第5話「憧れは紫煙に消ゆ」 Part8 #hk_amgs
碧空戦士アマガサ
第5話「憧れは紫煙に消ゆ」
(前回のあらすじ)
雨狐ジロキチの戦闘から、一夜明けて。時雨本部の屋上で、湊斗、カラカサ、凜、そしてキセルの九十九神コハクは雨狐について話していた。
コハクは、自身の”縁”を追うことができる能力を使って雨狐を追うことを提案する──
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都内某所、河川敷。
「いやぁ、今日も良い天気だねぇ」
寝転がって青空を見上げながら、雨狐ジロキチはキセルをひと吹かし。そしてその姿勢のまま、言葉を投げた。
「こんな陽気にお仕事すか? 大変だねぇ、紫陽花サン」
シャン、と錫杖の音が、ジロキチの言葉に応えるように響いた。その持ち主・紫陽花は、ジロキチを見下ろして口を開く。
「……気付いていたのか」
「ええ。ドロボーですから」
ジロキチは身を起こした。その身体をサッカーボールがすり抜けて、河原へと転がっていく。周囲には多くの人間がいるが、天気雨なしでは彼らの姿を見とがめる者はない。
「今日はおひとりなんすね? 珍しい」
「王は休息中だ」
「ああ……"欠片"の反動っすか」
こともなげに言ったジロキチの言葉に、紫陽花は沈黙でもって答える。駆けてきた子どもが、サッカーボールを追いかける。しばしの沈黙の後、会話を再開したのは紫陽花のほうだった。
「……それよりジロキチ。お前、王のゲームには参加しないのか」
「あー、アレねぇ。アマノミナトを倒したら、なんでも欲しいチカラをやるーとかなんとか言われましたけども」
「あの方なら、不老不死だろうと石を金に変えることだろうと可能だ。お前もなにかあるんじゃないのか」
「あっしはドロボーっすから、ほしいものがあれば自分で取りに──ああ、強いて言うなら、そうだなあ」
ジロキチは座ったまま、河の対岸を見つめて言葉を続ける。
「アマノミナトとの鬼ごっこ。あれァ楽しかった」
「鬼ごっこ?」
「そ。この身体じゃ、雨が消えた瞬間に逃げ切り確定でしょ? いくらオイラでも、入るも出るも楽ちん余裕ってんだとやっぱ、飽きちゃうもんでさァ」
「なるほど、捕物か」
「そういうこってす。まぁアマノミナトと闘うのはもー勘弁ですけどね。あまりにも命懸けすぎる」
「……俺としてもお前がやられるのは困る」
「おやおやァ、紫陽花サンともあろうお方が珍しいことを。長い付き合いですし、ちったぁ情を持ってもらえたんすかねィ?」
「単にお前の"降り込む"力が有力で貴重なだけだ」
「たはは、ですよねー。というか」
カラカラと笑って、ジロキチは紫陽花に問いかけた。
「そういう紫陽花サンこそ、行かないンすか? 長年の願い事があるでしょうに」
「私と羽音(ハノン)様は選外なんだそうだ」
「あれま。管理職は辛いっすねぇ」
「……それに、王の力では──む?」
言い掛けた紫陽花が、なにかに気付いて振り返った。その視線を追いかけて、ジロキチもまた河川敷を歩くその人物に気付いた。
「おんやぁ? アマノミナトさんじゃねーっすか……横のヒトは、例の相棒の女ですかぃ?」
「いや、ハルカサンではない。知らぬ顔だな」
湊斗の隣にはボブカットの女性、凜だ。雨狐たちと面識はない。
「ほぉ、こんな朝早くに女連れたぁ、こりゃさてはコレだな? 朝帰りだな? 色男ォ!」
「知らん。興味がない」
「えー? 紫陽花サンはもっといろんなものに興味を持った方が良いと思いやす!」
小指を立てたまま笑うジロキチの言葉に、紫陽花はため息をつく。湊斗は、その左手にいつものように番傘を携えている。一方の右手には……
「おや、キセル?」
声を上げたのは、ジロキチのほうだった。
「お若いのに粋な趣味だねェ」
「煙草など……吸っていたか……?」
紫陽花は、過去に湊斗と戦ったときのことを思い出す。煙の香りなどしなかったはず。では、なぜキセルなどを持っている?
紫陽花の中で疑念が膨らんでゆく中、湊斗はキセルを口に運ぶ。紫陽花は身構えた。湊斗が煙草をひと吸いした。
「……ジロキチ。警戒しろ」
「へぁ? どうせオイラたちのことなんて見えな──」
ジロキチが気楽に手を振ったそんな時、湊斗がキセルから口を離し、息を吐いた。
同時にその口から、入道雲の如き勢いで煙が噴き出した。
「──いぃっ!?」
それは瞬く間に体積を膨らませ、湊斗の進行方向、つまり紫陽花たちのほうへと猛烈に拡がり、道行く人をモノをそして雨狐を呑み込んでゆく。
「ゲホッゲホッえほっ!? な、なんじゃこりゃ!?」
ジロキチが盛大にむせる。一方で、煙に巻き込まれた一般人はノーリアクションだ。それを見た紫陽花(袖で口元を隠していたのでノーダメージだ)は目を見開く。
「この、煙は……!」
『見つけたぜ湊斗サンッ!』
紫陽花の言葉を遮って、コハクの声が木霊する。直後、猛烈に嫌な予感がして、紫陽花はジロキチともども地面に倒れ込んだ。
ボッという音は、煙が吹き飛んだ音だろうか。
雨狐たちの頭上を、湊斗のソバットが通過した。
「居た! ……って紫陽花も一緒か」
「バカな。こちらが見えている!?」
目を見開く紫陽花。その後ろで、ジロキチはじたばたと暴れていた。
「うわわわわ!? なんだィこの煙は!? まとわりついてくる!」
『オレっち特別製の煙だ、観念しやがれ!』
湊斗は再び、立ち込める紫煙の向こうに消えた。ジロキチが得物を構えた直後、その背後に湊斗が現れた。
「ぬおおっ!?」
湊斗の拳が空を切る。再びその姿が紫煙に消えた。
「むぐぐ、紫陽花サン! やっぱ向こうからこっちは”見えてる”みてぇですぜ!」
「チッ……埒が明かん……!」
「ッ……紫陽花サン、下がんなさい!」
歯噛みする紫陽花の襟首を、ジロキチが引っ張った。その鼻先を湊斗の拳が掠める。入れ替わるように進み出たジロキチは小太刀を抜き、湊斗へと斬りつけた。
湊斗の番傘がそれを受け止める。立ち込める紫煙の中、両者の視線がぶつかりあう。
先に動いたのはジロキチだった。牽制の前蹴り。湊斗は予測していたかのようにひらりと回避。再び紫煙の向こうへと姿を消す。
「ジロキチ。”アメフラシ”を!」
「お任せあれィ!」
ジロキチは懐から小さな球を取り出した。ガラスのようなそれ──アメフラシを、彼は小太刀の柄底で叩き割った。パキンッと小気味良い音が、辺りに響いた。
数秒の後、晴天の空から雨粒が落ちてきた。
「まずはこの煙を……!」
紫陽花の身体が具現化すると同時に、彼は錫杖で地を突いた。発生した衝撃波が、コハクの煙を吹き飛ばす。
「……へぇ、そうやって雨を降らせてるのか」
煙が晴れたとき、湊斗は雨狐たちから数メートル離れた場所に居た。その手には件のキセルと、龍の扇子。いつもの番傘は凜の手に。
湊斗は扇子で肩をとん、とんと叩きながら、世間話のような空気で問いかけた。
「今の球、妖気の塊かなんか?」
「アンタに教える義理はないねェ」
右手に小太刀、左手にガラス玉を携えて、ジロキチは湊斗のほうへと歩み出る。そして追い抜きざまに、紫陽花に向かって言葉を投げた。
「紫陽花サン、ここはオイラに任せて、アンタは下がんなさい」
「しかし、お前……」
「アンタがいなきゃ雨狐はバラバラんなっちまうよ。願いを叶えるんだろう?」
降り始めた天気雨の中、ジロキチは笑う。紫陽花はそれ以上なにも言わず、2歩下がる。
「さぁて、アマノミナトさん。変身しなせぇ」
ジロキチはわざとらしく屈伸しながら、湊斗へと言葉を投げた。
「また鬼ごっこ、やりましょっか!」
「今度こそ、逃がさない。……行くよ、リュウモンさん、コハク!」
湊斗はジロキチを睨み返し、高らかに叫んだ。
「変身!」
(つづく)
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