ウェイクアップ・クロノス Part1 #刻命クロノ
刻命部隊クロノソルジャー
第1話「ウェイクアップ・クロノス」
前回までのあらすじ
3年前、日本は常夜の呪いにかけられた。
その始まりは首都圏の主要駅を狙った大規模テロであり、それを実行したのは人ならざる怪人<ヤミヨ>の一団であった。
そして時は経ち、現在──
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'-- 現在
-- 東京都渋谷区 新渋谷駅付近 06:12 PM'
どうして、こうなったんだっけな。
──そんな思いと共に始まった走馬燈を、俺は頭を振って掻き消した。
周囲は火の海、背中には瓦礫(特大)。あとたぶん、鉄骨かなんかが腹に刺さってやがる。そしてなにより、猛烈に眠い。いや、いかん。意識を保て鳥居夏彦(トリイ・ナツヒコ)。まずは目の前の高校生を助けねば。
込み上げてきた血を吐きだすと、俺は眼前でアルマジロみたいになっているそいつに声を投げた。
「よぉ、ボウズ。無事か」
「え、は、はい!」
「妹は?」
「こ、ここに居ます」
高校生は答えながら顔をあげた。栗色の癖毛が特徴的な、なんか女みたいな奴だ。そんな彼の懐からぴょこんと顔を出したのは、涙目の少女だった。
「にいに、だいじょぶ?」
「あ……大丈夫だよ、ユーリ。危ないからそこに居て」
ユーリと呼ばれた少女は、俺の顔を見てギョッとしていた。まだ小学1年生くらいだろうか。泣きそうだが、しっかりと我慢している。できた子だ。
それに兄のほうも、咄嗟に妹抱えて丸まるなんざ、顔に似合わず大した男気だ。……なんか元気出てきたぜ。
「よし、二人とも無事だな。とにかく、脱出すんぞ」
俺はニカリと笑いかけ、内心で策を練る。今だ崩落は続いていて、背中の瓦礫(特大)は徐々に重みを増している。限界が近い。
とりあえずこのままじゃ全員ぺしゃんこだ。まずは二人を退避させて──
「え、まだ生きてんの、クロノレッドぉ?」
「──ッ」
俺は思わず、息を飲んだ。睨み付ける俺の視線を追って、少年もまたそちらを見る。
この場に似つかわしくない軽薄な声の主は、燕尾服を着た水晶玉頭の怪人──刻王の腹心リューズだ。そいつは降り注ぐ瓦礫の雨など意に介さず、手にしたステッキをクルクルと回している。
「すごい生命力だよねぇ。ゴキブリの親戚?」
「うるせぇ、虫みたいな手脚してんのはそっちだろうが」
咄嗟に言い返したが、正直マズい。瓦礫(特大)にやられるが先か、リューズにやられるが先か──
「か、怪物……!?」
そんな俺の思案を遮ったのは、足元から聞こえる怯えた声だった。いかん、少年の前で弱気な顔見せてどうする……!
「あんだけボコボコにしたのに、まだ子供を守る元気があるんだぁ? すごいねぇ?」
目を細めた俺にそう言いながら、リューズは笑う。そう。こいつには敵わなかった。想像の10倍くらい強かった。なにより──間が悪かった。
俺は必死で考えを巡らせる。なんとか、なんとかここを打開できないか。せめて子供たちだけでも……いやだが、この死にかけの身体でなにができる? ……あれ、待てよ?
「……死にぞこない、か」
俺はぽそりと呟いて、リューズを睨みつけた。怪人は「さて、そろそろ終わりにしようかー」などと気楽に声を上げている。ついでに背中の瓦礫(特大)もほぼほぼ限界マックスだ。
そう、俺にはいろんな意味で、時間がない。死に損ないの心配をしている暇は──ない!
「……おい、ボウズ」
「はっ、はい!?」
俺が投げた声に、少年がびくりと反応する。
「いいか、よく聞け。あいつの名前はリューズ。俺たち人類の敵、3年前から続く常夜の元凶、その内の一体だ」
「え? え?」
「俺は、いや、俺たちはあいつらを倒さなきゃならねぇ。だからここで終わるわけにはいかねぇ。わかるな?」
目を白黒させている少年に俺は捲し立て、手首のクロノスバンドを外して、投げ寄越す。
──大丈夫。こいつなら、大丈夫だ。
明かな人外を前にしてなお、妹を守るように抱きかかえる少年を見ながら、俺はそう自分に言い聞かせる。大丈夫、大丈夫。こいつなら──俺の意思を継いでくれるはずだ。
俺は決死の覚悟で笑顔を作り、口を開いた。
「それ持って、妹と逃げろ。それがありゃ逃げられる」
「えっ!? お、おじさんは!?」
瞠目した少年の向こうから、余裕の足取りのリューズが迫る。時間がない。時間がない。
「いいから早くしろ! 死にてぇのか!」
「わッ!?」
俺は力を振り絞り、少年を蹴り飛ばす。兄妹は揃って、リューズの進行方向から外れた位置に転がった。
リューズはそちらをちらりとも見ない。軽薄な足取りと裏腹に、手にしたステッキには殺意が漲っている。
「まずは俺を殺そうってか」
「あったり前じゃーん。子供のひとりやふたり、あとからいくらでも殺せるからねー」
リューズの言葉を聞き流し、俺は背負っていた瓦礫(特大)を死ぬ気で降ろし、兄妹へ至る道を塞……あ、腹からなんか抜けたな。やっぱ刺さってやがったか。
「お、おじさん! ちょっと!?」
瓦礫の向こうの少年の声を聞きながら、俺は込み上げてきた血を吐きだして、声を投げる。
「いいか、頼んだぞ少年。俺は鳥居夏彦。お前を巻き込んで、お前の運命を捻じ曲げた男だ。俺のことを恨んでくれて良い。だから……生きろ。生きてくれ」
半ばうわ言めいて言葉を吐きながら、俺は力を振り絞る。血の気の失せた身体を強いて、両の拳を構えて──
その時すでに、眼前にリューズのステッキが迫っていた。
「わりぃな、少年」
我ながら──笑っちまうほど、あっけない最期だな。
「……今日から、お前がレッドだ」
その言葉が伝わったか、俺にはわからない。
骨がひしゃげ、脳が潰れ、身体の感覚がなくなって。
「おじさん!!!」
──少年の声を聞きながら、鳥居夏彦の物語は終わりを告げた。
(つづく)
本作は、以前投稿したプロト版をもとに連載向けに加筆・修正を加えたものです。次回からオリジナルの物語がはじまります。
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