第5話「憧れは紫煙に消ゆ」 プロローグ #hk_amgs
碧空戦士アマガサ
第5話「憧れは紫煙に消ゆ」
▶︎目次
ここまでのあらすじを振り返りたい方は、
こちらの記事をご参照ください。
- プロローグ -
佐倉凛(さくら りん)が扉を開けたとき、<時雨>の本部は無人だった。
時刻は夜21時を回った頃。真っ暗な室内に差し込むのは、向かいの雑居ビルの明かりだけ。彼女は手探りで壁のスイッチを探し、ようやく見つけて手をかけた──そんな時。
ガタン。
その音は、真っ暗な室内から聞こえてきた。
「っ……!?」
慌ててスイッチを入れ、凛は照らされた室内を見渡す。音の出所はすぐにわかった。一番扉に近い席。後輩・ソーマのデスクの上にある、ヒーローのフィギュアだ。
散らかった机の片隅。普段そのフィギュアは、壁を背にしてマサカリを手に雄々しく立っていたはず。しかし今は、机の上で横倒しになっていた。
反動でカタカタ揺れているそのフィギュアは、足元がスタンドに据え付けられているタイプのもの。自然に倒れるようなものではない。……なにかが、ぶつかりでもしない限りは。
「だ、誰か……いるんですかー?」
震える声を出しながら、凛は鞄を両手で抱き寄せた。返事はない。なにかが動く様子も、ない。
凛は大きく息を吸い込み、ソーマのデスクの隣、自分のデスクに向かってゆっくりと歩み出す。カツン、カツンと響くヒールの音が、やけに大きく聞こえる。
自席の上に、置き去りにされた定期入れが見える。あれを取りに戻ってきたのだ。ソーマの席のそばを通過する。もう、フィギュアの揺れは止まっていた。あと2歩。手を伸ばす。あと1歩──
カチャン、チャン、カラララ。
「──!?」
その音は、背後から。
なにかが落下して、跳ねるような音。凛は定期入れに手を伸ばしたまま硬直。落下したそれはカラカラと音を立てながら転がって、彼女の足にコツンとぶつかった。視線を落とす。ビー玉だ。ビー玉?
「なんで──」
彼女が思わず呟いた、そんな時だった。
なにか硬いものが、凛のこめかみを直撃した。
「痛っ!?」
視界に星が散り、凛はたまらず膝をつく。カシャンッと視界の片隅に転がったのは、やはりビー玉。投げつけられた? 誰に? どこから?
痛む頭を押さえながら、凛は立ち上がろうとして。
その視界に、影が掛かった。
「えっ──ひぃっ!?」
それは、降り注ぐ机上の本や書類の山だった。凛は悲鳴をあげながら、手にした鞄で頭をかばう。背中にドサドサと落ちてくる書類の山。本の角が腰を脚を背を打ち据えた。気付けばめちゃくちゃな悲鳴を上げていた。
這って逃げる。書類の雨が追ってくる。凛の席だけでなく、他の席からも落ちてくる。本、ファイル、キーボード、マウス。
不意に嫌な予感がして、凛は動きを止めた。その眼前に、液晶ディスプレイが落ちてきた。
「っ……」
もはや悲鳴すらあげられず、凛が硬直する。その視界の隅でなにやら大きなものが動いた。ガラガラガガッと振動音。目を見開く。真横から突っ込んできたのは、キャスター付きの椅子だった。
「ぁぐっ!?」
金属製の椅子の体当たりをまともに食らい、凛は手近な机に激突する。身体はバウンドして床に叩きつけられる。腰が抜けていた。両手に力を込めて、彼女はなんとか机の下へと潜り込んだ。
全身が震えていた。誰がこんなことを。自分は今なにに狙われているのか。今にも犯人が、そこから顔を覗かせるのではないか──叫び出しそうな恐怖の中、凛はふと、それに気付いた。
床に散乱する書類の山やパソコンの類に紛れ、電話機が落ちている。電話線は繋がっているようだ。
(……とにかく、誰か助けを呼ばないと)
訳のわからぬこの状況下で、“やること”がわかったという点は彼女にとって大きかった。凛は大きく息を吸い込み、机の下で足に力を込め──飛び出す。
直後、再びガラガラとキャスター音。待ち構えていた。
凛は息を止め、突っ込んできた椅子に正面から激突した。腹に椅子がめり込む。転倒し、床に叩きつけられる。
「ッ……ぐっ……!」
彼女は呻きながら地面を転がる。しかしそれでも、その左手は電話機に伸びていた。
受話器は上がっている。彼女はリダイヤルボタンを押した。受話器が鳴き始めたとき、再び椅子が突っ込んできた。
「ひっ!?」
悲鳴をあげて椅子を避けた直後、受話器から声がした。
『えーと、あ、はい? もしもしー? あれ、これ通じてる? もしもし?』
その声は、最近<時雨>に入った青年・天野湊斗のものだった。そういえば今日、業務用の携帯電話が配備されたんだったか。
晴香と共に超常現象の最前線で戦っているという彼なら、今の状況を打開してくれるかもしれない。
「いたた……天野さん! 凛です! 佐倉です!」
彼女は床に倒れたまま、必死に声をあげる。電話の向こうでは湊斗が『あ! つながってる! これで繋がるんだ! へー!』などと呑気な声をあげているが凛はそれどころではない。
「た、助けてください! 今本部にいてってうわわわ今度はホワイトボード!?」
『えっ?』
凛は叫びながらも必死で身をよじった。高速で突っ込んできたホワイトボードが、ゴウッと彼女の鼻先を掠め、他の落下物に引っかかって倒れた。
これまでで最も派手な音が、オフィスに響く。
『えっ、ちょ、凛さん!? 今のなに!? 大丈夫!?』
「もうやだ! とにかくやばいんです! 私逃げます!」
あまりの恐怖に泣きながら、凛は受話器を放り出して逃げ出した。もはや裸足でズタボロの彼女は、そのまま部屋の出口に向かって2、3歩駆けて。
──そこに、“それ”はいた。
「……えっ?」
凛は思わず足を止める。足元に佇む、ペットボトルくらいの大きさの──
『ちぇすとぉっ!』
顎に、衝撃。
膝の力が抜ける。
『凛さん!? もしもし!? もしもーし!?』
湊斗の声を聞きながら、凜の意識はそこで途絶えた。
(つづく)
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