碧空戦士アマガサ 第1話「邂逅」 part6(完)
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「姐さん! 姐さんってば!」
「あ……?」
タキの声に、晴香は意識を取り戻した。
焦げくさい匂いが鼻をつく。瞼を開けると、タキが暴徒を持ち上げてぶん投げていた。
「……!」
現状を思い出し、晴香は飛び起きた。
すぐそばで車が煙を吹いており、その向こうから戦闘音。時折車が大きく揺れる。破られたはずの結界が再び張られているようで、周囲で暴徒たちがノビている──最後のはタキがやったのだろうと晴香は思った。
「よかった、正気っスね!」
「……どのくらい寝ていた?」
立ち上がり、青アザだらけのタキに問いかける。
付近にはアマヤドリと呼ばれた化け物の姿はない。全てアマガサに集中しているようだ。
「たぶん、5分くらいっス……うおっ!?」
駆け寄ってきた暴徒が振り下ろした鉄パイプをタキが受け止めた。その背後から消火器を持った暴徒が飛び出してくる。晴香の前蹴りがその二人を同時に吹き飛ばした。
「ひゃー、痛ってぇ……」
間の抜けた声を出すタキの背後で、再び車が大きく揺れた。
「……おい、この車」
「あー、はい、ウチの車っス。……保険おりますかねこれ」
「だといいがな」
晴香は大体の状況を推察する。
瀕死のアマガサと暴徒化寸前の晴香を置いてイナリたちが居なくなり、アマヤドリや暴徒が押し寄せてきたところに、機転を利かせたタキが車ごと突っ込んできたのだろう。その隙にアマガサが結界を張り直してくれたようだ。
外は相変わらず精神汚染作用のある天気雨が降り注いでいる。暴徒たちは先刻のような無差別暴動ではなく、広場の入り口、晴香たちの元へと押し寄せてくる。
──では、アマガサは?
結界内に流れ込んでくる暴徒たちと戦いながら、晴香は車の向こう側へと視線をやり──目を見開いた。
「……おいおい、傘と鎧はどうした」
アマガサ……天野湊斗は、素手で戦っていた。
変身もせず、必殺武器たるカラカサも持っておらず、押し寄せる怪人たちと徒手空拳で渡り合っている。
『お巡りさん、目覚めたのか!』
声が降ってきて、晴香は空を見上げる。結界の頂点部分に件のからかさおばけが浮かんでいた。
「……ってことは、変身できないのか!?」
「っ……大丈夫」
車に倒れこむように背中を預け、湊斗本人が応えた。彼は寄ってきたアマヤドリを蹴り飛ばし、晴香に向かって笑いかける。
「俺が守ります。あなた達はそこに居てください」
「あ……?」
どうみても湊斗は満身創痍だ。イナリに裂かれた胸だけでなく、全身から夥しい量の血を流しており、足元もおぼつかない。しかし彼は、小休止は終わりだとばかりに車から体を離し、拳を構えた。
「この雨は、俺が止ませます」
──その時、晴香の心に浮かんだのは焦りだった。
天野湊斗──"アマガサ"。晴香が犯人だと決めつけていたその男が。
超常的な力を持っているが、一般人のはずの彼が。
無数の化け物を相手に、自分を守るために、血まみれで戦っている。
では自分は……超常事件対策特別機動部隊"時雨"の副隊長・河崎晴香は?
"超常事件解決"の使命を持つ自分は、なにをしている?
「カラカサ、結界しっかりね!」
上空の相棒に声をかけ、湊斗は再び広場の中央に向かって歩み出る。すぐに怪人や暴徒が彼を取り囲んだ。
『み、湊斗……!』
カラカサの声色は明らかに戸惑っている。満身創痍の湊斗に対し、彼も思うところがあるようだ。
──焦りはすぐさま、怒りに変わった。
「……ナメんじゃねぇ」
その場が凍りつくような声。タキが受け止めた3人の暴徒を、晴香は前蹴り一発で吹き飛ばした。
ここで暴徒を倒し続けて、事件が解決するか?
たかだか精神汚染作用のあるだけの雨に、恐れをなすのか?
このまま天野湊斗に戦いを任せるか?
──答えは、全て、否だ。
「姐さん」
瞳に決意を宿し、足元に転がる鉄パイプを拾い上げた晴香に、タキが声をかけた。片眉を上げ、全てわかってますよと言わんばかりの表情だ。
「姐さんが暴走したらさすがの俺でも止めらんないんで、しっかりしてくださいね」
「ハッ。私を誰だと思ってんだ」
笑い飛ばし、晴香は──超常事件対策特別機動部隊"時雨"副隊長・河崎晴香は、天気雨の中へと飛び出した。
『お、おい!? 中にいろって!』
頭上からカラカサの声。御構い無しに晴香は雨の中を駆ける。目指すは広場の中央、天野湊斗の元。
晴香は、彼に背後から襲いかかる暴徒を殴りつけた。
「お、お巡りさん!?」
湊斗が驚きの声をあげる。彼の気が逸れた隙をついて殴りかかってきた暴徒を、晴香の鉄パイプが殴打する。
「ちょ、え!? 早く戻って!」
湊斗の声に、晴香は応えようと口を開──
──ズグン。
3度目の"あの"感覚が彼女を襲った。
視界が赤く染まり、足が止まる。
脳内に響くのは肉が裂け潰れ骨が砕け泣き叫び怒り銃声──逃げてください!──剣戟炸裂音爆発音摩擦音悲鳴泣き声怒号──こいつらは俺の敵です! あなたが戦う必要なんてない!
「っ……!」
意識を塗り潰そうとするノイズに混じって届いた湊斗の言葉に──晴香はキレた。
「ぐだぐだうるせぇ!」
咆哮とともに、晴香は鉄パイプを振り上げた。それは眼前の暴徒の胴を捉え──吹き飛ばす。
そして湊斗をビシッと指差し、晴香は叫んだ。
「むしろ一般市民は引っ込んでろ!」
「は!?」
湊斗が目を丸くしたとき、晴香は既に跳躍していた。彼の前にいた暴徒たちを、鉄パイプで一蹴する。残心もそこそこに、晴香はタキとカラカサへと向き直った。
「タキ! そこの軒下に避難! カラカサ! そいつを守れ!」
「了解っす!」
『えっ!? お、おう!』
タキは通り道の暴徒を拾い上げ、担ぎながら移動を始めた。修羅の形相の晴香に呑まれたカラカサは『な、なんだあの女……おっかねぇ〜!』「ああなった姐さんには逆らわないほうがいいッスよ」などと言いながら、タキが動くのに合わせて飛んでいく。
「あの、お巡りさん……?」
戸惑う湊斗に声をかけられ、晴香は修羅の形相を彼に向けて口を開いた。
「晴香だ。河崎晴香。お前、天野湊斗っつったか」
「あ、はい。えっと晴香……さん? とにかくあなたは──」
ビュッ
逃げて、と言いかけた湊斗の頬を、晴香の投げた鉄パイプが掠めた。
それは湊斗の背後のアマヤドリ頭部に直撃。パシャンと水が爆ぜるように、化け物の顔にぽっかりと穴を開けた。
「ひっ……」
「私の仕事は超常事件の調査、解明、解決だ。ここから逃げるなどあり得ない」
『湊斗!』
タキが避難したのを見届けたカラカサが戻ってくる。それをキャッチし、湊斗は光弾をアマヤドリたちに向けて放った。
銃声、爆発音。アマヤドリが次々に消滅していく。晴香も地を蹴り、押し寄せる敵に武器を振るう。
まずは暴徒が三人。武器を持ったひとりを鉄パイプで殴り飛ばし、残りの二人には鉄拳と蹴りを見舞う。その背後からアマヤドリが現れ、晴香は鉄パイプでその胴を薙ぎ払──
パシャン。
「あ!?」
奇妙な手ごたえに晴香は眉をひそめる。水面に映った鏡像を叩いたときのように、アマヤドリの姿はしばし乱れ──すぐに元に戻った。
『……!』
「っ!」
アマヤドリが振るった凶刃をすんでのところで回避して、晴香は距離をとる。追撃に踏み込んだアマヤドリの頭を、湊斗の銃撃が吹き飛ばし、沈黙させた。
「……なるほど、あれじゃなきゃダメか」
「だから無理ですって!」
冷静に呟いた晴香に向かい、湊斗が叫んだ。晴香はターゲットを暴徒たちに切り替え、戦闘を継続する。
「天野湊斗。お前ならなんとかできるんだな?」
「そうですよ!」
「よし、わかった」
そして、暴徒を殴り倒しながら、晴香はこともなげに言ってのけた。
「やっぱお前、私たちに協力しろ」
「は?」
光弾を撃ちながら、湊斗が眉を顰める。
「お前に戦う理由があるのはわかるし、それを否定するつもりはない。ただな」
晴香の視界はいまだに真っ赤に染まっており、脳内では相変わらず例の音が鳴り響いている。時折意識を持っていかれそうになり、晴香は暴徒を殴りつけて正気を保つ。
「警察組織としては毎度こんな被害を出され続けても困るし、被害者の記憶が消えてて捜査が進まないのも困る。少しでも情報が欲しい」
「だから、協力ですか」
「ああ」
──それは、一種の賭けだった。
「我々はお前の活動に対しバックアップを行う。戦力提供、情報提供、デバイス提供。他にもなにか相談に乗れるかもしれん」
"時雨"にとっては対超常事件の新戦力確保、情報の確保、事件の進展など、得られるものが多い一方、湊斗にとっては警察のおもりが付くだけであまり利点のない──不平等な交渉だ。
しかし、湊斗にとって晴香は「過去の事件現場にいたのに記憶が消えていない」という特殊ケースであり──事実はどうあれ湊斗がそれを信じている限り、交渉の余地はある。
晴香はそう考え、その可能性に賭けたのだった。
晴香は暴徒を殴り倒し、湊斗の言葉を待つ。周囲にはもうアマヤドリしかいない。これ以上は彼の協力が不可欠だ。晴香の頬を冷や汗が伝い、それを天気雨が洗い流した……その時。
「……わかりました」
湊斗は答え、晴香に迫るアマヤドリを3体まとめて射殺した。
晴香は歯を剥き出して笑う。
「契約成立。男に二言はなしだぞ。録音したからな?」
「まじっすか。用心深いなぁ」
晴香の軽口に湊斗は小さく笑い、懐から扇子を取り出して晴香に投げ渡した。食い逃げ犯を捕まえたときに彼が持っていたものだ。
「こいつらは天気雨の力で再生します。だから……これから変身して、結界を張ります」
「オーケー。あとは暴れりゃいいんだな?」
晴香の言葉に、湊斗は微笑みと共に頷いた。
「改めて名乗らせてくれ。私は超常事件対策特殊機動部隊、通称"時雨"の副隊長──河崎晴香だ。お前、歳近いだろ。敬語はいらんぞ」
「じゃあ……俺は天野湊斗。こっちは相棒のカラカサ。この雨を止ませるために戦ってる」
よろしく、と締めると、湊斗は顔を引き締めて、カラカサを天に向け──引き金を引いた。
「変身!」
白い光が晴香の視界を塗りつぶす。
「行くぞ、アマガサ」
「ああ。俺たちは傘──この雨を止めるための、番傘だ!」
光が晴れると同時に、二人はいまだ50体以上残る敵に向かい、地を蹴った。
(第1章 邂逅編 完。第2章 調査編に続く)
次回予告
晴香とタキの暮らす"河崎道場"に居候することになった湊斗。
彼の生活用品を揃えるため、一同はショッピングモールに繰り出す。
しかし、中庭に雨狐が出現。
防火シャッターによって、湊斗とカラカサが引き離されてしまい──!?
「なんで撃てないんだよ!?」
「僕はまだ、君たちのことを完全に信用してない」
「確かにあいつは冴えない奴だけど……それでも私の相棒だ」
「わかるよ──オイラにとってもそうさ」
次回、碧空戦士アマガサ
『相棒』
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閑話休題。キャラクター名鑑をどうぞ