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21XX年プロポーズの旅 (13/最終回特別拡大版)

(承前)

- 13 -
- 最終回特別拡大版 -

 気を失ったアーサー達を置いて、僕らは月面ターミナルを脱出した。町中には他の兵士もいるかもしれないと考えた僕らは、適当なビルの屋上で一休みすることにしたのだった。

 ここは月面基地。地球人類が初めて宇宙に出て、上陸した場所だ。

 辺りには心地よい陽の光が降り注いでいる。月面は地面が白いので、昼間は街全体が輝いて見える。なんとも幻想的だ。

「そういえばオクト、クライアントは?」

 街を見下ろし、疲れから無言のまましばらく経って。先に口を開いたのはリカコだった。

「えーっと……あと30分くらいかな。そろそろ行かなきゃ」
 僕は時計を見ながら答えた。
 そう、日食の開始予想時刻までは残り30分ほど。それまでに、色々と準備が必要だ。

「まずはボロボロの服を着替えよう。そんで、サウスエリアのレストランに行く」
「オッケー」

 ──よし、間に合うぞ。アーサーを無事撒けてよかった。

 引き続き兵士たちとのエンカウントを警戒して、僕らはビルの屋上を飛んで渡る。そして、5つほどの屋上を渡り歩いた頃──

ズンッ

 派手な音と共に、僕らの前にガラハッドとマーリンが落ちてきた。
「また会ったなァ、盗賊ども」
「間に合ったようじゃな」

「うげっ……!?」僕は思わず声を漏らす。

 上空には"王国"の中規模楔形宇宙船。老人二人以外にも、"王国"仕様の宇宙鎧に身を包んだ兵士たちが降下してくるのが見える。あれで追いついてきたらしい。
 まさかこの短時間で月までくるなんて。完全に計算外だった。アーサーだけならまだしも、この二人と"王国"軍みんなを相手に、残すところわずか……15分。

 …………逃げきれるか?
 思案する僕の側で、リカコが突然声をあげた。

「よし、決めた!」
「え?」

 そして彼女は、僕の頭を鷲掴みにする。

「へ?」

 僕の視界が急激に流れる。

「オクト、ここは私に任せて!」
「ちょっ、待っ──」

 リカコは、南に向かって僕をぶん投げた。

「ああああああ〜〜〜〜!!???」
「お爺ちゃんたち、私が相手よ!」

 ロケットみたいな速度で射出された僕の視界には、ガラハッドとマーリンを相手取り、リカコが大立ち回りを始めたのが見えた。

 ──いやリカコ!!! カッコいいけど違う、そうじゃない!!!

 ここにきて襲いきた致命的なすれ違いに、僕は頭を抱えるしかない。そもそもクライアントなんて居ないし、リカコがいなきゃ始まらないし、リカコがいなきゃ終われないのに!

「あーーーもうなんでこう──」
「見つけたぞ、"オクト"」

 吹っ飛びながら叫ぶ僕の横に、アーサーが現れた。兜はつけていない(たぶん壊れたんだろう)が、しっかりと宇宙鎧を着込み、剣を構え……なにやらやる気満々の様子だ。

「お前の目的や指輪の効果がなんであれ、全て止めれば良いのだ。もう惑わされん──」
「今それどころじゃないからほっといてくんない?」

 僕はぴしゃりと言い放って、アーサーのセリフを潰した。ギョッとした彼には構わず、僕は進行方向を見つめて思案する。

 ──プロポーズ大作戦、失敗の危機だ。

 残り30分で"王国"の連中を撒いて、リカコと合流して、予約していたレストランに連れていって、なんならそれなりのおめかしをして……?

 どう考えても無理じゃん。くそ、最高のプロポーズの予定が──

「最高の、プロポーズ」

 放物線の頂点まで至り、自由落下をはじめた頃、僕は不意に思い至った。

「貴様……真面目にやれ!」
 アーサーが言葉と共に振り下ろした剣をひょいと躱し、僕は腕を組んだまま思案する。

 ──今回のプロポーズ大作戦には、2つの目標がある。
 ひとつは"ダイヤモンド・リング"……月面で日食を見ること。これはほぼ間違いなく達成。もうひとつは、彼女にプロポーズを悟られず、サプライズでプロポーズをすること。これも現状達成。

 じゃああと、最高のプロポーズに足りないのは……最高のシチュエーション。それって、高級レストランがそうなのか? 本当に?

「このっ……!」
「わっ!? 危ないなもう」

 アーサーは宇宙鎧のブースターで器用に体制を制御しながら、僕に剣を繰り出して──……ん? アーサー?

 ──「ちょっとちょっと!? とんだ大物じゃないの!」
 ──「"オクト&レオン"、レッツゴー! キャハッ!」
 ──「星間バスをかっぱらうわよ」
 そういえば今回の騒動、アーサーが出てきてからリカコはすっごいいい顔してたんだよなぁ。

 そのアーサーは懲りずにブンブンと攻撃してくる。全部避けながら、僕はリカコの笑顔の理由を考え──

 ──「"オクト&レオン"は最高だ」

「……あ、そっか」
 自分がアーサーに向けて言い放った言葉が脳裏をよぎって、僕はぽんと手を打った。
 高級レストランだとか、観覧車の中だとか、光に溢れたお花畑とか。そんなもんは、僕らにとっての最高のシチュエーションじゃなかったんだ。なんたって──"オクト&レオン"は最高だから!

「こうしちゃいられない。戻らなきゃ!」
「なっ!?」

 急に叫んだ僕に驚いた様子のアーサーを尻目に、僕は懐からジェットパックを取り出した。

 そして──アーサーに向けて噴射する。

「ぬぅっ!?」
 空中で火だるまになった彼を放置して、僕はジェットパックを背負う。

 そしてもと来た方──リカコの元へと飛び立った。

***

 5分ほどしか経っていないのに、彼女は元いたビルの屋上で敵に囲まれていた。大ピンチだ。

「"レオン"!」
 僕は上空で彼女の名を呼び、飛びながら懐に6本の足を突っ込んだ。兵士たちの視線がこちらに集まる中、その場で錐揉み回転すると──遠心力で6本の足が引き出され、孔雀の翼のように展開した。

 剣刀槍斧鉈チェーンソー。各足に武器を持った僕はジェットパックの勢いのままに、リカコを取り囲む兵士たちに突っ込んだ。彼らを切り刻み、吹っ飛ばしながら、僕は片膝(?)立ちで着地。

「なっ……!?」「タコ……グアッ!?」

 各足に持った武器で兵士たちを切りつけながら、僕はリカコのもとへと走る。そこへガラハッドのガトリングが火を噴いた。僕は飛び上がって回避。フレンドリーファイヤーで数名の兵士が犠牲になる。

「"オクト"ォォォ!」

 宙に浮いた僕に向かって突っ込んできたのは、顔に火傷を負ったアーサーだった。彼は突進の勢いを乗せ、剣を繰り出す。僕はタイミングを合わせ──手にした全ての武器を、同時にぶつけた。

 衝撃と閃光が迸る。

 アーサーが墜落。僕はそれに構わず、6本の足を懐に突っ込んで6丁のサブマシンガンを取り出すと、引き金を引きながら回転した。弾丸の雨がリカコ以外に降り注ぎ、一掃する。

 弾が尽きるまで撃ちまくった僕は、リカコの傍に着地した。
「オクト……!」
 リカコはボロボロで、立っているのもやっとな状態だ。僕は彼女の頭をひと撫でして、声をかけた。
「無理させてごめんね、"レオン"」

 先ほどの弾丸の雨で、"王国"の兵士はほぼほぼ戦闘不能になった。残るはガラハッド、マーリン、そして……剣を杖がわりに立ち上がったアーサー。

「あとは任せて。大丈夫、君は僕が守るから!」
 彼女を両手でお姫様抱っこして、僕は2本の足でしっかりと地面を踏みしめる。

「この強さ……貴様、今まで手を抜いていたというのか」
 アーサーが剣を構えた。"王国"の連中は皆一様に意外そうな顔をしている。

「いやまぁ、隠してたつもりはないんだけど」と僕はかぶりを振り、言葉を続ける。「さっきまではね、穏便に帰ってもらおうって思ってたんだ」

 そう、ここまで僕は本気で戦うつもりはなかった。地球の重役を殺しても百害あって一利なしだし、とりあえず撒いてプロポーズができればそれでよかったんだ。

「ただ……予定を変更した。あなたたちの生死は問わない」
 僕は言葉を切って、残った4本の足に再び武器を構えた。斧、サスマタ、サブマシンガン、ミニガン。男どもに緊張が走る。リカコが僕の首に抱きついてくる。最高。

「忘れてるみたいだけど……」
 僕はニヤリと笑ってみせた。

「僕は"オクト"。この手はどんな扉も開けることができ、そしてどんな武器も使いこなせる──8本足の、殺し屋だ」

***

 "王国"の3名は、流石に息のあった連携プレーで僕と互角に渡り合っている。格好つけたものの、お姫様抱っこしたままで全力運動を続けるのはなかなか骨が折れる。

 5分ほど続いた戦いの後、その時が遂にやってきた。

 空がトプンと暗くなった。

「! はじまった!」

 僕が笑顔で空を見上げたのにつられて、その場の全員が空を見上げる。それまで月を照らしていた太陽が、円形に抉れている。

「日食……!?」
 声をあげたアーサーに向き直り、僕は微笑む。
「そゆこと。さて、ここからは時間との勝負だ」

 僕は彼らの足元にサブマシンガンを掃射して間合いを取る。そして懐から、指輪のケースを取り出した。
 それを見た"王国"の3人衆が血相を変える。

「やっ……やめろ! それを開けるな!」
 はじめに動いたのはガラハッドだった。ガトリング義手をこちらへ向けて発砲してくる。僕は飛び退いてそれを回避し──同時にサブマシンガンを発砲。「ぐあっ!?」彼の左肩から腹にかけて穴が空く。

「此奴っ……!」
 次に動いたのはマーリン。手足が3倍に膨らんで殴りかかってきたが、僕はそれをミニガンで蜂の巣にした。

「ガラハッド! マーリン!」
 叫ぶアーサーには構わず、僕はリカコに顔を向けた。

「"レオン"……いや、リカコ。実はね、クライアントがって言ってたのは嘘だったんだ。」
「えっ?」
「本当は……君に伝えたいことがあったんだ。サプライズってやつ」
 お姫様抱っこしたリカコに、僕は指輪ケースを差し出し──その蓋を開いた。

 ムーンフォース・リング。最高の指輪についた最高の宝石が、欠けゆく陽の光を受けて眩く輝きだす。

「まあ!」
 リカコはうっとりとそれを眺める。その顔を宝石の光が照らし出す。ああなんて可愛いんだ……。

「や、やめっ……!」
 リカコのあまりの可愛さに取り乱したのか、アーサーが剣を構えて駆けてくる。僕は繰り出された剣戟を斧で受け、サスマタで彼を吹き飛ばした。「ぐあっ!?」と呻き声を残して、アーサーはビルから落ちていった。

 よし、静かになったぞ。

 日食はとうとう大詰め。その間にも、ムーンフォースリングは月の反射光を吸収し、その輝きを増していく。
 僕はリカコを下ろした。

「リカコ」

 そして、彼女の前に片膝をつき、指輪を差し出した。

「僕らは最高のコンビだ。これまでも……そして、これからも。死が二人を分かつまで」

「テツ……それってもしかして」
「うん」
 僕は大きく息を吸った。彼女の目を見つめ──口を開く。

「結婚しよう」

 リカコの目に涙が溢れる。彼女は両手で顔を覆い、そして激しく頷く。
 彼女が俯いた隙に、僕は偏光レンズを取り出して掛けると、空に視線を移す。

 煌々と輝いていた太陽は、既に9割がた地球の陰に覆われていた。逆光を浴びて、地球の輪郭は眩く輝いている。僕が見ている間にも、太陽の光が収束し、宝石を形作っていく。

「ねぇリカコ、顔を上げて。僕が月にきたのは、リカコにこれを見せたかったからなんだ」

 僕はリカコに声をかけ、偏光レンズを手渡した。彼女は言われた通り空を見上げ──"ダイヤモンド・リング"を目にした。

「すごい……! 指輪みたい!」

 そう言った彼女の指に、僕は指輪を嵌めた。活性化したそれは、一際強い光を帯びている。

「そしてね、このムーンフォースリングは──」

「死ねぇっ!」
 アーサーの怒声が僕の言葉を遮った。日食の闇に紛れて背後から振り下ろされた凶刃は、僕にとっては避けられない一撃だ。

「っ……テツ!」
 リカコが僕の名を呼び左手を伸ばすが──届かない。
 僕の身体にアーサーの刃が触れ、走り抜ける。

 ──そして、崩れ落ちたのは、アーサーのほうだった。

「なっ……!?」
 呻き、アーサーは膝をつく。その背にはバッサリと袈裟懸けに裂傷が走っていた──そう、僕が斬られたのと同じような位置だ。
 ちなみに僕は無傷。僕は彼にも聞こえるように、リカコへの説明を続けた。

「この指輪は活性状態において、"持ち主やその大事なモノへの攻撃を反射する"……謂わば守りの指輪だ」

 だからこそ僕はこれを盗んだ。
 ていうか、なにかを滅ぼす力がある指輪を婚約指輪なんかに選ぶわけがない。僕をなんだと思ってるんだ"王国"の連中は。

 僕が無事で安心した様子のリカコは、不意に首を傾げた。

「あれ? じゃあ、地球が砂になったのって?」
「大方、別の惑星の連中が悪さしたんでしょ。たぶんその惑星も砂になってると思う」
「な……なんだと」

 僕はアーサーに顔を向ける。

「この指輪のせいで地球の7割が滅んだんじゃない。むしろ、この指輪のおかげで3割の土地が護られたんだよ」

 アーサーは血を吐き、瀕死の様相だ。僕の身体を真っ二つにする勢いで斬り裂いていたんだから、無理もない。

「考えてもみなって。地球で残った土地は三角形でしょ? 放射状に広がる"破壊"の波をこの一点で切り裂いた結果が、あの形だよ。あれが証拠」

「ば……馬鹿な……」
 顔面蒼白でそう呟いたのを最後に、アーサーは倒れ伏し、二度と動くことはなかった。

 僕らは再び空を見上げる。

 日食はピークを迎え、"ダイヤモンド・リング"はただのリングになった。
 あたりは真っ暗。屋上には僕ら以外に動く者はおらず──暗闇に紛れて、僕らは口づけを交わす。

「これからも最高の旅をしよう、リカコ。愛してる」
「うん、テツ。愛してる!」

 地球が少しだけ動いて、"ダイヤモンド・リング"が再び現れる。

 ──その光は、最高の旅の幕開けを祝福しているようだった。


- 21XX : Say Marry Me on the Moon -


CAST

🐙Tets "OCTO" : Steven Segal

🦎Rikaco "LEON" : Michelle Lewin

⚔Arthur : Taron David Egerton

🧔Galahad:Samuel L. Jackson

👴Merlin : Sir Ian Murray McKellen

Dong "Wooper Looper"(voice) : Ryusei Nakao

Mars Diplomat : Atsushi Itoh


「死刑じゃ! "王国"の連中めぇッ!」

 火星政府の宇宙船。そのコクピットで、体長3mのウーパールーパーが暴れている。

「なりませんドン様。我々は彼らを助けに──うわぁっ!?」
「うるさいわ!」

 ウーパールーパーを諫めようとした火星人類──火星の外交官は、頭を掴まれて放り投げられ、コクピットから放り出された。
 分厚い扉が閉まる。外交官が扉を叩く音が聞こえるが、ウーパールーパーは無視することにした。

「彼奴らめ、我を阿呆呼ばわりしおって──」

 ガンッ!

 突如響いた破壊音が、ウーパールーパーの言葉を遮った。
「えっ?」

ガンッ! メキメキメキッ! ガンッ! ガガガンッ!

 上から聞こえるその音に、ウーパールーパーは顔をあげ──拳の形にヘコんだ天井を目撃した。

「な、なに──」
 ウーパールーパーの言葉は、最後まで続かなかった。

ガゴンッ!

「ぴょっ──」
 轟音とともに天井に大穴が開いて、ウーパールーパーは中の空気ごと宇宙空間に吸い出され──宇宙の塵となった。

「…………リカコ、今なんか飛んでいかなかった?」
「ペットじゃない?」

 そんな会話とともに、"オクト&レオン"の二人はコクピットに降り立つ。

「さてと……船も調達したし、早速出発だ」
「ねぇテツ。せっかくの新婚旅行だしどっか遠いところに行きたいな」

 極悪人二人の平和な会話を、火星の外交官は震えながら見て。

「なんで私ばっかり、こんな目に会わなきゃならないんだ……」

 心の底から、そう呟いた。

STAFF

Publishing Platform : note

Header Design : Momonoji

Header Illustration : いらすと屋

Header Photo : Tyler van der Hoeven on Unsplash



Presented by

Tate-ala-arc Publishing



Scenario and Imaginated by
Momonoji



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21XX年プロポーズの旅

- 完 -


この物語はフィクションであり、
実在の団体や国家、惑星、宇宙人などとは関係がありません。
STAFF欄は事実ですが、CASTは全部嘘です。




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桃之字/犬飼タ伊
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