ウェイクアップ・クロノス epilogue #刻命クロノ
刻命部隊クロノソルジャー
第1話「ウェイクアップ・クロノス」
- エピローグ -
'--3日後 8:31PM
--都内某所'
「にいに、ここ?」
「うーん……そのはず、なんだけど……」
ユーリの言葉に答えながら、僕は重いリュックを背負い直した。
眼前にあるのは、二階建ての日本家屋だった。小さな庭もついていて、夜風に雑草がそよそよと揺れている。
僕は再び視線を落とし、ノゾミさんからもらった住所で改めて地図検索する。曰く、目的地まであと3メートル。そのまま前へ。……やっぱり、間違ってはいないらしい。
「ほんとに? にぃに間違ってない?」
ユーリは眼前に佇むその家を指さして、言葉を続けた。
「ここ、ぜったい誰も住んでないよ?」
「……だよねぇ」
そう。その家は、どう見ても廃墟だった。
白い壁には多数のひびが入り、窓はその殆どが割れ果て、腐ってズタズタになった雨戸が庭に無残に転がっている。
完膚なきまでに廃墟だ。仮に日の光があったとしても、絶対に近寄りたくない。が……
「でも、ノゾミさんからもらった住所はここ──」
「やぁお前たち! 大荷物だな!」
「うわぁっ!?」
「ひぇぃぁっ!?」
後ろから唐突に声をかけられて、僕とユーリは同時に飛びあがった。
「ようこそ我らが秘密基地へ! おお少年、革ジャン良く似合っているな。夏彦とは違ってまた新鮮だ!」
目を白黒させる僕らのことはスルーして、声の主──モヨコちゃんは楽しそうに言葉を続ける。
「それにしても、どうだこの廃墟は! どこからどう見てもただの廃墟にしか見えないだろう!」
「え、あ、うん……うん?」
首を傾げる僕らを見て、モヨコちゃんはニヤリと笑った。そのまま彼女は門扉を押して中に入り、「まぁついてきたまえ!」と声をあげる。
「あ、ちょっと」
廃墟とはいえ、勝手に入っていいんだろうか。というかさっき秘密基地と言っていたけど、もしかしてここに勝手に住み着いてるんだろうか……などという僕の思いをよそに、モヨコちゃんはずんずんと進んでいく。
小さな庭を抜け、ボロボロの扉の前に立ち止まり、彼女はドヤ顔を浮かべて僕らに振り返った。
「なにをぼさっとしてる! こっちだこっち!」
そうして手招きする彼女のそばに、金色のプレートが掛けられている。
彫り込まれて曰く、『天才 明野モヨコ様の研究室』
「……え、ここが研究室?」
「ふふふふふ。さぁ見さらせ、この大天才明野モヨコ様が総力を結集したカモフラージュ・システムの力を!」
そんな言葉と共に、モヨコちゃんは廃墟の戸を開けて。
同時に、光が僕らを照らした。
「な、え?」
外から見たときは真っ暗な廃墟だったはずのそこは、光にあふれていた。
「わー! 旅館みたい!」
戸惑う僕の隣で、ユーリが声をあげた。
そこは、田舎の地主さんのお宅といった佇まいの、立派な一軒家だった。広い玄関には衝立が置かれ(ユーリの言う「旅館」要素はこれだろう)、その向こうには廊下と階段が並んでいる。
外観とは真逆の、清潔感に溢れた光あふれる内装。理解が追いつかず、僕は何度か外と中を見比べた。
「ふははは、良い反応だ! 特に少年のほうはサイレント・リアクションの才があるな!」
僕らの反応を満足げに眺め、モヨコちゃんは土間から玄関にあがり、腕組みしたままこちらへと向き直る。そして同時に、奥からどたどたと足音が聞こえてきた。
「おい柚木、せめてエプロンは外せ」
「あっ、そうだった」
「てーか、いいじゃねぇか出迎えなんて」
「なーに言ってんの、嬉しいくせにー」
わやわやと話しながら姿を現したのは、もちろんクロノソルジャーの面々だ。彼らは、ちょうど病院で初めて会ったときと同じように、モヨコちゃんの傍に立ち並つ。そして。
「歓迎するぞ、暁イッキ少年。新たなる、クロノレッドよ!」
その猫のような瞳を爛々と輝かせ、モヨコちゃんは笑ってみせた。その楽しそうな笑顔と、そして他のメンバーの視線を一身に浴び、僕は少しだけ息を吸い込んで。
「よ……よろしくお願いします!」
拳を握って、頭を下げた。と──
「ユーリはー!?」
「おお、そうだったなユーリ隊員!」
「隊員! ユーリ隊員?」
「ああそうさ! その証にこれをやろう!」
言いながら、モヨコちゃんはユーリに五百円玉くらいの大きさの缶バッジを投げ寄越す。
「ここの入館証だ! それを持って扉を開ければここに来れる。少年はクロノスバンドがあるからそっちで対応だ」
「な、なるほど?」
「それと、この家の仕組みだが──」
モヨコちゃんがそう言いかけた時、ノゾミさんがパンッと手を叩いた。
「その辺は、ご飯食べながら話しましょ?」
「む、確かにそうだな」
「いや、とりまリュック置いてきたほうがよくない?」
挿し込んだのはカオルさんだ。
「案内したげなよハル」
「は!? 俺かよ!?」
「そうだな。少年は葉山に任せよう。ユーリはこっちへ」
「はい! おじゃましまーす!」
「おおユーリ、ちゃんと挨拶できて偉いな!」
「えへへー!」
ユーリが靴を脱いで上がり込む。人見知りのユーリがこれだけ元気なのは僕としては嬉しいのだけど──
「あ、おい、ちょっと!」
ハルさんが声をあげるのも虚しく、僕らを置き去りにして彼らはリビングへと消えていく。そしてハルさんはひとつため息をついて、僕に向き直って手を伸ばした。
「荷物」
「えっ?」
「重いだろそれ。持つから寄越せ」
「あ、は、はい……」
僕はおずおずとリュックを降ろし、靴を脱ぐ。
「どっこいせ……うわっ!? 重てぇなこれ!?」
「あの……ハルさん」
「あん?」
ハルさんは面倒くさそうな顔で、僕に視線を遣る。その目は、病室で僕に向けたものと同じような思いが籠っていた。
「こいつのせいで、夏彦さんが死んだんだ」
「……夏彦さんのこと、ごめんなさい。確かに、僕がいなければ──」
「いいから上がれよ。飯、冷めちまうぞ」
僕の言葉を遮って、ハルさんはふいと視線をそらして言葉を続けた。
「あんときは俺も言い過ぎた。悪りぃ」
そして彼は僕を……というか、僕の着ている革ジャンを一瞥すると、ぶっきらぼうに言葉を投げた。
「おめーが夏彦さんの分まで気張れ。それが手向けってやつだ。多分な」
「はい……頑張ります」
僕の言葉に頷いて、ハルさんは歩き出す。
「んじゃ行こうぜ、”イッキ”」
「! は、はい!」
──こうして、クロノソルジャーとしての戦いと、そして僕らの共同生活が幕を開けた。
左手首のクロノスバンドは、僕を勇気づけるように熱を帯びていた。
***
'--同日 時刻不明
--とある工場跡地'
「報告は以上っすネー」
適当な荷箱に腰かけて、リューズは足を組んだまま言葉を投げる。眼前の空中には、ホログラムのような質感でひとりの男が浮かんでいた。
豪奢な黒いローブを纏った、大柄な男だ。柱時計のような形状の大剣を背負っている。倉庫の照明の下においても、その顔は深い闇に覆われており判然としない。
彼こそ、リューズたちヤミヨの王。<刻王>クォーツである。
王はなにやら思案するような仕草と共に、リューズに問いかける。
「ふむ。ビジョウとユーカクの腕は、治るのか?」
「んー。どーっすかねぇ」
ステッキをくるくると弄びながら、リューズは言葉を続ける。
「ビジョウのほう、あれは多分大丈夫じゃないっすかねー。なんせ、特殊ですし。ユーカクは機械義手になるそうで、今頃ベゼルとダイヤルが図画工作中。まぁ、ご心配されるほどの戦力減はないっすねー」
「なるほど。なら良い。……して、リューズ。お前、背が低くなったか?」
「あ、わかりますー? いやーあの少年、えげつないっすよねぇ。おかげであの身体はオシャカになっちゃいました。気に入ってたんだけどなぁ」
「新しいクロノレッド……か」
「ええ。せっかく全滅まで行けると思ったんすけどねー」
「くく、そうだな。だが、まぁ良い」
クォーツは愉快そうに肩を揺らし、言葉を続けた。
「まだまだ、面白くなりそうだ」
「ええ、ほんとに」
無人の工場に、二者の笑い声が響く。
ただ夜の闇のみが、その邪悪な声を聴いていた。
刻命戦隊クロノソルジャー
第1話「ウェイクアップ・クロノス」
【完】
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