を払ってから、口を開く。

「まぁ順に説明する。が……ちょっと後回しだな」

 その眼光が鋭くなる。見据えるは、俺の背後。

「お客さんだな」

「ああ。グラライザー、剣を返せ」

「へいへい」

 俺は手にしていた剣を逆手に持ち換え、リュウの足下に突き立てた。そして自分の変身装置・装震拳グランナックルを取り出して振り返り──思わず目を見開いた。

「…………おいおい、まじかよ」

「ググフフフ……! 久しぶりだなぁグラライザー!」

 方や、3メートルくらいのイカのバケモノ。

「よーしぶっ殺ーす! 裏切り者の人造人間共々ぶっ殺ーす! 今すぐそこに直れー!」

 方や、両手に銛を持ったデカい二足歩行のシャチ。

「……なるほど、そういう感じか……」

 そんな二体と、そいつらが引き連れた藁人形めいた雑兵の軍勢を目にして、俺は思わずため息をついた。

 忘れもしない。イカの方はイカオーガ。シャチの方はシャチデビル。

 ──そいつらは、30年ほど前に俺が壊滅させた組織の、幹部怪人だった。

(つづく)

(註釈)本記事はこちらの本連載版です。

◆宣◆
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