阿吽昇天 Part1 #グラライザー
第1話
「阿吽昇天:装震拳士グラライザー(68)」
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「……で、だ」
敵から奪った剣を喉元に突きつけたまま、俺は変身を解除する。
「リュウ。お前を蘇らせた黒幕は、誰だ?」
「ゲホッ……はは……息上がってるの初めて見たなぁ、グラライザー」
この状況でなお、そいつはペテン師めいた笑みを浮かべている。
人造人間リュウ。
世界征服を目論む秘密結社<イザナギ>の大総統にして、俺の最強の宿敵だった男。
そう。宿敵、だった。
──50年前までは。
「痛てて……にしても強えーなおい。今いくつだ? 70歳くらいか?」
「68だ。いいから答えろ。ジジイは気が短けぇぞ」
「誤差じゃねぇか。痛ってて……」
リュウは喉元の刃を雑に払いのけて起き上がり、胡座をかくとこちらを睨めあげた。
「で、黒幕がなんだって?」
「とぼけんな。再生怪人が出てくるからにゃ、黒幕がいるだろ。そいつは誰だ。お前の尊厳のためにもぶっ潰してやるから、言え」
「怪人が生き返ったくらいじゃ驚かねぇか。年の功だな」
「てめっ──」
「まぁ落ち着け。気持ちは嬉しいが、今回はそういう話じゃない」
「……ンだと?」
「さっきのは腕試し。そんでこっからは……頼みごとだ」
そう言うと、リュウは不意にペテン師めいた表情を引っ込め──神妙な面持ちで、その名を口にした。
「立花徳之助を、助けてほしい」
「は?」
立花、徳之助。
腐っていた俺の性根を叩き直し、正義の心を教えてくれた魂の師。俺の、おやっさんの名だ。しかし──
「待てよリュウ。おやっさんは」
「ああ。50年前、俺が殺した」
リュウはあっさりと頷く。これはこれで思うところはあるが、それはさておき。
──おやっさんは、もう死んだ。
それを、助ける?
「……話が見えん」
「徳さんは今、死後の世界にいる」
「死後の……っておい、ちょっと待てなんだ徳さんって」
「いいから聞いてくれ、グラライザー。いや、千寿 菊之助」
そいつは胡座をかいたまま俺の名を呼び、両拳を地について頭を下げた。
「頼む。俺と一緒に、天国にきてほしい」
…………………………は?
「……天国?」
「ああ、天国だ」
「そりゃお前アレか? パチンコ屋は天国だとかそういう」
「違う。普通の天国だ。徳さんはそこにいる」
…………天国。
頭を下げたままのリュウを見下ろし、俺はしばし考える。
おやっさんが居る場所なのだとすれば、そこは本当にあの天国なのだろう。地獄の対義語で、一般には生前良いことをした者が逝ける、あの天国。だが──
「……悪の大総統が、なんで天国に居んだよ?」
「それは、その……色々あンだよ」
言いながら顔を上げたリュウは、なんというかムスッとしていた。……そうやこいつ、昔よりも表情が豊かになった気がするな。と──そこでリュウはふいと目を逸らす。
「……とにかくだ、グラライザー。天国が今トラブっていて、徳さんがピンチ。で、お前の助けが必要。ここまでは良いか?」
「…………………………」
ぶっきらぼうに、しかしやはりどこか懇願するように紡がれた言葉を、俺は無言で吟味する。
今回ばかりは怪人の、それも宿敵の申し出だ。普段ならば絶対信用しないところだが──
「……リュウ。念のため言っておくぞ」
俺はそこまでで、考えるのをやめた。このペテン師を相手に、信用するもしないもありはしない。
リュウに再度、剣を向ける。
「おやっさんの名前まで出しといて、嘘だったりしたら──」
ペテン師を睨みつけ、俺は言葉を続けた。
「そん時ゃ、もういっぺん殺すぞ」
そいつは臆すでもなく、ただまっすぐに俺を見つめ返す。
そして降参と言わんばかりに両手を上げ、いつもの調子でペテン師めいた笑みを浮かべた。
「わーかってるよ。徳さん殺した直後のお前の顔、ありゃトラウマだからな。50年経っても忘れやしねぇ」
「そうか。わかってりゃいい」
俺は剣をおろした。まじでやりやがったら平成のヒーロー連中集めてボコボコにしてやる。
頭の後ろで手を組んで余裕ぶった笑顔を浮かべるリュウに、俺はまず一番気になっていることを問いかけた。
「聞きたいことは山ほどあるんだが、とりあえず……天国に行くってのはどういうことだ。孫の顔見る前に死ねってか?」
「……あン? まさかお前、ガキがいんのか?」
リュウが片眉をあげて問い返してくる。
「ガキどころじゃねぇ、もう人妻だよ」
「ああそうか、もう70だもんなお前」
「68だ」
「誤差だ誤差。……さてと」
リュウは不意に言葉を切り、気だるそうに立ち上がった。相変わらずの西洋貴族風の黒づくめ。身長190㎝の大男。背が縮んできた俺には首が痛い。
彼はポンポンと尻を払ってから、口を開く。
「まぁ順に説明する。が……ちょっと後回しだな」
その眼光が鋭くなる。見据えるは、俺の背後。
「お客さんだな」
「ああ。グラライザー、剣を返せ」
「へいへい」
俺は手にしていた剣を逆手に持ち換え、リュウの足下に突き立てた。そして自分の変身装置・装震拳グランナックルを取り出して振り返り──思わず目を見開いた。
「…………おいおい、まじかよ」
「ググフフフ……! 久しぶりだなぁグラライザー!」
方や、3メートルくらいのイカのバケモノ。
「よーしぶっ殺ーす! 裏切り者の人造人間共々ぶっ殺ーす! 今すぐそこに直れー!」
方や、両手に銛を持ったデカい二足歩行のシャチ。
「……なるほど、そういう感じか……」
そんな二体と、そいつらが引き連れた藁人形めいた雑兵の軍勢を目にして、俺は思わずため息をついた。
忘れもしない。イカの方はイカオーガ。シャチの方はシャチデビル。
──そいつらは、30年ほど前に俺が壊滅させた組織の、幹部怪人だった。
(つづく)
(註釈)本記事はこちらの本連載版です。
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◆宣◆
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