第5話「憧れは紫煙に消ゆ」 Part3 #hk_amgs
碧空戦士アマガサ
第5話「憧れは紫煙に消ゆ」
(前回のあらすじ)
<時雨>の隊員・佐倉 凛は定期入れを忘れてしまい、夜のオフィスへと訪れていた。無人のはずの室内で、彼女はなにものかの攻撃を受ける。それは瞬く間に激しさをまし、ポルターガイストとなって彼女を襲った。
捨身の覚悟で助けを呼んだ凛。その報せを受け、湊斗は時雨本部へと急ぐ──
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満月の光を受ける、5階建ての雑居ビル。1階はガレージ、2階は古い喫茶店。そして3階から上には、湊斗たちの所属する<時雨>の本部がある。
晴香が涼子を担いで夜道を歩いている頃、当の時雨本部は大騒ぎの只中にいた。
「この! こらっ! 逃げるな!」
『逃げるなと言われて待つ奴がいるかよーぃ!』
湊斗が伸ばす手をことごとく躱しながら、"そいつ"は挑発するようにバレルロール。次の瞬間には煙を一筋残して部屋の反対側へと飛んでいった。
「あっ! くそ、速いな……リュウモンさん!」
『任せろィッ!』
湊斗の声に応えたのは、扇子の九十九神・リュウモンだ。緑色の風を纏い、真紅の扇子が"そいつ"に空中タックルを仕掛ける。が──
『ふふん! 老いぼれに捕まるオレっちじゃないやい!』
相手は空中でひらりと躱し、さらにリュウモンの上に着地してみせた。
『ぬァッ!?』
『えっへん! このコハク様の敵じゃあねーな!』
コハクと名乗った"そいつ"は、平たくいうと「忍者の格好をした小人」だった。
大きさは、500mlのペットボトルくらいか。だぶついた黒い布を身に纏い、腕やふくらはぎのあたりで紐で縛っている。頭巾はしておらず、その大きな瞳と短い髪は蛍光灯を反射して銀色に輝いている。人間との違いはそのサイズ感に加え、鼻や口が見当たらない点くらいだ。
「くそ、飛ぶのズルいな……!」
湊斗が毒づく。コハクは、彼の背丈と同じ長さの琥珀色のキセルを背負っており、そこから噴き出す煙を推進力に自由自在に室内を飛び回っているのだ。
『このっ……降りんかい!』
『いよっとォ!』
背に乗った敵を振り落とさんと、リュウモンが急上昇する。コハクはしかし驚くそぶりも見せず、リュウモンを足場にして再び宙に躍り出る。
『いい加減見逃してやもらえないかねぇ?』
「事情を聞くまでは逃がさない!」
『さいですか──それなら!』
湊斗の言葉に答えながら、コハクは空中でビー玉を投げる。それは狙い違わず、湊斗の眉間に飛んでゆく!
「わっ!?」
『湊斗!』
ビー玉弾をインタラプトしたのは湊斗の相棒、番傘の九十九神カラカサだ。開いた傘がビー玉を弾く間に、コハクは急降下して事務机の陰に消えた。
「あっぶないな……!?」
『むー! 見失ったー!』
カラカサが声を上げた直後、湊斗の足元にコハクが出現する。そいつは飛行の勢いのままに、湊斗の膝裏に突撃した!
『そら転べ!』
「うあ痛っ!?」
強烈な膝カックンを食らった湊斗は、ものの見事に転倒した。その間に、カラカサが床を蹴ってコハクに飛びかかる!
『観念しろー!』
『やーだね!』
どたばた、かろんころん、がっしゃん、どごん、どがらがっしゃん。
「…………………んん」
そんな大騒ぎの本部、その片隅のソファで、凛が目を覚ました。
先程のヘルプコールを受けて駆けつけた湊斗が、床に倒れる彼女をソファに寝かせていたのだ。
「また隠れた! すばしっこいな!」
『そこじゃぁっ!』
『おおう!? 御老人やるねェ!』
どっかんがっしゃんどたんばたん。
寝起きの凛の耳に届く、大騒ぎ。彼女は眉をしかめ不満げに唸るが、それで乱痴気騒ぎが収まるわけもなく──
「……………………うるっさかね」
ぬるり、と。
限界を迎えた凛が起き上がった。
湊斗たちには知る由もないことだが、寝起きの彼女はとても、それはそれはとても、機嫌が悪い。
──人が寝てるとこになんねドタバタドタバタうるさかねっつーか誰ねここでタバコ吸いよんのはここは禁煙っちゃっつーかウチの安眠を妨害するスカポンタンはどこの誰やそこに直れぶちくらすぞ。
そんなメンタリティで、彼女はずいっと騒音のほうに顔を向けて。
その眼前。
ほんの10cmほどのところに、巨大な目玉。
『あっ』
からかさお化けが、立っていた。
「は?」
「「『あっ』」」
カラカサが、凛が、そして室内にいた全員が声を上げた。追う側はもちろん、追われる側もだ。
『やっば…………』
カラカサをはじめ、湊斗の相棒である九十九神たちは、普段はその正体を隠している。コハクもそれは同様らしく、空中で静止して事態を見守っている。
なにせ妖怪だ。騒ぎになるに決まっている、はずなのだが──
「………………」
『…………あれ?』
「………………」
凛は、無言だった。表情にも変化がなく、元の地獄の鬼のような顔のままだ。
「……………………」
『……………………?』
「……………………」
『…………おーい?』
「……………………う、」
『う?』
「うわぁああバリ怖かなんねアンタ!?」
フリーズから立ち直った凛は、博多弁で叫びながら右手をフルスイングした。
『おぶえっ!?』
強烈なビンタがカラカサの頬(?)にクリーンヒット。彼はデタラメな回転をしながら宙を舞い──その進路上に、コハクがいた。
『えちょ、待んがっ!?』
「あ」
吹っ飛んだカラカサと巻き込まれたコハクは、そのまま入り口の扉に激突(『ごばっ』『あ痛っ』)した。
更に。
「とうちゃーく!」
バァン!
はちゃめちゃに元気な声と共に、扉が全力で開いた。酔っ払った涼子だ。
当然、そこに貼り付いていた九十九神二人は投げ出され(『ぶぇっ』『ふぎゃっ』)、キリモミ回転しながら床に叩きつけられた(『あごっ』『きゅう……』)。
「いや涼子お前元気じゃねーか。帰れよ……つか、誰だこんな時間まで残って──」
「晴香さん、それに涼子先輩!?」
晴香のぼやきを遮ったのは凛の声。
「あれー!? 凛ちゃんだー! 久しぶりぃー!」
その声にいち早く反応したのは涼子だった。彼女はふらつく足取りから一気に地を蹴って、ソファに座る凛にダイブする。
「いやーん相変わらず可愛いねええうりうりうりうり」
「ちょ先輩なんですかってうわめちゃくちゃお酒臭い!? またたくさん飲んだんですか!?」
「えへーいいじゃないのぉうりうりうり」
涼子は凛の頭を掴み、わしわしと乱暴に撫でる。まるで犬でも撫でるかのようなその仕草に、凛が悲鳴をあげた。
「先輩やめてそれ酔うから! 先輩の息と目が回って両方で酔うから!」
「えへへへうりうりうり……って、あれ?」
凛の反応を見て楽しんでいた涼子が、不意にその手を止める。そして凛の顔を正面から見据えて、問いかけた。
「……凛ちゃん、泣いてる?」
「ふぇ……あれ? あれ?」
事ここに至って、凛はようやく自分が泣いていることに気が付いた。ぼろぼろと溢れる涙を困惑の眼差しで眺める彼女の頭を、涼子が今度は優しく撫ではじめる。
「よくわかんないけどー、よしよし。どしたのー? 凛ちゃんー?」
「う、え、あれ……?」
戸惑っている凛の元に、晴香も歩み寄る。膝を折り目線を合わせ、晴香は凛に呼びかけた。
「凛。深呼吸してからでいいから、なにがあったか教えてくれ。もう大丈夫だ。安心しろ」
「う、うう……?」
見知った顔、それも信頼できる二人を見て安心したのだろうか。凛はダムが決壊したかのように、ボロボロと泣き始めた。
「ううううウチ、ほんと、ただ、その、ただ定期をとりにきただけで……でもなんかいきなしビー玉が飛んできて、本が落ちてきて、椅子に襲われて、バリ怖くて……怖かった! 怖かったんです! ぁーーーーん!」
凛は涼子にしがみつき、それまでの恐怖心を吐き出すかのように泣き出した。涼子がそんな凛の背をぽんぽんと叩く中、晴香はスイと立ち上がり、湊斗に言い放った。
「とりあえず湊斗、そこに直れ」
「説明の時間をもらえない?」
降参するように両手をあげながら、湊斗は冷や汗と共に言い返すのだった。
(つづく)
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