第5話「憧れは紫煙に消ゆ」 Part9 #hk_amgs
碧空戦士アマガサ
第5話「憧れは紫煙に消ゆ」
(前回のあらすじ)
九十九神コハクの持つ「”縁”を追う能力」を駆使し、湊斗は雨狐ジロキチと紫陽花の居場所を掴む。雲ひとつない青空から雨粒が落ちてきて、アマガサとジロキチのリターンマッチがはじまった──
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「今度こそ、逃がさない。……行くよ、リュウモンさん、コハク!」
湊斗はジロキチを睨み返し、高らかに叫んだ。
「変身!」
湊斗の全身が緑色の竜巻に隠れた。天気雨が吹き上げられ、虹色の輝きが花吹雪の如く周囲を彩る。
その輝きを破って、緑金のアマガサはジロキチに飛びかかった。風の刃を纏った大扇子がジロキチの首を狙う。
「うぉいきなりッ!?」
ジロキチは身体を仰け反らせてそれを回避し、勢いでバク宙。同時にガラス玉をアマガサに投げつける。弾丸のように襲いくるそれらを、アマガサは大扇子で叩き落とす。そして強く踏み込み、着地直後のジロキチに正拳を叩き込む。
「セイッ!」「なんのッ!」
アマガサの拳は、ジロキチの小太刀によって受け止められた。インパクトと同時に両足を浮かせたジロキチは、その勢いを利用してアマガサから飛び離れる。
「いやハァ、やっぱ強いっすなぁ」
ジロキチは笑いながら、再度着地する。
その足が、自分とは反対方向を向いていることを、アマガサは見逃さなかった。
「! コハク!」
アマガサは、琥珀色のキセルを魔法の杖のように構え、ジロキチへと先向ける。その先端から、ひとりでに煙が吹き上がった。
『逃がさねぇぞオラーッ!』
「やっぱここは逃げましょ……ってうぁ!?」
濛々と立ち昇る煙は、アマガサの起こす風に乗って加速。駆け出したジロキチの首に巻き付き、引き摺り倒した。
「ゲッホッ……厄介な煙だなァもう!」
「逃がさないって言ったでしょ!」
ジロキチは受け身を取りつつ煙を振り払う。その間にアマガサは再度間合いを詰め、大扇子でジロキチに斬りつけた。
「なんのッ!」
ひと太刀、ふた太刀。両者の得物が激突し、火花が散る。風の速度でアマガサが掻き消え、ジロキチはその蹴りや拳を避け、往なす。互角の戦い。いつしか両者の周囲をコハクの煙が取り囲んでいた。
「おやおやおや、こいつァ……土俵みたいっすね?」
にやりと笑ったジロキチは、不意に構えを変更した。それまでの軽やかな剣技とは対照的に、両脚をどっしりと地面につけて腰を落とす。アマガサが拳を繰り出した。ジロキチはそれを、左手で受け止めて。
「はっけ……よい!」
「ッ!?」
強烈な張り手を、アマガサのブレストプレートに叩き込んだ。その身体が浮き上がる。ジロキチは摺り足で間合いを詰めると、更に追撃の張り手を繰り出す。
「もういっちょォッ!」
「このっ!」
アマガサはそれを、クロスした腕で受け止めた。ガード越しでもお構いなく、全身を衝撃が貫く。その身体が吹き飛び、煙の囲いを突き抜けた。
「へへ。昔ちょっと齧ったのが役立ったねェ。さて、んじゃあ鬼ごっこを──」
ジロキチは構えを解いて、駆け出そうとした。が。
「……お?」
その足に、煙が巻き付いていた。
『逃がさん!』
「ちょ、離しなさいって!」
じたばた振り払おうとするジロキチに、コハクの煙は食らいつく。必死の声音で、コハクはその名を読んだ。
『“鼠小僧”!』
「……!?」
ジロキチの動きが一瞬止まる。その間に、アマガサは戦線復帰してジロキチに蹴りかかった。
「うお危なッ!? って、あ、あああ!?」
ジロキチは煙に足を取られながらも辛うじて蹴りを回避した。そうしてできた隙をつき、コハクの煙がジロキチを拘束した。
「うおおい! 離せやい!」
『……お前さん、やっぱアイツなんじゃねーのか?』
じたばたもがくジロキチを抑えながら、コハクは口を開いた。
『鼠小僧に憧れて、硝子玉で戦ってた。相撲だって遊びでやってたよな? お前はホントに、あのバカ野郎じゃあないのかい?』
コハクの言葉に、ジロキチは眉をひそめる。降りしきる天気雨の下、アマガサは功夫を構えたままその会話を見守っていた。
『鼠小僧みたいに人を助けるドロボーになるんじゃなかったのかよ?』
「…………。はん。なんの話っすかねェ。オイラには九十九神に知り合いなどおらんのだけども」
『どうしてただの泥棒に成り下がっちまったんだよ! あんたの憧れはどこ行っちまったんだ!』
「ッ……」
ジロキチは気圧されたように言葉に詰まる。が、直後、ぶんぶんと頭を振った。
「いや、知らん! 知らん知らん! 人違いじゃねーですかそれ! オイラはモノを盗めればそれでいーの!」
ジロキチは叫びながら、もがく。煙に巻かれながらも、彼は苦心して片手を天に掲げる。
「あっ……!」
アマガサが声を上げたが──一歩、出遅れた。
「オイラは鼠小僧なんかじゃねェ! 雨狐として生まれ、盗むためだけに生きてきた、それが大泥棒ジロキチ様、でィ!」
ジロキチが能力を解放した。天気雨が七色に輝き、ジロキチの姿がブレる。
『う? あれ? 手ごたえが……?』
コハクが驚愕の声を上げる。彼らは知る由もないが、それはジロキチの<降り込む>力。いかなる隙間も通過する能力で、煙の拘束を抜けたのだ。
ゆらりと陽炎のように移動して、ジロキチはアマガサたちから数歩離れた場所に再出現した。大袈裟に背伸びをして、彼はにやりと笑ってみせた。
「ふぃぃぃ。やっぱ厄介っすねぇ。ここはやっぱり……逃げるに限る!」
ジロキチが駆け出す。
「待てッ!」
アマガサはコハクを拾い上げ、風の速度で後を追う。昨夜のリフレイン。追いつき、手を伸ばし、避けられる。コハクの煙も、アマガサの手も、届かない。
「へへ、やっぱこれだこれ! 大捕り物! オイラは逃げられるんだ! 昔と違って、逃げられる! なんでも盗める! ……あれ? 昔? 昔ってなんだ?」
ジロキチは混乱しながらも、自身の望んだ「鬼ごっこ」を続ける。いつしか二人は河川敷を離れ、住宅街へと突入していた。
アマガサとジロキチの距離が、徐々に開く。再び風の間合いから外れ──
その時。声を上げたのは、コハクだった。
『あっ! 湊斗サン! オイラを右に投げろ!』
「えっ!? こ、こう!?」
湊斗は走りながら、言われたとおりにコハクを投げた。キセルはくるくると回りながら、通りすがりの空き地へと飛んで行く。
ポンッと小気味良い音を立てて、コハクは小人の姿に変化(ヘンゲ)する。小人が向かう軌跡の先、空き地の入り口あたりで雑草に囲まれているのは、錆まみれのバイクだった。
『コイツ、知ってるぞ! 煙を吐いて、動くんだ!』
コハクは着地と同時に、バイクに妖気を注ぎ込む。
駆け抜けるアマガサとジロキチの耳に、ブォンッとチェーンソーのような音が届く。死したバイクが息を吹き返した音。バリバリバリと耳障りな音と共に、その音は両者に追いすがる。
『湊斗サン! 乗って!』
「えっ!? どうしたのコハクそれ!?」
『いいから! 早く!』
コハクを動力に自走するバイクはがアマガサと並走する。注ぎ込まれた煙がエンジンを、ギヤを、タイヤを回している。ボロボロだ。
「よし……壊れませんように!」
アマガサはバイクに飛び乗った。ブオンと一際大きな音を立てて、速度が上がる。錆びた金属が奏でる不協和音がジロキチへと追いすがる。
「いやいやいやいや乗り物はズルくないっすか!?」
ジロキチが声をあげる。アマガサはそれに構わず、動力を最大にした。
速力が、上がる。
「よし、これなら……コハク! このまま速度を維持!」
『あいよ!』
「リュウモンさん!」
『よっしゃ行くぜ! 妖力解放!』
アマガサの周囲の天気雨が虹色に輝いた。その輝きは走り続けるバイクを中心として、ジロキチの周囲まで広がった。
「ちょ、待、え、まさか!?」
アマガサとバイクを緑色の風が包み込む。超常の力が加わりバイクはさらに加速する。ジロキチが悲鳴をあげる中、アマガサは風の刃を展開。加速、加速、加速──
「明けない夜はない。止まない雨はない──」
刹那、アマガサの乗ったバイクが掻き消えた。ジロキチには、そう見えた。
「お前らの雨は、俺が止める」
「は、はは、やっぱずるいっすよそれ。でも、ま、」
ジロキチの足が、止まる。コハクの煙の残り香に包まれて、彼の身体に緑色の亀裂が生じた。
アマガサが再出現し、バイクが急停止する。
「……今回は、オイラの負けだァ、な」
──ああ、楽しかった。
そんな言葉を風に残し、ジロキチの身体が爆散した。
「……ふぅ。お疲れ様、二人とも」
アマガサがバイクを降りて、変身を解除した。
天気雨が、止んだ。
(つづく)
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