第5話「憧れは紫煙に消ゆ」 Part6 #hk_amgs
碧空戦士アマガサ
第5話「憧れは紫煙に消ゆ」
(前回のあらすじ)
凛がポルターガイストに襲われたその夜。元凶である九十九神コハクの処遇を、湊斗と晴香が論じていたそんなとき、時雨本部の向かいのビルが爆発。その犯人は、雨狐ジロキチであった。
戦闘がはじまった。しかし、“神の欠片”を紫陽花の元に届けることを優先し、ジロキチは逃げの一手を打つ。リュウモンの力を借りて風の速度で駆けるアマガサであったが、ジロキチの回避術と逃走術によってまんまと逃げられてしまうのだった。
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翌朝。
時雨本部の屋上で、湊斗はカラカサと共に空を見上げていた。
時刻は6時すぎ。明るさを増しつつある青空には雲ひとつなく、降水確率はきっとゼロだろう。カラカサによる天気雨予報も終わり、ふたりが涼やかな風を浴びながらぼんやりと過ごしていたとき、不意に屋上の扉が開いた。
「よっ……と。あれ、天野さ……湊斗さん。おはようございます」
出てきたのは凛だった。呼び方を変えたのは、昨日「天野さんって落ち着かない」と湊斗が言ったのを思い出したからだろう。
服装はいつもの制服ではなく、ラフなジャージ姿だ。右手にはコンビニの袋を、左手には湯気が立ち上るカップを持っている。湊斗とカラカサはそんな彼女を見て、めいめいに言葉を返した。
「や。おはよ」
『おはよー!』
昨夜の超常事件の後、事情聴取や事務処理に追われて終電を逃した彼女は、本部に泊まり込むことになった。そもそも帰る気のなかった晴香や涼子も加わって、深夜の時雨本部はお泊まり会の会場と化したのだった。
「隣、良いですか?」
「もちろん。朝ごはん?」
「はい。泊まり勤務の日は決まってここにくるんです」
『早起きだなぁ』
「習慣で……っていうか、早起きはお二人もじゃないですか」
『オイラたちも習慣だねぇ』
会話をしながら、凛はハンカチを敷いて屋上に座り込み、手際良くコンビニ袋から食べ物を並べていく。そんな様子を眺めながら、湊斗は口を開いた。
「なんていうか、慣れてるよね……」
『普通に寝巻きとか歯ブラシがロッカーから出てきたもんね』
「いやぁ、不本意ながら……」
凛は曖昧に微笑んで、コーヒーをひと啜り。そして、なにかを思い出したように「あ」と声をあげた。
「湊斗さんの分も淹れてくればよかったですね」
「あ、いいよ俺は。大丈夫。それより……ひと晩たって、落ち着いた?」
「……まぁ、まだ怖くないわけではないですけど……」
そう言った彼女の視線は、隣のビルの屋上──昨日、雨狐ジロキチが開けた大穴に向いていた。
凛の目線で見れば、いきなりポルターガイストに襲われ、その後九十九神にでくわし、向かいのビルが爆発し、湊斗が変身し、化け物たちと戦ったわけで。
「……なんていうか、一気に色々ありすぎてキャパオーバーで、よくわかんないです」
「だよねぇ……」
『なんかごめん……』
肩を落とす湊斗とカラカサを見て、凛はくすくすと笑っていた。
「湊斗さんも晴香さんも、あんなのとずっと戦ってたんですか?」
「うん。俺はもう何年も。晴香さんは、ここ2,3週間くらいかな」
「なんていうか……びっくりしましたし、今でも、怖いです」
『そりゃそうだよねぇ』
答えたのはカラカサだ。
『いきなり怪人とか、化け物が出てくるし。湊斗は変身するし』
「ああ、それもそうなんですけど……なんていうんですかね、」
凛は、探り探りと言った様子で言葉を続ける。
「超常事件の原因が、あんな風に会話ができる……ひと? だったっていうのが、怖くて」
『というと?』
「だって、あれって意思を持ってるわけですよね?」
首を傾げたカラカサに、凛は説明を続ける。
「災害みたいな事件が、誰かを、なにかをピンポイントで狙ってて、今この瞬間にも襲ってくるかもしれない……って、怖くないですか?」
『あー……』
凛とカラカサの会話に、今度は湊斗が口を挟んだ。
「晴香さんと思考が真逆だね。……っていうか、晴香さんが多分おかしいんだけど」
「え?」
「あの人さ、雨狐のことを知ったとき、なんて言ったと思う?」
首を傾げる凛に、湊斗は笑いながら言葉を続けた。
「"なるほど。殴れるなら大丈夫だな"……だって」
「それは……さすが晴香さんですね……」
「ほんとにね」
湊斗が笑う。凛はコーヒーをひと口啜り、大きく息を吐き出す。少し高くなった日の光に目を細め、彼女はぽつりと告げる。
「はーあ。やっぱり私は、晴香さんみたいにはなれないんですねぇ」
『? 姐さんみたいに?』
「そう。格好良くて、腕っ節もあって、いつも自信満々で。すごいなぁ、いいなぁって、思うんです」
どこか遠くを見ながらのその言葉には、ひとことでは言い表せない感情が滲んでいた。
「いつもいつも守ってくれて。でも私はなにもできなくて……って、すみません、急に」
「……いや、わかるよ」
湊斗の脳裏に浮かぶ、姉の姿。
昔から気が強くて、上級生にも掴みかかっていくような人だった。いつも自身満々で、正義感が強くて、事故で足を失ってからもブレない人で。そんな姉の後ろにずっと隠れて、甘えていた──最後の、最期まで。
「憧れの人がいて、手が届かなくて……俺の場合は、姉さんがそれだった。……なんなんだろうね、あの人たち。追いかけるほど遠くなるっていうか、追いつける気がしないっていうか」
「そうなんですよ……こっちがあれこれ迷ってるうちに、どんどん先まで行っちゃうんです」
再びコーヒーを口にする凛に、湊斗は「でもさ」と前置きして言葉を続ける。
「それでも、憧れて、追っかけ続ければ、少しずつでも近づいていくんじゃないかな。少なくとも俺は、姉さんみたいに強く……なれて、る……はず」
「なんで自信なさげなんですか」
首を傾げた湊斗の言葉に、凛は思わず吹き出した。
「あの怪人……雨狐と、あんなに激しい戦いをして、傷ついてる湊斗さんが、強くないわけ──」
『そう、その雨狐なんだがよ、湊斗サン』
凛の言葉を遮るように、その声は唐突に聞こえてきた。
「!?」
「ひぇっ!?」
バシャァ。
『ぅ熱っちゃぁ!?』
驚いた拍子に凛の手元から零れたコーヒーが、声の主──九十九神コハクに降り注いだ。
「あああコハクくん!? ごめんね!? 大丈夫!?」
『ううう、お嬢ちゃんこれは昨日の仕返しかィ……!?』
コハクは大袈裟に言いながらブルブルと顔を振る。そして咳払いをひとつ挟み、改めて湊斗に問いかけた。
『なァ湊斗さん。あの雨狐ってーのは、一体なんなんだい?』
「なに……と言われても。俺もイマイチわかってないんだよね」
懐から取り出した手拭いをコハクに渡しつつ、湊斗は言葉を続ける。
「わかってることっていうと、天気雨と一緒に現れることと、天気雨を使ってなんか魔法みたいな力が使えることと、あとはなんか探し物をしていることと……」
『その……変な質問なんだけどよ』
考え考え話す湊斗。その途中で、コハクがぽつりと問いかけた。
『あいつら、もともとヒトだった……なんてことは、あるかい?』
(つづく)
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