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ハンティング #第一回お肉仮面文芸祭
「ねぇカズヤ、お肉仮面って知ってる?」
「なにそれ? 時代劇かなんか?」
「違うよ、都市伝説! ほら、きさらぎ駅とか、口裂け女とか、人面犬みたいな!」
「あ、またそういう系? そんなのどこで仕入れてくるんだよ」
「インスタだよ! ほら、これ。生肉のマスクかぶってて、いろんなとこで写真撮ってるの!」
「インスタやってる都市伝説がいるわけないだろ……」
「いやいや、わかんないよー? だって──」
『ハンティング』
#第一回お肉仮面文芸祭
あおい蜜柑は、むきづらい。皮が硬くて爪が通らないし、皮と身が剥がれづらいし、味も大してよくない。
乾いた蜜柑も、むきづらい。やっぱり剥がれづらいし、シワも相まって思うように裂けてくれないのがよくない。
同様に、ハサミを入れるならやはり30前後が良いのだ。若いのも、年寄りもよくない。
──そういう意味で、彼は私にとって理想の獲物だった。
「はい、はい……なるほど。とりあえず先にフルネームですけど、稲田一哉(イナダ・カズヤ)です。で、発注のほうですが──」
電話をしながら歩いている青年。スーツの上着を脱いで、キャリーバックに掛けている。おそらく歳は30前後。袖を捲った腕が逞しい。この肉の付き方は高得点だ。
「ええ、ええ、仰るとおりです。あとこれは補足情報で──」
ガラガラ。彼の声以外に聞こえるのは、キャリーの音だけ。寂れた町だ。正午ごろだというのに通行人は誰ひとり居ないし、車通りもないし、立ち並ぶ商店はシャッターのほうが多い。
「はい。それで、今行っているのはその後続対応でして。ええ」
彼を獲物に定めたのは5分前。いつもならさっさと襲うのだけど、いかんせん彼は電話中だ。仕方がなく、ぴったり10歩分の距離をあけて彼の後を尾けている。
「ああ、はい、そうですね。反映にラグはあるかもしれませんけども。はい、かしこまりました。では、この後15時からもよろしくお願いします。……え? あ、はい、」
そろそろ電話が終わりそうだ。私は彼の声を聞きながら、マスクの位置を直した。
マスク。私のトレードマークであり、アイコンだ。
「はい、大丈夫です。ホテルにwifiあるそうなので──」
マスクの位置、良し。
気がせくのを抑えながら、息を、足音を、気配を殺し続ける。彼と、10歩分の距離を維持し、歩く。……と、その時だった。
「ん、あれ?」
不意に、彼が立ち止まった。
ガラガラという音がやんで、私も慌てて立ち止まる。道を渡ろうとしたのか、迷ったのか。電話をしながらキョロキョロしている。
私もまだ佇んでいる。10歩の距離を崩さず、ただ彼を見つめる。と──
「あ、すんません。ちょっと迷っちゃって……。打ち合わせ、10分ほど遅らせていただけると……ん?」
視線を彷徨わせていた彼が、こちらを見た。私は彼の瞳から目を離さない。彼は私を見て、流し、そしてまた視線を戻す。絵に描いたような二度見。怪訝な顔。
「……え、あ、いえ、なんでも……はい、ええ」
彼は戸惑いながらも、電話を続けている。仕事に誠実なのは良いことだ。ちらちらとこちらに視線を遣る彼を見つめながら、私は歩き始めた。
一歩、
二歩、
「えっとそれで、はい、そうですね。ちょっとマップ見ますんで──」
十歩。
「──のちほどォァっっっ!?」
一足飛びに彼の眼前に出現。悲鳴をあげ、彼は携帯を取り落とした。『稲田さん!? どうしました!?』などとおじさんの声がするスマホを跨いで、私は彼にずいと詰め寄って。
「ねえ」
怯えた彼の目を見つめながら、声をかけた。
「私、きれい?」
そして、マスクを外す。
私の口元が、露わになる。耳まで裂けた口。並ぶギザギザの歯。
それらを目の当たりにして、彼は情けない悲鳴を上げた。
「ひぇぁっ!?」
「ねぇ、きれい? ねぇ」
「うわぁぁぁぁ!?」
キャリーバックもスマホも置き去りに、彼は一目散に走り出す。私は即座に地を蹴った。ヒールの踵がギャリッと音を立てる。
「待ってよ。ねぇ」
「ひぃぃ!?!?」
即座に追いつき、彼の肩に手を置く。すぐに振り払われたが関係ない。一息に追いつく。私は口裂けの怪異。逃げられはしない。
「ねぇどうして逃げるの? 答えてくれないの? ねぇなんで泣いてるの私そんなに綺麗じゃないのねぇこっち見てよ待ってよねぇ」
「うわああああ!?」
悲鳴を上げながら逃げ続ける彼の真後ろ、息がかかるくらいの距離を維持しながら、私は語りかけ続ける。答えなど求めていない。とにかく私を見ればいい。恐怖でもなんでも良いのだ。見て、畏怖し、恐怖すればいい。
「っ、く、くるなァッ!」
「どうして逃げるの待ってよねぇ……わっ!?」
がむしゃらに走っていた彼は、不意に手近な床屋のサインポールを引き倒した。ガシャンッと大きな音がして、私は思わず身を引く。その間に、彼は道を折れて路地へと逃げ込んだ。すぐに追走。その距離、約10歩分。
「っ、はぁ、く、くるなっ……!」
「ねぇどうしてなのよ逃げないでよ私は質問してるのよ答えなさいよ私を見なさいよ」
私はその距離を一息で詰めた。
「ヒイッ!?」
彼の喉から笛みたいな声が漏れて、彼はそのまま盛大に転倒した。
「ぁっ!? がっ!?」
そこは細い路地だった。人がなんとかすれ違える程度の細い道で、残念ながら奥は行き止まりだ。
左右には、商店が立ち並んでいる。だが、ここもやはりシャッターが閉じられたままだ。伸び放題の植木鉢が物悲しい。
痛みに悶える彼を跨ぎ、私はその眼前に屈み込んだ。ちょうど、行き止まりに背を向けたような格好。そのまま、私は彼の髪を掴み、顔を覗き込む。
「ねぇ。私、きれい?」
「ひぐっ……き、きれい! きれいです! きれいですから!」
「じゃあなんで泣いてるの? なんで逃げたの? なんで漏らしてるの? なんで怖がってるの?」
「ひいいごめんなさいごめんなさい」
涙と鼻水まみれで泣き喚く彼の頬は、瑞々しく、ハリも良く、肉付きも良い。その表情筋は恐怖によってさらに引き攣る。その瞳が私の口元を見続けている。
「ねぇ嘘なんでしょ? 私は綺麗なんかじゃないでしょう? ねぇ? 違う? あれは嘘でしょ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさガごっ!?」
私は右手に持ったハサミを開き、彼の口の端に刃を押し付けた。このまま閉じれば左頬が裂ける。刃を舐めてしまったのか、彼の舌先から血が滲んでいる。
「ひっ……っ……あっ……!?」
「嘘つきは嫌い。嘘つき。嘘つき。嘘つき。みんな嘘つき。嘘つきは口を裂かれてしまえ」
彼の歯がハサミに触れて、ガチガチと音を立てている。彼が私を見ている。恐怖のままに。
「だからあなたの口を裂いてあげる──」
私は右手に力を込めて──その時だった。
カラン。
下駄の音が、聞こえた。
私の背後。路地の奥。行き止まりのはずのそこから。
カラン、コロン。
おかしい。たしかに人の気配はなかった。否、あったとしても、私の"行為"の間は誰も出てこないはずだ。世の理が、そういう風にできている、はず。なのに。
コロン。
下駄の音は、確かに近づいてくる。
私は獲物の口からハサミを引き抜き、振り返った。
「……は?」
なんだ、あいつは?
ぽかんとした私の足元で、獲物が呟いた。
「お……お肉、仮面?」
"お肉仮面"。路地に佇むこいつは、そんな名前らしい。
確かにその名の通り、生肉のような模様の仮面を被っている。紺色の和服の、おそらく男。肉のつき方は好みだ。あと手が綺麗。
「…………あなた、一体なに?」
私の言葉に、"お肉仮面"はゆっくりと首を傾げる。その仮面のせいで、表情は窺い知れない。およそ感情というものが感じられない──
と、次の瞬間。
"お肉仮面"は、私の眼前にいた。
「っ!?」
一瞬で間合いを詰めた"お肉仮面"は、その勢いを乗せた右ストレートを繰り出す。私は咄嗟にバックステップしつつ身を捩り、それを躱した。
私はハサミを振り上げる。それは、"お肉仮面"の肉の面の一部を斬り裂いた。その手応えは、人の頬を裂いたときのそれと酷似していた。
"お肉仮面"はしかし、血を流さない。無言のまま、流れるように手を繰り出す。私の目を狙ったサミング。左手ではたくように捌き、私は右のハサミを相手の腹に──
「……あれ?」
そこへきてようやく、気付いた。
右手が、ない。
「えっ……は!?」
嘘だ。いつの間に。"お肉仮面"の左手にあるのはまさか、私の手首痛痛痛い痛い痛い痛い痛い痛い!?
「っっっあああ痛い! 痛い!」
遅れて押し寄せる痛み。右手は半ばで引き千切られていた。私は思わず患部を押さえ、声をあげる──結論として、それは悪手だった。
「痛い痛いイガボッ!? ガッ……バッ……!?」
喉にハサミを突き立てられたのだと気付いたときには、全てが終わっていた。口からうがいのような音を出す私。
その首を、"お肉仮面"はそのままハサミで刎ね飛ばした。
「う、そ……」
首が宙を舞い、視界が回転する。明滅する視界の中で、私は見た。
"お肉仮面"は、私の顔になど目もくれていなかった。貫手を構え、私の全身を、削りはじめる。私の身体しか見ていない。私の、お肉しか、見ていない。
"お肉仮面"の百烈拳を浴び、私の身体が分解され、宙を舞う。
──私を見てよ。ねぇ。私を、
私の悲鳴は、声にはならない。
視界が、私の肉で埋め尽くされて。
私の意識は、そこで途絶えた。
***
ついさっきまでカズヤを襲っていた口裂け女を、お肉仮面は瞬く間に分解してのけた。
宙を舞う赤いモノたち。お肉仮面はその中から、肉の部分のみを選り分けてキャッチした。内臓やら骨はスルーされ、地面に降り注ぎ、カズヤを血まみれにした。
続いてお肉仮面は、キャッチした肉を捏ねはじめる。ぐちゃぐちゃと不快な音が路地裏を濡らす。捏ねて、捏ねて、たまに広げて、眺めて、また捏ねる。
「っっっ……!」
その光景を見て、カズヤは震えた。そのグロテスクさのせいだけではない。都市伝説好きの妻のせいで、この後の展開を想像してしまったのだ。
すなわち、①怪異に掴まって殺されるか、②自らも怪異にさせられるという未来を。
捏ねて、捏ねて、広げる。捏ねて、捏ねて、広げる。繰り返すほどに、大きさと形状が安定し、収束していく。そこでカズヤは、不意に確信した。
あれは仮面だ。新たな、お肉仮面だ。つまり──②だ。
「ひっ……や、やめ、やめてくれ! 俺は嫌だ! お肉仮面になんか、なりたくない!」
カズヤは跳ね起き、必死で声をあげた。その眼前では、重厚なサーロインステーキのような新・お肉仮面ができあがる。
カズヤの声など歯牙にも掛けず、お肉仮面は仮面を手に、カズヤに歩み寄る。
カラン、コロン。近付く下駄の音は、死神の足音か。カズヤは悲鳴を上げてあとずさる。すぐに壁に行き当たり、カズヤはさらに泣き喚く。お肉仮面は遠慮なく踏み込む。カズヤを見下ろし、仮面を持たぬほうの手を懐に突っ込んで──
カズヤに、デジタルカメラを手渡した。
「………………へ?」
半ば条件反射的にそれを受け取って、カズヤの目が点になる。お肉仮面は満足げに頷くと、懐から紐を取り出して新仮面に括り付ける。
手振りで「ちょっと待て」と示し、彼はカズヤに背を向ける。そこでようやく思考が追いついて、カズヤは相手が仮面を付け替えようとしていることに気付いた。
古いお肉仮面が、口裂け女の臓物の上にどちゃりと落ちる。そして新仮面を装着。カズヤは叫ぶことも忘れ、ただその様を見ていた。
そうして、しばしの後。お肉仮面が振り返る。
「……あ、終わった、ですか?」
カズヤの言葉に、お肉仮面はこくりと頷く。そしてカズヤの手を引き、立たせる。
そして数歩距離を取ると、背筋を伸ばして腕組みをして、カズヤへと顔を向ける。それが決めポーズを取っているように見えて、カズヤは思わず問いかけた。
「え、あ、撮るの?」
こくり。
「あ、はい……」
もはや思考を諦めたカズヤは、言われるがままにカメラを構える。決め顔(?)のお肉仮面が、ファインダー越しにこちらを見ている。
「インスタだよ! ほら、これ。生肉のマスクかぶってて、いろんなとこで写真撮ってるの!」
「インスタやってる都市伝説がいるわけないだろ……」
「いやいやわかんないよ! だって──」
シャッターを切る瞬間、カズヤの脳裏には愛妻との他愛ない会話がリフレインしていた。
「──この人(?)が写ってる場所って、他の都市伝説の目撃談があったトコばっかなんだって!」
「はい、チーズ」
カシャリ。
シャッターを切ると、お肉仮面はカズヤに手のひらを向けた。満足げである。
カズヤがおずおずとカメラを手渡すと、お肉仮面はそれを懐に仕舞い、踵を返した。
「え、あ、ちょっと」
カラン、コロン。
カズヤの言葉に、お肉仮面はひらひらと手を振って応えるのみ。
カズヤの視界の端で、口裂け女の骨・臓物とお肉仮面の旧仮面が、塵となって消えていった。カズヤの服の返り血も、同様に消えてしまった。
カラン、コロン。
お肉仮面の姿が、霞の如く揺らぐ。
路地裏には、ただズタボロのカズヤだけが取り残されていた。
(完)
あとがき
本作は #第一回お肉仮面文芸祭 のための書き下ろし作品です。
普段からヒーローものを書いているので、○○仮面といえばヒーローだろ! とあれこれ考えてみたのですが、どうにもこう熱血ヒーローみたいな絵面はしっくりこなくて。結果として、「怪異を殺す怪異」の方向で落ち着きました。
なお、お肉仮面さんは都市伝説的な風情がかなり強いのですが、一方で可愛さというか親しみやすさみたいなものも持っていると感じていて、本作の終盤の「記念撮影」はそんな一面を描いてみたつもりです。
それと、本編の語り部は「口裂け女」だったわけなんですが、初見の人にはお肉仮面さんが語り部だとミスリードさせたく、色々と趣向を凝らしてみました。うまくいってるといいな。うまくいってなかったらごめんよ!
最後に、企画者の電楽サロンさんに感謝と労いを。お肉仮面さんによろしくお伝えください!
▼普段やってること▼
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